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あれから、佐々木が逮捕されたとニュースに出たようだった。瞳の件の他にも余罪があるらしく取り調べが進んでいるようだ。
吉田家のテレビはあまり活用されていないから知らなかったが、学校で噂にのぼっていた。相手の生徒が誰なのかという話にもなったらしいが、箝口令が敷かれていて、誰も真実にたどり着けなかったらしい。
噂がすっかりおさまる頃には、2月になっていた。
2月といえば、女子にとっては最大のイベントがある。バレンタインデーだ。
とは言っても、円はこの日、いつも学校を休むため、いったいどれほどの盛り上がりなのか詳しくは知らない。
しかも、今年のバレンタイン当日である今日は日曜日。
基本的に、日曜日は瞳もできるだけフリーになるよう式神たちが調整してくれていた。
「式神たち公認の恋人同士さいこう……!」
朝食を終えてリビングでいつものようにのんびりしていた時。思わず呟いてしまった円に、瞳が不思議そうに声をかける。
「何言ってるんだ?」
円の挙動不審は今に始まったことではないが、最近はそれが多い気がする。瞳は少し心配になった。
「なぁ。もしかして何かあったとか?」
「えっ?」
「オレに言えない何か、とか」
思いついたことを言葉にして、途端に瞳は不安になる。
一瞬シンと静まり返ったリビングに、今度は低い瞳の声が響く。
「円?」
こういう時は静かに追及する方がいいと、瞳は学んだ。
だけれど。
「いや、違う。俺って本当に幸せ者だなって思っただけ」
「……は?」
予想外すぎる円の返答に、瞳の方こそぽかんとしてしまった。
「あ、そうだ。瞳も甘いもの好きだったよね? ちょっと待ってて」
「うん?」
円がパタパタとキッチンに行き、何やらカチャカチャと準備を始めた。何をしているのかと見ていたら、ケーキ皿にチョコレートケーキを乗せて持ってくる。
「え。どうしたコレ」
「ガトーショコラだよ。添えてある生クリームをつけて食べるのもオススメです!」
「たしかに美味しそうだけど。いや、そうじゃなくて」
「うーん。瞳、今日は何の日か知ってる?」
「今日?」
円に問われ、瞳は顎に手を当てて考える。
今日は日曜日。2月14日。
「あ……」
ようやく正解に思い至った瞳は顔を赤くする。
バレンタインにチョコレートと言えば、それは。
「これ、もしかしなくても手作りかよ……」
「もちろん!」
「うん。ありがたくいただくけどさ……。こういうのって、本当はオレが準備すべきなんじゃないのか?」
「ん? なんで?」
「いや、だってその……一応……オレの方が……女役……だし……」
言いにくそうに瞳が赤くなりながらボソボソと伝えれば、円は本当に意味が分からないというようにあっけらかんと言う。
「なんで? こういうのって男も女も関係なくない?」
円のこういうところはやっぱり好きだなぁ、と瞳は思う。
「お前……。本当にいい男だよな」
「惚れ直した?」
「そういうの、自分で言うところはムカつく」
「ひどい」
くすくす笑いながら言い合って、瞳はガトーショコラを食べることにする。
ひと口食べてみればそれは今までに食べたこともないくらいの美味しさで。濃厚でありつつ甘さもくどくなく、ほろりとした口どけとカカオの香りと苦味がマッチした。
「めちゃくちゃ美味しい……」
「ホントに? 良かった!」
美味しいものを食べると幸せな気持ちになる。それが瞳の顔に出ていたのだろう。円が瞳の反応を見て嬉しそうに笑うから、瞳はなんだか少し恥ずかしくなった。なぜか円が瞳の隣に座ってきたからなおさらだ。
あっという間に食べてしまい、瞳は思い付いたように円に言う。
「オレも何かチョコ系のお菓子とか作るか?」
「うーん。それはそれですごくそそられるんだけど、どうせならお返しが欲しい」
