言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~

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第1章 無字姫、入学す

第17話 気になるあの人との距離

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 上機嫌に学院の正門を目指したわたしですが……完全に忘れていました。
 今から、初キスの行方を左右されるんでしたね……。
 諦めたつもりでしたけど、改めて現実を突き付けられると、憂鬱になります……。
 と言いますか、天羽さんたちはそれで良いんでしょうか?
 そもそも、わたしとキスしたがる理由がわかりません。
 うぅん、本当に深い意味はなくて、ちょっとしたゲーム感覚なんでしょうか。
 だとすれば、こちらとしても身構える必要はないのかもですけど。
 人付き合いの経験が少な過ぎて、一般的な感覚がわかりませんね……。
 少し大きめの手提げ袋を手に、悩ましく思いつつ歩みを進めます。
 すると、やがて4人の姿が見えて来ました。
 一色くんは先ほど見た、正装とは違う武道袴。
 本来の姿だからか、非常に似合っていて……その……か、格好良いです……。
 正直なところ、視線が釘付けになりそうだったので、慌てて横にずらしました。
 そこには、鮮やかな色合いの十二単を着て、淑やかに立っている天羽さんがいます。
 まさにお姫様と言った風貌で、流石だなと思いました。
 一見すると動き難そうですけど、彼女が苦にしている様子はありません。
 その隣に立った一葉ちゃんは、赤を基調とした武道袴で、自信満々と言った感じに腕を組んでいます。
 勇ましさと同時に可愛らしくもあって、彼女らしいと感じました。
 一色くんと並んだら、しっくり来そうですね……。
 べ、別に羨ましくも何ともないですよ?
 最後の1人は、涼やかな水色の生地に白の花柄が入った、振袖の光凜さん。
 わたしも振袖ですけど、圧倒的に上品ですね……。
 まぁ、そもそも人柄が違いますけど……。
 天羽さんや一葉ちゃんもですが、光凜さんも本当に素敵な女性だと思います。
 今更ですけど、彼女たちと一緒に歩くのって、かなりハードルが高いのでは……?
 とは言え、逃げ帰る訳には行きませんし……。
 こ、ここは思い切って、飛び込むしかありません。
 意を決したわたしは、足を速めて4人に声を掛けました。

「お、お待たせしました」
「あ! 夜宵ちゃん、待ってたよ! その振袖、可愛いね! どこぞの陰険女とは、大違い!」
「そ、そんなことありませんよ。 むしろ、光凜さんの方が綺麗で、素敵だなと思います」
「謙遜する必要はないわ。 猪娘の言い方には腹が立つけど、夜宵さんが素晴らしいのは間違いないから」
「神代の言う通りだ。 無明、貴様は誰が何と言おうと……う、美しい」
「光凜さん、天羽さん……あ、有難うございます……」

 真っ向から褒められて、恥ずかしさのあまり俯いてしまいました……。
 う、嬉しいのは嬉しいんですけど、どうしても受け止め切れません。
 それと同時に、気になってしまいます。
 彼は、どう思っているんでしょうか……。
 チラリと顔を窺うと、思い切り目が合って顔を背けてしまいました。
 き、気付かれましたよね……!?
 これではまるで、わたしが何かを求めているように、誤解されてしまうじゃないですか……!
 先ほどと別種の羞恥に悶えていると、おもむろに一色くんが口を開きましたが――

「行くなら、早く行こう。 時間が勿体ない」
「あ……そ、そうですね……。 天羽さん、一葉ちゃん、光凜さん、お願い出来ますか?」

 本音を言うと、ガッカリしました。
 もしかしたら、一色くんにも褒めてもらえるかも……そう思っていたんでしょう。
 ですが、それを表面に出さずに済んで、安心しましたね。
 天羽さんたちは、彼を非難するように見ていましたけど、宥めるように微笑を向けると、大人しく首を縦に振ってくれました。
 今日の目的の1つは、皆さんが仲良くなることですし、こんなところで揉めて欲しくありません。
 そんなわたしの思いが通じたのか、顔を見合わせた天羽さんたちは、小さく溜息をついてから声を発します。

「では約束通り、わたしからだな」
「う~! 悔しいけど、じゃんけんの結果だから仕方ないね」
「先が良いとは限らないわ。 四季さん、前座をよろしく頼むわ」
「ふん、負け惜しみとは見苦しいな、神代。 無明、行くぞ」
「は、はい」

 威風堂々と言った様子で、足を踏み出す天羽さん。
 うぅん、どうしても和気藹々とは行きませんね……。
 いえ、弱気になったら駄目です。
 お出掛けは始まったばかりなんですから、前向きに行きましょう。
 人知れず気合いを入れたわたしは、天羽さんを追い掛けました。
 一葉ちゃんと光凜さんも続いて、一色くんは最後尾。
 どこに向かっているのか、具体的な場所は聞いていませんけど、楽しみですね。
 軽く説明しておくと、首都は言魂学院を中心に広がっています。
 住宅が集まっているエリアや、商店が多いエリアなど、各地に特色があるのだとか。
 また、世界で最も栄えているだけあって、人口が途轍もなく多いです。
 学院の近くは別ですけど、街の方は大抵混雑しているらしいですね。
 実際、歩みを進めるにつれて人の数が増えて、お店もたくさん見えて来ました。
 そうなると、ある意味当然の帰結として、問題も生じるんです……。

