月と花

siro

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白鷺

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 黒板にチョークで文字を書く音が響く午後の授業。ノートはとっているけど、なんだか内容が頭に入らない。今も先生の説明が頭の上を素通りしている。窓の外は曇り空。教科書もめくってみるけど、『もう塾でやったところだしな…』と、一向に身が入らない。ほかの皆はどうかな、と後ろの席から教室を見渡してみる。
 
 前の席の彩子あやこはすでに机にもたれて寝てしまっている。隣の席の春佳はるかは別の教科の宿題を一心不乱いっしんふらんにやっている。廊下側の孝哉たかやは相変わらず姿勢よく話を聞いている。左斜め前の窓側の席のしゅうはというと、窓の外を見ている。
 
 しゅうは、窓の外の一点をじっと見ている様子。『何を見てるの?』しゅうの視線を追って窓の外に目をやると、学校横を流れる川の中に一羽の白鷺しらさぎがいた。
 白鷺しらさぎは川の中に餌を探してるのか、川面を見ながら一歩二歩と歩く。細く長い脚が水の中からスッと出てはまた水の中へ入っていく。時折クチバシを腹の辺りにあて、羽繕いをする。この辺りで白鷺しらさぎを見るのはさほど珍しくないが、まじまじと見ることはあまりない。
 『クチバシ、あんなに大きかったかな』と思って見ていると、次の瞬間、白鷺しらさぎは白い大きな羽を広げ、バサッバサッとニ回ほど扇ぐように動かしたかと思うと、思い切り飛び上がった。大きく広げた翼を動かし、長い脚を体に沿わせ、ぐんぐんと空へ向かう。あっという間に川上の向こうへ飛んでいってしまった。
 川上の丘のほうへ小さくなっていく白鷺しらさぎをしばらく見つめていたが、ハッとしてしゅうを見ると、彼も私と同じように白鷺しらさぎの飛んでいった方をじっと見つめていた。
 
 今日のしゅうは、頭の後ろの髪が寝癖なのか斜めに跳ねている。私とは幼なじみで、小学校2年生まで同じクラスだった。ぽっちゃりしていていつも満面の笑顔でおしゃべりするような可愛い男の子だった。小さい頃からずっと一緒にいたから一番の仲良しだったが、小学校3年生でクラスが別々になり、互いに別の友達も増え、だんだんと疎遠になっていった。同じ中学校に進み、3年生になって久しぶりに同じクラスになったしゅうは、身長も伸び、ぽっちゃりしていた顔はスッキリしていて、「久しぶり」と話した時に、少しはにかんだ笑顔に面影を感じただけで、なんだかずいぶん大人になっていた。それから2ヶ月、以前のように仲良く話すこともなく、なんとなくただのクラスメイトという感じで過ごしている。
 
 しゅうの跳ねている後ろ髪を見ながら、『高校、どこに行くのかな』と、ぼんやりと私は思っていた。

 「しゅう、この間配られた進路希望調査、もう提出した?」
放課後、帰り支度をしていたしゅうに声をかけてみた。しゅうは少しだけ顔を上げこちらを確認すると、すぐに帰り支度に視線を戻して答えた。
「…ああ。一応。」
「そっか、もう出したんだ。具体的にもう決まってるんだ、しゅうは…。」
私は、クラスが別々になってからの知らないしゅう、最近も当たり障りない話しかしていないしゅうを前にし、複雑な気分になった。しかも、この知っているようで知らない幼なじみのしゅうは、もう希望する進路が決まっているという。
「なんで?琉那るなはまだなの?」
今度は支度する手を止め、こちらを見て聞き返してきた。
「なんかこう漠然としてて…。皆と同じような高校から成績に当てはめて考えてるだけで…。」
「ふうん…。」
話が終わりそうになる。
しゅうは進路希望、どこにしたの?聞いていい?」
気になったので、思い切って聞いてみる。
「…てか、帰ろうよ、帰りながらでもいい?その話。」
しゅうはリュックを肩にかけながら私に言う。
「あ、ごめん、わかった。そうする。」
私は慌てて自分のカバンを取りに行った。

