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114.5

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 部屋のあかりは、ベッドサイドのライトだけだった。
 ギシリとベッドのスプリングをきしませて、円が瞳をそっとベッドの上におろす。薄暗くても至近距離にいる相手の表情くらいならわかる。恥ずかしくて瞳はふいと横を向いてしまう。そんな瞳の髪に口付けを落として、円は言った。


「途中で、やめてあげられないよ……?」


 既に欲情にまみれた声に、ゾクリと震える。
 ゆるく体重をかけられて押し倒された。
 顔を見られたくなくて、腕で隠そうとしたけれど、その手を取られて手のひらにキスを落とされる。唇が熱くて、ビクリと身体が反応する。
 こくり、と小さく頷けば、自分が少し震えているのが分かった。
 違う。嫌でもなければこわくもない。
 慌てて円の方を向けば、優しい口付けが瞳の唇を覆う。


「ん」


 するりと撫でられた手のひらの感触に思わず口を開けば、ぬるりと熱い円の舌が口腔を満たしてくる。
 舌を絡めとられ、口内を、上顎をと刺激されれば、身体がビクビクと震えるのを止められない。


「ふ、……んぅ」


 くちゅ、くちゅり、と淫猥な水音がやたらに響く気がして、瞳は赤面する。


「……っは」
「まだ余裕みたいだね?」
「な、に……?」
「ふ。可愛い」


 そう言う円も余裕ではないか。こっちはもう余裕なんかない、と抗議してやろうとしたけれど、そんな瞳の言葉は続かなかった。


「……あっ!」


 脇腹から胸にかけてをするりと撫でられれば、ゾクゾクとよく分からない感覚が駆け上がっていく。


「まだシャツの上からなのに。感じてる?」
「や、ちが……っ」
「この前たくさん触ったもんね」
「…………っ!」


 つぅ、と。円はシャツの上から唇で胸の突起に触れる。瞳の身体が大きくビクリと跳ねた。


「やぁ!」
「嫌なの?」
「や……わかんな……」


 ぽろぽろと生理的な涙が瞳の目から零れる。それを拭うように、瞳は両手で顔をおおった。
 円はぷつぷつと瞳のシャツのボタンを外していき、前をすっかりはだけさせてしまう。
 するり、と熱を帯び始めた肌に手をすべらせる。


「ふぁっ、あ……っ!」


 ビクリと跳ねる瞳の反応は、嫌悪ではない。むしろ快楽の部類に近いのだけれど、瞳にはそれが分からない。分からないから、こわい。


「瞳。ねぇ、瞳」
「……っ」
「こうしよう。嫌じゃなかったら、気持ちいい、って言って」
「……ん」


 こくり、と瞳が頷くのを待って、円が肌の上を指でつぅっと撫でる。


「ん……、ぅ」
「これは?」
「ぁ……気持ちい……」
「ん、いい子」


 よくできました、と円は瞳の胸にキスを送る。


「ん……っ」
「じゃあ、こっちは?」


 言いながら、円は瞳の背中側へと手を潜らせて背筋を辿りながらのぼっていく。


「あっ! あ、ひぁ……っ!」
「どう?」
「ぁ、ま……って、まって!」


 瞳はあまりの刺激に円に縋り付くように身体を持ち上げるから、逆に円の動きを助長することになる。


「待つのは、いいけど」


 円は瞳の鎖骨にカリッと歯をたてた。


「ひぁっ!」
「今日はやめてあげないからね」
「ん……うん、やめないで……」
「煽らないでってば」
「……?」


 荒い呼吸を繰り返して自分の感覚を辿ろうとしている瞳には、円の言葉の意味が分からない。
 円は瞳の上半身を起こしてベッドの上で座らせると、するりとシャツを脱がせてしまう。