「え!? ち、ちょっと、あれって四季様と一葉様、光凜様じゃない!?」
「はぁ? あの3人が一緒にいる訳……って、マジじゃねぇか!?」
「おぉ……恐ろしや……。 ヒノモトに災いが訪れておるのか……?」
「お爺ちゃん、縁起でもないこと言わないで! でも、確かに『肆言姫』が3人も集まってるなんて、何事なの……?」
「まさか、プライベートで遊んでるなんて訳ないし、超重要な任務なのか?」
「それに、あれって新しく特務組に入った、『無字姫』と一文字使いだろ!? 余計に訳わからねぇぜ!」
「けど、ある意味チャンスじゃない!? 『肆言姫』3人の写真撮れちゃうかも!?」

 にわかに騒めく、街の人々。
 まぁ、こうなりますよね……。
 わたしと一色くんはともかく、『肆言姫』が集結している場面なんて、滅多にないでしょうから。
 仮に1人でも、彼女たちは注目を集めますし。
 中には小さな箱のような物を手に、レンズを向けて来ている人も散見出来ます。
 あれはカメラと言って、撮影した景色や人物を、写真として保存出来るんですよ。
 ヒノモト……と言いますか、二ホンや過去に存在した国の技術は、ほとんど失われていますが、こうして残っているものも多少はあります。
 あ、それこそシャワーとかも、その1つでした。
 何にせよ、天羽さんたちは撮影対象にされていますが、全く動揺した素振りはないです。
 天羽さんは悠然としていて、一葉ちゃんは笑顔でピースをするほど余裕、光凜さんは微笑を湛えて小さく手を振っていました。
 本人たちの性格もあるんでしょうけど、慣れているんだと思います。
 などと、他人事のように考えていましたが――パシャと。
 わたしに向かってシャッターを切られて、瞠目しました。
 まさか、標的にされるなんて……。
 天羽さんたちしか眼中にないと思っていたので、完全に油断していました。
 改めて周囲を窺うと、こちらを見ている人も少なくありません。
 ど、どうしましょう……。
 写真に撮られるなんて、恥ずかしいです……。
 拒否したいところですが、上手く声が出て来てくれませんでした。
 そうして、またしてもシャッターが切られようとした瞬間――

「こいつは撮影禁止だ。 あっちの3人で我慢しろ」

 遮るように立ち塞がった一色くんが、低く鋭い声で告げました。
 それを聞いた人たちは、逃げるように立ち去ります。
 た、助かりましたね……。
 心底安堵したわたしは、お礼を言おうとしましたが、彼は天羽さんたちに視線を送っていました。
 それを受けた彼女たちは、憮然としながらも頷いて、周囲の人々に向かって言い放ちます。

「皆の者、今日は休日を満喫しているところだ。 すまないが、そっとしておいてくれると助かる」
「写真はまた今度ね! 機会があったら撮りましょ!」
「心配しなくても、ヒノモトはいつも通りですよ。 安心して下さいね」

 天羽さんたちに逆らおうなんて人たちはおらず、その場が自然と解散する流れになりました。
 遠目から見ている人はいますけど、もう干渉して来る心配はありません。
 緊張から解放されたわたしは、今度こそお礼を述べようとしたんですけど、それより早く事態が動きます。
 一色くんと相対した天羽さんたちが、不満を隠そうともせずに、言葉の矢を射掛けました。

「一色くん、さり気なくポイントを稼ぐのは卑怯じゃないかしら?」
「何の話だ、神代?」
「とぼけんじゃないわよ! 夜宵ちゃんを庇って、良く思われようとしてんでしょ!?」
「九条、言い掛かりだ。 俺は単に、あれ以上の混乱を避けたかっただけだぞ」
「ふん、信じられんな。 貴様も本当は、無明の唇を狙っているのではないか?」

 ちょっと、天羽さん……!?
 その話は、一色くんにはしていなかったのに……!
 ま、まぁ、彼には興味もないことでしょうけど……。

「唇……?」

 片眉を跳ね上げて、僅かに驚いた顔を作る一色くん。
 え、何ですか、その反応は?
 てっきり、あっさりと流されると思っていたんですが……。
 も、もしかして……彼もわたしと……。
 い、いえ、その発想はなしにしましょう。
 期待したって、良いことはな……期待って何ですか……!?
 ど、どうやら混乱しているようですね、少し落ち着きましょう。
 そう考えましたが、一色くんに横目で見られて心臓が跳ねました。
 その目は、どう言った意味なんですか……!?
 声を大にして問い質したかったですけど、すぐに目を逸らされて、タイミングを逃してしまいます。

「詳しく教えろ」

 いつにも増して、上から目線ですね……なんて言っている場合じゃありません……!
 な、何のつもりで聞いているんですか……!?
 わたしは混乱の極致にありましたが、天羽さんたちは挑戦状を叩き付けられたような顔付きで、一色くんに事情を話しています。
 すると彼はおとがいに手を当てて、しばし考え込んだかと思うと、何事もなかったかのようにのたまいました。

「余計なことに時間を使ってしまった、サッサと行くぞ。 天羽、案内しろ」
「貴様、先ほどから何を偉そうに――」
「無明の為だぞ?」
「……致し方ないな。 行くぞ」

 言い返そうとした天羽さんが、呆気なく丸め込まれました。
 その材料となったのが自分だと言う事実を、どう捉えれば良いかはわかりかねますけど……。
 一葉ちゃんと光凜さんも文句を飲み込んだらしく、やっと次の段階に移れそうです。
 そうして歩みを再開させたわたしたちですが、ここからが本番でした。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回、「第18話 贈り物の意味」は、明日の12:30公開予定です。
読んでくれて有難うございます。
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