【完結】バングル売りのナディル 〜俺のつがいは獅子獣人の次期領主様〜

N2O

文字の大きさ
1 / 15

人見知りのナディル

しおりを挟む
「どんなことでもいいんだ。君の事を俺に教えてくれ。」

「あっ・・・え、っと・・・その・・・」

「君が作ったものはどれだ?全部俺が買う。」

「はっ、えっ、う・・・」



燦々と降り注ぐ陽光の下、押しの強い男とその男の押しにおろおろと狼狽える少年が向かい合っている。
今のところ、二人の目線が交わることはない。
そしてその二人を隔てるのは一枚の使い古された絨毯。
緻密な彫刻が施されたバングルが所狭しと並ぶ。

ここは大都市サルマンの露店が密集した通りカリム。


おろおろするばかりの少年ナディルはカリムの一画で姉と一緒にバングルの露店を営んでいる。
金細工職人だった父と母は早くに亡くなり、ナディルと姉は自宅兼工房を受け継いだ。

ナディルは極度の人見知りで、もっぱら街外れにあるその工房に篭って製作派の人間。
というか姉はバングルを作れない。
適材適所が確立した姉弟。


ナディルはカリムにある露店にもう半年以上顔を出していなかった。
前回店に顔を出さざるを得なかったのも姉が弁当を忘れたから。
弁当を届けて、さっさと帰った。


そんなナディルに姉からとんでもない命令爆弾が昨晩投下された。



「ナディル、明日店番よろしくね。私ヤハドとデートだから。」

「・・・はっ?え?あああ明日?!そ、んなっ、急に言われても!お、俺には無理だって!」

「何言ってんの!あんた来週にはもう立派な成人よ!十八歳!私ずーっと店番でデートする時間無かったんだから、一日ぐらいいいでしょ?」

「う、あ、・・・で、でも!俺に店番なんて、むむむ無理!うちの店結構人気あるみたいだし・・・」

「ナディルの腕がいいからね♡最近買ってくれた人で領主様への贈り物にしたっていう人もいたわよ。姉は鼻が高いわ~!」



ふふん、と鼻を鳴らして何やら自信有りげに腕を組んでいるのはナディルの姉、サーシャ。
歳は二十、この国に多い褐色の健康的な肌に艶のある黒色のさらさらした長い髪、切長の目元の美人である。
サバサバした性格で愛想も良く、露店通りには知り合いが沢山いる。

最近出会ったヤハドという男とめでたく結ばれたようで明日はデートらしい。
姉の幸せそうな姿はナディルにとっても喜ばしいのだが、店番となれば話は別だ。
姉と違って、人見知りで愛想も良くない。
髪は黒色だがくりっくりの癖っ毛、肌は母親譲りの白肌。自分の外見が全てコンプレックスのナディルにとって、店番など拷問に近い。


「い、一日ぐらい店休んでも・・・」と絞り出した抵抗も、サーシャの冷ややかな目でひと睨みされたらもう何も言えなくなった。


姉は、強い。

「胃痛に効く粉薬でも買っとけばよかった」と後悔するしかなくなり、夜は全く眠れなかった。
寝るのを諦め、深夜にも関わらず工房のランプを付けて、細工途中だったバングルを手に取り、作業を開始したのである。

それくらいナディルは人前に出るのが苦手。


そもそも幼少期のナディルはここまで人見知りではなかった。
とても活発でいつも工房の外を走り回って遊ぶ男の子だった。

しかしある日、金細工工房を突然訪れた獣人によってそれが一変する。



この国には人間と獣人が存在する。
獣人は普通の人間よりも体格が良いことや獣の耳や獣の尻尾があること、身体能力が高いこと、それ以外は普通の人間と同じである。

(・・・いや、だいぶ違うか)


兎に角、人間だからと言って獣人からの差別も無いし、反対に獣人だからと言って人間からの差別も無い。
要は平等だ。

サーシャの恋人ヤハドも黒豹の獣人である。
ナディルが先日ヤハドを見かけたとき、短毛がびっしり生えた肉厚の黒い獣耳がぴこぴこ動いていた。
身長もかなり高く、人間の中では長身のサーシャより頭一つと半分くらいの差があった。



