王子の僕が女体化して英雄の嫁にならないと国が滅ぶ!?

蒼宮ここの

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第99話 旅立ちの時

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出発の日はそれから間もなくだった。
僕とトルテ、それにルシウスとフロストが軽い旅着を纏って馬車の前に立っている。見送りはジャオと僕の子どもたち、そしてユーリのみだ。
僕も一応一国の長だから、国を不在にすると大勢に漏れるのは得策ではない。城の者たちはもちろん知っているが見送りは控えてもらった。ジャオの腕の中のアルベルに手を添える。

「産まれたばかりなのに置いていってごめんね」
「気にするな。俺や城の者たちでしっかりと面倒を見る」
「母乳が出ないママさんが重湯を飲ませているって聞いたんだ。少しくらいなら甘くしてもいいって。僕が責任を持ってジャオ達に伝授しておくね」
「ありがとう、ジャオ、ユーリ‪‬」

まだ乳児である我が子を人に任せるのは心苦しいが、今を逃したらまたずるずると延びてしまうような気がする。だから決断した。
この五年間、育児に追われる日々は幸せだったけれど、僕には母親であること以外にもう一つ、この国の指導者としてやるべきことがある気がしてならなかった。それがかねてより念願だった、異国との国交だ。

我が国の呪いを、自らがオトメになることで断ち切った僕にしか、この役割は務まらないと思う。
この国は子孫繁栄のために誘拐という犯罪を犯し続けてきた。異国の協力を得るとか、新たな文化を取り入れるとか、そんな楽しい話ばかりじゃない。ミヤビさんの痛みを知る僕だからこそ、行かなきゃいけないんだ。
過去の罪を認めないと、この国は前へは進めない――――そんな気がするから。

「ママもトルテも行っちゃうなんてさみしいよ~」

ぎゅっ、ぎゅっ。緊張した心がふわんと解けていく。
脚に絡みついた小さな腕を一つ一つ解いて、しゃがみ込んで、順番に額にキスをする。

「パパの言うことをよおくきいて、いい子にしているんだよ」

立ち上がると同時に、遠くから駆けてくる足音。
それは現れると同時に、白く細い体躯を攫って軽く抱き留めた。

「すまない、カナタ。遅れた」
「リュカさん‪……‬」

ジャオのお父さんだ。フロストの恋人でもある。見送りに来たんだ。
二人は熱っぽく見つめ合って、ゆっくりと指を絡める。いやな予感がして僕とジャオは同時に子ども達を背中の後ろに隠して視界を塞いだ。
ごく自然に、それが当たり前であるかのように、二人は唇を重ねる。絶対に口内で舌を絡めているであろう生々しいフロストの頬の凹凸に、ユーリが「ひゃー!」と高い声を上げる。

「ラブラブですね! フロストさん!」
「ンッ‪……‬すみません、皆さん‪……‬もう、リュカさん‪……‬」
「す、すまない‪……‬しばらく会えないと思ったら、つい‪……‬」

ジャオですらこんなこと子ども達の前ではしないのに、まったく‪……‬年月を経ても、二人の関係は落ち着くどころかますます深くなっているようだ。
ハア‪……‬出発前に、いいものを見た‪……‬‪……‬。

「身体に気をつけて。何かあったら鳩を飛ばしてくれ。すぐに駆け付ける」
「ふふ、ありがとう。でもリュカさんも、英雄の仕事頑張らなきゃダメだよ」
「ああ‪……‬無事に帰ってくるんだぞ、私のカナタ‪」