「あ……っ」


 大きなキズが残る、瞳の身体。背中も、左肩も。決して見て気持ちのいいものではない。けれど、円は躊躇ためらいなくその傷痕に唇を寄せる。


「んん、ぅ」


 この傷痕は、瞳が生きてくれているあかしだ。そう、円は思う。
 怪我と戦って、生きてくれた。その証。
 だからこそ、この傷痕も含めた瞳が愛しい。
 そんな円の思いを感じ取ったのか、瞳がおずおずと円の背中に腕を回して、円の頬に口付ける。本当はちゃんとキスがしたかったのだけれど、円は瞳の肩に口付けをしていたから。


「もう……っ!」


 すると、切羽詰まったような円が瞳を再び押し倒してきて唇をキスで塞がれる。
 乱暴な、全てを貪り尽くすような獰猛どうもうなキスに翻弄される。加えて円の手がいたずらをするように胸の突起をつねったり爪で弾いてみたり、更には背骨を数えるようにゆるゆると辿られて、もう何がなんだか分からなくなる。


「ふぅ、ん! んぁ、ひぁ……っ、ゃ」


 キスの合間にもれる声が恥ずかしくて嫌だと口走った。


「……ん、嫌?」
「やぁ、ちが……、やめないで……っ」


 瞳の腕が円の首に回って引き寄せ、キスをねだる。


「キス、好きなの?」
「ん……、すき、すきぃ……っ」
「本当に、凶悪なまでに可愛いよね……」


 ボソリと告げられた円の言葉は、瞳にはよく聞こえなかった。
 ねだられるままにキスをしながら、ゆるり、と円の手が瞳の下腹部に伸ばされ、ソレに触れる。


「んぁっ!」


 ビクリと瞳がのけ反り、キスをしていた口端から唾液の糸がひいた。


「や……、それこわい……っ!」


 下腹部に熱が集まっていることは感じていた瞳は、自分自身が勃起しかけていることを思い知らされ愕然がくぜんとする。


「ココ、触るよ?」
「や、だめぇ」
「なんで?」


 理由を聞きながらも、円は瞳の答えを待ってはくれずに下着ごとスウェットを脱がされてしまう。
 ふるふると震える勃ち上がりかけたペニスは使われていない綺麗な色をしていた。


「可愛い。綺麗な色してる」
「や、こわい……っ」
「……もしかして、こんなふうになるの初めて?」
「……ん」


 瞳が頷くのを見た瞬間、円の嗜虐心しぎゃくしんがそそられた。ぷつり、と何かが切れた音がした気がする。
 円は、瞳の陰部に顔を埋め、陰茎にねろりと舌を這わせると、その先端を口に含む。


「ひあぁっ!」


 まさかの事態に、瞳は声を上げた。


「や、だめぇ……! はなして……っ、きたない、から……ぁっ!」


 必死で訴える瞳だけれど、円は聞いてくれないどころか、じゅぷじゅぷと音を立てながら瞳を追い上げるような動きをする。陰茎を指で撫で上げ、咥えた舌先でチロチロと括れや先端を刺激される。
 熱い。熱くてねっとりとした感覚に、おかしくなる。
 瞳の先走りと円の唾液が混ざったモノが、陰茎を伝い落ちて後ろの蕾まで濡らす。


「まどか……っ! や、ダメ、なんか変……っ!」


 達する感覚が分からない瞳は、変だと訴えるしかない。円はそれを合図にしたかのように、射精を促すように吸い上げる。


「ひぁ、……────っ!」


 声もなく、瞳は初めてのフェラチオと射精する感覚に悲鳴を上げた。
 円はといえば、瞳の放った白濁を丁寧に嚥下えんかし、口端についたソレも指で拭ってペロリと舐める。
 瞳が荒い呼吸を繰り返す口を、円はキスで塞ぐ。


「ん……にが……」
「ごめんね」
「え……?」
「俺、まだだから……」
「……うん」


 する、と円が瞳の後孔へと手を伸ばす。蕾に触れた指を、つぷりと差し入れた。


「……っん」
「……あれ?」
「な、に……?」
「なんか……意外と入っちゃうんだけど……」


 初めてにしては指を挿入する時にすんなり入った気がする、と円が言えば。


「そんなの……分かれよ……」


 呼吸の合間に紡いだ言葉。
 瞳は、円が正しく理解することを知っている。
 『あとで』と言った午前中、風呂はいつもより長めだった、そして、こうなる、、、、ように誘われた。円が導き出した答えはひとつで、それがたぶん正解だった。
 円は挿入する指を増やして奥を探りながら瞳へ答える。