「えっと、ホワイトデーに?」
「それでもいいけど」
「うん?」
首を傾げる瞳の耳元に、円はひそりと囁く。
「今夜。抱かせて」
その欲情を孕んだ声に、瞳は耳をおさえて真っ赤になりながら円の顔を見返す。
「ま、まどか……っ!」
「だめ?」
「……お前、明日が月曜日だって分かってるか?」
「分かってるよ」
「オレ、本気で留年がかかりそうなんだけど?」
「瞳なら学歴関係ないでしょ」
「他人事だと思って……」
「そんなこと言ってるけど、一般企業に就職する気ないだろ」
「それは……そうだけど。お前、昨夜も……」
ちゅ、ちゅ、とキスをされながら、昨夜のことを思い出した。
毎週土曜日、円は小田切の所へ助手として手伝いに行く。そんな日は帰ってくると必ずと言っていいほど抱かれる。佐々木の件があって平日にセーブするようになったせいもあるのか、昨夜抱かれた時の激しさは以前よりも増していた。
「うん。昨夜の瞳、めちゃくちゃ可愛かった。なんなら、今ここで抱かせてくれてもいいけど?」
「あ……、ばか言うな……っ! んっ」
「俺はいつでも本気」
「や……、あっ」
喘いだ瞬間、妙な気配がして妖精たちがザワつくのが分かった。瞳は、思わず閉じてしまっていた目を薄く開いて、ギョッとする。
「ちょ、まどか……っ! 待て、止まれ……っ」
「瞳、可愛い」
言いながら、流れるようにプツプツと瞳のシャツのボタンを外す円。
「やめ……っ、まどか、……あっ!」
瞳の肌に舌を這わせる円の頭に、瞳は思わず手刀を落とした。
「……っ、まどか、ステイ!」
「いったぁ、なに?」
やっと瞳の上から退く円には構わず、瞳はとりあえずはだけられたシャツの前をかき合わせて掴み、正面のソファに向かって言った。
「……お見苦しいところを、お見せしました。すみません」
《いいえ。とても仲がよろしいのね》
うふふ、と笑いながらソファに座るのは、明るい茶色の髪をした、可愛らしい女性だった。
「円、ハーブティー。あと、オレの部屋から適当にメガネ持ってこい」
「……了解」
いいところを邪魔された形の円は不機嫌そうだ。とりあえず、円が席を立った隙にシャツのボタンをとめなおし、乱れた髪も手ぐしで整えた。
なんとも居心地が悪い中で、瞳は円がハーブティーとメガネを持ってきて隣に座るのを待った。
渡されたメガネに、瞳は自分の霊力を注ぐと定着させて円に渡す。
「はい。コレ無いと視えないだろ?」
「あ……、うん。ありがとう」
「お待たせしました。……はじめまして。オレが吉田瞳です。こっちは西園寺円」
《はじめまして。わたしは土の精霊と呼ばれています。他の三人は既に会ったと聞いて機会をうかがっていましたの》
くすくす笑いながらとんでもないことを言い出す、と瞳は内心でため息をついた。
「何かあったんですね?」
《ええ、ありました。実は……》
土の精霊の話はこうだった。
ある森の中に何者かの結界が張られ、中で何事か画策されているらしいが、気配が邪悪で近寄れず、とにかく嫌な予感がする、という。
「場所は……」
《場所を感知することはできるのですが、お伝えするのは難しいです》
「その場所へオレを跳ばせますか?」
「ちょ、瞳! 俺も行く!」
《お二人を跳ばすとこは可能だと思います》
「円。精霊が危険だと感じるような場所に、お前を連れて行きたくないんだ」
「そんなの俺だって同じだよ! 俺が知らない所で瞳が危険な目にあうのなんて嫌だ!」
円の言い分に、瞳はため息をつく。このままでは平行線だ。
「……わかった。すみません、オレたち二人を現場へ跳ばしてください」
《わかりました。いきます》
「お願いします」
まばゆいばかりの光に包まれた次の瞬間、二人は鬱蒼とした森の中に居た。
外気に触れ、ぶるりと身を震わせる。水の精霊の時と同じことをしてしまった。せめて靴や上着を用意してから跳ばしてもらえばよかった、と後悔してももう遅かった。
