王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第55話 母の愛情

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「ベル。私は今、かつてないほどに解放的な気持ちなの。ああ! 今まで耐えてきた甲斐があったわ! ようやくあの男を追い出せた‪……‬!」

僕とジャオと母上で夜の食卓を囲んでいる。母上はテンションが上がって先刻からずっと喋りっぱなしだ。ジャオはたまに母上と視線を合わせて頷くが、基本的には黙々と食べている。そこに僕が時折相槌を打つだけで場は成り立っていた。それほどに母は高揚し、人が変わったように快活だ。

「さっそく明日から式典の準備をしましょうね! ベルか英雄殿、どちらが王座につきますか? ああもうこの際どちらも王でもいいかもしれませんね! 力を合わせて国を再建する二人、素敵だわ‪……‬」
「王妃様。王位継承にあたって、私はこの城に住んでもよろしいのでしょうか?」

ここでおもむろにジャオが口を開く。母上は嬉しそうにぐるりとジャオを向き直った。

「もちろんよ! 王が城に住まないでどうしますか! 王の間と王の個室をすぐにあなた用に改築いたしますわ!」
「ありがとうございます。ですが‪……‬個室は夫婦で用意していただきたく思います」
「あら、そうね? ベルと英雄殿は仲良しですものね。夫婦の寝室をすぐにご用意いたしましょう!」

ジャオめ。母上がご機嫌なのをいいことに今のうちに自分の要求をすべて通すつもりだな。ちゃっかりしてる。まあ僕もジャオと暮らせるとあんなに浮かれていたんだ、異論はないけれど‪‪……‬母上の前でこういう話は、恥ずかしいな‪……‬。

「そうだわ。結婚式も盛大に執り行わないと! ベルのウェディングドレス、早く見たいわ‪。‬この国で初めての幸せな花嫁‪……‬きっと美しいでしょうね」

ウッ。唐突にプレッシャーをかけられてしまったぞ。やっぱり僕はウェディングドレスを着るのか‪……‬女性の下着には抵抗がなくなってきたけれど、皆に見える衣装の場合はまだそれなりに抵抗があるんだよなあ‪……‬まあ、そんな些末なこと‪……‬。

「ええ。ベルのウェディングドレス姿、楽しみです。きっと世界一美しいに決まっています」

ジャオのこんな言葉で、簡単に嬉しくなって説得されちゃうんだからさ‪……‬。
真っ赤であろう顔を隠してステーキを咀嚼する。いつもより美味しい気がするのは、心持ちの違いだろうか。

「式の際は是非、お母様がバージンロードを歩いてベルを私の元まで連れてきてください」
「あら、いいわね。そうしましょう!」

ジャオもなんだかいつもより饒舌だ。コイツ、エッチの時はよく喋るなと思っていたけれど、人並みに気を遣って会話することもできるらしい。ただの無骨な男じゃなさそうだ。これも英雄の‪……‬いや、元王族の血の名残だろうか。僕と違ってなんでもできるんだ。
僕と違って‪……‬。

「‪……‬ハア」
「ベル?」

しまった、つい。
気にしないようにしていたけれど、自分の出自を知ってしまったばかりに僕はまだ落ち込んでいるらしい。この幸せな空気を、壊したくはないのに。
母上が心配そうに顔を覗き込んでくる。……そうだ。それではこの機会に、気になっていたことを聞くとしようか。

「昨日の夜‪……‬僕が城を飛び出してから、母上はどうやって父上を追放されたのですか? 見たところお怪我はなさそうですが、抵抗されなかったのでしょうか」
「あら‪……‬そうね。大丈夫、かすり傷一つありませんよ。ありがとう」

そう言って、母上は心から嬉しそうに微笑む。こんなふうに笑える人だったんだ。今は自信に満ち溢れていて、王妃たる気品も増幅されている。父上よりよほど頼り甲斐のあるオーラを放っているとまで思う。
何も出来ない心の弱い人だと侮っていたけれど、そうか、僕もこの人も、父上に洗脳されていたのかもな。

「あの時‪……‬魔力で封じられていたあなたの部屋の扉をこじ開けた私は、あの人を部屋から引きずり出して、すぐに乱心した王を捕らえるよう、大勢の衛兵を呼び寄せました。衛兵も皆乗り気でね、あっという間にあの人を、魔力を封じる魔法道具で拘束してしまったの」
「‪……‬その後は‪……‬?」
「信頼できる衛兵達に国の外まで連れて行ってもらいました。彼らも無事帰還済みです」
「国外追放‪……‬できたんですね」
「ええ。ですからもう、何も案じる必要はありませんよ」

そういう顛末だったのか。母上の恐るべき行動力、そして僕が事前に味方につけておいた衛兵達の手によって、父上は追い出されたのだ。よかった。その現場に立ち会えなかったのは不甲斐なく思うが、間違いなく、僕らの勝利だ。

「あ、しかし‪……‬父上付きの衛兵もいた筈です。彼らの処遇は」
「叩き起こして同じように国外追放いたしました。これからは野蛮な者同士で力を合わせて、異国でなんとかやっていくことでしょう」

