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第2章 2日目②
「真純クン、落ち着いた?」
和巳ちゃんが、ニコニコしながら聞いてくる。
オレは泣き顔を見られた恥ずかしさと、取り乱してしまった事に対しての申し訳なさで、赤面しながら頷いた。
「う、うん。ごめん、和巳ちゃん」
微笑んでふるふると首を振る和巳ちゃんの前には、砂時計が。逆さまにしたその砂が落ち切って、3分経ったのを確認すると、和巳ちゃんは嬉しそうにティーポットを手に取った。
コポコポと音を立てながらカップに紅茶を注ぎ、ちゃんとソーサーに乗せてから渡してくれる。
「ありがとう」
現在、和巳ちゃんと二人でアフタヌーンティータイム中である。
朝食を食い過ぎたから昼に食事はいらないと言ったら、食堂のお兄さんたちは、3時のおやつを準備してくれたのだった。
過保護すぎだって、ホント……。
しかも、またしても気合いの入った……。
ベリーをたくさん散らせたショートケーキとか。チーズタルトとか、フルーツたっぷりのタルトとか。ふんわりしたマフィンとか。ひんやりしてそうなムースとか。
そんな、色とりどりの小振りなケーキが何種類も並んでて。
(これ、全部食えって?)
もちろん、紅茶はティーパックなんかじゃなくて。ポットに茶葉を入れて熱湯を注いで良く蒸らしてっていう、本格的なもの。だって、砂時計を一緒に用意してるくらいだもんなぁ。
夏なのにホットっていうのが、どうかとも思うけど。クーラー効いてるし、いいか。
今いるのは、和巳ちゃんの部屋。
ティータイムセット持参でオレの部屋を訪れた和巳ちゃんに、オレってば泣きついちゃったんだよ。高見が出て行ってから、それほど時間は経ってなかったから、もちろん涙は止まってなかったし。和巳ちゃんと一緒にいたはずの橋本に気付く余裕すらなかった。
たぶん和巳ちゃんは、そんなオレの様子を察してくれたんだと思う。
で。和巳ちゃんに誘われるままに部屋を移動してきたってわけ。
ちなみに、橋本は和巳ちゃんに退室を命じられ、部屋のドアには鍵がかけられてる。
「真純クン、どれ食べる?」
満面の笑みで聞かれて。
「和巳ちゃん、すごい嬉しそう……」
「だって、こんなサービス、めったに受けられないもん。ほら、これ美味しそうだよ」
「じゃあ、それちょうだい」
過剰サービスじゃないのか? とも思うんだけど、甘いものが嫌いじゃないので拒絶できない自分がカナシイ。
「……何かあった?」
ケーキを取り分けてくれながら、和巳ちゃんがさりげなく言った。
軽くはないけど、重苦しくもない和巳ちゃんの問いかけに。
「ん……」
オレは素直に頷いてた。和巳ちゃんに聞いてもらいたいっていう気持ちもあったし。
だけど、何からどんな風に説明したらいいのか分からなくて口ごもってしまう。
ケーキを盛られた皿とフォークを受け取って。
「……あの、さ。高見と生徒会長って、仲悪い?」
とりあえず、そこから聞いてみた。
「仲悪いって言うか、あの二人は、対立してるって表現の方が合うね」
苦笑しながらそう言って。
「真純クン、会長に会ったの?」
って首を傾げられた。
オレは、水沢会長に連れ出された辺りから高見が部屋を出て行った所までを、かいつまんで話した。もちろん、二人にキスされちゃった事は省略。
聞き終わった和巳ちゃんは、はあ~っと大きなため息をついた。
「会長も懲りない人だね。諦めたと思ったのに、また真純クンにちょっかい出してくるなんて」
「ちょっかい……って」
「真純クン、もしかしなくても、口説かれたでしょ?」
「え……」
すぐには答えられなかった。その辺の事は曖昧に誤魔化したはずなのに、なんで分かるんだろう。
だけど、和巳ちゃんはオレのその反応で確信したらしくって。やっぱり、って小さく呟いてため息をついた。
「あのね、真純クン。念のため忠告しておくけど。水沢会長のは冗談でも嫌がらせでも、からかってる訳でもないからね。気を付けた方がいいよ。あの人、真純クンの事は今でも本気だと思うしさ」
「ふぇ?」
あまりの驚きに、オレは、かなり間の抜けた声を上げた。ケーキを口に運びかけてた手が止まってしまう。
なんか今、ものすごい事を聞いたような気がするんだけど。
「真純クンさ。それだけ可愛いんだから、男に告白されたりとか、中学の頃にもあったでしょ?」
嬉しくなかったけど、まあ、それなりに。
昔から、女の子に間違えられたりとか、男と分かってて言い寄ってきたりとか、いろんなパターンがあったけどね。
同じような経験をしているだろう和巳ちゃんが相手だったから、オレはおとなしく頷いた。
「そういう意味で、会長は真純クンが好きだってコト。それはもう、僕なんかが見ても分かるくらいにね」
ちょっと待て。
まさか。
会長に対する怒りで、彼が言った事を嘘だって決め付けてたけど。まさかとは思うけど、事実なんて事はないよな?
