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『思い込み』とは恐ろしいもので、例えそれが真実と異なっていたとしても、本人はただ純粋に真実だと信じているのだから、最早救いようがない。
俺の場合ある人物の配偶者になれるものだと思い込み、信じて疑いもしなかった。
それは決して誰かに強要されたわけではなく、ごく自然なこととして俺の中に芽生えたものだ。
なぜなら俺はそいつのことが物心ついた頃から大好きで、あいつも・・・、ルシウスも、俺のことが・・・大好きだと思い込んでいたから。
母同士が古い友人で、大層仲が良かった。
家も歩いて行ける距離だったから時間があれば家へ赴き、その太い膝に乗り、逞しい肩に乗り、時には抱きしめてもらって想いの糧にしていた。
ルシウスも俺と同じようにいつも顔を綻ばせていたから、てっきり同じ気持ちなのだろうと信じていた。
いつからか、ルシウスが俺を遠ざけるようになった。
触れることを許されず、背中を追って騎士になることも嫌がられた。
喜んでくれるだろうと、王都騎士隊の入隊許可証を見せたときのあの愕然とした表情を思い返すと、数年経った今でも心臓がギュッとなる。
そのくせ騎士の独身寮の部屋はいつも俺の隣、どう手を回したのか分からないが所属小隊も同じ。
食事は常に俺の隣か真向かいで、風呂の時間まで指定される。
態度と行動が、一致しない。
ちぐはぐなルシウスの行動に俺は混乱しながらも、どこか喜びを感じていた。
一般人よりも遅い十六歳でようやく俺の第二性が分かった。
男では珍しい、Ωだった。
通りで体の線が細く、筋肉がつきにくいわけだ。
でも、ルシウスはα、俺はΩ。
何と理想的で、望ましい展開なのだろうと胸が躍った。
Ωだと分かってから、ルシウスは俺に項保護帯の着用を強要するようになった。
そんなもの着けなくても、Ωと分かってから一回もヒートが来ない、フェロモンの匂いってのもイマイチわからない俺みたいなちんちくりんの、しかも騎士の男相手に誰も発情なんかするわけない。
そう説き伏せてもルシウスは頑なに譲らず、更には自分の立場を利用して署名入りの除隊願まで渡してきたわけだ。
『これですぐにでも除隊できる』と脅し文句まで付けて。
せっかく必死で勉強して、訓練して、入隊できたのだからそんな理由で辞めるわけにはいかないと、俺は渋々ながらルシウスから貰った項保護帯を着けていたわけである。
急に風向きが変わったのは俺が成人する誕生日の二日前のことだ。
王都から西へ数十キロの町で魔物の群れが確認された。
急遽王都の騎士隊にも招集がかかり、魔物討伐専門である第二騎士隊が大急ぎで遠征の準備を進めていた。
その日の俺は朝から体がだるく、熱もあった。
目敏く変化に気づいたルシウスから寮で待機を命じられた俺は、上官に歯向かうわけにもいかず部屋で大人しく寝ていた。
夜が近づくにつれ、どうも落ち着かない。
体の奥から得体の知れない熱が迫り上がってきて、正体の分からない不安が膨らんでいく。
ふらふらする足取りで隣のルシウスの部屋を合鍵を使い無断で開け、クローゼットを漁り、そこにしまってあった服を根こそぎベッドに放り投げて、飛び込んだ。
ああ、何て心地いいんだろう。
安心するのに、腹がムズムズして頭の中が甘さで溶けていく。
自然と後ろの窄みに手を伸ばしたのは、Ωの本能的なものだった。
「────テオ、そこで何をしている?」
「・・・あ、あ・・・、これ、は・・・っ」
こんな大男の足音にも気づかず、匂いの染みついたベッドの上で自慰に耽っていたなんて、もう、弁明の余地もない。
恥ずかしさと、申し訳なさで溢れた涙が頬からベッドに落ちていく。
正直、互いに正気でいられたのはここまでだ。
俺の体に覆い被さってきたルシウスはまさに獣のようで、他の騎士の前で紳士的に振る舞っている姿が滑稽に思えるほど。
ガブガブと容赦なく項保護帯を噛んでは、俺の唇を奪い、体中を撫で回す。
騎士隊恒例の遠征前の景気付けに参加していたんだろう。
初めて感じる甘ったるいαのフェロモンに混じって、酒の匂いがした。
その図体で酒に弱いなんて笑ってしまう話だが、どうにかこうにかそれを誤魔化せないかと画策し、相手を酒で潰しにかかる手をいつも使っていた。
それでも躱しきれなかった少量の酒で、これだ。
もう飲まない方がいいぞ、と思ったことをぼんやりと覚えている。
「帰還後、話がある。」
僅かに取り戻した正気の間に飲んだ抑制剤が功を奏し、遠征出立時にはギリギリ間に合った。
俺はベッドから一歩も動けなかったが、ルシウスは隊服をカッチリと身に纏い、部屋から出ていく。
俺の項には噛まれすぎてボロボロになった項保護帯の代わりに、新しい物が着けられていた。
一人残された部屋の中でシーツに包まり、情事の最中に囁かれ続けた愛の言葉を思い出し、ニヤける顔を抑えることができない。
長年の夢が叶う日が近づいている。
俺は、そう思い込んでいた。
遠征討伐は移動も含めて、十日間と言ったところ。
ルシウスが出立した日の午後には俺も動けるようになり、主に寮の掃除や食事の準備────帰還するまでの間、裏方仕事に振り替えられていた────をこなしながら、帰りを待つ日々を送っていた。
食堂で出たゴミを捨てに行く途中のことだ。
数名の隊員たちが訓練所の裏で休憩がてら、談笑している。
ルシウスが残して行った指示書のような紙に書いてあった通り、αの隊員の目に極力触れないように踵を返した時だった。
「────にしても副長もようやくって感じ。あの威圧フェロモンも落ち着くか?番を守るってのも大変なんすねぇ。俺、βだからいまいちわかんねぇけど。」
「実は家も買って準備してんだろ?戦い方と同じで用意周到っつーか、怖えっつーか・・・」
「そういや俺、この間副長が装飾品店から出てくるところ見たぜ?幸せに満ちたあの副長の顔・・・!」
「あいつは美人だから宝石が似合いそうだな~!当の本人、自覚ないみたいだけど。」
「「「それな~~」」」
聞こえてきた何気ない会話が、一瞬で俺の背筋を凍り付かせた。
番?