「そういうの、次から禁止」
「……っあ、……なん…で……」
「全部俺がやりたいから」


 円は知識を総動員して例の場所、、、、を探る。確か、奥の方、腹側。そして、カリッと指先が、何かに触れたと感じた瞬間。


「ひあぁっ!!」


 今までにない反応で、瞳の身体が跳ねた。
 瞳自身も何が起きたのか分からなかった。


「ココ、かな?」


 そう、円が言いながらさっきの場所を刺激してくる。


「ひっ、ぁ、ダメ! そこ、やぁ!」


 ビクビクと身体が反応するのを止められない。
 瞳も知ってはいる、その場所。まさか、初めての時からこんなことになるとは思わなかった。


「嫌だ?」
「ちが……っ、きもち…よすぎて……、おかしくなる……っ!」
「いいよ、おかしくなって」
「やぁ! も……っ、はやく、挿入れて……っ!」
「…………っ!」
「まどかぁ……っ!」
「煽りすぎ……っ!」
「んぁっ!」


 円はずるりと瞳の後孔から指を引き抜くとスウェットを下ろし、瞳の両足を抱え上げると、もはやすぐにも弾けそうな自身のペニスを瞳の蕾にひたりと押し当てた。
 瞳の腰が一瞬だけ緊張するけれど、円がそれを引き寄せ、ヌプリと挿入を開始する。


「……っ、は、ぁ……」
「……瞳、力抜いて」
「む…り、っ……ぁ、わかんな……っ」


 瞳もいっぱいいっぱいで、力の抜き方なんて分からない。


「も……っ、いいから、きて……っ!」


 ぽろぽろと涙を零しながら訴えれば、円の理性の最後の糸がプツリと切れる。
 瞳の身体を気遣っていた円が、ズンと一気に奥まで挿入してくる。


「ひぅっ!」


 そのまま抽挿を繰り返されて、奥のイイ所、、、を何度も擦られるから、瞳も声がおさえられない。


「あっ、まど……か、んんっ! ふ……っあ!」
「瞳。……瞳、可愛い」
「や……、キス……キスして……っ」
「ん」


 瞳がキスをねだるから円はそれに応じただけなのだが、意図せず繋がりが深くなって瞳は2回目の射精を迎えそうになる。


「ぅんんッ!」


 それでも必死で堪えたのは、円がまだイっていないからである。円は本当に瞳で気持ちよくなれているのか。それだけが心配なのであった。


「……瞳、ごめん。そろそろ限界」


 イっていい? と切羽詰まった声で円が聞いてきた時にはどれほど安心したか。


「ゴムしてないから、抜くよ」
「やぁっ、ナカ……に、ちょうだい……っ」
「バカ、お腹壊す……!」
「い…からぁ、……っ」


 円にしてみれば、瞳の体調を崩させるのは本意ではない。けれど、瞳からしたら、好きな人が自分で気持ちよくなってくれているのを見たいものなのだ。
 ガシリと両足で円を押さえ込み、中出しせざるを得ない状況を作った。


「……っく!」


 耐えきれず、ぶる、と震えて迸らせた円の欲情は熱くて濃くて量が多くて。奥に流し込まれるソレを感じて瞳は幸せな気分だった。
 その幸せのせいで、堪えていた2度目の欲情を円とほぼ同時に放ってしまったわけだけど。
 幸せだから、今はコレでいいか、と思ってしまう瞳だった。
 ずる、と円のペニスが引き抜かれれば、こぷり、と円の欲情の証も溢れて零れる。


