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36 アルフレッド、追いかける(最終話)
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オルフレインの裁判が終わった。
当初告発されていた不正会計と国家反逆罪未遂の他、側室の殺害と放火、第三王子への名誉毀損も加えられた。
結果、オルフレインは爵位剥奪の上、百年を越える禁固刑が科せられた。牢で死を迎えた後は炎で燃やされ、遺灰は深く冷たい海に捨てられる。もう二度と大地に還ることはできない。
そして、その息子マティアスも劇場での公爵夫人殺害未遂で国外追放となった。父の罪も連座で受け、罪人の入れ墨を彫られている。
当初は相当額の罰金で収められるかと思っていたオルフレイン伯爵家は跡継ぎを失い、財産も全額没収され、没落することとなった。
「本当によかったの? 私、罪人の娘で、罪人の妹にもなったのよ」
「その話はもう済んだはずですが。あなたはあなたです」
今、アルフレッドの目の前には泣き笑いのような顔のルビーが。その隣には、彼女の夫となったばかりのエイデン・タイラー外交補佐官がいた。
真面目で働き者、上司からの評判もいいと噂の男だ。ルビーが突然絶縁されても、オルフレイン伯爵家が没落しても別れることなく、むしろ結婚して生涯支えたいのだとアルフレッドに相談しにきた胆力もある。
アルフレッドがふたりの婚姻の保証人となり、今日その書類を貴族戸籍管理局に提出してきたのだった。
「ベルーフィア公爵様。この度は本当にありがとうございました」
「いいんだ。ところで、マティアスから連絡は?」
「ない。結婚の報告もできないわね」
マティアスが国を出たのは先々週のこと。早ければもう近くの国に腰を据えているだろうが、そもそもルビーと連絡を取るつもりはないのかもしれない。
「本当に馬鹿なんだから」
「妹を思ってのことだ」
「でも……」
ルビーと絶縁したのは、妹にまで入れ墨を彫らせたくはなかったからだ。アルフレッドと結婚させて生まれた王子の外戚になるつもりだったくせに、ルビーと絶縁しては元も子もないのだから。
事実、ルビーはオルフレイン伯爵家の者ではないと見なされ刑罰を科せられてはいない。絶縁状の受理を無効にされてもおかしくないほどの罪だったが、貴族戸籍管理局と国王はこれに目を瞑った。絶縁にあたっての財産の移動も伯爵令嬢の持参金相当額のみだったそうだ。
使用人たちの解雇も没落を見通してのことだろう。ここまでやったマティアスなら、報告などしなくても妹が結婚したことなど分かっているはずだ。
そこまでしておいて、なぜあえて罪を重ねる道を選んだのだろうかと疑問に思う。父を告発して終わっていればマティアスが罪人になることはなかったし、奪爵とはなっても家自体が没落することはなかったはずだ。
これについても本人は語らなかったが、妹のルビーは「もしかしたら」と証言をした。
聞けば、オルフレイン伯爵家は想像を絶するような支配的な家だったらしい。それでもルビーがすれずにいられたのは兄の存在があったから。
母が逃げ出した家で、兄が妹の盾になっていた。マティアスはルビーが思うよりずっと父の支配を受け、それに抵抗してきたはずだった。
そんな兄にとって、父とオルフレイン伯爵家は憎むべきものだった。自分が父のようになることも恐れていた。だから、自分ごと家をなくしてしまおうと考えたのではないか、と。
その一環でシエラに暴行を働きかけたことについてはまったく納得していない。
自滅のためにひとつでも多く罪を重ねようとしたのかもしれないが、それだけではないと思っている。アルフレッドには分かる。あの男、どこまで本気かは分からないが本当にシエラを……。
「外国に個人資産を相当貯めてたみたいだから、あんまり心配しないことにする。死ぬまでには一回くらい会える気がするわ」
「その時は呼んでくれ。何度殴っても殴り足りない」
「必ず呼ぶわ」
シエラへの暴行未遂についてはアルフレッドがその場で握りつぶした。
公に裁けば被害者であるシエラに注目が集まってしまうからだ。シエラの名誉の方が大事だった。
(ただし、次に会った時は絶対に許さない)
非公式な形で再会した暁には殴るどころでは済まさないだろう。翌朝には身元不明の死体を川に浮かべてやる。