「あのさ、和巳ちゃん。オレ、水沢会長と付き合ってた事実なんてある……?」
ビクビクしながら聞いた。あっさり肯定されたらどうしよう。立ち直れないかも。
だってオレのあの人に対する印象、マイナス35点だもん。そんな人と付き合ってたなんて、絶対やだよ~。
でも。
「そんな事言われたのっ!?」
すごい勢いで肩をガシッと掴まれて。
「う、うん……」
迫力に圧倒されて、ぎこちなく頷いた。
そしたら和巳ちゃんは、はあ~っと、またため息をついて。
「卑劣なマネするね、あの人も……」
って、本当に呆れるみたいに言って。
え? って事は?
「あの……?」
和巳ちゃんは自分を落ち着けるみたいに、ケーキをぱくっと一口。
「和巳ちゃん?」
「嘘だよ。もっとも、あの人は僕達が入学してすぐ、真純クンに目を付けたらしくて、かなりしつこかったけどね。5月の始め頃だったかな。真純クンがきっぱり断ってからはおとなしかったんだよ」
「断った? ホント?」
「うん、ホント。もうさ、毎日のように待ち伏せされたり呼び出しされたり、部屋まで来られたりして、好きだ付き合ってくれって迫られてたんだよ。真純クン、必死で逃げ回ってたなぁ」
毎日? それは誰でも逃げるって。
「やんわり断ってたんだけど、それじゃ諦めてくれなくてさ。あの頃の真純クン、本気で参ってたよ。それがさ、ある日いきなり、付け込む隙がないくらいにきっぱりはっきり振っちゃったらしくてさ。それ以来、水沢会長も言い寄って来なくなって。僕たちも安心してたんだけどねぇ」
そうだったんだ……。
オレってば、大変だったんだなぁ。
でもなんか、自分の事なのに、和巳ちゃんに聞いて初めて知るっていうのも、変なカンジだよな。他人事のように思えるよ。
でもさ。
「その時のオレって、なんて言って断ったんだろう……」
ぼんやりと呟いた。
「だってさ。さっき、オレ、思いっきり蹴り飛ばしてやったんだよ? それなのに、部屋まで追いかけて来るようなヤツを諦めさせるって、どんなコト言ったんだよ、オレ~」
過去の自分に縋るみたいに。これって、泣き言っていうんだよな、たぶん。
ああ、くそっ。
「オレの4ヵ月ぅ~」
ってぼやいたら、和巳ちゃんの手がオレの顎を捕らえて。
「はい、真純クン」
微笑み付きでかぽっとケーキを口の中に入れられて。
「とりあえず、落ち着こうね」
可愛らしく首を傾げられたら、従うしかないじゃないか。
紅茶をおかわりしながら、オレたちは大量のケーキを確実に平らげつつあった。
「あ、これおいしい」
「こっちも美味いよ。食べてみる?」
「ちょーだい。じゃ、これもどう?」
「うん、もらう」
なんて、女の子同士みたいな会話を繰り広げながら。
でも不意に。
「翔吾クン、どこ行っちゃったんだろうね」
って和巳ちゃんに言われて、オレは身体をビクンと震わせた。
そうだった。
落ち着きすぎて忘れてたけど、オレって高見と顔合わせづらいんじゃないか?