・・・とまあ、獣人が普通に存在するのだが、幼少期のナディルの前に現れたのもそこら辺に普通にいるハイエナの獣人だった。

ナディルの父が作る金細工を露店ではなくわざわざ工房まで見にきたその熱心なハイエナ獣人の男は工房を興味津々な様子で見て回った。
男と一緒に可愛い小さな耳と尻尾が生えた子どもが三人もついて来ていた。

仕事の邪魔をしないように工房の外で遊んでいたナディルに気がついたその三人は、何やら興奮した様子でそちらへ走り出した。

そしてその勢いのままナディルに突撃したのである。



背丈はナディルと同じくらいだったが何せ力の強さが違う。
小さなナディルは草むらへ軽々と吹っ飛び鼻血がたらり、と一筋流れた。
するとその三兄弟がその血で更に興奮し、ベロンベロンとナディルの小さな顔や体を舐め回したのである。



街に行けばそこら辺にいる獣人も街外れの自宅兼工房の周りには、体の小さいウサギの獣人しかいなかった。
初めての肉食動物系の獣人から受けた激しいタックルとその熱すぎるスキンシップ、そして三兄弟から問答無用で浴びせられる熱視線にナディルは凄まじい恐怖を覚え、そのままコテン、と気絶。

それに気付いた両方の父親はそりゃあもう大慌てで、一人と三人を引き離したのである。



獣人の子どもに悪意は無かったのでその場は謝罪で済まされた。
しかしその一件以来、ナディルは人と接することに抵抗感が生まれた。

獣人からは特に、である。


そのため人と視線が合いにくいようにくりっくりの癖毛前髪も目の下まで伸ばしているし、露店にも顔をなかなか出さない。
バングルの製作者であるナディルに会いたい、という申し出は結構あるのだがそれもことごとく断っている。



「明日、一日だけ・・・一日だけ・・・」



念仏を唱えるようにそう呟きながら作業を続け外が明るくなるころには、細かな星空と月と太陽の彫刻を施したバングルが一つ仕上がったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

「禍の刻印」で生贄にされた俺を、最強の銀狼王は「ようやく見つけた、俺の運命の番だ」と過保護なほど愛し尽くす

水凪しおん
BL
体に災いを呼ぶ「禍の刻印」を持つがゆえに、生まれた村で虐げられてきた青年アキ。彼はある日、不作に苦しむ村人たちの手によって、伝説の獣人「銀狼王」への贄として森の奥深くに置き去りにされてしまう。 死を覚悟したアキの前に現れたのは、人の姿でありながら圧倒的な威圧感を放つ、銀髪の美しい獣人・カイだった。カイはアキの「禍の刻印」が、実は強大な魔力を秘めた希少な「聖なる刻印」であることを見抜く。そして、自らの魂を安定させるための運命の「番(つがい)」として、アキを己の城へと迎え入れた。 贄としてではなく、唯一無二の存在として注がれる初めての優しさ、温もり、そして底知れぬ独占欲。これまで汚れた存在として扱われてきたアキは、戸惑いながらもその絶対的な愛情に少しずつ心を開いていく。 「お前は、俺だけのものだ」 孤独だった青年が、絶対的支配者に見出され、その身も魂も愛し尽くされる。これは、絶望の淵から始まった、二人の永遠の愛の物語。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

私の番がスパダリだった件について惚気てもいいですか?

バナナマヨネーズ
BL
この世界の最強種である【バイパー】の青年ファイは、番から逃げるために自らに封印魔術を施した。 時は流れ、生きているうちに封印が解けたことを知ったファイは愕然とする間もなく番の存在に気が付くのだ。番を守るためにファイがとった行動は「どうか、貴方様の僕にしてください。ご主人様!!」という、とんでもないものだったが、何故かファイは僕として受け入れられてしまう。更には、番であるクロスにキスやそれ以上を求められてしまって? ※独自バース設定あり 全17話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜

なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。 そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。 しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。 猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。 
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。 契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。 だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実 「君を守るためなら、俺は何でもする」 これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は? 猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。

処理中です...