1 / 4
白鷺
しおりを挟む
黒板にチョークで文字を書く音が響く午後の授業。ノートはとっているけど、なんだか内容が頭に入らない。今も先生の説明が頭の上を素通りしている。窓の外は曇り空。教科書もめくってみるけど、『もう塾でやったところだしな…』と、一向に身が入らない。ほかの皆はどうかな、と後ろの席から教室を見渡してみる。
前の席の彩子はすでに机にもたれて寝てしまっている。隣の席の春佳は別の教科の宿題を一心不乱にやっている。廊下側の孝哉は相変わらず姿勢よく話を聞いている。左斜め前の窓側の席の柊はというと、窓の外を見ている。
柊は、窓の外の一点をじっと見ている様子。『何を見てるの?』柊の視線を追って窓の外に目をやると、学校横を流れる川の中に一羽の白鷺がいた。
白鷺は川の中に餌を探してるのか、川面を見ながら一歩二歩と歩く。細く長い脚が水の中からスッと出てはまた水の中へ入っていく。時折クチバシを腹の辺りにあて、羽繕いをする。この辺りで白鷺を見るのはさほど珍しくないが、まじまじと見ることはあまりない。
『クチバシ、あんなに大きかったかな』と思って見ていると、次の瞬間、白鷺は白い大きな羽を広げ、バサッバサッとニ回ほど扇ぐように動かしたかと思うと、思い切り飛び上がった。大きく広げた翼を動かし、長い脚を体に沿わせ、ぐんぐんと空へ向かう。あっという間に川上の向こうへ飛んでいってしまった。
川上の丘のほうへ小さくなっていく白鷺をしばらく見つめていたが、ハッとして柊を見ると、彼も私と同じように白鷺の飛んでいった方をじっと見つめていた。
今日の柊は、頭の後ろの髪が寝癖なのか斜めに跳ねている。私とは幼なじみで、小学校2年生まで同じクラスだった。ぽっちゃりしていていつも満面の笑顔でおしゃべりするような可愛い男の子だった。小さい頃からずっと一緒にいたから一番の仲良しだったが、小学校3年生でクラスが別々になり、互いに別の友達も増え、だんだんと疎遠になっていった。同じ中学校に進み、3年生になって久しぶりに同じクラスになった柊は、身長も伸び、ぽっちゃりしていた顔はスッキリしていて、「久しぶり」と話した時に、少しはにかんだ笑顔に面影を感じただけで、なんだかずいぶん大人になっていた。それから2ヶ月、以前のように仲良く話すこともなく、なんとなくただのクラスメイトという感じで過ごしている。
柊の跳ねている後ろ髪を見ながら、『高校、どこに行くのかな』と、ぼんやりと私は思っていた。
「柊、この間配られた進路希望調査、もう提出した?」
放課後、帰り支度をしていた柊に声をかけてみた。柊は少しだけ顔を上げこちらを確認すると、すぐに帰り支度に視線を戻して答えた。
「…ああ。一応。」
「そっか、もう出したんだ。具体的にもう決まってるんだ、柊は…。」
私は、クラスが別々になってからの知らない柊、最近も当たり障りない話しかしていない柊を前にし、複雑な気分になった。しかも、この知っているようで知らない幼なじみの柊は、もう希望する進路が決まっているという。
「なんで?琉那はまだなの?」
今度は支度する手を止め、こちらを見て聞き返してきた。
「なんかこう漠然としてて…。皆と同じような高校から成績に当てはめて考えてるだけで…。」
「ふうん…。」
話が終わりそうになる。
「柊は進路希望、どこにしたの?聞いていい?」
気になったので、思い切って聞いてみる。
「…てか、帰ろうよ、帰りながらでもいい?その話。」
柊はリュックを肩にかけながら私に言う。
「あ、ごめん、わかった。そうする。」
私は慌てて自分のカバンを取りに行った。
「で?なんだっけ?俺の志望校の話?」
学校横の川沿いの土手が私達のいつもの通学路だ。小学生の時はよく一緒に登下校したが、最近は一緒に歩くこともなくなっていた。久しぶりに二人で歩く道。雲の合間からだいぶ傾いてきた日差しが射している。
「うん。」
私は頷いて柊の顔を見上げる。西日を受けて顔にまつ毛の影が映っている。
「俺は工業高校希望。」
「工業?」
「そう。兄ちゃんのバイク、一緒にいじってて、それがめっちゃ面白い。」
懐かしい笑顔で話す柊。その笑顔に心動かされながらも、私は驚いた。『いつから?いつの間に?バイク?』知らない柊が今また私の前にいる。
「お兄ちゃんバイク乗ってるの?」
「そうだよ。去年免許取って、先輩のバイクもらって修理しながら乗ってる。」
楽しそうに話してる。
私はちょっと寂しいような、でも、好きなことがあって志望校を決めている友達が眩しいような、そんな気持ちになる。
「琉那は、決まってないの?志望校。」
逆に聞き返された。
「なんとなく成績に合う高校を書いてみたけど、本当にそれでいいのか迷いが出て、まだ提出してない。」
正直に今の気持ちを話してみる。