新しい家?
装飾品?
どれも知らない。本人から聞いたこともない。
自分の知らないルシウスと、その横に並ぶ顔も知らない相手の姿が頭の中に浮かんできて、吐き気を催す。
そういえば最近、休みの日にルシウスは出掛けることが多かった。
休む時は部屋の鍵を必ず閉めて、部屋から出るときには他の騎士と・・・特にαと接触するな、なんてよく言えたもんだ。
自分は、俺以外の相手と、よろしくしてたってのに。
きっと帰還後の話ってのも碌なもんじゃない。
目の前が真っ赤になって、手に持ったゴミ袋をその場で投げ捨てた。
かと言ってそのままにもできず、拾い直し大急ぎで迂回して捨てに行く。
幸いなことにこの日の仕事はもう終えていた。
明日は非番で、明後日には恐らく遠征隊が帰還する。
心をズタズタにされる前に逃げなければ、と思った。
部屋に戻り、引き出しにしまっておいた一枚の紙を取り出す。
署名欄へ書き殴るように自筆でサインをしてから部屋にあった荷物を鞄に押し込み、飛び出るように扉を閉めた。
向かった先は隊長代理の、ノードさんの部屋の前。
まだ訓練中で不在だと分かった上で、ノックもせず扉の隙間から先ほどサインをしたばかりの紙を押し込み、走って寮を出る。
すれ違いざま、何人かの騎士から声をかけられたが構っていられるわけがない。
こんな涙でぐちゃぐちゃの思い込みの激しいΩの顔なんて、誰にも見せられなかった。
どこでもいいと偶然乗ったのは北へ向かう馬車。
北は、歴代の聖女様が重ね重ね結界を張っていて────魔窟が生じても辺境すぎて討伐に時間がかかるから────、不便な土地であるが魔物も発生しにくいと聞く。
それならルシウスと第二騎士隊とも会うことはないだろう。
偶然に感謝して、俺は何日も何回も馬車を乗り継ぎながら、この際行くなら北の果てだと決めて、移動した。
そしてその道中、コルンの妊娠がわかり────、命の恩人であるルーシーさんと出会ったわけだ。
「────で、これは何のつもりかしら?」
「換金できるような物を今はこれしか持ち合わせていません。足りない分は明日ご用意します。」
「理由もなくこんな高そうな物受け取れないわ。私たちは別に何もしてないもの。」
「・・・これまで二人を保護してくださった御礼です。本当にありがとうございました。感謝してもしきれません・・・」
「っ、ばかっ、このやろ・・・!いい加減、顔を上げろっ!保護者顔すんな!そのネックレスをしまえ!!ルーシーさんを困らすな!!」
食堂に到着するなり、着けていたネックレスを差し出したこいつはルーシーさんとピーターさんに片膝をついて頭を下げた。
その姿は、主君へ忠誠を誓う騎士そのもの。
騎士という立場を安売りするなとよく口にしていたこいつが、軽い気持ちで頭を下げたわけではないことを、悔しいけど俺はよく分かっていた。
「ルシウスさんと言いましたね。そろそろ顔を上げてくださる?」
「・・・はい。」
「それで、ルシウスさんはテオちゃんのなあに?元仕事仲間?」
「番です。」
「っ、なっ!?ち、ちがうっ、俺はあんたの、つ、番じゃ、」
「テオちゃんは黙ってなさい。私はルシウスさんとお話ししてるの。」
わかった?と穏やかな口調で微笑んだルーシーさんは、騎士に劣らない気迫があった。
俺は返事も碌に出来ず、頷くのがやっと。
ピーターさんに促され、いつも賄いを食べる席へ向かう。
俺の隣にはルーシーさん、向かいの席にすぅすぅ寝息を立て眠るコルンを抱いたピーターさん、そしてその隣にルシウスが座った。
こうして向き合うと、改めて実感が湧いてくる。
俺の目の前に、二度と会うことはないだろうと思っていたあのルシウスがいる。
「ところで、ルシウスさん。コルンちゃんを生む時、テオちゃんが私たちに何て言ったと思います?」
「・・・・・・教えていただけますか。」
「ええ、もちろん。テオちゃんは一人で生みますって言ったのよ。まだ十八歳の負けん気の強い可愛らしい男の子が初めての出産、不安で堪らないだろうに、一人で大丈夫です、一人で育てていかないといけないんだからって・・・・・・、全く冗談じゃないわ。いつか相手を探し出して成敗しないと気が済まないと思ってたの。」
「・・・・・・はい。」
「でもね、さっきからあなた達の様子を見てると、何か行き違いがあってこうなったってことは十分に分かる。あなた、他に番なんていないでしょう?もちろんテオちゃんもそうよ。本人もきっとそう感じてる。この子、あなたが言うように察しは悪いけど、優しくて真っ直ぐ、愛情たっぷりにコルンちゃんを育てている素晴らしい人ですもの、ね?」
────テオちゃん。
俺の名前を呼ぶルーシーさんに頭を撫でられた瞬間、言葉の代わりに瞳から雫が溢れていく。
ぼろぼろ、ぼろぼろ、何度拭っても頬を伝って、あっという間に袖がぐしゅぐしゅだ。
泣く姿なんて誰にも見られたくないのに・・・、特に目の前のルシウスには。
きっと呆れて、俺のこと睨んでんだろうな────・・・
「あらあら。あなたそんな風貌で、結構涙脆いのね。」
「・・・は?な、んで・・・、あんた、まで・・・」
