王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第94話 神童

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ご挨拶が終わると、多くの人々が城の裏庭に集まってくる。

ここではささやかな立食パーティーをする。平素母上が行っているものと大差はないが、今日はトルテのお披露目パーティーとあってさすがにいつもより人数が多い。華やかな笑い声は主に母上の姉妹達のもので、男達は肩身が狭そうに遠巻きにこちらを見ている。僕とトルテを見に来てくれたのだろうけど、女性の目が多すぎて話しかけにくいのだろうな。

「トルテちゃん、泣きもせずほんとうにいい子ねえ~」

誰かが何気なくそう言うと、母上が誇らしげに鼻を鳴らす。

「トルテは特別聞き分けが良いのよ。夜泣きもしないし、手がかかったこともございませんの」
「さすがは新生・ルアサンテ王国の王女様ねえ」
「ベル様に似て聡明な子に育ちますわね~」

いや、僕なんか比べものにならない‪……‬実際に育てた母上もきっとわかっているだろう。しかし彼女はすっかり気分を良くして、僕からトルテを取り上げてしまった。

「はいはいは一ヶ月で覚えたの」
「一ヶ月で!?」
「それはそれは‪……‬」

誰も信じていない。母上の見栄っ張りが出たと言わんばかりに、一様に苦笑して顔を見合わせている。

「トルテ、皆様に見せて差し上げなさい?」
「だう」

母上がトルテを地面に下ろそうとするので、僕は慌てて滑り込んで分厚めの靴下を履かせた。はいはいするのに足の裏なんて関係ないだろうって? 違うんだよ。トルテはもう‪……‬。

「だ、」
「え!?」
「ウソでしょう!?」

母上の腰に掴まって立っている。しっかりと自分の足で、だ。

「こんな小さな子が立つなんて聞いたことないわ!?」
「だってまだ三ヶ月でしょう‪……‬!?」
「あー」

トルテは誇らしげに声を上げてさらに注目を集め、遥か先を指差す。僕は「はいはい」と返事をしてその指さされた先にしゃがみ込んだ。トルテが歩き出す。母上の元を離れて、僕の元へと。

「歩いてる‪……‬!?!?」
「ちょっと‪……‬えー!?」

やっぱりこれって普通じゃないんだ。トルテはまだ生後三ヶ月。はいはいすら覚える月齢じゃないのに、あっという間に立ち上がって、短距離ならもう歩けるまでになってしまった。
足腰が異様に丈夫なのか、それとも他に理由があるのかと‪……‬医者は首を捻っていたが、僕とジャオはさして不思議には思っていない。だって、トルテだもんな。

「天才! 天才よ!」
「奇跡の子だわ!!」
「ま、ま」
「しかも少しだけ喋れるの」
「神童だわー!」

真っ直ぐ僕の目を見て歩いてくるトルテが誇らしくて、思いっきり抱き締める。
気が遠くなるほど、待ってたんだもんね。早く僕やジャオと一緒に走ったり、お話しできるようになりたいんだよね。

「先日は葉っぱを数えたりもしていてね」
「トルテ様、素晴らしいわ‪……!‬」
「間違いなくこの国を背負って立つお方になるわね‪!」

羨望の眼差しが僕らを包む。徐々に居心地が悪くなって視線を彷徨わせていると、不意にトルテが「ひっく、ひっく」とむずがり出した。珍しい。よっぽどオムツが濡れているか、お腹がぺこぺこに空いた時しかこうはならないのに。