抜かりがない。やはり母上は僕と同じように、父上の魔力と彼に服従する魔導士達を脅威に思っていたのだな。そこさえ抑えれば彼に勝てる。彼女もまた僕と同じように、政権交代の機会を狙っていたのだ。

「あの人が不貞を働いているのも私は以前から知っていました。それを周囲の者らに漏らし、少しずつ王の支持率を下げておいたのです」
「ああ‪……‬ふてい‪……‬?」
「ベル。あなたもたくさんの衛兵を味方につけておいてくれてありがとう。いくらあの人が強くても、民の信頼を損なえば王のままではいられません。母子で考えることは同じでしたね」
「あ‪……‬」

母子…………。

今、例の件も聞いてもいいだろうか。
僕は口の中のものを水で流し込み、恐る恐る母上を見つめる。緊張するけれど……放っておける事案ではない。

「母上、僕は、あなた方と血が繋がっていないと‪父上に言われました。真実‪……‬なんですよね」

それまで朗らかだった母上の表情が、途端に険しくなった。両手で頭を抱え込んで長く息を吐く。

「ああ‪……‬あの人は、最後に余計なことを‪……‬」
「母上。僕はほんとうのことが知りたいのです。自分が何者なのか‪……‬知りたい」

母上が僕を見つめ返す。面と向かって聞くのは怖い。だけど片手間でするような話ではない。何より僕はこの件を曖昧なままにして、自分の夢想に耽っていたくはなかった。すべて知った上で、自分を認めてやりたいのだ。
前世は娼婦、こんな仕方のない僕が、どうして王族として生きることになったのか。

「‪……‬おおよそはあの人から聞いているのでしょう。私は、子を産めない体質だったようでね‪……‬王に嫁いだのに石女だとは、この役立たずがとさんざん詰られ、精神を病んでしまいました」

父上が言っていた通りだ。そこで母上の心は、壊れてしまったのだ。

「部屋から出られなくなった私を、ある日優しい少女の声が呼びました。脳内に直接響くような‪不思議な声。城の裏手にある森の中は空気が澄んでいて、私の心は一瞬にして洗われました。人でない者が‪……‬見かねて助言をくれたのだと思いました。その時です。あなたに出逢ったのは」

真面目な顔つきが少し緩む。母上の手がまるで赤子を抱き上げるかのように天井に掲げられる。

「金色の髪の、愛らしい男の赤子でした。産まれたばかりの様子で、辺りに親らしき者はおらず、私は反射的にあなたを抱き締めて温めました。赤子の傍に控える愛らしい妖精の姿に、ああ、この子は天からの贈り物なのだと‪……‬確信しました」

…………そういえば、母上も妖精を知っていると言っていた。あまりいい思い出ではないと‪……‬母上は僕が拾い子だということを僕に知られたくなかったのだろうな。だからその記憶を、良いものとしなかったのか。

「それから何日経っても親だと名乗りを上げる者は現れず、私は王を説得してあなたを自分たちの子どもとして育てることに決めました。幸せでした。ようやく私も役目を果たせる時が来たのだと」

今の母上は、当時を思い出したかのようにほんとうに幸せそうにしている。しかしここまで話して、一気に表情が曇ってしまった。

「赤子のうちはまだよかった‪……‬だけどあなたが大きくなるにつれて、私やあの人に全然似ていないあなたの素性を誰かに気付かれるのではと‪……‬何よりベル、あなたを傷つけたくなくて‪……‬怖くなった私は、あなたを遠ざけてしまった」

母上は拾い子である僕を育てる決心をしてくれた。けれど、王族としてそんな大きな秘密を守っていく重圧に耐え切れず‪……‬子育てを、放棄してしまったのだな。
幸い人手はたくさんあったから僕は何不自由なく育ったが、だけど‪……‬ずっと、孤独だった。父上も母上も僕に見向きもしないのは、愛されていないからだと思っていた。トルテがいなければ、僕の心もとっくに壊れていただろう。

「さみしかったです」

僕の言葉に、母上はハッと俯いていた顔を上げる。涙が滲む。可哀想な過去の僕を理解して欲しくて、だけれど母上を責めるようなことは言いたくなくて、心がグチャグチャになる。

「今からでも、ちゃんと、親子になりたいです」
「ベル‪……‬」

母上がついと立ち上がる。僕の前まで来て、跪き、僕を抱き締めてくれた。
温かい。冷えた指先のイメージしかない母上が、こんなにも温かい。僕は涙をだくだくと流しながら抱き返した。母上の手が僕の頭を包んで撫でてくれる。気持ち良い。温もりを知らなかった子どもの僕が、満たされていく。

「今までごめんなさい‪……‬‪……‬」
「‪……‬‪……‬」
「血の繋がりなんて関係ない‪……‬私の一番大事なあなたを、絶対に守るわ‪……‬」
「母上‪……ッ」

真実が知れてよかった。母上は、僕を愛してくれていた。
父上や母上のことを意識から遠ざけていた幼い僕が、今は泣き声をあげて母上に縋り付いている。
いつも一緒に居てくれた、親でもなんでもない存在の、小さな妖精の笑顔が、遠ざかっていく。
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