顔を上げた先には、真っ直ぐ俺の方を見据え、静かに涙を流すルシウスがいた。
背筋を伸ばし、唇を噛み締める姿は『男泣き』という言葉がぴったりだと思う。
つい先ほどルシウスが泣く姿を見たばかりではあるが、また印象の違う泣き方だ。
テーブルに額を打ちつける勢いで頭を下げたルシウスからは、三年前まで感じていた冷たさを全く感じなかった。
「・・・っ、俺の・・・言葉が・・・考えが足りない、ばかりに・・・、テオに苦労をかけて・・・、俺は騎士失格だ・・・!人間としても・・・っ、本当に、すまない・・・」
「・・・え、や・・・ええ・・・?」
「ほーんと、馬鹿真面目っていうか、融通が効かないっていうか。さすが鉄壁と謳われる隊のトップに相応しいよね!やっほールシウス!来ちゃった!」
「へっ?!」
突然食堂の入り口から声がして、一同そちらに視線を向ける。
頭から大きなストールを巻き、如何にもお忍びと言った格好の美青年が笑顔でこちらに手を振っている。
・・・・・・引き攣った笑顔を浮かべたノードさんを引き連れて。
美青年を見て飛び上がるように立ったルシウスは、ゴシゴシと袖口で涙と鼻水を拭きとると、呆気に取られた口ぶりで話し始めた。
「っ、で、殿下っ!?ど、どうして、ここが?!」
「いきなりルシウスが走ってどこかに行っちゃうから心配でねぇ。ノードも何か隠してるみたいだし・・・教えないと怒っちゃうぞ♡ってお願いしたわけ。で、今ここ♡」
「んなっ・・・!ハッ!せ、聖女様との面会は?!ま、間に合わないかもしれないと、慌てていらっしゃったではないですか!」
「ああ、それなら大丈夫。先に先代にご挨拶したって言えば、彼女も怒らないだろうし・・・ね?先代様。」
「・・・へ?」
ひらひらと手を振り続け、こちらへ近づいてきた殿下こと第一王子アーノルド・リシュタイン様は一人の女性の前で膝をついた。
女性は呆れたような顔で、よくもまあ、と小言を口にしたあと、久方振りといった雰囲気の挨拶を殿下と交わしている。
その間、俺も、ルシウスも、ノードさんだって、意表をつかれすぎてぽかんと口を開けていた。
ただ一人ニコニコと変わらず笑顔を浮かべていたのは、ルーシーさんの夫ピーターさんだけである。
「私はとうの昔に引退して姪っ子に力を譲渡した一般人。素性を隠して隠居中の身なの。その呼び方はやめてちょうだい。」
「何を言いますか。結界を張り直すのを今でも手伝ってくださっているのですから、先代様と呼ぶに値します。」
「・・・探し人が見つかったようでよかったわね。」
「ええ、この通り。本人の人生を揺るがす大発見となりました。感謝いたします。」
「私としては、不本意ですけどね。まさかテオちゃんのことだとは思いもしなかったから。」
「ええ、ええ。それも存じておりますとも。謝礼に要望があるのでしたら、何なりとお申し付けください。全て叶えてみせます。」
「・・・・・・???」
はへぇ・・・と吐息を漏らすと、振り向いたルーシーさんと目があった。
驚いたでしょう、ごめんなさいねと平謝りのルーシーさんは、突然ルシウスに自分と席を変わるよう声をかける。
何が何だかわからないのはルシウスも同じようで、鋭い目が点だ。
ルーシーさんに言われるがまま立ち上がり、俺の隣に座る。
そしてハッとしたようにこちらを向き、また目を潤ませてから俺に飛びついてきたのである。
あまりの勢いに椅子ごと倒れそうになるも悲鳴を上げる間もなく体を抱き抱えられ、何とルシウスの膝の上で向かい合い、またがる形に。
別の意味で悲鳴をあげそうになったがルシウスの瞳があまりにも真っ直ぐで、逸らすこともできなくなってしまった。
口を開いては閉じ、開いては閉じを何度か繰り返したルシウスは、腹を決めたと言わんばかりの顔をして俺の肩に手を乗せた。
「俺は・・・っ、ずっと、お前を、テオだけを愛している。」
「・・・う、嘘だ。だ、だって、」
「テオが何を聞いて、何を思ってこうなったのか、正直今でも分からない。でも、俺にテオ以外の相手なんかいたことはないし、つくろうとも思ったことはない。」
どうか信じて欲しい、と呟いて、ゴツゴツした大きな手が俺の頬を包みこんだ。
手先が冷たく、抑えているが少し震えている。
張り詰めるような空気の中、射抜くようなアレキサンドライトの瞳をよく見ると、ゆらゆらと、不安げに揺れていた。
ルシウスはいつも自信とエネルギーに満ちた人だから、恐れとか不安とか、感じない人かと思ってたのに。
「・・・・・・ほんとの、ほ、んとか・・・?」
「ああ。テオが子どもの頃から・・・ずっと、ずっと、好きだった。好きで堪らなかった。」
「っ、でも、じゃあ何でっ、お、俺のこと急に・・・」
「・・・遠ざけたかって?」
「・・・・・・む。」
「・・・・・・だから・・・本当に、お前は察しが悪い。」
「!?また俺が悪いって、っ、んんっ、ふうっ、」
グッと肩を掴まれて、互いの唇が重なった。
名残惜しそうに離れたそれは、すぐに俺の目尻、額、鼻先に、首筋へと移動して、少しずつ熱を残していく。