「オムツを見てきますね。失礼します」

なんにせよ助かった。
これ幸いとその場から立ち去って、手近な部屋でオムツを確認する。

…………まったく濡れていない。

「あれ?」

それならご飯かな。胸を出して口元に突きつけるけど、ぷいとそっぽを向かれてしまった。そうだよな。一時間前にたっぷり飲ませたばかりだもんな‪……‬。

「トルテ、もしかして‪……‬」

まさかそんなはず、と思いながらも僕は神妙に、生後三ヶ月の赤子に問いかけてしまう。

「僕が困っていたから、泣いたフリして逃してくれたの‪……‬?」
「うぅ」

頷いた‪……‬よな。今‪……‬。

「も~~! トルテ大好き」
「あぅあぅ」

抱き締めると、トルテも僕の首の後ろを小さな手の平でグッと掴む。まるで抱き締め返してくれているみたいだ。
愛おしい。この子を産むことができてよかった。それだけで僕は歴史に残る偉業を成し遂げたといってもいい。トルテは必ず、ものすごい人になる。

「でもね、あんまり自分の力を自慢したらダメだよ。普通じゃないのは危ないことなんだ。変に目立って悪い人に狙われたら、まだ抵抗できないでしょう?」

少しは母親らしいことも言っておかないとな。まだ、理解できるわけないんだけど。
そうたかを括っていると、抗議するようにトルテが手の平を向けてくる。なんだろう。何が言いたいのかな。
「ん?」と笑顔で首を傾げると、トルテは僅かに手の平を横に逸らして――――。

「た!」

ゴトッ。背後で何か重いものが落ちた。鋭い風が頬を掠った感触に寒気を感じる。
今のってもしかして…………トルテの手の平から放たれた?

「うぅ」

まだしっかり指せていないけど、トルテがなんとなく示した後方を振り返る。
飾られていた陶器が、スパッと鋭利な刃物で斬られたように‪……‬上半分が床に落ちていた。
思わず駆け寄って間近で確認する。割れたカケラは一切存在しない。ただ衝撃を加えたのではなく、完璧なコントロールをもって壺を風で斬ったのだ。断面も平らで美しい、もはや芸術だ。

「きゃっきゃっ」
「トルテ‪……‬ 君が天才なのは‪もうわかったから……‬できるだけ大人しくしていてよ‪……‬?」
「た!」

手を上げてけたけた笑っている。明らかに昨日より成長している。できることが一日につき10個くらいずつ増えていく。こんな調子ではすぐに大人になってしまいそうで、ほんのりとさみしさを覚えてしまう。
トルテはかけがえのない娘だけど、やっぱり普通の子も育てたいなあ‪……‬幸いトルテはまったく手がかからないし‪……‬子作り、再開したいってジャオに頼んでみよう‪かな‪……‬?

「あぶーううー」
「またお外に行くの?」

「ベル!」

トルテが出たそうに部屋の扉を叩いている。開けてやると、廊下で待っていたらしい人物が駆け寄ってきた。
綺麗なエメラルドグリーンの瞳が煌めいて、僕と、それからトルテを見やる。

「トルテちゃんも! うわー会えて嬉しい!」
「ユーリ! 来てくれてたんだ!」
「せっかくのお披露目パーティーだもんね。でも主役がお城の中にいるなんて‪……‬さては、囲まれて疲れちゃった?」
「正解。ユーリもちょっとゆっくりしていってよ」

幸いここは応接間なので、簡素だがキッチンもある。サッと茶を淹れて出すと、ユーリは感心したようにしきりにため息をついていた。

「いや~なんていうか、ベルもすっかり女人だねえ」
「そう?」
「髪も伸びたし、物腰も柔らかくなってるし」

確かに髪は伸びた。肩から伸びて鎖骨にかかるくらいだから、何か作業をする時は括ったりもする。物腰云々は‪……‬意識したことなかったけど、確かに「サッカーやろうぜ!」なんて言っていた頃に比べたらおしとやかになったのだろうか。というか、大人になったんだろうな。

「体つきもエッチでさ! いいな~女人!」
「へ‪……‬」
「ああっごめんそういう意味じゃないよ!? あくまで羨ましいな~ってハナシ!」
「わかってるよ‪」

ユーリを男として見たことはない。どちらかというと女友達だ。ユーリは身体が男なだけで、考え方も発言も女人寄りだ。ルシウスと結婚もしたようだし、別に性的な話題を振られても今さら不愉快になったりはしない。