ひしと抱き合ってまるで離れる気配がない。いいなあ。ラブラブだ。まさかあの厳格なリュカさんがこんなふうになるなんて‪……‬よほどフロストが可愛いんだろうな。

「ユーリ、俺らもしよ! ほらちゅー」
「やめて」

べチン! こちらは無情にも頬を叩かれて一発で撃退されてしまった。まるでペットと飼い主だ。ルシウスはしょげながら僕の隣に戻ってくる。

「それじゃあ行くよ。みんな元気でね。落ち着いたら連絡するから」
「ルシウス」

ジャオがつかつかと歩み寄る。
ニヤニヤするルシウスの胸ぐらを掴んで、何を言うかと思えば、

「――――ベルのこと、頼んだぞ」
「はーい」
「何かあったら‪……‬わかっているな?」
「パパ。私がついているから」

遮るようにトルテが間に入る。その声にまで魔力が宿ったように、周囲の空気を震わせて凛と響く。

「‪……‬そうだな。ベルを頼む、トルテ」
「任せて」

弱冠五歳の女児のくせに妙に貫禄がある。でもそれはトルテだから、何の不思議もないのだ。

「ユーリ」
「はい、トルテ様」

次にトルテはなぜだかユーリを呼びつけて跪かせる。ユーリの頭に手をあてると、口の中で小さく詠唱をしたように見えた。ユーリの表情が、和らいでいく。

「国を頼みますよ」
「もちろん、お任せください」
「身体を大事にね」

トルテとユーリはこれまでに数えきれないほど会っている。僕のはじめての子だから、ユーリには我が子同然に可愛がってもらった記憶があるが‪……‬今日はやけに謙ってどうしたのだろう。何か不自然だ。

「さあ、行きましょう」

トルテがさっさと馬車に乗り込む。続いて僕とルシウスが乗り込み、フロストは前方で御者席についたようだ。
皆に手を振っていると、もう片方の手が座席の上で不意に握られる。ルシウスだ。今すぐ振り払ってやりたいが、ここでそれをやれば皆にルシウスの不埒な行動がバレる。旅立ちの間際でそんな無粋な真似はしたくない。
笑顔が崩れないように注意して、ルシウスの久々の体温に動揺する自分を抑えた。

「出発します!」

フロストの高らかな宣言と共に、馬車は走り出した。
マージャが泣きながら追ってくる。僕は涙目になりながら、無事にジャオに回収されたのを見届けた。

そしてようやく、傍らのルシウスに視線をやる。

「‪……‬離して」
「え~いいじゃん」
「出発早々お前は! トルテがいるんだぞ!?」
「あ」

僕が真ん中に座った状態だから、トルテは反対側の隣にいる。五歳児が呆れたようにため息をつくから、さすがのルシウスも怯んで離してくれた。
やっぱり連れてきてよかったな。効果は絶大だ。

「私‪……‬」
「なに? トルテ」
「御者席に行っていようか?」
「え?」

安心しきったところに、その言葉は一瞬理解ができなかった。
え。なんでトルテ席を外そうとしてんの? せっかくルシウスを抑えつけられているのに。

「なんで!?」
「私、そういうの理解あるから」
「いや意味がわからない‪……‬」
「まあ旅は長いんだし、ハメを外しすぎないようにね」

一から十までトルテが何を言っているのかわからないまま、彼女は御者席とこちらの室内を隔てる革のカーテンをめくってあちら側に行ってしまった。フロストと何か話しているのが聞こえるが、車輪の音に混じってしまって内容まではわからない。

閉ざされた密室にルシウスと二人きり‪……‬緊張していると、さっそくまた手を握ってられてしまった。思わず「ヒエッ」と声を上げる。

「トルテちゃん空気読めてすごいね~。あれで五歳ってマジ?」
「る、る、ルシウス‪……‬! 僕はお前とどうこうなる気はないからな!! あくまで異国の位置を覚えてもらいたいだけで!」
「わーかってるよ」

言いながら手をニギニギと動かしてくる。指が絡められただけなのに、とんでもなく動揺している自分が信じられない。
だって、ジャオ以外の男に触られるなんて‪……‬久しぶりすぎて‪……‬。

「こうしてるだけ」
「こうして、って‪……‬」
「手を握るくらいいいじゃん。友達の範疇だろ?」
「はあ‪……?‬」

友達ならこんなにドキドキしたりしない。自分はまだルシウスを異性として意識しているんだということに衝撃を覚えながら、必死でその体温に慣れようとした。
ムキになれば動揺しているのがバレてしまう。なんでもないふりをしなければ。

「ベル‪……‬こうしてまた一緒にいられるなんて嬉しい」

わっ。耳に直接‪……‬!
慌てて空いているほうの手でガードすると、ルシウスが可笑しそうに鼻を鳴らす。からかわれてる。わかっているのに。

「俺、まだお前のこと好きだからさ‪。何もなくても、こうやって隣にいられるだけで、すっげえ幸せなんだよ」
「そんな‪……‬こと‪……‬」

そんなこと言うなよ。‪……‬ユーリと結婚したくせに。
でも、だけど‪……‬ルシウスのように、たくさんの愛を持っている人もいるだろう。僕もそうだとジャオに言われた。国民のために結婚を延期したりしたのもそうだって‪……‬僕も、ルシウスと同じ類の人間なのだろうか?