「さすがに寒いな……。円は大丈夫か?」
「俺は割と体温高いからね。瞳の方が心配」
「大丈夫だ」
それから、さて、と跳ばされたすぐ目の前にあるモノを見る。
ぐるりと縄で囲まれた、小さな、けれど新しい祠のようなモノ。触れようとすれば、パチリと何かに当たり、なるほどこれが結界かと察しがついた。
「縄に紙垂までつけて。厄介だな」
「しで?」
「ああ、よく神社とかで見るだろ? しめ縄なんかについてる白い紙のこと。ほら、それだ」
「ああ。……そんな名前だったんだ」
「そう。本来なら神聖な場所につけるものなんだけどな……」
瞳は半歩下がって地面に片膝をつき、そのすぐそばの地面に手を当てた。目を閉じ、周囲の様子を探る。
邪気のような何かに包まれている感じがした。それから、集まってくる熱。地熱だ。
「……マズい」
「なに?」
「地熱が集まってきてる。犯人は、ここを噴火させる気だ!」
「こんな森の中を?」
「だからだ。火山を噴火させるより警戒されないからな。とにかく、コレぶっ壊すぞ!」
「わかった!」
「天狐! 空狐! 辺りに同じようなモノがないか探せ! 大倶利伽羅!」
「椿!」
「円は縄の方を頼む!」
「了解!」
二人、式神である日本刀を構えて霊力を注ぎ込む。
「円。霊力は注げるだけ注げ」
「やってみる」
「大倶利伽羅、すまない。少し乱暴な扱いになる」
『心得た』
瞳も注ぎ込めるだけの霊力を大倶利伽羅に注ぎ、まずは結界を破壊するために何も視えない場所を切り裂いた。バチリ、と手応えはあった。
「よし! 円、頼む!」
「行くぞ、椿!」
ザッと縄を切れば、紙垂が舞う。かなりの反発があって、円の手がビリ、と痺れた。
瞳はありったけの霊力を大倶利伽羅に注ぐと、祠を薙ぎ払った。
「……いったか?」
『そのはずだ』
大倶利伽羅の『声』がして、すぐに祠がズル、と崩れる。
完全に壊れるのを見届けてから、瞳は再び地面に手を当てる。
「邪気は、消えたか……。さて、地熱をどうする……」
地熱が溜まったままではマズい。噴火とまでは行かなくても、爆発する可能性はある。
「温泉?」
「え?」
「いや、椿が温泉でも湧かせたらどうだ、って」
「なるほどな。すると水脈が必要か」
思案していると、周りを確認しに行った天狐と空狐が戻ってくる。
「ヒトミ! 他には無かった!」
「こちらもありませんでした」
「そうか。ありがとう、天狐、空狐」
瞳はまた地面に触れて、今度は水脈探しを始めた。近くにあるならそれを使える。
「……あった」
「水?」
「そう、水脈。少し離れてるから、地熱を移動させるか……」
瞳の呼吸が乱れ始めているのに気付いた円が、支えるように肩を抱く。すると、瞳がダメだ、と首を振った。
「今は触るな。お前の霊力まで使ってしまう」
「使えばいいよ」
「あ……」
しまった、と思った時には遅かった。瞳に触れる円の霊力を、吸い取ってしまう。その霊力は、今までに借りた誰のものよりあたたかくて、瞳の身体に馴染んだ。
やがて。
ごぼ、と音を立てて温かい湯が湧き出した。それを確認してふらりと傾ぐ瞳の身体を、円が抱き上げる。
「円……おろして」
「ダメ。瞳、無茶し過ぎ。ふらふらでしょ」
「仕方ないだろ……」
「瞳、もしかして眠い?」
「ん……」
「寝る前に帰ろ? 俺じゃ帰り方わかんない」
「あ……そっか」
ぽそりと呟くと、瞳は空中にひたりと手を当てるようにしてそこから空間を開く。来た時同様、光に包まれたと思ったら、リビングに帰ってきていた。
「だからそれやる前に言って! また見ちゃったよ!」
「ん……?」
霊力と体力の消耗により、急激な眠気に襲われている瞳には聞こえているのかいないのか。
そんな瞳の様子を見て、土の精霊はまた改めて話を聞きに来る、と言って消えてしまった。