だって、キスされた後に謝られたんだよ。その後、オレが何か言う暇もなく、高見は部屋を出て行っちゃったしさ。
めちゃめちゃ気まずいじゃん?
しかもオレは、もう一つ気になってる事あるし。
フォークを口に当てたまま動きを止めてしまったオレを不審に思ったのか、和巳ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「真純クン?」
「え……」
「どうかした?」
身を乗り出すようにしてオレの様子を窺う和巳ちゃんに、なんでもないと首を振って微笑んで見せた。
……微笑んだ、つもりだった。
「真純クン……」
困ったような表情で見つめられて、戸惑った。
和巳ちゃん、なんでそんな顔するの?
そう思ってたところで、和巳ちゃんがオレの隣に座って、オレの事をギュッと抱きしめてきた。
「……和巳ちゃん?」
オレはそうされる理由が分からなくて、名前を呼びながら抱きしめ返した。そうしてもいいような気がしたんだ。だって、和巳ちゃんの手はすごく労わりに満ちてたから。
「真純クンの涙腺、壊れちゃったみたいだね……」
宥めるみたいにポンポンと背中を撫でられて。
和巳ちゃんに言われた事で、オレはやっと自分が泣いてる事に気が付いた。
「あ……」
ボロボロと涙を零しながら、オレは和巳ちゃんの肩口に顔を埋めていた。
「和巳ちゃ……」
和巳ちゃんが言った通り、オレの涙腺は壊れてしまったのかもしれない。
だって、なんで泣いてるのか、自分でも分からない。
分からないことが不安で、また涙が溢れてくる。
和巳ちゃんに抱きついた手に力を込めた。
「大丈夫だよ、真純クン。大丈夫だから」
さっき、これでもかってくらいに泣いたはずなのに。和巳ちゃんに泣きついたのに。
オレの涙はなかなか止まってくれなくて。
オレはまたしても和巳ちゃんに迷惑をかけたのだった。
人の話し声で目が覚めた。
「とにかく、今日はこっちに泊めるから」
和巳ちゃんの声……?
寝起きのぼんやりした頭で見当をつけた。
オレはベッドに横になってて。部屋の中は薄暗い……?
まさかとは思うけど、オレ、泣き疲れて和巳ちゃんの部屋で寝ちゃったのか?
(うわ、やば……)
「今、もう寝てるから。起きちゃうから動かさないで」
和巳ちゃんの、少し潜められた声が。もしかして、ちょっと怒ってる?
寝てるって、やっぱりオレの事だよね。ってことは、このまま寝てていいの?
どうやらドアの所で話してるらしい声に意識を集中する。
「北原。俺の話も聞けって」
宥めるみたいな声は。
(高見……!?)
オレは無意識にベッドの中で身を固くしていた。
やばいよ。オレ、今は会いたくない。ってゆーか、会えないよ……。だって、泣きすぎて、たぶん目が腫れてるもん。
「今は聞けない。ちょっと怒ってるから。とりあえず、修をそっちに泊めてやってよ」
あ、やっぱり怒ってるんだ。口調が、ちょっと荒っぽいもんね。
今日だけ、橋本と部屋をトレードするってコトか?
「……心当たりがあるから、何も言えないな……。あいつの様子、どう?」
高見の問いに、和巳ちゃんがため息をついて。
「普通の状態じゃないよ。だいたいの話は聞いた。まだ何か隠してるっぽいけどね。何があったのか、おおよその見当はつくよ。相手はあの水沢生徒会長なんだからさ」
うわ、隠してるのバレてるっ!? しかも、見当ついちゃうんだ?