「で?なんだっけ?俺の志望校の話?」
学校横の川沿いの土手が私達のいつもの通学路だ。小学生の時はよく一緒に登下校したが、最近は一緒に歩くこともなくなっていた。久しぶりに二人で歩く道。雲の合間からだいぶ傾いてきた日差しが射している。
「うん。」
私は頷いてしゅうの顔を見上げる。西日を受けて顔にまつ毛の影が映っている。
「俺は工業高校希望。」
「工業?」
「そう。兄ちゃんのバイク、一緒にいじってて、それがめっちゃ面白い。」
懐かしい笑顔で話すしゅう。その笑顔に心動かされながらも、私は驚いた。『いつから?いつの間に?バイク?』知らないしゅうが今また私の前にいる。
「お兄ちゃんバイク乗ってるの?」
「そうだよ。去年免許取って、先輩のバイクもらって修理しながら乗ってる。」
楽しそうに話してる。
私はちょっと寂しいような、でも、好きなことがあって志望校を決めている友達が眩しいような、そんな気持ちになる。
琉那るなは、決まってないの?志望校。」
逆に聞き返された。
「なんとなく成績に合う高校を書いてみたけど、本当にそれでいいのか迷いが出て、まだ提出してない。」
正直に今の気持ちを話してみる。
琉那るなは頭もいいし、勉強できる高校でいいんじゃないの?」
ありがちな返答をされた。確かに、ものすごく成績がいいわけではないけど、悪くはないので選択肢はわりとある。だけど、これといってやりたいことがあるわけでもなく、また、数多くある高校の特長を調べる意欲もそれほどなかったため、この進路希望調査で絵に描いたように初めて自分事として悩み始めてしまった。だから先ほどのしゅうのありがちな返答には少し悲しくなった。
「あれ?どうしたの?ごめん、なんか俺、ヘンなこと言った?」
私が下を向いて黙ってしまったことに気付き、しゅうは腰をかがめて私の顔を覗きこんできた。
「ううん、ごめん、いいの。しゅうがいつの間にか、私の知ってるしゅうと変わってる気がして、混乱してるのかも。あと、自分の不甲斐なさもなんか情けない…。」
私は少し泣きそうになった。

「今日の5時間目さぁ…。」
少し歩いて、でも急に立ち止まって、しゅうが話を変える。
「5時間目?」
「そう、5時間目。川のあの辺りにでかい白い鳥がいたよな?」
川の真ん中を指差して話すしゅうに私はハッとした。あの白鷺しらさぎのことだ。
「いた。白鷺しらさぎのことだよね?」
私が聞き返すと
「そうそう、白鷺しらさぎ。名前思い出せなくてずーっと見ちゃったんだよね。琉那るなに聞けばすぐわかると思ったんだけど、授業中で聞けないし。てか、やっぱり琉那るなも見てたよね、あの鳥。」
と、私の知ってる満面の笑顔で答える。私はその笑顔にホッとしながらちょっと嬉しくなった。
「白いでかい羽がさ、こう羽ばたく姿、カッコいいって思ったんだけど、ほら、琉那るなもそういうのに目がいくほうじゃん?」
鳥の羽ばたきを真似しながら私を見て話す。
「俺も琉那るなも、別に変わってなくね?」
 確かに、小さい頃、この川でよく一緒に遊び、鳥や虫やいろいろなものを一緒に見てきた。

『ああ、そうか、変わらないところもあるのか…』

 「琉那るなは頭いいから、悩んじゃうんじゃない?頭いいんだから知識増やせばいいじゃん。やりたいことはいつ見つけてもいいんじゃない?」

 『そういうことか…。しゅう、優しい…。なんか納得させられる。』

しゅうが言うほど成績優秀じゃないけど、なんだか心が落ち着いた気がした。思い切って話してみてよかった。しゅうは思ってたほど知らないしゅうにはなってなかったし、私の進路希望もなんとなくまとまりそうな気がしてきた。

 「なんか、ありがとう、しゅう。またいろいろ話したい。」
私は自然にそう話しかけた。
「いいよ。また語ろうぜ。」
と、しゅうはニッといつもの笑顔で答えてくれた。その笑顔に私は心が暖かくなるのを感じた。

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