とりあえず、円は瞳を寝室のベッドへと運んだのだった。
吉田家のテレビはあまり活用されていないから知らなかったが、学校で噂にのぼっていた。相手の生徒が誰なのかという話にもなったらしいが、箝口令が敷かれていて、誰も真実にたどり着けなかったらしい。
噂がすっかりおさまる頃には、2月になっていた。
2月といえば、女子にとっては最大のイベントがある。バレンタインデーだ。
とは言っても、円はこの日、いつも学校を休むため、いったいどれほどの盛り上がりなのか詳しくは知らない。
しかも、今年のバレンタイン当日である今日は日曜日。
基本的に、日曜日は瞳もできるだけフリーになるよう式神たちが調整してくれていた。
「式神たち公認の恋人同士さいこう……!」
朝食を終えてリビングでいつものようにのんびりしていた時。思わず呟いてしまった円に、瞳が不思議そうに声をかける。
「何言ってるんだ?」
円の挙動不審は今に始まったことではないが、最近はそれが多い気がする。瞳は少し心配になった。
「なぁ。もしかして何かあったとか?」
「えっ?」
「オレに言えない何か、とか」
思いついたことを言葉にして、途端に瞳は不安になる。
一瞬シンと静まり返ったリビングに、今度は低い瞳の声が響く。
「円?」
こういう時は静かに追及する方がいいと、瞳は学んだ。
だけれど。
「いや、違う。俺って本当に幸せ者だなって思っただけ」
「……は?」
予想外すぎる円の返答に、瞳の方こそぽかんとしてしまった。
「あ、そうだ。瞳も甘いもの好きだったよね? ちょっと待ってて」
「うん?」
円がパタパタとキッチンに行き、何やらカチャカチャと準備を始めた。何をしているのかと見ていたら、ケーキ皿にチョコレートケーキを乗せて持ってくる。
「え。どうしたコレ」
「ガトーショコラだよ。添えてある生クリームをつけて食べるのもオススメです!」
「たしかに美味しそうだけど。いや、そうじゃなくて」
「うーん。瞳、今日は何の日か知ってる?」
「今日?」
円に問われ、瞳は顎に手を当てて考える。
今日は日曜日。2月14日。
「あ……」
ようやく正解に思い至った瞳は顔を赤くする。
バレンタインにチョコレートと言えば、それは。
「これ、もしかしなくても手作りかよ……」
「もちろん!」
「うん。ありがたくいただくけどさ……。こういうのって、本当はオレが準備すべきなんじゃないのか?」
「ん? なんで?」
「いや、だってその……一応……オレの方が……女役……だし……」
言いにくそうに瞳が赤くなりながらボソボソと伝えれば、円は本当に意味が分からないというようにあっけらかんと言う。
「なんで? こういうのって男も女も関係なくない?」
円のこういうところはやっぱり好きだなぁ、と瞳は思う。
「お前……。本当にいい男だよな」
「惚れ直した?」
「そういうの、自分で言うところはムカつく」
「ひどい」
くすくす笑いながら言い合って、瞳はガトーショコラを食べることにする。
ひと口食べてみればそれは今までに食べたこともないくらいの美味しさで。濃厚でありつつ甘さもくどくなく、ほろりとした口どけとカカオの香りと苦味がマッチした。
「めちゃくちゃ美味しい……」
「ホントに? 良かった!」
美味しいものを食べると幸せな気持ちになる。それが瞳の顔に出ていたのだろう。円が瞳の反応を見て嬉しそうに笑うから、瞳はなんだか少し恥ずかしくなった。なぜか円が瞳の隣に座ってきたからなおさらだ。
あっという間に食べてしまい、瞳は思い付いたように円に言う。
「オレも何かチョコ系のお菓子とか作るか?」
「うーん。それはそれですごくそそられるんだけど、どうせならお返しが欲しい」
「えっと、ホワイトデーに?」
「それでもいいけど」
「うん?」
首を傾げる瞳の耳元に、円はひそりと囁く。
「今夜。抱かせて」