「ところで、そっちこそ大丈夫なの?」
ルビーが心配そうにアルフレッドを見た。タイラー補佐官まで遠慮がちな視線を向けてくる。
「何も問題ないけど」
「シエラさんに心配かけないようにしてよね」
「分かってる。じゃあ、僕はこれで」
「ええ。またね。ありがとう」
タイラー夫妻に見送られ、アルフレッドは家に戻った。
*
「お帰りなさい!」
「ただいま、リオン」
出迎えてくれたリオンを抱きしめながら周囲を見渡すが、シエラの姿はなかった。
ふう、とため息を吐きながら書斎に向かう。オルフレインのことはもう終わったが、やはり、落ち着いていられなかった。
「おかえりなさい、アル」
「シエラ?」
「やっぱり、真っ先にここに来ると思ったわ」
書斎にシエラがいた。アルフレッドを待ち構えていた様子だ。目を見張るアルフレッドだが、「どうした?」と聞く間もなく、シエラに手を取られて書斎を出た。
向かった先は主寝室だ。シエラが火を入れてくれていたのか、部屋全体が心地よく暖まっている。
「もうずっと働き詰めじゃない。もう裁判は落ち着いたんでしょう? 少し休まないと」
「そういうわけには……」
「気付いてない? アル、今にも倒れそうな顔してる」
アルフレッドは一歩下がって、ベッドから距離を取る。
好きだと伝えることが許されなくなったあの日から、アルフレッドがひとりで眠っている冷たいベッドだ。眠れる気がしない。
「いい。まだ日が高いし」
「そういって、夜も眠ってないじゃない。朝方にようやくちょっとだけ眠るだけって聞いてる。みんな心配してるの。しっかり身体を休めないと」
またシエラに手を引かれ、結局アルフレッドはベッドに腰掛ける羽目になった。
上着や靴を剥ぎ取られ、押し倒されたベッドの中は温かい。湯たんぽが入っていた。
(こんなもので温められても、シエラがいないと意味がないのに)
不満はあるのだが、シエラが指摘する通り疲れていた。人工的でも久々のぬくもりにまぶたが重くなってくる。
でも、眠りたくない。眠っている間にシエラがいなくなったらと思うと、底のない恐怖に落とされる。
ようやく少しは気持ちが伝わったかと思っても、二人の関係は相変わらずだ。
まだ忙しい、落ち着くまでもう少しかかりそうだと言い逃れして話し合いも引き延ばしている。毎日寿命が一日延びたと安堵すると同時に、自分で真綿を使って首を絞めているかのようだった。
「夜食を用意しておくから。お風呂も。それじゃ、おやすみなさい」
「待ってシエラ」
部屋を出ようとするシエラを呼び止める。
シエラはベッドの側に戻ると、起き上がりかけているアルフレッドの肩を優しく押して、もう一度ベッドに寝かしつかせた。
「寝たくない」
「子供みたいなわがまま言わないで」
「じゃあ、一緒に寝て」
「…………」
シエラが困ったように視線を彷徨わせる。
「ごめん、無理を言った。寝ている間に帰らないでほしかったんだ」
「帰らないわ」
「ちゃんと話を……それまでは……」
「分かってる。ちゃんとここにいるから、今は休んで」
「……分かった」
肩をポンポンと叩かれて、アルフレッドは久しぶりに、泥のように眠った。
*
目が覚める。ベッドに入ったときはまだ明るかったのに、部屋の中は真っ暗だった。
寝そべったまま視線を足下に向けると、小さな灯りがついてる。その灯りの側でシエラが編み物をしていた。
たぶん、カーディガンかセーターだ。春先もまだまだ冷える。外遊びと成長著しいリオンのものを新しく作っているのだろう。
ウトウトしたまま眺めていると、視線に気付いたシエラが顔を上げた。
「起きた?」
「……ん」
「まだ眠そうね」
シエラがまた手を動かしはじめる。眠気が勝って再び眠りに落ちようとするアルフレッドに、シエラは編み物を止めないまま静かに問いかけた。
「どうして私だったの?」
「……?」
何の話かと考えているうちに、シエラが続ける。
「条件に合う人なら、私の他にもいたでしょう?」
妻役にシエラを選んだ理由は何かと聞かれているらしい。アルフレッドは「……さぁ」とだけ答えた。
「さぁって」
「初めてシエラを見かけて以来、シエラのことしか考えてなかったから」
あるとき突然シエラに目が留まった。それから何度も見かけるようになったので、何となく調べてみたら、ちょうどよさそうな身の上だった。