「でもユーリもぱっと見女人だな。綺麗にしているし」
「まあね、趣味みたいなもんだよ。これから国に若い女人が増えるっていうのに、無様に老けたりしたらルシウスに飽きられちゃうし」
「好きだなあ‪……‬」
「弱みを見せたくないだけ」

何やら深いことを言って、ユーリはつんと腕を組む。前はただのバカップルという感じだったが、最近は少し関係性も変わったように見える。ユーリはむやみやたらにルシウスに甘えなくなった。僕はまだまだジャオに甘えちゃうから、ユーリって大人だなって思うよ。

「ルシウスは元気か? 久しく会っていないな」
「あの人、お城出禁だからねー。いつもはベルに会いたがっているけど、今日ばっかりはしょんぼりして送り出してくれたよ」
「なんでしょんぼり?」
「ベルの赤ちゃん見たくなかったんじゃない? 事実上の失恋だし」
「それはないだろ‪……‬ユーリがいるのに」

とはいえユーリが言うならそうなのかもしれないな。
ルシウスはやけに僕に執着している。ユーリというものがありながら、とことん不真面目な奴。

「そうだ。仕事をくれてありがとう。おかげでなんとか二人、生活できてるよ」
「僕としても助かってる。ユーリは絶対向いてると思ったから」

ユーリに任せている仕事とは、女人が増えていく我が国の未来の備えて、女人のためになる品物を開発してもらうことだ。ユーリは家で家事もしっかりとやっている。女人の友達も多く、対等に話せているようで、身体が男であることを差し引けば女人も同然だ。
積極的に働きたいと言っている人達を集めて日々アイディアを出したり、最近では具体的な製造ラインの立ち上げにも入ってきている。

「ミヤビさんにも顔出してもらったらぐんと進むと思うよ。育児しながらで大変かもしれないけど、お願いしてみる」
「いいね! ミヤビさん大好き、憧れだよね~」

ユーリの理想のお嫁さん像はまさしくミヤビさんなのだろう。なんでも自家製で作って自分の力で生きている。けれど夫を立てていて慎ましやかだ。
僕も憧れてるけど、ミヤビさんみたいになるのは絶対に無理だから‪……‬僕は僕なりに、まずはトルテをしっかりと育てようと思う。

「そろそろ顔出さないとかな」
「そうだね。みんなベルとトルテちゃんに会いたいと思うよ」

つん、とユーリがトルテの鼻先をつつく。
キャッキャッ、と笑うトルテに、ユーリは眉根を寄せた。

「いいなあ‪……‬」
「‪……‬ユーリ?」
「ああ、ううん。行こう?」

本当はわかってた。ユーリ、赤ちゃんを産んだ僕に「いいなあ」と言ったんだ。
ユーリは子どもが出来てもしっかりと育てられると思う。意外と真面目だし、責任感あるし‪……‬里親の提案をしてみようかと思ったけど、記憶の片隅に手を入れてハッと口をつぐんだ。
ユーリは、自分とルシウスの子どもでないといやだと言っていた。好きな人との子どもが儲けられない苦悩は計り知れない‪……‬僕だって、戦争が始まる頃には子どもがほしくてほしくてたまらなかった。
僕は産める。ユーリは産めない。そんな関係性で、僕が何を言っても地雷を踏んでしまうようなふりをして‪……‬聞こえないフリをしてしまった。





外に出るや否や、クラスメイトの集団が「ユーリ!」と声を上げる。トルテを抱っこした僕を認めるとハッとして目を逸らす者、凝視してくる者、様々だったが、直接声をかけてくる者はいない。
ユーリが輪の中に入ると、皆僕への興味を無くしてニコニコと取り囲んだ。男だった同級生が、子を成して今や人妻‪……‬だなんて、冷静に考えたら気味が悪いよな。わかってる。ユーリのように今まで通り接してくれる存在を、当たり前と思ってはいけない。