「それとも、何かする?」
「はっ?」
「せっかくトルテちゃんが気を利かせてくれたわけだしさ。エッチなことしよっか?」
「はあ~!?」

繋いでいた手が僕の拳を包み、撫でまわしてくる。
うう、ダメだ。動じるな僕。ルシウスのペースに巻き込まれたら、ただでさえ二人きりなんだ、やられ放題になる‪……‬!

「や、やめろ‪……‬!」

近付いてくる顔を腕でガードして押し出す。それをものともせず、なんと抱きついてきた。

「かーわいー。なんか安心したわ」
「何が!?」
「ベルもまだ俺のこと好きなんだなって」
「はあ!? ちがう‪……‬!」
「んー。かわいー」

完全に抱き込まれてヨシヨシと頭を撫でられる。
ジャオとは違う体温、違う男の匂い。

‪……‬‪……‬ハア‪……‬。

落ち着くために深呼吸をしているのに、よりルシウスのにおいが鼻腔に侵入して、体内から犯してくる。
僕、子どもが五人もいるし‪……‬一国の女王、なのに‪……‬伴侶でもない男にこうして甘やかされて、抵抗もできずただただ身体を火照らせているだけなんて‪……‬情けないやら、切ないやらで、泣けてくる。

「やめて、ほんとに‪……‬僕‪……‬」
「‪……‬わかった。本当にこれだけにするから」
「うー‪……‬うん‪……‬」

ハグも、友達の範疇だろうか‪……‬。
考えているうちに手を取られて握られる。こんな密着度、絶対にフロストやトルテに見られたらまずいのに‪……‬僕らは無言で寄り添い合って、しばし互いの体温を感じていた。

「やっぱ、好きだなあ‪……‬」

時折実感がこもった声でそう囁かれて、胸が締め付けられる。
逃げるように、眠ったふりをした。






クスクス。クスクス。顔の周りで笑い声が聴こえる。

トルテ?

妖精を掴もうとして手を伸ばし、手の平がほわっと柔らかな肌に触れる。そういえば彼女はもう妖精じゃなかった。僕の娘なんだ。
温かな布団に包まれて、世界一愛しい娘の頬を撫でる。
ゆっくりと目を開けると、思った通り、トルテが僕の顔を覗き込んでいて――――。

「ーーーーッ!?」

ルシウスと、フロストもいる。あのままルシウスの胸の中で眠ってしまったことに気付いた僕は、瞬時に起き上がり顔を熱くする。
見られた? ルシウスと密着しているところ――――!

「なるほど。ベル様のほうもまんざらじゃないんですね」
「まあ、俺ら恋人同士みたいなモンだし」
「私はなんとも思ってないから安心して。お母様?」

またあの嫌味ったらしいトルテの「お母様」が出た。トルテには本当に傷付いたような雰囲気がない。むしろ僕のことをからかって面白がっているようだ。

「違うから! これは! 眠かったから寝ただけで!!」
「ハイハイ。ではそろそろどちらか運転を代わっていただきたいんですが?」
「じゃあ俺が行くよ。ベルとくっついてて元気満タンだからさ~」
「ルシウス!!!」
「まだ寝てていいぜ、ベル」

上機嫌のルシウスは僕に投げキッスをしてひょいひょいと御者席に行ってしまう。
寝られるか。恥ずかしくて情けなくて、穴があったら入りたい。

「‪……‬ベル様も御者席に行かれます?」
「ルシウスの隣に居られるわよ」
「いっ行くわけないだろ!? ここにいる!!」
「‪……‬言っときますけど、馬車内では致さないでくださいね」
「フロスト!! トルテの前でなんてこと!!!」
「トルテ様は大丈夫ですよお。ベル様よりよっぽど精神年齢が大人なんですから」

ねー、と意気投合する二人。いつもはもっとドライな関係のくせに、僕をいじる時だけ結託するのはなんなんだ。

「はあーいいなあ。僕もリュカさんとイチャイチャしたい‪……‬」
「出発ギリギリまでキスしてたくせに」
「ベル様だってさっきまでルシウスさんとしてたんでしょ?」
「してないって!!!」

なんだと思われてんだ、僕は。
ああでも、ルシウスの胸の中で安心して眠ってしまったのは紛れもない事実で‪……‬僕はまだ、ルシウスのことを‪……‬。

隠れる穴はないのでせめてと体育座りで顔を隠した。
こんなんじゃ先が思いやられる。

頼むから、これ以上は‪……‬もう、誘惑してこないでほしい‪……‬。
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