妻役にいいと思い、いつ打診しようかと機会を窺っていたら、お見合いの場にシエラが来たのだ。気がついた時にはプロポーズしていた。
「それって……」
シエラの声が震えていた。気になって重いまぶたを開けると、顔を真っ赤にしてこちらを見るシエラと目が合った。
「……それって結局、ひ、一目惚れだったって、こと……?」
「え?」
先ほどよりもたっぷりの間を置いて、アルフレッドはシエラの言葉の意味を理解する。
そして、シエラに負けず劣らず顔を赤く染めた。
「――っ!」
「えっ、うわっ」
アルフレッドの視界が遮られる。どうやらシエラが編んでいた編み物がアルフレッドの顔に押しつけられているらしい。
頭を覆い隠す編み物から解放されたときには、もうシエラはそこにいなかった。慌てたように扉を開ける後ろ姿だけが見える。
追いかけようとしたアルフレッドだったが、手にした編み物を見て動きを止めた。
想像した通り、この時期に重宝しそうな薄手のセーターだった。もうほとんど完成しているのだが、リオンのものにしては大き過ぎるようだ。シエラのものにしても大きい。
アルフレッドにはちょうどよさそうな大きさに見える。そして。
「……ん?」
背面は紺一色。ボタンのない作りの前面には、大きくて真っ赤な模様が――ハートマークがあしらわれている。
「えっ? え……まっ、シエラ! 待って!」
一気に目が覚めた。
アルフレッドも慌ただしくベッドから降りる。疲れなどどこかに吹き飛んでいて、全力で走った。
「シエラ、これ――!」
アルフレッドの嘘は残酷だった。許されなくて当然だと思っている。
この先、二度と顔を合わせてもらえなくなったとしても、一生をかけて償っていくつもりだった。
しかし、もしかしたら。
その罪を、誰よりも側にいながら償っていくことができるのかもしれない。
二度と口にするなと言われたこの想いを、再び伝えることも。
***
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにていったん完結となりますが、もしかしたら後日談を執筆するかもしれません。
ブックマークや評価などで応援していただけると励みになります!
また、いただいた感想にはお返事できておりませんが、大大大喜びで拝読しております。
誤字報告もありがとうございました。
同音異義語の間違いが多く、お恥ずかしい限り……(´・ω・`)
それでは、また次の作品で!
当初告発されていた不正会計と国家反逆罪未遂の他、側室の殺害と放火、第三王子への名誉毀損も加えられた。
結果、オルフレインは爵位剥奪の上、百年を越える禁固刑が科せられた。牢で死を迎えた後は炎で燃やされ、遺灰は深く冷たい海に捨てられる。もう二度と大地に還ることはできない。
そして、その息子マティアスも劇場での公爵夫人殺害未遂で国外追放となった。父の罪も連座で受け、罪人の入れ墨を彫られている。
当初は相当額の罰金で収められるかと思っていたオルフレイン伯爵家は跡継ぎを失い、財産も全額没収され、没落することとなった。
「本当によかったの? 私、罪人の娘で、罪人の妹にもなったのよ」
「その話はもう済んだはずですが。あなたはあなたです」
今、アルフレッドの目の前には泣き笑いのような顔のルビーが。その隣には、彼女の夫となったばかりのエイデン・タイラー外交補佐官がいた。
真面目で働き者、上司からの評判もいいと噂の男だ。ルビーが突然絶縁されても、オルフレイン伯爵家が没落しても別れることなく、むしろ結婚して生涯支えたいのだとアルフレッドに相談しにきた胆力もある。
アルフレッドがふたりの婚姻の保証人となり、今日その書類を貴族戸籍管理局に提出してきたのだった。
「ベルーフィア公爵様。この度は本当にありがとうございました」
「いいんだ。ところで、マティアスから連絡は?」
「ない。結婚の報告もできないわね」
マティアスが国を出たのは先々週のこと。早ければもう近くの国に腰を据えているだろうが、そもそもルビーと連絡を取るつもりはないのかもしれない。
「本当に馬鹿なんだから」
「妹を思ってのことだ」
「でも……」
ルビーと絶縁したのは、妹にまで入れ墨を彫らせたくはなかったからだ。アルフレッドと結婚させて生まれた王子の外戚になるつもりだったくせに、ルビーと絶縁しては元も子もないのだから。
