目は見えなくなったけど、この世界で頑張りたい。

いがむり

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▲お話△

誰も助けてくれなかった。

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今日の出来事。

 

学校の途中で二人の男の子にあった。何故かラムネを貰った。持って帰る途中でボロボロになりそうだったのでその場で食べることにした。妙な味がしたものの、満面の笑みで僕を見ているので、悪いものでは無いと思う。僕は「美味しかったよ。ありがとう」と言うと満足したのか、そのまま走り去っていった。一体何がしたかったのかよく分からなかった。

学校に行くと僕の上履きが濡れていた。代わりのスリッパを履いてたけど、体育から帰ってきたら無くなっていた。

授業中は畑田先生が大学の問題を僕にばかり解かせて、解けないのも分かっている筈なのに「これくらいしか出来ないのか」って。

昼休みは作ってきた弁当を松崎君に落とされる。気づいているのかどうかは分からないけど、謝りもしなかった。

放課後になって、帰ろうとしてたのにまた畑田先生に呼び出された。僕の教室から一番離れた職員室まで行くとそこには誰もいなかった。いつものことだから分かってたけど。暫くしてから教室に戻ったらゴミ箱に捨てられた僕の鞄が。しかも何か匂っていた。

もうこれは、“いじめ”と言っていいと思う。いつからだったか分からないけど、きっかけは覚えてる。同級生に僕の母親がいかがわしい仕事をしていることを言いふらされた、あのとき。それからずっと白い目で見られる。

 

「……ただいま」

家はボロアパート。壁は薄いし雨漏りはするのに家賃は地味に高い。殆どぼったくりも同然。入ってすぐの扉はトイレと風呂場、少し奥の右の引き戸は畳の客間らしき空間がある。最奥の磨りガラスが付いている扉は開けて左右に扉がある。左はキッチンとリビングが一緒になった部屋。でも右は……

「んもぉ、だめよ……帰ってきたわ」

「……まだ良いだろう?お前の息子も、もう子供じゃねーし…」

「仕方ないわねぇ……」

今日もやってる。年中無休で裸同士。本当は僕と母親の寝室だったのに。僕を産んだ時から水商売してたけど、お金が入り用になって当時の客に誘われるまま今のような状態になった……らしい。何で知ってるかって?以前、客が言ってたんだ。僕が何も分からないと思っていたのか、家の内外構わずペラペラ話してたのを聞き耳たててしっかり聞いてたから。多分その頃に知られたんだ、近所に住んでる同級生の母親に。

僕はなるべく聞こえないように隣の部屋の最も離れた隅の方で膝を立てて座る。これでも普通に聞こえてくるから耳を塞いで、目を閉じる。完全には遮断出来てないけど……幼い頃からこんな感じ。いつの間にか習慣になってた。

「早く終われ……」

隣に聞こえないように小声で呟く。それからもう一つ、これも習慣化した言葉を吐き捨てた。

「もう何も見えなければいいのに」

自分の母親が他人に色々されて汚くなって……挙句の果てには子供が出来ないように薬を無理矢理飲まされて金だけ置いて去って行く。こんなの、日常茶飯事だなんて有り得ない。僕だってこんな母親は嫌だ。

でも今の僕はあんな姿になっても、母親を放って何処かに行くなんて出来なかった。幼い頃に母親との僅かな記憶が、未だに僕をここに縛り付けている。まるで鎖で繋がれた家畜のように。

「──お前の息子、いい感じに成長してるんじゃないか?」

……声が近い!?それに、聞き覚えがある。

「何よ、私より子供がいいの?」

「あ?何言ってんだよ、さっきの話だ。上手くいけば俺の子供になるんだからな」

何を言っているんだ?ここからじゃ、はっきり聞こえない。

「まぁ、行ってみれば?」

やばい!部屋に入って来る。隠れる場所は……無い。僕は、その場に立ち尽くす。

「おっ、いたな」

顔を合わせないように俯く。やはりこの声は……

「おら、顔を上げろ!」

男が強引に顔を合わせると……僕は言葉を失った。

「よお、さっきぶりだな。優真」

そこにはシワだらけのシャツとズボンで汗だくの畑田がいた。

「……先…生」

同級生のいじめともとられる言動を何一つ注意するどころか、便乗していたような男。もはや教師とは何なのか、この男を見ると分からなくなってくる。目の前には絶望しか無かった。

「ほう、親に似てるな。化かせば何人も手篭めに出来そうだな。昔の母親と同じように」

「ちょっと!昔のことは良いでしょ?」

母の方に目をやると、昔見た母親の顔を思い出した。僕の手を繋いで隣を歩く母は今より薄い化粧で笑みを浮かべて沢山歌を歌ってくれた。とても……とても楽しかった。

──なのにもう、その面影すら無かった。

 

 

暫く2人は話した後、どちらも外に出ていった。去り際に畑田が言い放った。

「喜ぶんだな。明日から俺の子供だぞ」

明日から?畑田の子供……だって?