その欲情を孕んだ声に、瞳は耳をおさえて真っ赤になりながら円の顔を見返す。
「ま、まどか……っ!」
「だめ?」
「……お前、明日が月曜日だって分かってるか?」
「分かってるよ」
「オレ、本気で留年がかかりそうなんだけど?」
「瞳なら学歴関係ないでしょ」
「他人事だと思って……」
「そんなこと言ってるけど、一般企業に就職する気ないだろ」
「それは……そうだけど。お前、昨夜も……」
ちゅ、ちゅ、とキスをされながら、昨夜のことを思い出した。
毎週土曜日、円は小田切の所へ助手として手伝いに行く。そんな日は帰ってくると必ずと言っていいほど抱かれる。佐々木の件があって平日にセーブするようになったせいもあるのか、昨夜抱かれた時の激しさは以前よりも増していた。
「うん。昨夜の瞳、めちゃくちゃ可愛かった。なんなら、今ここで抱かせてくれてもいいけど?」
「あ……、ばか言うな……っ! んっ」
「俺はいつでも本気」
「や……、あっ」
喘いだ瞬間、妙な気配がして妖精たちがザワつくのが分かった。瞳は、思わず閉じてしまっていた目を薄く開いて、ギョッとする。
「ちょ、まどか……っ! 待て、止まれ……っ」
「瞳、可愛い」
言いながら、流れるようにプツプツと瞳のシャツのボタンを外す円。
「やめ……っ、まどか、……あっ!」
瞳の肌に舌を這わせる円の頭に、瞳は思わず手刀を落とした。
「……っ、まどか、ステイ!」
「いったぁ、なに?」
やっと瞳の上から退く円には構わず、瞳はとりあえずはだけられたシャツの前をかき合わせて掴み、正面のソファに向かって言った。
「……お見苦しいところを、お見せしました。すみません」
《いいえ。とても仲がよろしいのね》
うふふ、と笑いながらソファに座るのは、明るい茶色の髪をした、可愛らしい女性だった。
「円、ハーブティー。あと、オレの部屋から適当にメガネ持ってこい」
「……了解」
いいところを邪魔された形の円は不機嫌そうだ。とりあえず、円が席を立った隙にシャツのボタンをとめなおし、乱れた髪も手ぐしで整えた。
なんとも居心地が悪い中で、瞳は円がハーブティーとメガネを持ってきて隣に座るのを待った。
渡されたメガネに、瞳は自分の霊力を注ぐと定着させて円に渡す。
「はい。コレ無いと視えないだろ?」
「あ……、うん。ありがとう」
「お待たせしました。……はじめまして。オレが吉田瞳です。こっちは西園寺円」
《はじめまして。わたしは土の精霊と呼ばれています。他の三人は既に会ったと聞いて機会をうかがっていましたの》
くすくす笑いながらとんでもないことを言い出す、と瞳は内心でため息をついた。
「何かあったんですね?」
《ええ、ありました。実は……》
土の精霊の話はこうだった。
ある森の中に何者かの結界が張られ、中で何事か画策されているらしいが、気配が邪悪で近寄れず、とにかく嫌な予感がする、という。
「場所は……」
《場所を感知することはできるのですが、お伝えするのは難しいです》
「その場所へオレを跳ばせますか?」
「ちょ、瞳! 俺も行く!」
《お二人を跳ばすとこは可能だと思います》
「円。精霊が危険だと感じるような場所に、お前を連れて行きたくないんだ」
「そんなの俺だって同じだよ! 俺が知らない所で瞳が危険な目にあうのなんて嫌だ!」
円の言い分に、瞳はため息をつく。このままでは平行線だ。
「……わかった。すみません、オレたち二人を現場へ跳ばしてください」
《わかりました。いきます》
「お願いします」
まばゆいばかりの光に包まれた次の瞬間、二人は鬱蒼とした森の中に居た。
外気に触れ、ぶるりと身を震わせる。水の精霊の時と同じことをしてしまった。せめて靴や上着を用意してから跳ばしてもらえばよかった、と後悔してももう遅かった。
「さすがに寒いな……。円は大丈夫か?」
「俺は割と体温高いからね。瞳の方が心配」
「大丈夫だ」