事実、ルビーはオルフレイン伯爵家の者ではないと見なされ刑罰を科せられてはいない。絶縁状の受理を無効にされてもおかしくないほどの罪だったが、貴族戸籍管理局と国王はこれに目を瞑った。絶縁にあたっての財産の移動も伯爵令嬢の持参金相当額のみだったそうだ。
使用人たちの解雇も没落を見通してのことだろう。ここまでやったマティアスなら、報告などしなくても妹が結婚したことなど分かっているはずだ。
そこまでしておいて、なぜあえて罪を重ねる道を選んだのだろうかと疑問に思う。父を告発して終わっていればマティアスが罪人になることはなかったし、奪爵とはなっても家自体が没落することはなかったはずだ。
これについても本人は語らなかったが、妹のルビーは「もしかしたら」と証言をした。
聞けば、オルフレイン伯爵家は想像を絶するような支配的な家だったらしい。それでもルビーがすれずにいられたのは兄の存在があったから。
母が逃げ出した家で、兄が妹の盾になっていた。マティアスはルビーが思うよりずっと父の支配を受け、それに抵抗してきたはずだった。
そんな兄にとって、父とオルフレイン伯爵家は憎むべきものだった。自分が父のようになることも恐れていた。だから、自分ごと家をなくしてしまおうと考えたのではないか、と。
その一環でシエラに暴行を働きかけたことについてはまったく納得していない。
自滅のためにひとつでも多く罪を重ねようとしたのかもしれないが、それだけではないと思っている。アルフレッドには分かる。あの男、どこまで本気かは分からないが本当にシエラを……。
「外国に個人資産を相当貯めてたみたいだから、あんまり心配しないことにする。死ぬまでには一回くらい会える気がするわ」
「その時は呼んでくれ。何度殴っても殴り足りない」
「必ず呼ぶわ」
シエラへの暴行未遂についてはアルフレッドがその場で握りつぶした。
公に裁けば被害者であるシエラに注目が集まってしまうからだ。シエラの名誉の方が大事だった。
(ただし、次に会った時は絶対に許さない)
非公式な形で再会した暁には殴るどころでは済まさないだろう。翌朝には身元不明の死体を川に浮かべてやる。
「ところで、そっちこそ大丈夫なの?」
ルビーが心配そうにアルフレッドを見た。タイラー補佐官まで遠慮がちな視線を向けてくる。
「何も問題ないけど」
「シエラさんに心配かけないようにしてよね」
「分かってる。じゃあ、僕はこれで」
「ええ。またね。ありがとう」
タイラー夫妻に見送られ、アルフレッドは家に戻った。
*
「お帰りなさい!」
「ただいま、リオン」
出迎えてくれたリオンを抱きしめながら周囲を見渡すが、シエラの姿はなかった。
ふう、とため息を吐きながら書斎に向かう。オルフレインのことはもう終わったが、やはり、落ち着いていられなかった。
「おかえりなさい、アル」
「シエラ?」
「やっぱり、真っ先にここに来ると思ったわ」
書斎にシエラがいた。アルフレッドを待ち構えていた様子だ。目を見張るアルフレッドだが、「どうした?」と聞く間もなく、シエラに手を取られて書斎を出た。
向かった先は主寝室だ。シエラが火を入れてくれていたのか、部屋全体が心地よく暖まっている。
「もうずっと働き詰めじゃない。もう裁判は落ち着いたんでしょう? 少し休まないと」
「そういうわけには……」
「気付いてない? アル、今にも倒れそうな顔してる」
アルフレッドは一歩下がって、ベッドから距離を取る。
好きだと伝えることが許されなくなったあの日から、アルフレッドがひとりで眠っている冷たいベッドだ。眠れる気がしない。
「いい。まだ日が高いし」
「そういって、夜も眠ってないじゃない。朝方にようやくちょっとだけ眠るだけって聞いてる。みんな心配してるの。しっかり身体を休めないと」
またシエラに手を引かれ、結局アルフレッドはベッドに腰掛ける羽目になった。
上着や靴を剥ぎ取られ、押し倒されたベッドの中は温かい。湯たんぽが入っていた。
(こんなもので温められても、シエラがいないと意味がないのに)
不満はあるのだが、シエラが指摘する通り疲れていた。人工的でも久々のぬくもりにまぶたが重くなってくる。
でも、眠りたくない。眠っている間にシエラがいなくなったらと思うと、底のない恐怖に落とされる。
ようやく少しは気持ちが伝わったかと思っても、二人の関係は相変わらずだ。