足音が完全に聞こえなくなると、膝から崩れ落ちた。

「何だ……それ……」

今まで、何も助けてくれなかった畑田が僕の親になる?何だそのおぞましい話は。考えたくもない。そう言えば、畑田には妻子持ちとか言ってたような……

「さっき、何も持たずに出ていったはず……」

僕は急いで隣の部屋に入る。荷物は……布団の傍。他人の荷物をあさるのは気に触るが、今しかない。僕は急いでスマホを探す。

「……あった」

幸運にもパスワードを入力する必要は無かった。

電話帳の中を見るが、妻子らしき人物は見当たらない。SNSを見ると畑田家のグループがあった。本当に家族いるじゃないか。それなら母は不倫してるってことじゃないか?それ以前に母は知ってるのか?

「はあ~、バレたかぁ」

振り向くとさっき出ていったはずの畑田が戻ってきていた。

「……!!」

「隠していた訳じゃない。今の妻とも離婚話をしていたんだ。好きで結婚したんじゃないしな」

この男、最低だ。

「お前の母親も馬鹿だよなぁ。俺に利用されているとも知らずに」

……は?

「俺の目的はお前の母親じゃねぇ──お前だよ、“優真”」

畑田が僕の名前を呼んだ瞬間、全身に悪寒と恐怖が駆け巡った。

「っ……!?」

「一目見た時から、お前を手に入れたいと思った。女みたいな艶のある髪、細い腕、母親に似た顔、お前の持ち物、体……全て、俺のものにしたかった。いや──」

腰が抜けて動けない僕を見て畑田は見た事もないような、不気味に微笑んだ顔をする。

「俺のものにするんだぁ……」

「ちょっと!まだぁ?って何してんのよ!!」

畑田の後ろから母の声が聞こえた。そして僕は何を思ったのか、声を荒らげて叫んでいた。

「この男は駄目だ!!危険なんだ!」

「き、急に何よ……」

「母さん!!」

何でこんなこと言っているんだ……?

「……一体どういう事?」

「あ?何でもねえよ……っておい!」

僕は隙を見てトイレに駆け込んだ。ここなら鍵を掛ければ外から入れない。僕はいつもの体勢で時が過ぎるのを待つ。

「……くそっ!!」

「ちょっと、何なの……?」

その時、電話が鳴った。母親のでも僕のでもないってことはあいつの電話だ。

「ねぇ……何なのこれ?家族いるじゃない!!」

母が気づいた。

「あなたが妻子持ちだなんて聞いて無いわよ!!」

「聞かれなかっただけだ!ったく面倒臭ぇなあ……」

それから色んな物音がした。何かが散らかる音、ガラスが割れる音、母親の悲鳴、畑田の怒号……聞こえる度に肩を震わせてしまう。そして、物音がしなくなった。

どうなったんだ……?僕が顔をあげると──

「さぁ、優真。出てこいよぉ……」

「ひっ……!!」

磨りガラス越しに畑田の影が。目のようなものがじっとこちらを見る。

「ほらぁ……早くしろよ!!」

畑田は強く扉を叩く。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も……だんだん叩くというより殴るに近くなってきた。

「おい!!いるのは分かってんだぞ」

今度は蹴りだした。鍵ももうすぐ壊れる。これじゃ、また……同じ。僕は頭を下げて呟いた、というより何でも良いから何かに願った。

「何も見えなくていいから……何処か、どこかへ────」

刹那、物音も匂いも無くなった。暫くして、草や花の匂いがした。しかも、風が吹く度に葉が擦れる音がする。ここはどこだろうか……?

 

 

畑田が強く一蹴りしたことで扉が破壊された。

「おい優真ぁ!!……ああ?」

そこには優真の姿は無かった。

「どこ行った!!優真ぁ!」

リビングには何度も暴行され顔も分からなくなった優真の母親が横たわっている──もはや、彼女の息は途絶えていた。

畑田の手を含め全身に彼女の真っ赤な血が付いていた姿で破壊された扉の前で立ち尽くしていた所を、騒ぎを聞いた隣人達の通報により大家と2人の警察が発見した。

 

 

「昨日、高校教師による殺人事件がありました。『男女の争う声が聞こえる』との隣人の通報により駆けつけた警察が部屋の前にいた畑田容疑者を現行犯逮捕。畑田容疑者は当時被害者の女性と不倫関係にあり、痴情のもつれによる犯行では無いかと思われます。なお被害者の息子、早乙女優真さん18歳が畑田容疑者をかいくぐり犯行現場である自宅から行方不明になったことから現在警察100人を動員し現場周辺を捜索しています───」

「……これで良かったのかな?」

「分からない。でも、今度こそ幸せになれるはず」

「それにしても、あのラムネは無いよ。いくら自動翻訳のスキルを入れるためとはいえ、あの味どうにかならなかったの……?」

「それはヘーゼルダント様に言ってほしいね。ラムネはあの方が準備したんだから」

「まぁいいや。とにかく──」

 

「「あの子に、神の御加護があらんことを」」

 

「あらここにいたのね。早くお着替えしないとバスに遅れちゃうわよ~?」

「はーい」

「はぁ~い!」

「はい、いい返事ね~!」

彼等は元天使達。別世界の神ヘーゼルダントによって人間界の研究を兼ねた人生修行に行かされたのだった。

「「(ああ、子供というのも大変だ……)」」

この話はまた別の機会に……


 

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