一目惚れは、嘘でした?

谷川ざくろ

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20 シエラ、夜更かしを満喫する

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 夜の座学会にまで発展したシエラの取り越し苦労をよそに、甘い日々は変わらなかった。

(世の中の夫婦って、みんなこうなのかしら)

 その日も肌を重ね、半ば気絶するように寝ていたシエラは夜中に目を覚ました。
 二人で眠ったはずのベッドの上にはシエラひとり。隣にはまだぬくもりが残されている。

「アル……?」

 アルフレッドは小さな灯りをつけて本を読んでいた。
 そっと起き出して、夫の側に歩み寄る。

「何を読んでいるの?」
「シエラ。まだ夜だ、寝ていた方がいい」
「もう起きちゃったわ」
「疲れてないの?」
「アルのせいでね」
「うん、ごめん」

 嬉しそうな謝罪の声だった。
 ほんの数時間前までアルフレッドに散々好きなようにされた身体は確かに疲れてるが、眠ったおかげで頭はすっきりしている。
 アルフレッドに差し出されたグラスの水を飲んで一息つくと、シエラはじっとアルフレッドを見つめた。

「眠れないの?」

 微笑むばかりで、返事はなかった。
 夫婦になって分かったことだが、アルフレッドがこうして夜中に起きていることは珍しくない。
 そもそも寝付きが悪いのか、シエラより先に眠っているところを見たことがないのだ。それなのにいつもシエラより早く起きている。

「それ、今読まなきゃいけない本?」
「そんなことはないけど」
「本当? よかった」

 思い返せば、アルフレッドは風邪を引いたときですら眠っていなかった。
 苦しくて眠るに眠れないのかと思っていた。そうでない時は、忙しくて眠る暇もないのだと。
 でもたぶん、そうではない。

(アルは不眠症なのね)

 化粧を落としてる今、小さな灯りに照らされるアルフレッドの顔色はあまりよくない。
 頬の痣を消すついでに、睡眠不足による顔色の悪さも化粧で隠していたのだろう。

 吸血鬼の噂もこうして夜通し何かをしているところから来ているのではないだろうか。
 吸血鬼の正体はただの寝不足な人間だ。

 シエラは厚手の上着を羽織って、怪訝そうなアルフレッドにも深紅のカーディガンを着せた。
 しっかりボタンを留めてから部屋の外に誘い出す。

 足音を殺して向かった先は厨房だ。
 灯りもなく真っ暗な中を迷わず進み、かまどの側に置かれた鍋を手に取る。

「それは?」
「ふふ。こんなこともあろうかと用意しておいたのよ」

 鍋の中には具だくさんのクリームシチュー(にんじん抜き)が入っている。
 かまどの火は落ちているが、「この辺に置いときゃ保温くらいならできまさぁ」と料理長に教えてもらった通り、まだホカホカと温かい。

「一緒に食べましょう」
「この時間に?」
「ええ。小腹が空いちゃったもの」

 戸惑うアルフレッドに鍋を託す。
 シエラは皿やスプーン、ついでにパン、チーズにワインも用意して、寝室に戻った。

 先ほどまで読書に使っていた机に深夜の晩餐を広げる。
 アルフレッドは終始、物珍しそうに眺めていた。

「夜食、食べたことない?」
「そんなことはないけど……」
「食欲がないなら私ひとりで全部食べちゃうわ」
「いや、僕も食べるよ」

 小鍋いっぱいのシチューは結局、半分以上がアルフレッドの腹に収まった。

「夜中に食べると、それだけで美味しいわよね」
「そうだね」
「さ、次はゲームよ」

 用意していたのはリオンのような子供も楽しめる単純なゲームだが、大人がやっても盛り上がる。
 五勝四敗でシエラが勝った。たぶん、手心を加えられていた。

 ゲームに飽きた後は、身を寄せ合ってワインを飲む。
 窓の外では、音もなく雪が降っていた。

 アルフレッドが独り言のように呟く。

「夜更かしも、夜にものを食べることも、悪いことだと教えられていたんだけどな」
「うちもそうよ。でも……悪いことって、すっごく楽しい」
「シエラの口からそんな言葉が出るとは」
「幻滅した?」

 隣の男を見上げる。
「まさか」という返事と一緒にキスが落とされた。

「あのね、眠れない時は、いっそ寝なくてもいい、って思えばいいんですって」
「僕があまり眠れてないの、気付いてた?」
「一緒に寝てるんだもの。気付くわよ」
「ごめん」

 先ほどとは違う、静かな謝罪だった。
 本当に申し訳ないと思っているようだ。

「謝ることなんてないわ。どうせなら一緒に夜を楽しみましょう」

 睡眠不足は心配だが、「寝なければいけない」と思わせてはいけない。
「寝なくてもいいや」と開き直っているうちに、だんだん眠くなるくらいがいいのだ。

 ぱちぱちと爆ぜる薪の音を聞きながら、二人でぼんやりと窓の外を眺める。
 降り続ける雪しか見えないが、きっと木や屋根にも積もっているのだろう。

 寒いはずの夜なのに、隣の体温が心地よくて寒さは感じない。

「あのね、アル」
「うん」
「冬って寒いし、薪代もかかるし、あんまり好きじゃなかったの。でも、あなたが隣にいてくれる冬は好きだわ」

 アルフレッドが息を呑んだ。

「……僕も」

 横に並んで窓の向こうを見たまま、アルフレッドは続ける。

「母を火事で失ったのは寒い冬の夜だった。だから冬は特に、あの夜を思い出して眠れなくなる。冬なんて大嫌いだった」
「だった?」
「今はシエラが隣にいてくれるから。シエラがいれば、どんな季節だってきっと楽しいんだと思う」

 シエラに向き直ってアルフレッドが笑う。
 格好いいアルフレッドにときめく時とは違う、穏やかな気分が心地いい。

 気がつけばシエラはアルフレッドを抱きしめ、キスをしていた。
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