まだ忙しい、落ち着くまでもう少しかかりそうだと言い逃れして話し合いも引き延ばしている。毎日寿命が一日延びたと安堵すると同時に、自分で真綿を使って首を絞めているかのようだった。
「夜食を用意しておくから。お風呂も。それじゃ、おやすみなさい」
「待ってシエラ」
部屋を出ようとするシエラを呼び止める。
シエラはベッドの側に戻ると、起き上がりかけているアルフレッドの肩を優しく押して、もう一度ベッドに寝かしつかせた。
「寝たくない」
「子供みたいなわがまま言わないで」
「じゃあ、一緒に寝て」
「…………」
シエラが困ったように視線を彷徨わせる。
「ごめん、無理を言った。寝ている間に帰らないでほしかったんだ」
「帰らないわ」
「ちゃんと話を……それまでは……」
「分かってる。ちゃんとここにいるから、今は休んで」
「……分かった」
肩をポンポンと叩かれて、アルフレッドは久しぶりに、泥のように眠った。
*
目が覚める。ベッドに入ったときはまだ明るかったのに、部屋の中は真っ暗だった。
寝そべったまま視線を足下に向けると、小さな灯りがついてる。その灯りの側でシエラが編み物をしていた。
たぶん、カーディガンかセーターだ。春先もまだまだ冷える。外遊びと成長著しいリオンのものを新しく作っているのだろう。
ウトウトしたまま眺めていると、視線に気付いたシエラが顔を上げた。
「起きた?」
「……ん」
「まだ眠そうね」
シエラがまた手を動かしはじめる。眠気が勝って再び眠りに落ちようとするアルフレッドに、シエラは編み物を止めないまま静かに問いかけた。
「どうして私だったの?」
「……?」
何の話かと考えているうちに、シエラが続ける。
「条件に合う人なら、私の他にもいたでしょう?」
妻役にシエラを選んだ理由は何かと聞かれているらしい。アルフレッドは「……さぁ」とだけ答えた。
「さぁって」
「初めてシエラを見かけて以来、シエラのことしか考えてなかったから」
あるとき突然シエラに目が留まった。それから何度も見かけるようになったので、何となく調べてみたら、ちょうどよさそうな身の上だった。
妻役にいいと思い、いつ打診しようかと機会を窺っていたら、お見合いの場にシエラが来たのだ。気がついた時にはプロポーズしていた。
「それって……」
シエラの声が震えていた。気になって重いまぶたを開けると、顔を真っ赤にしてこちらを見るシエラと目が合った。
「……それって結局、ひ、一目惚れだったって、こと……?」
「え?」
先ほどよりもたっぷりの間を置いて、アルフレッドはシエラの言葉の意味を理解する。
そして、シエラに負けず劣らず顔を赤く染めた。
「――っ!」
「えっ、うわっ」
アルフレッドの視界が遮られる。どうやらシエラが編んでいた編み物がアルフレッドの顔に押しつけられているらしい。
頭を覆い隠す編み物から解放されたときには、もうシエラはそこにいなかった。慌てたように扉を開ける後ろ姿だけが見える。
追いかけようとしたアルフレッドだったが、手にした編み物を見て動きを止めた。
想像した通り、この時期に重宝しそうな薄手のセーターだった。もうほとんど完成しているのだが、リオンのものにしては大き過ぎるようだ。シエラのものにしても大きい。
アルフレッドにはちょうどよさそうな大きさに見える。そして。
「……ん?」
背面は紺一色。ボタンのない作りの前面には、大きくて真っ赤な模様が――ハートマークがあしらわれている。
「えっ? え……まっ、シエラ! 待って!」
一気に目が覚めた。
アルフレッドも慌ただしくベッドから降りる。疲れなどどこかに吹き飛んでいて、全力で走った。
「シエラ、これ――!」
アルフレッドの嘘は残酷だった。許されなくて当然だと思っている。
この先、二度と顔を合わせてもらえなくなったとしても、一生をかけて償っていくつもりだった。
しかし、もしかしたら。
その罪を、誰よりも側にいながら償っていくことができるのかもしれない。
二度と口にするなと言われたこの想いを、再び伝えることも。
***
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにていったん完結となりますが、もしかしたら後日談を執筆するかもしれません。
ブックマークや評価などで応援していただけると励みになります!
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