この世界の神様に薄桃の花弁を送ろう。

叶芽

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第2章

夏のはじまり、そして、終わり。

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セミがうるさく鳴いている。
アスファルトは陽炎を出している。
一生懸命日焼け止めを塗り、日傘をさす女子と、部活三昧で真っ黒な男子、それぞれの違いが面白い。(僕は男なのに真っ白側だが。)
薄桃色だったあの木も今では青々とした緑に染まっている。

今日は終業式だった。

「暑い。」
「ねー」
彼女とそんな会話をしてスマホを見る。
「うわ、今日過去最高気温だって。」
「どーりでいつもより暑い訳だ。」
彼女もスマホを見る。
「帰る時さ、アイス買ってかない?」
そう言ってスマホの画面を見せてくる。
近所にできたジェラート屋のホームページだった。
「・・・美味そう。」
「でっしょ~!行ってみたかったんだよね~」
遊ぶ約束をした。
人との約束なんて2年ぶりくらいだろうか。

放課後、2人でジェラートを買う。
彼女はイチゴ、僕はキウイ。
結構美味しかった。
また行く約束をした。

「・・・ねぇ、急にだけどさ、八屋くんは昔、どんな子だった?」
ほんとに急だな。
「僕・・・は、」


中学の時、いじめにあった。
原因は、
「あいつ地味だよな。」
ただそれだけ、確かに僕はいつも教室の隅っこで窓の外を見てる静かな人だった。
そんな僕はクラスの明るいヤツにいじめの標的にされた。
でも、性格なんて人それぞれではないか。
心で思って、口に篭もる。

理不尽な世の中にたくさんの疑問が浮かんで、浮かんで、消えることなくこびりつく。
なんで、なんで、なんで?
虐待を受けている訳でもないのに身体中が痣でいっぱいになっていた。
「・・・痛いな。」
大きくため息をつく。
1粒の水滴が頬を流れ落ちる。
悲しい、悲しい、1粒。
あいつらのストレス発散に使われている自分が悔しくて、悲しくて、
憎かった。
先生だって見て見ぬふり。
家族に話しても信じてくれない。
大人にも子供にも自分にも・・・心底失望した。
もう誰も信じられなかった。

ある日、僕は学校の通学路を急に走り出した。
泣きながら。
あぁ。
辛い、辛い、辛い、つらい。
気づいたら学校、屋上。
運動神経が悪いはずの僕の体はありえないスピードでフェンスを飛び越える。

中3の春。

景色がひっくり返る。

今までに無い浮遊感が襲う。

あの薄桃色の花が目に入る。

「綺麗。」

花びらと同時に落ちてゆく。




「まぁ、結局死に損ねたけど。・・・あの高さでなんで無傷だったんだろ。あ、もしかして夢だったとか?」
そう言ってはははっ、と笑って見せたが、彼女の顔は暗い。

「・・・」
少し沈黙が続く。

「ごめん。こんな話嫌だったよな。」
「ううん。こっちこそ、嫌なこと思い出しちゃったよね、」
「・・・全然。今となっては笑い話だよ。高校生ってやっぱ大人だな~って思ったし、まあまあ頭良いとこにして良かったわ。」
そう言ってもう一度笑ってみせる。
彼女が急に走り出し、僕の前に立つ。
僕を振り返り、
「生きてて、良かった。良かったねぇ、八屋くん。」
そう言ってニコリと笑ったその顔には、とても無邪気な幼さが混じっているように感じた。

8月中旬。
「これ!行こう!」
目の前にポスターが差し出される。
4つ角にはちぎったあと。
どこから盗ってきたんだ・・・
「・・・夏祭りか。」
「うんうん!河川敷で、夏祭り!ホントにあるんだね!」
花火大会もするのか。
恋愛漫画みたいだな。
「・・・いいよ、行く?」
「よっしゃ。」
彼女の勝ち誇ったような顔につい、口元が緩む。僕が絶対に断るとでも思ったのだろうか。
「・・・ていうかそれ、ちゃんと元のとこに戻してこいよ。」
「・・・ハイ。」

夏祭り当日。
「おーい!」
「・・・おう。」
彼女は浴衣で来た。
と言っても、僕も浴衣なのだが。
この浴衣は彼女が選んだ。我ながらなかなか似合っていると思う。(ナルシか。)
彼女もそう思ったのか、褒めてきた。
「やっぱ似合うね。」
「・・・ありがと。」
会場に着いた。
思った以上の人だかり。思わず手を繋いだ。
「・・・!」
自分で自分に驚いた。
彼女はなんともない様子だったけれど。
「あ!金魚すくい~!」
「やる?」
「やるやるう!」
「よし、勝負!」
「え?」
「負けたらたこ焼き奢りな!」
「お!望むところだ~!」

2人で金魚すくいをした。
隣でやってた20歳くらいの男性のポイが破ける。
赤い金魚が亀裂の隙間から出ていく。
何かから開放されたようにスイスイ泳いだ先には、
また別のポイがある。
彼女のものだ。
また同じ金魚がすくい上げられる。
器に入って出られなくなる。
僕もいくつかとって、僕のと彼女のは同時に破けた。
さっきの金魚が
そのままビニールに入れられる。

まるで、僕らみたいだと思った。

自分が壁を乗り越えると、また次の壁にぶち当たる。そうすると、生き物というものはそこで行き詰まる。
壁が厚くなったように感じるのだ。
次の壁が現れる度にドキリとする。
結局その恐怖に駆られ、そこから動けなくなる。
そしてビニールの中という、偽物の世界へと投入される。
その世界を信じて、生きてしまう。
過ちの世界を信じて、生きてしまうのだ。

結果発表~!
僕、3 匹彼女、2匹
「というわけで、僕の勝ち~!」
「・・・負けた~」
「たこ焼き奢り~」
「くそぉ・・・」
ブツブツ言いながらもたこ焼きを奢ってくれた。
「人に奢られたたこ焼きは美味いのぉ~」
「今、心底イラッとした。」
「んふふ・・・」
「・・・ふふっ・・・」
来てよかったと、心から思った。

花火大会が始まる。
細い糸のようなものが闇に伸びて、その先から赤や青が咲き乱れ、散って消えて行く。
綺麗だった。
「・・・」
「・・・」
隣で同じものを見ているはずの彼女の目は、どこか、もっと遠くを見ているように、暗く、沈んで見えた。
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