あ、でも。キスだけって言ったら、高見、疑ってたよね? それって、何を意味してるんだろう? 実は水沢会長、ものすごく手が早かったりとか、とんでもないセクハラ野郎だったりとか?
ありえるかも……。
「翔吾クンさ、真純クンがどんなに不安か分かってないでしょ? そうじゃなかったら、あんな状態の真純クンを一人になんてできないよね」
「あんな?」
高見の声のトーンが少し下がった。
「部屋に行ったら、泣いてたんだよ」
和巳ちゃんの声が、泣きそうなものに聞こえた気がした。
「こっちに移動してきて、一度は落ち着いたんだけどね。翔吾クンの名前を出した途端、また泣かれちゃったんだ。僕に縋って泣いたんだよ? 泣き疲れて、そのまま寝ちゃうくらい。あんな真純クン、初めて見たよ」
「……俺だ……な。悪い。俺、あいつを余計に動揺させた自覚ある」
なんだか胸が痛くて、また泣きそうになるのを、必死に堪えた。
「謝るなら、真純クンに謝って。それから、ちゃんと話し合ってよ。真純クンを不安にさせたままにしないで。真純クンは、僕にとっても大切な友達なんだからね」
「……分かってる。少し、頭を冷やすよ。悪いけど、今夜は頼むな」
高見の声が聞こえた後にドアが閉まる音がして。
涙が零れそうになって、唇を咬んだ。
大切にされてるんだなぁって実感して。
オレの事を思ってくれてる人を忘れてる事実が辛かった。苦しくて、心が痛かった。
和巳ちゃんが部屋に戻ってきて、オレの髪を撫でた感触がして。
ゆっくりと、目を開けた。
「ごめん、起こした?」
微笑んで、首を振った。その拍子に、涙が一筋零れた。
「どうしたの? 恐い夢でも見た?」
涙を見て、オロオロしながら和巳ちゃんが聞いてくる。
「違うよ。なんでもない」
笑顔のままで言った。ホントに、そういう事じゃないから大丈夫。
「寝てて大丈夫だよ。今日はこっちに泊まっていいからね。おなかすいた?」
床にしゃがんでベッドに頭をこてんと付けて、寝ているオレとすぐそばで視線を合わせながら和巳ちゃんが言う。
その可愛らしいしぐさに、オレはくすくす笑った。
「大丈夫、おなかいっぱい。ケーキ食べたから」
つられたみたいに、和巳ちゃんがふふっと笑って。
「実は、僕も同じ。でも、ケーキおいしかったね」
「うん」
二人で微笑み合った。
その瞬間。
「あ……れ……?」
妙な既視感を覚えた。
知ってるような、知らないような……?
違う。覚えてる……?
どこかで、こんな事……?
「真純クン?」
「和巳ちゃん……」
オレの意識を引き戻すみたいに呼んでくれた和巳ちゃんを、縋るように見て。
「和巳ちゃん。前にも、こんな事……あった……?」
「思い出したの……?」
そうじゃない。思い出せた訳じゃないんだけど。
オレは、和巳ちゃんの言葉を否定して首を振るだけだった。
「……ん?」
和巳ちゃんが、次の言葉を促すように、オレが何か言うのを待ってる。
見た事があるような光景。感じた事がある優しさ。
そう思うのに。
そこまでは分かるのに。
なんで!?