明確なラインを感じた。僕は幸せな家庭を手に入れたと引き換えに、普通の男子としての日常を失ったのだ。
だけれど普通の男子としての生活も恒久的なものではない。大人になればいずれ生活は移り変わっていく。僕の場合はそれが人より早く訪れただけだ。
王家の血を引いていなくとも、王族としてこの国を治めていくことを決めたのだから――――さみしいなんて、思ってはいけない。

それにしても楽しそうだ。皆、ユーリのことが大好きだというのが見ているだけでわかる。普段はルシウスとバカップル丸出しだから話しかけることもできないんだろうが‪……‬そうか、そういう意味でも人気があるんだな。
さりげなくスキンシップを図る同級生らは見ていてなんだか微笑ましい。ユーリってモテるんだよな‪……‬可愛いもんな。外見だけじゃなくて内面も‪……‬ルシウス、もっと大事にしろよな……‬?

「あの、ベル様?」

ビクウッ。声をかけた人物に僕は飛び上がるほど驚いた。それが今まさに、心の中で詰っていたルシウスの母親だったからだ。

「る! ルシウスのお母さん‪……‬!」
「その節は大変ご迷惑をおかけしました! 夫と息子が魔道士軍に‪……‬ベル様にも乱暴を働いたと‪……!‬」

もう、すべて知っているのか。
当時は彼女だけが何も知らされず、戦火の中、家に一人置き去りにされていたのだ。ずっとつらかっただろう。家族は無事だったが、王家への背信行為をしていたのだと知らされて‪……‬。

「気にしないでください。あの時は皆、先代の王に洗脳されていたんです」
「でも、特にルシウスは、その‪……‬少し前から様子がおかしかったんです。「絶対にベルと結婚する!」と宣言して、学校を休みがちになったり‪……‬あの時に、私が気付いていれば‪……‬」

‪……‬家族にも宣言していたのか‪……‬。
本気、だったのかな‪……‬ハアもう、なんか僕まで恥ずかしいよ‪……‬好きになってくれるのは正直悪い気しないけれど、アイツはいろいろと先走りすぎだ‪。

「す、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」

僕が顔をしかめたのを見逃さなかったのだろう、彼女はふたたび恐縮してしまう。
この人は何も悪くない、のに‪……‬身勝手な家族を捨てず、今も彼らの代わりに謝罪してくれている‪。僕は、僕だけは、この人に精一杯、やさしくしてあげたい。

「ルシウスは先の戦争の勝利に大きく貢献してくれました。それに、僕は今でも彼を大切な友人だと思っています」
「ベル様‪……‬もったいないお言葉です‪……‬!」

みるみるうちにふくよかな顔が歪んだかと思うと、ワッと泣き出してしまった。慌ててハンカチを手に握らせる。用意しておいてよかった。何が起こるかわからないとはこのことだ。

「申し訳ございません‪……‬私なんかのために‪……‬」
「いえ。ルシウスのお母さんなら僕にとっても大切です。困ったことがあればいつでも城にいらしてくださいね」
「ありがとう、ございます‪……‬」

くしゃ、っと目を細めた彼女の一瞬の表情にルシウスの面影を見た。
僕のことを好きだと必死に訴えてくる時、アイツはいつもこんなふうに、苦しそうな顔をして‪……‬。

「トルテ様、お可愛らしいですね」
「あぅ」
「わ、返事してくれた!?」

腕の中にいるトルテと、目の前にいるルシウスの母親。場違いなシーンに思いを馳せてしまったことに反省する。
ルシウスとの情はもう断ち切れた‪……‬はずだ。僕にはジャオがいるしトルテだっている。聞きそびれたけど、あの調子ならきっとあっちだってユーリと仲良くやっているのだろう。


会いたいな、なんて思っては、ダメだ。
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