「琉那は頭もいいし、勉強できる高校でいいんじゃないの?」
ありがちな返答をされた。確かに、ものすごく成績がいいわけではないけど、悪くはないので選択肢はわりとある。だけど、これといってやりたいことがあるわけでもなく、また、数多くある高校の特長を調べる意欲もそれほどなかったため、この進路希望調査で絵に描いたように初めて自分事として悩み始めてしまった。だから先ほどの柊のありがちな返答には少し悲しくなった。
「あれ?どうしたの?ごめん、なんか俺、ヘンなこと言った?」
私が下を向いて黙ってしまったことに気付き、柊は腰をかがめて私の顔を覗きこんできた。
「ううん、ごめん、いいの。柊がいつの間にか、私の知ってる柊と変わってる気がして、混乱してるのかも。あと、自分の不甲斐なさもなんか情けない…。」
私は少し泣きそうになった。
「今日の5時間目さぁ…。」
少し歩いて、でも急に立ち止まって、柊が話を変える。
「5時間目?」
「そう、5時間目。川のあの辺りにでかい白い鳥がいたよな?」
川の真ん中を指差して話す柊に私はハッとした。あの白鷺のことだ。
「いた。白鷺のことだよね?」
私が聞き返すと
「そうそう、白鷺。名前思い出せなくてずーっと見ちゃったんだよね。琉那に聞けばすぐわかると思ったんだけど、授業中で聞けないし。てか、やっぱり琉那も見てたよね、あの鳥。」
と、私の知ってる満面の笑顔で答える。私はその笑顔にホッとしながらちょっと嬉しくなった。
「白いでかい羽がさ、こう羽ばたく姿、カッコいいって思ったんだけど、ほら、琉那もそういうのに目がいくほうじゃん?」
鳥の羽ばたきを真似しながら私を見て話す。
「俺も琉那も、別に変わってなくね?」
確かに、小さい頃、この川でよく一緒に遊び、鳥や虫やいろいろなものを一緒に見てきた。
『ああ、そうか、変わらないところもあるのか…』
「琉那は頭いいから、悩んじゃうんじゃない?頭いいんだから知識増やせばいいじゃん。やりたいことはいつ見つけてもいいんじゃない?」
『そういうことか…。柊、優しい…。なんか納得させられる。』
柊が言うほど成績優秀じゃないけど、なんだか心が落ち着いた気がした。思い切って話してみてよかった。柊は思ってたほど知らない柊にはなってなかったし、私の進路希望もなんとなくまとまりそうな気がしてきた。
「なんか、ありがとう、柊。またいろいろ話したい。」
私は自然にそう話しかけた。
「いいよ。また語ろうぜ。」
と、柊はニッといつもの笑顔で答えてくれた。その笑顔に私は心が暖かくなるのを感じた。
前の席の彩子はすでに机にもたれて寝てしまっている。隣の席の春佳は別の教科の宿題を一心不乱にやっている。廊下側の孝哉は相変わらず姿勢よく話を聞いている。左斜め前の窓側の席の柊はというと、窓の外を見ている。
柊は、窓の外の一点をじっと見ている様子。『何を見てるの?』柊の視線を追って窓の外に目をやると、学校横を流れる川の中に一羽の白鷺がいた。
白鷺は川の中に餌を探してるのか、川面を見ながら一歩二歩と歩く。細く長い脚が水の中からスッと出てはまた水の中へ入っていく。時折クチバシを腹の辺りにあて、羽繕いをする。この辺りで白鷺を見るのはさほど珍しくないが、まじまじと見ることはあまりない。
『クチバシ、あんなに大きかったかな』と思って見ていると、次の瞬間、白鷺は白い大きな羽を広げ、バサッバサッとニ回ほど扇ぐように動かしたかと思うと、思い切り飛び上がった。大きく広げた翼を動かし、長い脚を体に沿わせ、ぐんぐんと空へ向かう。あっという間に川上の向こうへ飛んでいってしまった。
川上の丘のほうへ小さくなっていく白鷺をしばらく見つめていたが、ハッとして柊を見ると、彼も私と同じように白鷺の飛んでいった方をじっと見つめていた。
今日の柊は、頭の後ろの髪が寝癖なのか斜めに跳ねている。私とは幼なじみで、小学校2年生まで同じクラスだった。ぽっちゃりしていていつも満面の笑顔でおしゃべりするような可愛い男の子だった。小さい頃からずっと一緒にいたから一番の仲良しだったが、小学校3年生でクラスが別々になり、互いに別の友達も増え、だんだんと疎遠になっていった。同じ中学校に進み、3年生になって久しぶりに同じクラスになった柊は、身長も伸び、ぽっちゃりしていた顔はスッキリしていて、「久しぶり」と話した時に、少しはにかんだ笑顔に面影を感じただけで、なんだかずいぶん大人になっていた。それから2ヶ月、以前のように仲良く話すこともなく、なんとなくただのクラスメイトという感じで過ごしている。
柊の跳ねている後ろ髪を見ながら、『高校、どこに行くのかな』と、ぼんやりと私は思っていた。
「柊、この間配られた進路希望調査、もう提出した?」
放課後、帰り支度をしていた柊に声をかけてみた。柊は少しだけ顔を上げこちらを確認すると、すぐに帰り支度に視線を戻して答えた。