分からない。思い出せない。
ズキンと頭が痛んだ。
「頭が、いたい……」
ズキズキと痛む頭を手で押さえて和巳ちゃんの方を見た時、涙がぽろっと零れた。
和巳ちゃんが慌てて、オレの顔を両手で包みながら覗き込んでくる。
「いいよ、真純クン。無理に思い出そうとしなくて大丈夫だからっ」
和巳ちゃんが言うけど。
思い出したい。
きっと、和巳ちゃんや橋本や高見の事を大切に思ってたはずなのに。
その事を忘れてる自分が悔しかった。
「ちくしょ……っ」
堰を切ったように溢れて止まらない涙に悪態をついた。
もう。オレ、自分に腹立ててばっかり。
和巳ちゃんが、ニコニコしながら聞いてくる。
オレは泣き顔を見られた恥ずかしさと、取り乱してしまった事に対しての申し訳なさで、赤面しながら頷いた。
「う、うん。ごめん、和巳ちゃん」
微笑んでふるふると首を振る和巳ちゃんの前には、砂時計が。逆さまにしたその砂が落ち切って、3分経ったのを確認すると、和巳ちゃんは嬉しそうにティーポットを手に取った。
コポコポと音を立てながらカップに紅茶を注ぎ、ちゃんとソーサーに乗せてから渡してくれる。
「ありがとう」
現在、和巳ちゃんと二人でアフタヌーンティータイム中である。
朝食を食い過ぎたから昼に食事はいらないと言ったら、食堂のお兄さんたちは、3時のおやつを準備してくれたのだった。
過保護すぎだって、ホント……。
しかも、またしても気合いの入った……。
ベリーをたくさん散らせたショートケーキとか。チーズタルトとか、フルーツたっぷりのタルトとか。ふんわりしたマフィンとか。ひんやりしてそうなムースとか。
そんな、色とりどりの小振りなケーキが何種類も並んでて。
(これ、全部食えって?)
もちろん、紅茶はティーパックなんかじゃなくて。ポットに茶葉を入れて熱湯を注いで良く蒸らしてっていう、本格的なもの。だって、砂時計を一緒に用意してるくらいだもんなぁ。
夏なのにホットっていうのが、どうかとも思うけど。クーラー効いてるし、いいか。
今いるのは、和巳ちゃんの部屋。
ティータイムセット持参でオレの部屋を訪れた和巳ちゃんに、オレってば泣きついちゃったんだよ。高見が出て行ってから、それほど時間は経ってなかったから、もちろん涙は止まってなかったし。和巳ちゃんと一緒にいたはずの橋本に気付く余裕すらなかった。
たぶん和巳ちゃんは、そんなオレの様子を察してくれたんだと思う。
で。和巳ちゃんに誘われるままに部屋を移動してきたってわけ。
ちなみに、橋本は和巳ちゃんに退室を命じられ、部屋のドアには鍵がかけられてる。
「真純クン、どれ食べる?」
満面の笑みで聞かれて。
「和巳ちゃん、すごい嬉しそう……」
「だって、こんなサービス、めったに受けられないもん。ほら、これ美味しそうだよ」
「じゃあ、それちょうだい」
過剰サービスじゃないのか? とも思うんだけど、甘いものが嫌いじゃないので拒絶できない自分がカナシイ。
「……何かあった?」
ケーキを取り分けてくれながら、和巳ちゃんがさりげなく言った。
軽くはないけど、重苦しくもない和巳ちゃんの問いかけに。
「ん……」
オレは素直に頷いてた。和巳ちゃんに聞いてもらいたいっていう気持ちもあったし。
だけど、何からどんな風に説明したらいいのか分からなくて口ごもってしまう。
ケーキを盛られた皿とフォークを受け取って。
「……あの、さ。高見と生徒会長って、仲悪い?」
とりあえず、そこから聞いてみた。
「仲悪いって言うか、あの二人は、対立してるって表現の方が合うね」
苦笑しながらそう言って。
「真純クン、会長に会ったの?」
って首を傾げられた。
オレは、水沢会長に連れ出された辺りから高見が部屋を出て行った所までを、かいつまんで話した。もちろん、二人にキスされちゃった事は省略。
聞き終わった和巳ちゃんは、はあ~っと大きなため息をついた。
「会長も懲りない人だね。諦めたと思ったのに、また真純クンにちょっかい出してくるなんて」
「ちょっかい……って」
「真純クン、もしかしなくても、口説かれたでしょ?」
「え……」
すぐには答えられなかった。その辺の事は曖昧に誤魔化したはずなのに、なんで分かるんだろう。
だけど、和巳ちゃんはオレのその反応で確信したらしくって。やっぱり、って小さく呟いてため息をついた。
「あのね、真純クン。念のため忠告しておくけど。水沢会長のは冗談でも嫌がらせでも、からかってる訳でもないからね。気を付けた方がいいよ。あの人、真純クンの事は今でも本気だと思うしさ」
「ふぇ?」
あまりの驚きに、オレは、かなり間の抜けた声を上げた。ケーキを口に運びかけてた手が止まってしまう。
なんか今、ものすごい事を聞いたような気がするんだけど。
「真純クンさ。それだけ可愛いんだから、男に告白されたりとか、中学の頃にもあったでしょ?」
嬉しくなかったけど、まあ、それなりに。
昔から、女の子に間違えられたりとか、男と分かってて言い寄ってきたりとか、いろんなパターンがあったけどね。
同じような経験をしているだろう和巳ちゃんが相手だったから、オレはおとなしく頷いた。
「そういう意味で、会長は真純クンが好きだってコト。それはもう、僕なんかが見ても分かるくらいにね」
ちょっと待て。
まさか。
会長に対する怒りで、彼が言った事を嘘だって決め付けてたけど。まさかとは思うけど、事実なんて事はないよな?