後頭部を掴まれて、強制的に視線が交わる。
久しく見ていなかったルシウスの意地の悪い笑みを含んだ口元は緩やかに弧を描き、最後にもう一度触れるか触れないかの熱を残してようやく離れていった。
「容赦なく触れてくるテオに俺がいつまでも我慢できると思うのか?人前でこうなるんだぞ?テオは恥ずかしがって俺に近づきもしなくなるだろう。そんなの絶対御免だ。」
「・・・・・・あ、あんた、い、今、俺にキ、っ、んう??!ま、またっ、勝手にしたあっ!!?」
「大体なぁ、騎士隊なんてむさ苦しい野獣の巣窟だ。有象無象がテオを狙うだなんて・・・とんでもない。あれだけ止めたと言うのに・・・まったくお前は、俺の意図を何一つ読み取りもしない。ようやく成人・・・、少しフライングしたが、テオを俺のものにできたと浮き足だっていたのに、ぐしゃぐしゃの除隊願?書き置きも残さず失踪?この三年間生きた心地がしなかった。これから覚悟しとけ、この馬鹿者が。」
「・・・・・・・・・・・・!ひうっ、」
至近距離で捲し立てられ、あまりの勢いに言い返すこともできず。
だってそんなこと言ってくれなきゃわからない、の意を込めて、むすっと黙っていたら・・・唇を舐められた。
お、俺は、こんな甘いルシウスを知らない。
何だ、そのほくそ笑んだ顔は!
何だ、背中を撫でる優しい手は!
じりじりと熱くなってきて少しでも離れようと体を逸らしたら腰を掴まれ、逃げることもできず狼狽えていると、すぐ近くからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
そして俺は、思い出すのだ。
俺たちの周りに、人がいることを。
ゆっくりとゆっくりと、テーブルを挟んだ向かい側を見る。
おほほ、と口元を隠し微笑むルーシーさんと真っ先に目があった。
「っ、うあ・・・、こ、これは、そのぅ・・・ッ」
「あら、可愛い。まるで熟れたりんごね。テオちゃんのそんな顔初めて見たわ。もっとよく見せて?」
「いいなあ。僕も早く婚約者とイチャイチャしたいなぁ。」
「~~っ、か、揶揄わないでくだっ、っ、んひっ、おいっ!ル、ルシウ、ス!わっ、こらっ、やめろって!み、みんなっ、見てる!!」
「見せてるんだ。もう伝えず後悔したくない。テオは俺だけ見てろ。」
「ば・・・、ば・・・ッッ」
「テオ、よかったねぇ。父さまのこと大好きだもんねぇ。」
「?!」
罵る言葉を大声で叫ぼうとして肺一杯吸い込んだ空気は、愛しい人のふわふわした寝ぼけ声でそのまますぅ────・・・と抜かざるを得なかった。
ピーターさんの腕の中、全体重を胸元に預けたままのコルンは俺を見て、ひひひ、と笑みを浮かべている。
「こっ、コルン・・・?いつから・・・起きて・・・?」
「コルンはテオが父さまとちゅっちゅしてるの見てたもん。」
「ンなっ・・・、な・・・ッ!?」
「ちゅっちゅは大好きな人といっぱいしていいんだよ。コルンもテオとするもん。ね、父さま。」
「ああ、そうだな。たくさんした方がいい。」
「?!そ、それとっ、これとはっ、全然違っ」
「ほう・・・?具体的にどう違うのか教えてほしいものだな。」
「────────っ!」
我慢ならず再び大きく息を吸う俺を見て、すかさずピーターさんはコルンの耳を塞ぎにかかる。
そして他の面々は自分の耳を塞いだ上で、ニヤニヤ、くすくす。
どデカい文句を言った後、俺はまた豪快に唇を塞がれて、ルシウスの肩を何度も殴ったけどビクともしない。
腹に据えかねた俺が手で顔を覆い泣く真似をするとコルンが飛んでやってきて、俺の代わりにシリウスを目一杯叱ってくれたのだった。
────さて、テーブルに置かれたままのルシウスのネックレス。
俺には見覚えのないネックレスには二連の指輪が掛けられていて、内側に二つの色の違う宝石が埋め込まれている。
見つめ合う互いの瞳の色によく似た宝石だということに気付き、俺の血の気が引くことになったのは、また、別の話である。
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読んでいただきありがとうございます♡
次は獣エチか甘々エチか・・・迷うところ・・・
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俺の場合ある人物の配偶者になれるものだと思い込み、信じて疑いもしなかった。
それは決して誰かに強要されたわけではなく、ごく自然なこととして俺の中に芽生えたものだ。
なぜなら俺はそいつのことが物心ついた頃から大好きで、あいつも・・・、ルシウスも、俺のことが・・・大好きだと思い込んでいたから。
母同士が古い友人で、大層仲が良かった。
家も歩いて行ける距離だったから時間があれば家へ赴き、その太い膝に乗り、逞しい肩に乗り、時には抱きしめてもらって想いの糧にしていた。
ルシウスも俺と同じようにいつも顔を綻ばせていたから、てっきり同じ気持ちなのだろうと信じていた。
いつからか、ルシウスが俺を遠ざけるようになった。
