一目惚れは、嘘でした?

谷川ざくろ

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25 アルフレッド、過去を語る

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 アルフレッドの母とオルフレインは、昔、婚約していたそうだ。
 側室になる前のは母は子爵家の一人娘。オルフレインは男爵家の三男。
 婿入りする形でオルフレインが子爵家を継ぐ予定だった。

 しかし、オルフレインはより序列の高い伯爵家に婿入りした。
 当時の社交界ではそれなりの話題になったそうだ。

 オルフレインは整った顔立ちで活力的、さらには手堅い法務官の職にあった。
 対する母は、勉強は得意だったが美しさや華やかさに欠けていた。
 机にかじりついてばかりの地味な子爵令嬢より、社交的で可憐な伯爵令嬢に惹かれてもしかたない、と口さがない人々に噂されていた。

 瑕疵付きとなったアルフレッドの母は、その後しばらく結婚はおろか、婚約もせずにいた。
 本人は特に気にしていなかったようで、好きなだけ趣味の研究に打ち込んでいた。
 研究の成果が出始めたころに国王と出会い、側室として迎えられることになる。

 アルフレッドの母はまた社交界を沸かせた。
 屈辱的な破談を経験したはずの令嬢が国王に見初められたのだ。
 しかも、年齢を重ねた彼女は誰より賢く、美しい人になっていた。

 一方、男爵家の三男から伯爵家に婿入りしたオルフレインは、それだけでは飽き足らない野心家な男だった。
 昔のよしみで子供同士を結婚させようとしたのだ。

 結果、母に反対され、オルフレインは逆上した。母も、側にいたはずの護衛も殺された。
 証拠隠滅のために燃える石炭を絨毯にばらまき、言葉巧みにその咎を幼いアルフレッドに背負わせた。
 そのくせ庇護者面するオルフレインへの怒りとおぞましさに眠れなかった夜は数知れない。

 飽きずに繰り返されるオルフレインの娘ルビーとのお見合い。並行するように持ち込まれる大量の釣書。
 自分ひとりでは逃げるにも限界がある。いい加減疲弊していたときに見かけたのが、下級女官シエラ・ハウエルだった。
 何となく気になって彼女のことを調べ、弟の病気やハウエル子爵領の状態を知った時、これだと確信した。
 彼女と結婚してしまえば、オルフレインの野心に利用されずに済む。

 何度目かも分からないルビーとのお見合いの席にシエラが来たのはこの上ない行幸だった。
 プロポーズして、金に糸目をつけず愛しているふりをして、普通の夫婦のように妻を抱いた。

 シエラに対してしたことがいかに非道なものだったか、アルフレッドも理解しているつもりだ。
 だからせめて、一生幸せなまま騙し続けるつもりだったのに。

(どうしてこんな気分になっているのか分からない……)

 誰もが口を閉ざしていた。耳が痛くなるような静寂が書斎を満たしている。
 どれほどそうしていたか分からない時間が経ったころ、アルフレッドは口を開いた。

「……ごめん」

 自分でも情けないと思うような、掠れた声だった。

「シエラに危険が及ぶなんて僕の考えが甘かった……謝って済むことではないけど、本当に申し訳なかった」
「謝っていただく必要はありません」

 答えたシエラの声は、アルフレッドのものよりも落ち着いている気がした。

「お話はだいたい分かりましたから。そういうことなら、私は……」

 一拍空けて、力強く言った。

「これからは、全面的に協力いたします」
「協力?」

 思ってもみない言葉に目を見張る。

「ええ。公爵様はオルフレイン伯爵の罪の証拠を探したいのですよね」
「あ、ああ」

 オルフレインに言いくるめられてしまったが、当時のアルフレッドが幼かったことは事実だ。
 幼い子供の古い記憶だけを頼りに私刑をするつもりはない。司法の場に引きずり出し、法的に、そして社会的に相手を抹殺する。
 そのためには確たる証拠が必要だ。

「では、さっそく休職を取り消してオルフレイン伯爵の執務室……司法長官室を調べてみます」

 アルフレッドは思わず、音を立てて立ち上がった。

「何を言ってるんだ。君に危険なことはさせられない」
「え? でも……」

 シエラは心底不思議そうな顔をアルフレッドに向けた。

「私なら女官の立場を利用できます。幸いにも下級女官は掃除やお使いでお城中の部屋に出入りできますし、そのつもりもあって私を選んだのではありませんか?」

(それは……考えないわけでは、なかったが……)

 女官登用試験に受かるくらいなのだから当然だが、シエラは聡明な人だった。
 騙し続けるより、事情を知った上で手伝ってくれると言うならそれに越したことはない。
 結婚すれば仕事を辞める女官が多い中、仕事を続けてもいいと契約書に書いていたのだって、何かに利用できるかもしれないと考えたからだ。

 しかし、今では後悔している。
 まさか本人から申し出てくるとは思っていなかったし、それに。

(それに……?)

 それに、何なのか。
 言葉が浮かびそうで浮かばず口ごもったアルフレッドは、話を変えることにした。

「それよりシエラ、言葉遣いが前みたいに戻ってるね。呼び名も」
「はい。公爵様の目的を知らなかったとはいえ、馴れ馴れしい真似をして申し訳ありませんでした」
「違う、そうじゃなくて。今までのように接してもらえたら……」

 シエラが目を瞬いた。少しして、ハッと息を呑む。

「そうですよね、じゃなくて、そうよね。仲のいい夫婦に見せないと、この結婚の意味がないものね」
「…………」
「普段からちゃんとしておかないと、いざと言うときにボロが出るかもしれないし。今まで通りにさせてもらうわね、アル」
「…………うん」

 アルフレッドがぎこちなく頷くと、シエラも答えるように頷いて、すっと立ち上がった。

「いろいろと話してくれてありがとう。私、そろそろ休むわね」
「それなら僕も」

 眠れる気はしないが、それでもいいのだとシエラが教えてくれたのだ。
 とりあえず横になるだけなっておこうと思いシエラの側に寄ると、彼女は一歩下がった。

「シエラ?」
「今日はひとりで休ませて。さすがに色々あったから、少し頭を整理したいの」

 結婚して以来、身体を重ねない日だって毎日同じベッドで寝待ってきた。
 拒まれたことは一度もない。

 頭を殴られたような衝撃にふらつきそうになったが、堪えた。
 陰謀に巻き込まれた上に、一目惚れが嘘だったと知ったばかりなのだ。
 アルフレッドよりもシエラの方が大きな衝撃を受けている。

「そうだよね。分かった。おやすみ」
「おやすみなさい」
「あ……待って、シエラ」

 部屋を出て行こうとするシエラを呼び止める。

「好きだよ」
「私も」

 いつも通りの返事に、ひどく安心した。
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