「あのさ、和巳ちゃん。オレ、水沢会長と付き合ってた事実なんてある……?」
ビクビクしながら聞いた。あっさり肯定されたらどうしよう。立ち直れないかも。
だってオレのあの人に対する印象、マイナス35点だもん。そんな人と付き合ってたなんて、絶対やだよ~。
でも。
「そんな事言われたのっ!?」
すごい勢いで肩をガシッと掴まれて。
「う、うん……」
迫力に圧倒されて、ぎこちなく頷いた。
そしたら和巳ちゃんは、はあ~っと、またため息をついて。
「卑劣なマネするね、あの人も……」
って、本当に呆れるみたいに言って。
え? って事は?
「あの……?」
和巳ちゃんは自分を落ち着けるみたいに、ケーキをぱくっと一口。
「和巳ちゃん?」
「嘘だよ。もっとも、あの人は僕達が入学してすぐ、真純クンに目を付けたらしくて、かなりしつこかったけどね。5月の始め頃だったかな。真純クンがきっぱり断ってからはおとなしかったんだよ」
「断った? ホント?」
「うん、ホント。もうさ、毎日のように待ち伏せされたり呼び出しされたり、部屋まで来られたりして、好きだ付き合ってくれって迫られてたんだよ。真純クン、必死で逃げ回ってたなぁ」
毎日? それは誰でも逃げるって。
「やんわり断ってたんだけど、それじゃ諦めてくれなくてさ。あの頃の真純クン、本気で参ってたよ。それがさ、ある日いきなり、付け込む隙がないくらいにきっぱりはっきり振っちゃったらしくてさ。それ以来、水沢会長も言い寄って来なくなって。僕たちも安心してたんだけどねぇ」
そうだったんだ……。
オレってば、大変だったんだなぁ。
でもなんか、自分の事なのに、和巳ちゃんに聞いて初めて知るっていうのも、変なカンジだよな。他人事のように思えるよ。
でもさ。
「その時のオレって、なんて言って断ったんだろう……」
ぼんやりと呟いた。
「だってさ。さっき、オレ、思いっきり蹴り飛ばしてやったんだよ? それなのに、部屋まで追いかけて来るようなヤツを諦めさせるって、どんなコト言ったんだよ、オレ~」
過去の自分に縋るみたいに。これって、泣き言っていうんだよな、たぶん。
ああ、くそっ。
「オレの4ヵ月ぅ~」
ってぼやいたら、和巳ちゃんの手がオレの顎を捕らえて。
「はい、真純クン」
微笑み付きでかぽっとケーキを口の中に入れられて。
「とりあえず、落ち着こうね」
可愛らしく首を傾げられたら、従うしかないじゃないか。
紅茶をおかわりしながら、オレたちは大量のケーキを確実に平らげつつあった。
「あ、これおいしい」
「こっちも美味いよ。食べてみる?」
「ちょーだい。じゃ、これもどう?」
「うん、もらう」
なんて、女の子同士みたいな会話を繰り広げながら。
でも不意に。
「翔吾クン、どこ行っちゃったんだろうね」
って和巳ちゃんに言われて、オレは身体をビクンと震わせた。
そうだった。
落ち着きすぎて忘れてたけど、オレって高見と顔合わせづらいんじゃないか?
だって、キスされた後に謝られたんだよ。その後、オレが何か言う暇もなく、高見は部屋を出て行っちゃったしさ。
めちゃめちゃ気まずいじゃん?
しかもオレは、もう一つ気になってる事あるし。
フォークを口に当てたまま動きを止めてしまったオレを不審に思ったのか、和巳ちゃんが顔を覗き込んでくる。
「真純クン?」
「え……」
「どうかした?」
身を乗り出すようにしてオレの様子を窺う和巳ちゃんに、なんでもないと首を振って微笑んで見せた。
……微笑んだ、つもりだった。
「真純クン……」
困ったような表情で見つめられて、戸惑った。
和巳ちゃん、なんでそんな顔するの?
そう思ってたところで、和巳ちゃんがオレの隣に座って、オレの事をギュッと抱きしめてきた。
「……和巳ちゃん?」
オレはそうされる理由が分からなくて、名前を呼びながら抱きしめ返した。そうしてもいいような気がしたんだ。だって、和巳ちゃんの手はすごく労わりに満ちてたから。
「真純クンの涙腺、壊れちゃったみたいだね……」
宥めるみたいにポンポンと背中を撫でられて。
和巳ちゃんに言われた事で、オレはやっと自分が泣いてる事に気が付いた。
「あ……」
ボロボロと涙を零しながら、オレは和巳ちゃんの肩口に顔を埋めていた。
「和巳ちゃ……」
和巳ちゃんが言った通り、オレの涙腺は壊れてしまったのかもしれない。
だって、なんで泣いてるのか、自分でも分からない。
分からないことが不安で、また涙が溢れてくる。
和巳ちゃんに抱きついた手に力を込めた。
「大丈夫だよ、真純クン。大丈夫だから」
さっき、これでもかってくらいに泣いたはずなのに。和巳ちゃんに泣きついたのに。
オレの涙はなかなか止まってくれなくて。
オレはまたしても和巳ちゃんに迷惑をかけたのだった。
人の話し声で目が覚めた。
「とにかく、今日はこっちに泊めるから」
和巳ちゃんの声……?
寝起きのぼんやりした頭で見当をつけた。
オレはベッドに横になってて。部屋の中は薄暗い……?
まさかとは思うけど、オレ、泣き疲れて和巳ちゃんの部屋で寝ちゃったのか?
(うわ、やば……)
「今、もう寝てるから。起きちゃうから動かさないで」
和巳ちゃんの、少し潜められた声が。もしかして、ちょっと怒ってる?
寝てるって、やっぱりオレの事だよね。ってことは、このまま寝てていいの?
どうやらドアの所で話してるらしい声に意識を集中する。
「北原。俺の話も聞けって」
宥めるみたいな声は。
(高見……!?)
オレは無意識にベッドの中で身を固くしていた。
やばいよ。オレ、今は会いたくない。ってゆーか、会えないよ……。だって、泣きすぎて、たぶん目が腫れてるもん。
「今は聞けない。ちょっと怒ってるから。とりあえず、修をそっちに泊めてやってよ」
あ、やっぱり怒ってるんだ。口調が、ちょっと荒っぽいもんね。
今日だけ、橋本と部屋をトレードするってコトか?
「……心当たりがあるから、何も言えないな……。あいつの様子、どう?」
高見の問いに、和巳ちゃんがため息をついて。
「普通の状態じゃないよ。だいたいの話は聞いた。まだ何か隠してるっぽいけどね。何があったのか、おおよその見当はつくよ。相手はあの水沢生徒会長なんだからさ」
うわ、隠してるのバレてるっ!? しかも、見当ついちゃうんだ?
あ、でも。キスだけって言ったら、高見、疑ってたよね? それって、何を意味してるんだろう? 実は水沢会長、ものすごく手が早かったりとか、とんでもないセクハラ野郎だったりとか?
ありえるかも……。
「翔吾クンさ、真純クンがどんなに不安か分かってないでしょ? そうじゃなかったら、あんな状態の真純クンを一人になんてできないよね」
「あんな?」
高見の声のトーンが少し下がった。
「部屋に行ったら、泣いてたんだよ」
和巳ちゃんの声が、泣きそうなものに聞こえた気がした。
「こっちに移動してきて、一度は落ち着いたんだけどね。翔吾クンの名前を出した途端、また泣かれちゃったんだ。僕に縋って泣いたんだよ? 泣き疲れて、そのまま寝ちゃうくらい。あんな真純クン、初めて見たよ」
「……俺だ……な。悪い。俺、あいつを余計に動揺させた自覚ある」
なんだか胸が痛くて、また泣きそうになるのを、必死に堪えた。
「謝るなら、真純クンに謝って。それから、ちゃんと話し合ってよ。真純クンを不安にさせたままにしないで。真純クンは、僕にとっても大切な友達なんだからね」
「……分かってる。少し、頭を冷やすよ。悪いけど、今夜は頼むな」
高見の声が聞こえた後にドアが閉まる音がして。
涙が零れそうになって、唇を咬んだ。
大切にされてるんだなぁって実感して。
オレの事を思ってくれてる人を忘れてる事実が辛かった。苦しくて、心が痛かった。
和巳ちゃんが部屋に戻ってきて、オレの髪を撫でた感触がして。
ゆっくりと、目を開けた。
「ごめん、起こした?」
微笑んで、首を振った。その拍子に、涙が一筋零れた。
「どうしたの? 恐い夢でも見た?」
涙を見て、オロオロしながら和巳ちゃんが聞いてくる。
「違うよ。なんでもない」
笑顔のままで言った。ホントに、そういう事じゃないから大丈夫。
「寝てて大丈夫だよ。今日はこっちに泊まっていいからね。おなかすいた?」
床にしゃがんでベッドに頭をこてんと付けて、寝ているオレとすぐそばで視線を合わせながら和巳ちゃんが言う。
その可愛らしいしぐさに、オレはくすくす笑った。
「大丈夫、おなかいっぱい。ケーキ食べたから」
つられたみたいに、和巳ちゃんがふふっと笑って。
「実は、僕も同じ。でも、ケーキおいしかったね」
「うん」
二人で微笑み合った。
その瞬間。
「あ……れ……?」
妙な既視感を覚えた。
知ってるような、知らないような……?
違う。覚えてる……?
どこかで、こんな事……?
「真純クン?」
「和巳ちゃん……」
オレの意識を引き戻すみたいに呼んでくれた和巳ちゃんを、縋るように見て。
「和巳ちゃん。前にも、こんな事……あった……?」
「思い出したの……?」
そうじゃない。思い出せた訳じゃないんだけど。
オレは、和巳ちゃんの言葉を否定して首を振るだけだった。
「……ん?」
和巳ちゃんが、次の言葉を促すように、オレが何か言うのを待ってる。
見た事があるような光景。感じた事がある優しさ。
そう思うのに。
そこまでは分かるのに。
なんで!?
分からない。思い出せない。
ズキンと頭が痛んだ。
「頭が、いたい……」
ズキズキと痛む頭を手で押さえて和巳ちゃんの方を見た時、涙がぽろっと零れた。
和巳ちゃんが慌てて、オレの顔を両手で包みながら覗き込んでくる。
「いいよ、真純クン。無理に思い出そうとしなくて大丈夫だからっ」
和巳ちゃんが言うけど。
思い出したい。
きっと、和巳ちゃんや橋本や高見の事を大切に思ってたはずなのに。
その事を忘れてる自分が悔しかった。
「ちくしょ……っ」
堰を切ったように溢れて止まらない涙に悪態をついた。
もう。オレ、自分に腹立ててばっかり。
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翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
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鍛えられた肉体、高潔な魂――
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番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
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番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
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閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。