触れることを許されず、背中を追って騎士になることも嫌がられた。
喜んでくれるだろうと、王都騎士隊の入隊許可証を見せたときのあの愕然とした表情を思い返すと、数年経った今でも心臓がギュッとなる。
そのくせ騎士の独身寮の部屋はいつも俺の隣、どう手を回したのか分からないが所属小隊も同じ。
食事は常に俺の隣か真向かいで、風呂の時間まで指定される。
態度と行動が、一致しない。
ちぐはぐなルシウスの行動に俺は混乱しながらも、どこか喜びを感じていた。
一般人よりも遅い十六歳でようやく俺の第二性が分かった。
男では珍しい、Ωだった。
通りで体の線が細く、筋肉がつきにくいわけだ。
でも、ルシウスはα、俺はΩ。
何と理想的で、望ましい展開なのだろうと胸が躍った。
Ωだと分かってから、ルシウスは俺に項保護帯の着用を強要するようになった。
そんなもの着けなくても、Ωと分かってから一回もヒートが来ない、フェロモンの匂いってのもイマイチわからない俺みたいなちんちくりんの、しかも騎士の男相手に誰も発情なんかするわけない。
そう説き伏せてもルシウスは頑なに譲らず、更には自分の立場を利用して署名入りの除隊願まで渡してきたわけだ。
『これですぐにでも除隊できる』と脅し文句まで付けて。
せっかく必死で勉強して、訓練して、入隊できたのだからそんな理由で辞めるわけにはいかないと、俺は渋々ながらルシウスから貰った項保護帯を着けていたわけである。
急に風向きが変わったのは俺が成人する誕生日の二日前のことだ。
王都から西へ数十キロの町で魔物の群れが確認された。
急遽王都の騎士隊にも招集がかかり、魔物討伐専門である第二騎士隊が大急ぎで遠征の準備を進めていた。
その日の俺は朝から体がだるく、熱もあった。
目敏く変化に気づいたルシウスから寮で待機を命じられた俺は、上官に歯向かうわけにもいかず部屋で大人しく寝ていた。
夜が近づくにつれ、どうも落ち着かない。
体の奥から得体の知れない熱が迫り上がってきて、正体の分からない不安が膨らんでいく。
ふらふらする足取りで隣のルシウスの部屋を合鍵を使い無断で開け、クローゼットを漁り、そこにしまってあった服を根こそぎベッドに放り投げて、飛び込んだ。
ああ、何て心地いいんだろう。
安心するのに、腹がムズムズして頭の中が甘さで溶けていく。
自然と後ろの窄みに手を伸ばしたのは、Ωの本能的なものだった。
「────テオ、そこで何をしている?」
「・・・あ、あ・・・、これ、は・・・っ」
こんな大男の足音にも気づかず、匂いの染みついたベッドの上で自慰に耽っていたなんて、もう、弁明の余地もない。
恥ずかしさと、申し訳なさで溢れた涙が頬からベッドに落ちていく。
正直、互いに正気でいられたのはここまでだ。
俺の体に覆い被さってきたルシウスはまさに獣のようで、他の騎士の前で紳士的に振る舞っている姿が滑稽に思えるほど。
ガブガブと容赦なく項保護帯を噛んでは、俺の唇を奪い、体中を撫で回す。
騎士隊恒例の遠征前の景気付けに参加していたんだろう。
初めて感じる甘ったるいαのフェロモンに混じって、酒の匂いがした。
その図体で酒に弱いなんて笑ってしまう話だが、どうにかこうにかそれを誤魔化せないかと画策し、相手を酒で潰しにかかる手をいつも使っていた。
それでも躱しきれなかった少量の酒で、これだ。
もう飲まない方がいいぞ、と思ったことをぼんやりと覚えている。
「帰還後、話がある。」
僅かに取り戻した正気の間に飲んだ抑制剤が功を奏し、遠征出立時にはギリギリ間に合った。
俺はベッドから一歩も動けなかったが、ルシウスは隊服をカッチリと身に纏い、部屋から出ていく。
俺の項には噛まれすぎてボロボロになった項保護帯の代わりに、新しい物が着けられていた。
一人残された部屋の中でシーツに包まり、情事の最中に囁かれ続けた愛の言葉を思い出し、ニヤける顔を抑えることができない。
長年の夢が叶う日が近づいている。
俺は、そう思い込んでいた。
遠征討伐は移動も含めて、十日間と言ったところ。
ルシウスが出立した日の午後には俺も動けるようになり、主に寮の掃除や食事の準備────帰還するまでの間、裏方仕事に振り替えられていた────をこなしながら、帰りを待つ日々を送っていた。
食堂で出たゴミを捨てに行く途中のことだ。
数名の隊員たちが訓練所の裏で休憩がてら、談笑している。
ルシウスが残して行った指示書のような紙に書いてあった通り、αの隊員の目に極力触れないように踵を返した時だった。
「────にしても副長もようやくって感じ。あの威圧フェロモンも落ち着くか?番を守るってのも大変なんすねぇ。俺、βだからいまいちわかんねぇけど。」
「実は家も買って準備してんだろ?戦い方と同じで用意周到っつーか、怖えっつーか・・・」
「そういや俺、この間副長が装飾品店から出てくるところ見たぜ?幸せに満ちたあの副長の顔・・・!」
「あいつは美人だから宝石が似合いそうだな~!当の本人、自覚ないみたいだけど。」
「「「それな~~」」」
聞こえてきた何気ない会話が、一瞬で俺の背筋を凍り付かせた。
番?