「あ……っ、は」


 熱い欲望が引き抜かれた場所がヒクつくのが分かる。少し寂しいとさえ感じてしまう自分が浅ましい。
 そんな瞳は、とろりと蕩けた表情でくたりと身体を弛緩させ、わずかに上気した肌は淡く色づいていてかつてないほどに扇情的で。
 円は自分のモノが再び勃ち上がりそうになるのを感じた。
 焦る円に、とろりとした表情のまま瞳はふわりと笑う。


「…………っ」


 どくり、と脈打つソレに、瞳がそっと触れる。ゆる、と握って指を這わせれば、どんな状態なのか分かる。瞳で興奮してくれているのが嬉しくて、そんな気持ちになる自分がおかしかった。
 瞳はついで自分の後孔に指をつぅ、と当てて誘う。


「いい、よ……もういっかい……」
「瞳……」
「うん……」


 のしかかる重みが心地好くて、ゆるく引き寄せてキスをねだる。


「ふ、ぁ、……きもちい」
「ん。悪い、瞳。ちょっと……余裕ない」
「……ん」


 円はすっかり回復して猛りきったソレを、一気にズプンと瞳のナカに挿入する。


「あ……っ!」


 瞳の身体がビクリと跳ねるけれど、一度その形、、、にひらいた場所はうねるように受け入れて絡み付く。


「あ、んぁ……っ、は」
「瞳……好き」
「あ、あ……っ」


 円が抽挿を繰り返すたび、瞳のナカに残った欲情の名残りが湿った音を響かせるけれど、瞳にはもう恥ずかしいと感じる余裕さえない。
 ナカを円の熱い欲望で穿たれ、瞳のソレも勃ち上がり始めた。気付いた円に宥めるように擦られて、ひくん、と瞳が震える。


「あ……ダメ! いまそれしたら……っ」
「イっちゃう?」
「うん……っ、きもちい……」


 は、は、と繰り返す浅い呼吸の中から瞳が言えば、ナカの円がグ、と力を増した。


「あ……っ?」
「ほんと、あんまり可愛いのも考えものだよね……っ」


 普段の瞳のストイックさと、今の瞳の可愛いさのギャップが激しすぎて、もはや別人かとも思う。
 円は暴発しそうな自身の抽挿と同時に、瞳のペニスに絡める指を器用に動かす。


「あ……、それ、いっしょにしちゃ……だめぇ……っ」
「ふ、気持ちいいの?」
「うん……っ、きもちい……からぁ……っ!」
「ん、一緒に、イこ?」
「ぁ、あぁ……──っ!」
「ん……っ!」


 びくり、と。震えて達したのは二人同時だった。
 ふ、と一瞬だけ意識を手放した瞳が気付けば、円が嬉しそうにまぶたにキスを落としてくる。


「ごめんね、無理させて」
「そんなことない……」


 答えた瞳の声は掠れていた。


「ちょっとだけ我慢して」
「……え? んっ、ぁ」


 ビクリと震える瞳の後孔に、円が指を入れる。ナカに出してしまったモノを掻き出してくれるその指が優しければ優しいほど声が我慢できない。


「こんな早くできるなんて思ってなかったから、何も用意してなくて……」


 本来であれば、ゴムやらローションやら必要なものがあるのだが、さすがに準備が間に合わなかった。
 今回も、きちんと浴室まで連れて行きたいらしいのだが、それは瞳の方がいろいろな意味で無理である。


「んんっ! それ、は……お互いさま……」
「ふふ。よし、こんなもんかな。明日一緒にお風呂入ろうね」
「やだよ……」


 そう言いながらも、結局は円に押し切られることは予想がつく。
 円は手早く後処理を簡単に済ませ、ベッドにいる瞳の隣へと身体を滑り込ませる。
 いつの間にか裸になっていた円と、肌が触れるのは心地よかった。
 とりあえず、『彼氏』の円は瞳に腕枕を提供してくれているから、明日の朝までゆっくりぐっすり寝ることにしよう。
 今日の経験不足は、また次に活かせばいい。
 何しろ、これからも長い付き合いになる予定の相手なのだから。

 それぞれがそれぞれに同じことを考えつつ、二人が寝付いたのは日付が変わってしばらくしてからだった。
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