それから、さて、と跳ばされたすぐ目の前にあるモノを見る。
ぐるりと縄で囲まれた、小さな、けれど新しい祠のようなモノ。触れようとすれば、パチリと何かに当たり、なるほどこれが結界かと察しがついた。
「縄に紙垂までつけて。厄介だな」
「しで?」
「ああ、よく神社とかで見るだろ? しめ縄なんかについてる白い紙のこと。ほら、それだ」
「ああ。……そんな名前だったんだ」
「そう。本来なら神聖な場所につけるものなんだけどな……」
瞳は半歩下がって地面に片膝をつき、そのすぐそばの地面に手を当てた。目を閉じ、周囲の様子を探る。
邪気のような何かに包まれている感じがした。それから、集まってくる熱。地熱だ。
「……マズい」
「なに?」
「地熱が集まってきてる。犯人は、ここを噴火させる気だ!」
「こんな森の中を?」
「だからだ。火山を噴火させるより警戒されないからな。とにかく、コレぶっ壊すぞ!」
「わかった!」
「天狐! 空狐! 辺りに同じようなモノがないか探せ! 大倶利伽羅!」
「椿!」
「円は縄の方を頼む!」
「了解!」
二人、式神である日本刀を構えて霊力を注ぎ込む。
「円。霊力は注げるだけ注げ」
「やってみる」
「大倶利伽羅、すまない。少し乱暴な扱いになる」
『心得た』
瞳も注ぎ込めるだけの霊力を大倶利伽羅に注ぎ、まずは結界を破壊するために何も視えない場所を切り裂いた。バチリ、と手応えはあった。
「よし! 円、頼む!」
「行くぞ、椿!」
ザッと縄を切れば、紙垂が舞う。かなりの反発があって、円の手がビリ、と痺れた。
瞳はありったけの霊力を大倶利伽羅に注ぐと、祠を薙ぎ払った。
「……いったか?」
『そのはずだ』
大倶利伽羅の『声』がして、すぐに祠がズル、と崩れる。
完全に壊れるのを見届けてから、瞳は再び地面に手を当てる。
「邪気は、消えたか……。さて、地熱をどうする……」
地熱が溜まったままではマズい。噴火とまでは行かなくても、爆発する可能性はある。
「温泉?」
「え?」
「いや、椿が温泉でも湧かせたらどうだ、って」
「なるほどな。すると水脈が必要か」
思案していると、周りを確認しに行った天狐と空狐が戻ってくる。
「ヒトミ! 他には無かった!」
「こちらもありませんでした」
「そうか。ありがとう、天狐、空狐」
瞳はまた地面に触れて、今度は水脈探しを始めた。近くにあるならそれを使える。
「……あった」
「水?」
「そう、水脈。少し離れてるから、地熱を移動させるか……」
瞳の呼吸が乱れ始めているのに気付いた円が、支えるように肩を抱く。すると、瞳がダメだ、と首を振った。
「今は触るな。お前の霊力まで使ってしまう」
「使えばいいよ」
「あ……」
しまった、と思った時には遅かった。瞳に触れる円の霊力を、吸い取ってしまう。その霊力は、今までに借りた誰のものよりあたたかくて、瞳の身体に馴染んだ。
やがて。
ごぼ、と音を立てて温かい湯が湧き出した。それを確認してふらりと傾ぐ瞳の身体を、円が抱き上げる。
「円……おろして」
「ダメ。瞳、無茶し過ぎ。ふらふらでしょ」
「仕方ないだろ……」
「瞳、もしかして眠い?」
「ん……」
「寝る前に帰ろ? 俺じゃ帰り方わかんない」
「あ……そっか」
ぽそりと呟くと、瞳は空中にひたりと手を当てるようにしてそこから空間を開く。来た時同様、光に包まれたと思ったら、リビングに帰ってきていた。
「だからそれやる前に言って! また見ちゃったよ!」
「ん……?」
霊力と体力の消耗により、急激な眠気に襲われている瞳には聞こえているのかいないのか。
そんな瞳の様子を見て、土の精霊はまた改めて話を聞きに来る、と言って消えてしまった。
とりあえず、円は瞳を寝室のベッドへと運んだのだった。
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