新しい家?
装飾品?
どれも知らない。本人から聞いたこともない。
自分の知らないルシウスと、その横に並ぶ顔も知らない相手の姿が頭の中に浮かんできて、吐き気を催す。
そういえば最近、休みの日にルシウスは出掛けることが多かった。
休む時は部屋の鍵を必ず閉めて、部屋から出るときには他の騎士と・・・特にαと接触するな、なんてよく言えたもんだ。
自分は、俺以外の相手と、よろしくしてたってのに。
きっと帰還後の話ってのも碌なもんじゃない。
目の前が真っ赤になって、手に持ったゴミ袋をその場で投げ捨てた。
かと言ってそのままにもできず、拾い直し大急ぎで迂回して捨てに行く。
幸いなことにこの日の仕事はもう終えていた。
明日は非番で、明後日には恐らく遠征隊が帰還する。
心をズタズタにされる前に逃げなければ、と思った。
部屋に戻り、引き出しにしまっておいた一枚の紙を取り出す。
署名欄へ書き殴るように自筆でサインをしてから部屋にあった荷物を鞄に押し込み、飛び出るように扉を閉めた。
向かった先は隊長代理の、ノードさんの部屋の前。
まだ訓練中で不在だと分かった上で、ノックもせず扉の隙間から先ほどサインをしたばかりの紙を押し込み、走って寮を出る。
すれ違いざま、何人かの騎士から声をかけられたが構っていられるわけがない。
こんな涙でぐちゃぐちゃの思い込みの激しいΩの顔なんて、誰にも見せられなかった。
どこでもいいと偶然乗ったのは北へ向かう馬車。
北は、歴代の聖女様が重ね重ね結界を張っていて────魔窟が生じても辺境すぎて討伐に時間がかかるから────、不便な土地であるが魔物も発生しにくいと聞く。
それならルシウスと第二騎士隊とも会うことはないだろう。
偶然に感謝して、俺は何日も何回も馬車を乗り継ぎながら、この際行くなら北の果てだと決めて、移動した。
そしてその道中、コルンの妊娠がわかり────、命の恩人であるルーシーさんと出会ったわけだ。
「────で、これは何のつもりかしら?」
「換金できるような物を今はこれしか持ち合わせていません。足りない分は明日ご用意します。」
「理由もなくこんな高そうな物受け取れないわ。私たちは別に何もしてないもの。」
「・・・これまで二人を保護してくださった御礼です。本当にありがとうございました。感謝してもしきれません・・・」
「っ、ばかっ、このやろ・・・!いい加減、顔を上げろっ!保護者顔すんな!そのネックレスをしまえ!!ルーシーさんを困らすな!!」
食堂に到着するなり、着けていたネックレスを差し出したこいつはルーシーさんとピーターさんに片膝をついて頭を下げた。
その姿は、主君へ忠誠を誓う騎士そのもの。
騎士という立場を安売りするなとよく口にしていたこいつが、軽い気持ちで頭を下げたわけではないことを、悔しいけど俺はよく分かっていた。
「ルシウスさんと言いましたね。そろそろ顔を上げてくださる?」
「・・・はい。」
「それで、ルシウスさんはテオちゃんのなあに?元仕事仲間?」
「番です。」
「っ、なっ!?ち、ちがうっ、俺はあんたの、つ、番じゃ、」
「テオちゃんは黙ってなさい。私はルシウスさんとお話ししてるの。」
わかった?と穏やかな口調で微笑んだルーシーさんは、騎士に劣らない気迫があった。
俺は返事も碌に出来ず、頷くのがやっと。
ピーターさんに促され、いつも賄いを食べる席へ向かう。
俺の隣にはルーシーさん、向かいの席にすぅすぅ寝息を立て眠るコルンを抱いたピーターさん、そしてその隣にルシウスが座った。
こうして向き合うと、改めて実感が湧いてくる。
俺の目の前に、二度と会うことはないだろうと思っていたあのルシウスがいる。
「ところで、ルシウスさん。コルンちゃんを生む時、テオちゃんが私たちに何て言ったと思います?」
「・・・・・・教えていただけますか。」
「ええ、もちろん。テオちゃんは一人で生みますって言ったのよ。まだ十八歳の負けん気の強い可愛らしい男の子が初めての出産、不安で堪らないだろうに、一人で大丈夫です、一人で育てていかないといけないんだからって・・・・・・、全く冗談じゃないわ。いつか相手を探し出して成敗しないと気が済まないと思ってたの。」
「・・・・・・はい。」
「でもね、さっきからあなた達の様子を見てると、何か行き違いがあってこうなったってことは十分に分かる。あなた、他に番なんていないでしょう?もちろんテオちゃんもそうよ。本人もきっとそう感じてる。この子、あなたが言うように察しは悪いけど、優しくて真っ直ぐ、愛情たっぷりにコルンちゃんを育てている素晴らしい人ですもの、ね?」
────テオちゃん。
俺の名前を呼ぶルーシーさんに頭を撫でられた瞬間、言葉の代わりに瞳から雫が溢れていく。
ぼろぼろ、ぼろぼろ、何度拭っても頬を伝って、あっという間に袖がぐしゅぐしゅだ。
泣く姿なんて誰にも見られたくないのに・・・、特に目の前のルシウスには。
きっと呆れて、俺のこと睨んでんだろうな────・・・
「あらあら。あなたそんな風貌で、結構涙脆いのね。」
「・・・は?な、んで・・・、あんた、まで・・・」
顔を上げた先には、真っ直ぐ俺の方を見据え、静かに涙を流すルシウスがいた。
背筋を伸ばし、唇を噛み締める姿は『男泣き』という言葉がぴったりだと思う。
つい先ほどルシウスが泣く姿を見たばかりではあるが、また印象の違う泣き方だ。
テーブルに額を打ちつける勢いで頭を下げたルシウスからは、三年前まで感じていた冷たさを全く感じなかった。
「・・・っ、俺の・・・言葉が・・・考えが足りない、ばかりに・・・、テオに苦労をかけて・・・、俺は騎士失格だ・・・!人間としても・・・っ、本当に、すまない・・・」
「・・・え、や・・・ええ・・・?」
「ほーんと、馬鹿真面目っていうか、融通が効かないっていうか。さすが鉄壁と謳われる隊のトップに相応しいよね!やっほールシウス!来ちゃった!」
「へっ?!」
突然食堂の入り口から声がして、一同そちらに視線を向ける。
頭から大きなストールを巻き、如何にもお忍びと言った格好の美青年が笑顔でこちらに手を振っている。
・・・・・・引き攣った笑顔を浮かべたノードさんを引き連れて。
美青年を見て飛び上がるように立ったルシウスは、ゴシゴシと袖口で涙と鼻水を拭きとると、呆気に取られた口ぶりで話し始めた。
「っ、で、殿下っ!?ど、どうして、ここが?!」
「いきなりルシウスが走ってどこかに行っちゃうから心配でねぇ。ノードも何か隠してるみたいだし・・・教えないと怒っちゃうぞ♡ってお願いしたわけ。で、今ここ♡」
「んなっ・・・!ハッ!せ、聖女様との面会は?!ま、間に合わないかもしれないと、慌てていらっしゃったではないですか!」
「ああ、それなら大丈夫。先に先代にご挨拶したって言えば、彼女も怒らないだろうし・・・ね?先代様。」
「・・・へ?」
ひらひらと手を振り続け、こちらへ近づいてきた殿下こと第一王子アーノルド・リシュタイン様は一人の女性の前で膝をついた。
女性は呆れたような顔で、よくもまあ、と小言を口にしたあと、久方振りといった雰囲気の挨拶を殿下と交わしている。
その間、俺も、ルシウスも、ノードさんだって、意表をつかれすぎてぽかんと口を開けていた。
ただ一人ニコニコと変わらず笑顔を浮かべていたのは、ルーシーさんの夫ピーターさんだけである。
「私はとうの昔に引退して姪っ子に力を譲渡した一般人。素性を隠して隠居中の身なの。その呼び方はやめてちょうだい。」
「何を言いますか。結界を張り直すのを今でも手伝ってくださっているのですから、先代様と呼ぶに値します。」
「・・・探し人が見つかったようでよかったわね。」
「ええ、この通り。本人の人生を揺るがす大発見となりました。感謝いたします。」
「私としては、不本意ですけどね。まさかテオちゃんのことだとは思いもしなかったから。」
「ええ、ええ。それも存じておりますとも。謝礼に要望があるのでしたら、何なりとお申し付けください。全て叶えてみせます。」
「・・・・・・???」
はへぇ・・・と吐息を漏らすと、振り向いたルーシーさんと目があった。
驚いたでしょう、ごめんなさいねと平謝りのルーシーさんは、突然ルシウスに自分と席を変わるよう声をかける。
何が何だかわからないのはルシウスも同じようで、鋭い目が点だ。
ルーシーさんに言われるがまま立ち上がり、俺の隣に座る。
そしてハッとしたようにこちらを向き、また目を潤ませてから俺に飛びついてきたのである。
あまりの勢いに椅子ごと倒れそうになるも悲鳴を上げる間もなく体を抱き抱えられ、何とルシウスの膝の上で向かい合い、またがる形に。
別の意味で悲鳴をあげそうになったがルシウスの瞳があまりにも真っ直ぐで、逸らすこともできなくなってしまった。
口を開いては閉じ、開いては閉じを何度か繰り返したルシウスは、腹を決めたと言わんばかりの顔をして俺の肩に手を乗せた。
「俺は・・・っ、ずっと、お前を、テオだけを愛している。」
「・・・う、嘘だ。だ、だって、」
「テオが何を聞いて、何を思ってこうなったのか、正直今でも分からない。でも、俺にテオ以外の相手なんかいたことはないし、つくろうとも思ったことはない。」
どうか信じて欲しい、と呟いて、ゴツゴツした大きな手が俺の頬を包みこんだ。
手先が冷たく、抑えているが少し震えている。
張り詰めるような空気の中、射抜くようなアレキサンドライトの瞳をよく見ると、ゆらゆらと、不安げに揺れていた。
ルシウスはいつも自信とエネルギーに満ちた人だから、恐れとか不安とか、感じない人かと思ってたのに。
「・・・・・・ほんとの、ほ、んとか・・・?」