「…ああ。一応。」
「そっか、もう出したんだ。具体的にもう決まってるんだ、柊は…。」
私は、クラスが別々になってからの知らない柊、最近も当たり障りない話しかしていない柊を前にし、複雑な気分になった。しかも、この知っているようで知らない幼なじみの柊は、もう希望する進路が決まっているという。
「なんで?琉那はまだなの?」
今度は支度する手を止め、こちらを見て聞き返してきた。
「なんかこう漠然としてて…。皆と同じような高校から成績に当てはめて考えてるだけで…。」
「ふうん…。」
話が終わりそうになる。
「柊は進路希望、どこにしたの?聞いていい?」
気になったので、思い切って聞いてみる。
「…てか、帰ろうよ、帰りながらでもいい?その話。」
柊はリュックを肩にかけながら私に言う。
「あ、ごめん、わかった。そうする。」
私は慌てて自分のカバンを取りに行った。
「で?なんだっけ?俺の志望校の話?」
学校横の川沿いの土手が私達のいつもの通学路だ。小学生の時はよく一緒に登下校したが、最近は一緒に歩くこともなくなっていた。久しぶりに二人で歩く道。雲の合間からだいぶ傾いてきた日差しが射している。
「うん。」
私は頷いて柊の顔を見上げる。西日を受けて顔にまつ毛の影が映っている。
「俺は工業高校希望。」
「工業?」
「そう。兄ちゃんのバイク、一緒にいじってて、それがめっちゃ面白い。」
懐かしい笑顔で話す柊。その笑顔に心動かされながらも、私は驚いた。『いつから?いつの間に?バイク?』知らない柊が今また私の前にいる。
「お兄ちゃんバイク乗ってるの?」
「そうだよ。去年免許取って、先輩のバイクもらって修理しながら乗ってる。」
楽しそうに話してる。
私はちょっと寂しいような、でも、好きなことがあって志望校を決めている友達が眩しいような、そんな気持ちになる。
「琉那は、決まってないの?志望校。」
逆に聞き返された。
「なんとなく成績に合う高校を書いてみたけど、本当にそれでいいのか迷いが出て、まだ提出してない。」
正直に今の気持ちを話してみる。
「琉那は頭もいいし、勉強できる高校でいいんじゃないの?」
ありがちな返答をされた。確かに、ものすごく成績がいいわけではないけど、悪くはないので選択肢はわりとある。だけど、これといってやりたいことがあるわけでもなく、また、数多くある高校の特長を調べる意欲もそれほどなかったため、この進路希望調査で絵に描いたように初めて自分事として悩み始めてしまった。だから先ほどの柊のありがちな返答には少し悲しくなった。
「あれ?どうしたの?ごめん、なんか俺、ヘンなこと言った?」
私が下を向いて黙ってしまったことに気付き、柊は腰をかがめて私の顔を覗きこんできた。
「ううん、ごめん、いいの。柊がいつの間にか、私の知ってる柊と変わってる気がして、混乱してるのかも。あと、自分の不甲斐なさもなんか情けない…。」
私は少し泣きそうになった。
「今日の5時間目さぁ…。」
少し歩いて、でも急に立ち止まって、柊が話を変える。
「5時間目?」
「そう、5時間目。川のあの辺りにでかい白い鳥がいたよな?」
川の真ん中を指差して話す柊に私はハッとした。あの白鷺のことだ。
「いた。白鷺のことだよね?」
私が聞き返すと
「そうそう、白鷺。名前思い出せなくてずーっと見ちゃったんだよね。琉那に聞けばすぐわかると思ったんだけど、授業中で聞けないし。てか、やっぱり琉那も見てたよね、あの鳥。」
と、私の知ってる満面の笑顔で答える。私はその笑顔にホッとしながらちょっと嬉しくなった。
「白いでかい羽がさ、こう羽ばたく姿、カッコいいって思ったんだけど、ほら、琉那もそういうのに目がいくほうじゃん?」
鳥の羽ばたきを真似しながら私を見て話す。
「俺も琉那も、別に変わってなくね?」
確かに、小さい頃、この川でよく一緒に遊び、鳥や虫やいろいろなものを一緒に見てきた。
『ああ、そうか、変わらないところもあるのか…』
「琉那は頭いいから、悩んじゃうんじゃない?頭いいんだから知識増やせばいいじゃん。やりたいことはいつ見つけてもいいんじゃない?」
『そういうことか…。柊、優しい…。なんか納得させられる。』
柊が言うほど成績優秀じゃないけど、なんだか心が落ち着いた気がした。思い切って話してみてよかった。柊は思ってたほど知らない柊にはなってなかったし、私の進路希望もなんとなくまとまりそうな気がしてきた。
「なんか、ありがとう、柊。またいろいろ話したい。」
私は自然にそう話しかけた。
「いいよ。また語ろうぜ。」
と、柊はニッといつもの笑顔で答えてくれた。その笑顔に私は心が暖かくなるのを感じた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる