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02 シエラ、プロポーズされる
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お見合いの会場は貴族に貸し出されているプライベートサロンだった。
中に入ったとたんに美しい男性の横顔が目に飛び込んでくる。
お見合い相手がとっくに到着していたようだと知って、相手の顔をしっかり確認する間もなく慌てて頭を下げた。
「あっ、あの、その、遅くなりまして……? 申し訳ございません」
「ようやくお出ましですか。こちらも暇では……ない……」
ソファでくつろいでいた男性が「はぁ」と悩ましい息を吐いた。
しかし声の主が本来のお見合い相手ではないことに気付いたのだろう。
呆気に取られた様子でシエラを見ている。
一方のシエラも、声にならない悲鳴を上げていた。
(だっ、だっ、でっ、でっ……!?)
食い入るようにこちらを見ている男性。
シエラの勘違いでなければ、彼はこの国の第三王子、アルフレッド・ベルーフィア公爵だ。
黒い絹糸のような艶やかな髪。深紅の瞳はけぶるまつげに囲まれ、いつも不敵に弧を描く薄い唇。
背が高く、服の上からでも分かる肉体美を持ち合わせているだけではなく、才能豊かな魔法学研究者でもある。
身分に財力、そして容姿。
結婚相手には最高だと同僚の女官たちが噂している。
実際ここ数年のシーズンでは一、二の人気を争っているそうなのだが、それでも結婚していない彼にはもうひとつの噂があった。
夜のように黒い髪と血のように赤い瞳のせいか、耽美なかんばせがやや青白く見えるせいか、一部では『吸血鬼』と言われているのだ。
吸血鬼に魅入られた令嬢は血を吸われて命を落とすそうなので、いくらいい条件でも結婚に踏み切る相手はいないらしい。
実際、ベルーフィア公爵は結婚適齢期の二四歳にして妻も婚約者もいない。
(だからルビー様はあんなに嫌がっていたの!?)
なぜお見合い相手の名前や身分を確認しておかなかったのか。
想定外すぎる事態にそこまで頭が回っていなかったのだが、そこを悔いてももう遅い。
「お前は誰だ? 娘はどうした」
ベルーフィア公爵の側には壮年の男性が座っていた。
「娘」の一言に、その男性がルビーの父、オルフレイン伯爵だと分かる。
強面なその男性に睨まれシエラは身体を強ばらせる。
親まで同席していることも聞いてない。いや、普通、お見合いといえば親か誰かが同席するものか。もう何も分からない。
(やっぱり無茶が過ぎたのよ……!)
シエラはダラダラと嫌な汗をかき始めた。
「部屋を間違えたのであれば、さっさと出て行きなさ……」
「どうぞ、こちらにおかけください」
退室を促すオルフレイン伯爵の言葉を遮るように、ベルーフィア公爵がシエラに席を勧める。
「殿下。これから我が娘との見合いだというのに、他の娘を座らせようとは何事です」
オルフレイン伯爵が相手を「殿下」と呼んだ。
やはり彼は第三王子アルフレッド・ベルーフィア公爵で間違いないと知って、シエラの目が回ってくる。油断したら倒れそうだ。
「具合の悪そうな令嬢を見過ごすつもりはない」
「ですが、殿下」
「あなたの娘はここに来るつもりがないようだが?」
オルフレイン伯爵が押し黙ると、ベルーフィア公爵はシエラに向かって微笑んだ。
「さぁ、座って」
「は、い……」
悩んだシエラだったが、ここで気絶して迷惑をかけるよりはマシだと判断して、勧められるままソファに腰を下ろした。
クッションの効いたフワフワの座面。ティーテーブルにはお菓子。
ベルーフィア公爵が目配せをすると、即座にお茶が供される。
柔らかなお茶の香りに身体が解れるわけもなく、シエラの身体は緊張したままだ。
向かいに座るベルーフィア公爵がお茶を一口飲んでから言った。
「ルビー嬢は? いや、言わなくても結構。何となく想像できる」
「……本当に、申し訳ございません」
「断れなかったのでしょう?」
シエラが押し黙ると、ベルーフィア公爵は納得したように小さく頷いた。
断れなかったというか、最終的には高く売れそうなブローチに釣られたのだとは、口が裂けても言えそうになかった。
しばらくの沈黙の後、変な汗も目眩も落ち着いてきたシエラは、深々と頭を下げた。
「あの……私は、これで……。本当に、本当に申し訳ございませんでした」
ルビーにはすぐに帰ってもいいと言われている。
ベルーフィア公爵やオルフレイン伯爵だって忙しいのだから、こんな茶番にこれ以上時間を使いたくもないはずだ。
顔を上げ、シエラが立ち去ろうと腰を上げた瞬間、ベルーフィア公爵の鋭い視線がそれを制した。
思わず、ぴたりと動きが止まる。
「お待ちください。シエラ・ハウエル女官」
「わ、私の名前を?」
状況が状況だけに、シエラはまだ名乗っていなかった。
シエラがベルーフィア公爵を知っているのは当たり前として、ベルーフィア公爵がシエラを知っているとは。
「私はあなたを知っています」
シエラの代わりにベルーフィア公爵が立ち上がり、シエラの側までやって来た。
そして、シエラの前で膝をついた。
「断るつもりの見合いに、まさかあなたが来るとは思わなかった。相手があなたなら話は別です」
「でっ、殿下!? 何を血迷ったことを!」
「血迷ってなどいない」
血相を変えるオルフレイン伯爵をぴしゃりと黙らせて、ベルーフィア公爵はシエラの手を取った。
あ、と思う間もなく指先に柔らかいものが触れる。
それがベルーフィア公爵の唇だと気付いたと同時に、彼は言った。
「ハウエル女官。いえ……シエラ嬢。どうか私と結婚してください」
中に入ったとたんに美しい男性の横顔が目に飛び込んでくる。
お見合い相手がとっくに到着していたようだと知って、相手の顔をしっかり確認する間もなく慌てて頭を下げた。
「あっ、あの、その、遅くなりまして……? 申し訳ございません」
「ようやくお出ましですか。こちらも暇では……ない……」
ソファでくつろいでいた男性が「はぁ」と悩ましい息を吐いた。
しかし声の主が本来のお見合い相手ではないことに気付いたのだろう。
呆気に取られた様子でシエラを見ている。
一方のシエラも、声にならない悲鳴を上げていた。
(だっ、だっ、でっ、でっ……!?)
食い入るようにこちらを見ている男性。
シエラの勘違いでなければ、彼はこの国の第三王子、アルフレッド・ベルーフィア公爵だ。
黒い絹糸のような艶やかな髪。深紅の瞳はけぶるまつげに囲まれ、いつも不敵に弧を描く薄い唇。
背が高く、服の上からでも分かる肉体美を持ち合わせているだけではなく、才能豊かな魔法学研究者でもある。
身分に財力、そして容姿。
結婚相手には最高だと同僚の女官たちが噂している。
実際ここ数年のシーズンでは一、二の人気を争っているそうなのだが、それでも結婚していない彼にはもうひとつの噂があった。
夜のように黒い髪と血のように赤い瞳のせいか、耽美なかんばせがやや青白く見えるせいか、一部では『吸血鬼』と言われているのだ。
吸血鬼に魅入られた令嬢は血を吸われて命を落とすそうなので、いくらいい条件でも結婚に踏み切る相手はいないらしい。
実際、ベルーフィア公爵は結婚適齢期の二四歳にして妻も婚約者もいない。
(だからルビー様はあんなに嫌がっていたの!?)
なぜお見合い相手の名前や身分を確認しておかなかったのか。
想定外すぎる事態にそこまで頭が回っていなかったのだが、そこを悔いてももう遅い。
「お前は誰だ? 娘はどうした」
ベルーフィア公爵の側には壮年の男性が座っていた。
「娘」の一言に、その男性がルビーの父、オルフレイン伯爵だと分かる。
強面なその男性に睨まれシエラは身体を強ばらせる。
親まで同席していることも聞いてない。いや、普通、お見合いといえば親か誰かが同席するものか。もう何も分からない。
(やっぱり無茶が過ぎたのよ……!)
シエラはダラダラと嫌な汗をかき始めた。
「部屋を間違えたのであれば、さっさと出て行きなさ……」
「どうぞ、こちらにおかけください」
退室を促すオルフレイン伯爵の言葉を遮るように、ベルーフィア公爵がシエラに席を勧める。
「殿下。これから我が娘との見合いだというのに、他の娘を座らせようとは何事です」
オルフレイン伯爵が相手を「殿下」と呼んだ。
やはり彼は第三王子アルフレッド・ベルーフィア公爵で間違いないと知って、シエラの目が回ってくる。油断したら倒れそうだ。
「具合の悪そうな令嬢を見過ごすつもりはない」
「ですが、殿下」
「あなたの娘はここに来るつもりがないようだが?」
オルフレイン伯爵が押し黙ると、ベルーフィア公爵はシエラに向かって微笑んだ。
「さぁ、座って」
「は、い……」
悩んだシエラだったが、ここで気絶して迷惑をかけるよりはマシだと判断して、勧められるままソファに腰を下ろした。
クッションの効いたフワフワの座面。ティーテーブルにはお菓子。
ベルーフィア公爵が目配せをすると、即座にお茶が供される。
柔らかなお茶の香りに身体が解れるわけもなく、シエラの身体は緊張したままだ。
向かいに座るベルーフィア公爵がお茶を一口飲んでから言った。
「ルビー嬢は? いや、言わなくても結構。何となく想像できる」
「……本当に、申し訳ございません」
「断れなかったのでしょう?」
シエラが押し黙ると、ベルーフィア公爵は納得したように小さく頷いた。
断れなかったというか、最終的には高く売れそうなブローチに釣られたのだとは、口が裂けても言えそうになかった。
しばらくの沈黙の後、変な汗も目眩も落ち着いてきたシエラは、深々と頭を下げた。
「あの……私は、これで……。本当に、本当に申し訳ございませんでした」
ルビーにはすぐに帰ってもいいと言われている。
ベルーフィア公爵やオルフレイン伯爵だって忙しいのだから、こんな茶番にこれ以上時間を使いたくもないはずだ。
顔を上げ、シエラが立ち去ろうと腰を上げた瞬間、ベルーフィア公爵の鋭い視線がそれを制した。
思わず、ぴたりと動きが止まる。
「お待ちください。シエラ・ハウエル女官」
「わ、私の名前を?」
状況が状況だけに、シエラはまだ名乗っていなかった。
シエラがベルーフィア公爵を知っているのは当たり前として、ベルーフィア公爵がシエラを知っているとは。
「私はあなたを知っています」
シエラの代わりにベルーフィア公爵が立ち上がり、シエラの側までやって来た。
そして、シエラの前で膝をついた。
「断るつもりの見合いに、まさかあなたが来るとは思わなかった。相手があなたなら話は別です」
「でっ、殿下!? 何を血迷ったことを!」
「血迷ってなどいない」
血相を変えるオルフレイン伯爵をぴしゃりと黙らせて、ベルーフィア公爵はシエラの手を取った。
あ、と思う間もなく指先に柔らかいものが触れる。
それがベルーフィア公爵の唇だと気付いたと同時に、彼は言った。
「ハウエル女官。いえ……シエラ嬢。どうか私と結婚してください」
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