「ああ。テオが子どもの頃から・・・ずっと、ずっと、好きだった。好きで堪らなかった。」
「っ、でも、じゃあ何でっ、お、俺のこと急に・・・」
「・・・遠ざけたかって?」
「・・・・・・む。」
「・・・・・・だから・・・本当に、お前は察しが悪い。」
「!?また俺が悪いって、っ、んんっ、ふうっ、」
グッと肩を掴まれて、互いの唇が重なった。
名残惜しそうに離れたそれは、すぐに俺の目尻、額、鼻先に、首筋へと移動して、少しずつ熱を残していく。
後頭部を掴まれて、強制的に視線が交わる。
久しく見ていなかったルシウスの意地の悪い笑みを含んだ口元は緩やかに弧を描き、最後にもう一度触れるか触れないかの熱を残してようやく離れていった。
「容赦なく触れてくるテオに俺がいつまでも我慢できると思うのか?人前でこうなるんだぞ?テオは恥ずかしがって俺に近づきもしなくなるだろう。そんなの絶対御免だ。」
「・・・・・・あ、あんた、い、今、俺にキ、っ、んう??!ま、またっ、勝手にしたあっ!!?」
「大体なぁ、騎士隊なんてむさ苦しい野獣の巣窟だ。有象無象がテオを狙うだなんて・・・とんでもない。あれだけ止めたと言うのに・・・まったくお前は、俺の意図を何一つ読み取りもしない。ようやく成人・・・、少しフライングしたが、テオを俺のものにできたと浮き足だっていたのに、ぐしゃぐしゃの除隊願?書き置きも残さず失踪?この三年間生きた心地がしなかった。これから覚悟しとけ、この馬鹿者が。」
「・・・・・・・・・・・・!ひうっ、」
至近距離で捲し立てられ、あまりの勢いに言い返すこともできず。
だってそんなこと言ってくれなきゃわからない、の意を込めて、むすっと黙っていたら・・・唇を舐められた。
お、俺は、こんな甘いルシウスを知らない。
何だ、そのほくそ笑んだ顔は!
何だ、背中を撫でる優しい手は!
じりじりと熱くなってきて少しでも離れようと体を逸らしたら腰を掴まれ、逃げることもできず狼狽えていると、すぐ近くからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
そして俺は、思い出すのだ。
俺たちの周りに、人がいることを。
ゆっくりとゆっくりと、テーブルを挟んだ向かい側を見る。
おほほ、と口元を隠し微笑むルーシーさんと真っ先に目があった。
「っ、うあ・・・、こ、これは、そのぅ・・・ッ」
「あら、可愛い。まるで熟れたりんごね。テオちゃんのそんな顔初めて見たわ。もっとよく見せて?」
「いいなあ。僕も早く婚約者とイチャイチャしたいなぁ。」
「~~っ、か、揶揄わないでくだっ、っ、んひっ、おいっ!ル、ルシウ、ス!わっ、こらっ、やめろって!み、みんなっ、見てる!!」
「見せてるんだ。もう伝えず後悔したくない。テオは俺だけ見てろ。」
「ば・・・、ば・・・ッッ」
「テオ、よかったねぇ。父さまのこと大好きだもんねぇ。」
「?!」
罵る言葉を大声で叫ぼうとして肺一杯吸い込んだ空気は、愛しい人のふわふわした寝ぼけ声でそのまますぅ────・・・と抜かざるを得なかった。
ピーターさんの腕の中、全体重を胸元に預けたままのコルンは俺を見て、ひひひ、と笑みを浮かべている。
「こっ、コルン・・・?いつから・・・起きて・・・?」
「コルンはテオが父さまとちゅっちゅしてるの見てたもん。」
「ンなっ・・・、な・・・ッ!?」
「ちゅっちゅは大好きな人といっぱいしていいんだよ。コルンもテオとするもん。ね、父さま。」
「ああ、そうだな。たくさんした方がいい。」
「?!そ、それとっ、これとはっ、全然違っ」
「ほう・・・?具体的にどう違うのか教えてほしいものだな。」
「────────っ!」
我慢ならず再び大きく息を吸う俺を見て、すかさずピーターさんはコルンの耳を塞ぎにかかる。
そして他の面々は自分の耳を塞いだ上で、ニヤニヤ、くすくす。
どデカい文句を言った後、俺はまた豪快に唇を塞がれて、ルシウスの肩を何度も殴ったけどビクともしない。
腹に据えかねた俺が手で顔を覆い泣く真似をするとコルンが飛んでやってきて、俺の代わりにシリウスを目一杯叱ってくれたのだった。
────さて、テーブルに置かれたままのルシウスのネックレス。
俺には見覚えのないネックレスには二連の指輪が掛けられていて、内側に二つの色の違う宝石が埋め込まれている。
見つめ合う互いの瞳の色によく似た宝石だということに気付き、俺の血の気が引くことになったのは、また、別の話である。
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読んでいただきありがとうございます♡
次は獣エチか甘々エチか・・・迷うところ・・・
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