【完結】黒兎は、狼くんから逃げられない。

N2O

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本編

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「今日からこちらでお世話になります!!ノールで聖者やってました、キイチ・タサキと言います!こっちの世界に来て狼になりました!!」



再びここは、あの品のいい調度品が置かれたスィーガの執務室。

にこにこと微笑むスィーガの前に、ノクスの姿は見えない。
そこ代わり、丸みを帯びた焦茶の耳がピクピク動くのが見えた。




「ディト、お前の上司は何処に行ったのかな?」

「・・・・・・えっと、その・・・訓練所で、団員をイジめ・・・いえ、鍛えてまして・・・」

「それはそれは。第一王子の招集も無視するくらい夢中になっている、ということか。ディトも苦労するね。」

「・・・恐れ入ります・・・・・・」

「まあいいさ。団が強くなるならそれで構わない。ノクスから聞いているだろうが、こちらがノールから来た聖者のキイチだ。歳は18歳。可愛がってやれ。」

「承知致しました。キイチ様、どうぞよろしくお願い致します。」

「あ、あの、俺歳下だろうし、聖者って言ってももう役目終わったんで・・・一般人として扱って欲しくて・・・様とか、敬語とかは・・・」

「・・・分かった、キイチ。俺は熊獣人のディト。歳は24歳。よろしくな。」





思わずその場で立ち上がり、ぱあっと、花が咲いたような顔で笑うキイチ。
毛並みのいい灰色と白の混じったふさふさの尻尾が、ブンブンと横に揺れている。

尻尾と同じ色の髪の毛と耳。
アーモンド型の整った目元。
瞳は焦茶色で、少し日に焼けた肌と合っている。
大きめの口からは、狼らしい牙が見え隠れしていた。


その喜びぶりを見たスィーガもディトも、思わず笑いが溢れる。

元は獣人の居ない世界から来たはずだが、背は高く、190cmはあるだろう。
異世界から来た者が、獣人ではない人間の場合、その者に合う獣の獣人に身体が変化する。

キイチは、身体に合う獣が狼だった、という訳である。



「ディト、後は頼んだぞ。それとキイチは王宮では無く、そちらの宿舎で暮らしたいそうだ。部屋を一部屋確保してくれ。金銭面は心配ない。ノールから色々届いてるのでな。」

「畏まりました。じゃあ、キイチ。行くぞ。」

「はいっ!!!スィーガさん、色々ありがとうございました!!」

「またいつでも王宮に遊びに来るといい。ノクスに鍛えてもらえ。」

「・・・ほ、程々にな、キイチ・・・あの人容赦無いから・・・」

「?やるなら徹底的が良いです!!」

「あっはっはっは!こりゃいい!ノクスも気にいるかもしれん!」




腹を抱え笑い始めたスィーガと、何やら頭を抱え始めるディト、首を傾げきょとんとした顔のキイチ。
三者三様の反応を部屋の隅で見ていた執事のハーヴィは、笑いが溢れそうになるのを小さな咳で誤魔化した。


















「ノクス団長って、どんな人なんですか?」


王宮から出て、馬で移動する途中。
こちらの世界に来てから馬に乗るようになったと言うキイチは、そんなこと全く感じさせない手綱捌きを見せた。


キイチの運動神経は元の世界に居たころから良かった。
聖者としてこちらに神から呼ばれたキイチは、更に様々な能力を与えられたそうだが、練習して、実践しないと上達はしない。

向上心の塊のようなキイチは、もっともっと強くなって、色んな国の人の役に立ちたい、という希望を持っている。

ディトは、感心しっぱなしである。





「どんな人・・・うーん・・・そうだなぁ・・・悪い人では無いんだけど、ちょっと性格に難ありというか・・・」

「?気難しい人ってことですか?」

「んー・・・まあ、そんなところ。会ってみたら分かるよ。」

「そうですか・・・俺大丈夫かな・・・。」

「強い奴は好きだし、何とかなるだろ。強くなりたいんだろ?あの人クソ強いから。そこは期待しとけ。」

「ジャスパー王子からも黒い魔王だって聞きました!」

「・・・・・・違いねぇ。」

「魔王様かぁ・・・!なんか楽しみになってきました!!」

「・・・すげぇな、お前。じゃ、早く訓練所行くぞ。」

「はいっ!!」



ディトが馬の腹を強く蹴ると、ぐん、と加速していく。
それに追いつこうと、にこにこ楽しそうに笑いながらキイチも同じように馬の腹を蹴る。


そしてあっという間に、森の近くにある訓練場、通称扱き場についたのだった。




「・・・?ディトさん、ここ花でも植えてるんですか?とっても甘い香りですね。」

「何言ってんだ。ここで花なんか愛でる暇なんかねぇよ。」

「・・・でも・・・んー・・・いい香り。」

「?行くぞ、馬はそこにつなげよ。」

「あっ、置いてかないで、わわっ、」





バタバタと、訓練場の門をくぐる。

益々強くなっていく甘い香りに、キイチの身体はどくんどくん、と強く脈打ち始めていた。
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