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番外編1 ユーリ
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赤ちゃんの声って、花が開く音みたいだなあ。なんて思い浮かべる僕は、そうとう幸せ惚けしているんだと思う。
歩み寄ろうと腰を上げると、僕の目の前を高速で横切った影が一瞬でベビーベッドの前に移動して、赤ん坊を抱き上げていた。
「どちたのルリたん! まんま? ママ? パパかなぁ~?」
僕の夫のルシウス。
学生時代からの付き合いで、悔しいことに僕は、コイツにベタ惚れだ。
デレデレのアホ面で赤ちゃん言葉を連発している姿は正直痛いことこの上ないが、黙っていれば顔はカッコいいし背も高い。おまけに魔導士としては最上級の力を持っていて、あえて言葉を選ばず言うなら「超優良物件」だ。
だからコイツが浮気し放題のクズ男だと分かっていても、僕は絶対に別れない。
詳しくは省くが、コイツの手綱は夜のほうで完璧に僕が握っているので、僕から逃げることは不可能だ。きっと行方をくらませたって、数日もすれば我慢できずに僕の元へと戻ってくるだろう。
だから、コイツがベルとの視察に同行するという話は正直意外だった。
ベルはルシウスに横恋慕を抱いている。そしてルシウスはベルを本気で、愛している。
わかっていたけれど目を瞑った。ルシウスが最後に僕の元に帰ってきてくれたらそれでよかったから。
ルシウスが同行を決めた話し合いの日の夜、我が家に小さな訪問者がやってきた。
「……え!?」
最初はイタズラかと思った。
ノックの音がして扉を開けたが誰もいない……と思ったら、彼女は足元にいた。僕の腰の高さにも及ばない小さな身体でふんぞりかえっている。
「トルテちゃん!? あれ……」
すぐさま母親であるベルの姿を探す。だけど、どこにもいない。
「一人よ。あなたに話があってきたの」
「ええ……と、とりあえず入って?」
向かいに座った状態でごくりと唾を飲む。彼女はまだ五歳の女の子。されどこの国の王女様であり、さらに精霊様の生まれ変わりだとも聞いている。
そんな彼女がいち市民である僕に何の用なのか、皆目見当もつかない。
「さっそくだけど……ルシウスの同行を許可してくれてありがとう」
「え!? ああ別に……僕もたくさん仕事をもらえて忙しくしているし」
「立派ね」
「……お褒めにあずかり光栄です」
茶化すようにかしこまってみると、トルテちゃんはくすくすと笑ってくれた。
「ルシウスは必ず無事にこの家に帰らせるわ。だから心配しないで」
「心配は、してないよ。一応あれでも魔法の天才だし。トルテちゃんもいるしね」
「ええ。正直どんな大国が相手でも滅ぼして帰ってくる自信があるわ」
やらないけどね、と付け添える彼女の言葉は冗談なのかいまいちわかりにくい。
というか国交先を滅ぼしてどうする。ぶっ飛んだ発想だが、やはり安全な旅ではないのだなと察する。
「あのバカよりトルテちゃんのほうがよっぽどしっかりしてるよ。悪いけどよろしくね」
「ええ、任せて」
五歳児と対等に話している。はたと気付くと今の状況がなんだか可笑しくて、だけど不躾に口に出すわけにもいかず、なんとか無難な微笑みに替えた。
「ユーリはいい人ね」
「えへへ、そんなそんな」
「いいお母さんになれそう」
「…………へ?」
今のは冗談だろうか。それとも皮肉?
男であるこの身はどうあがいたってお母さんにはなれない。それがずっとコンプレックスだった。だから反応に困って、勝手に引き攣る口元を隠す。目の前の小さな頭がぺこりと一礼した。
「ごめんなさい、いきなり」
「ううん……どういう意味?」
「私、男を女に転換する魔法の研究をしているの」
ブワッ……と、鳥肌が立った。
ずっとベルが羨ましいと思っていた。男として産まれてきたのにある日を境に突然女の身体を手に入れて、好きな人との子どもを自分の力で儲けて。
僕も。
僕も、あれになれるというのか。
「ユーリは女になりたい?」
「なりたい!!」
ガチャン! とテーブルが音を立てるのも構わずに、大きく手をついて立ち上がる。
息が乱れる。頬が紅潮する。トルテちゃんが自分をからかうためだけにこんなところに来るわけがない。これって、本当の話なんだ。
「即答ね。ルシウスとの子どもが欲しいの?」
「欲しいよ!! ずっと、ずっっと夢見てきて……っ」
言葉にならず、涙を袖で拭いながら腰を下ろした。トルテちゃんは直接頭の中に響くような不思議な声音で話を続けてくる。
「まだ成功するかわからないけれど……ユーリ、あなたに実験台になってほしい」
「なるよ!! なるなる!!」
「デメリットとか、聞かないの?」
「えっ何!? まさか最悪死ぬ!?」
「……ううん。少し体調を崩すくらい。もちろん無理があったら途中で中止して私が治療するから、安心して」
「それならよかった……」
人智を超えた存在であるトルテちゃんが直々に管理してくれるのなら、この身などいくらでも預けよう。
もともとベルの性転換だってトルテちゃんが国にかけた呪いによるものだったのだ。それをコントロールするために改良するというのも、近くでルシウスの魔法の研究を見てきた僕ならなんとなく理解できる。
「じゃあ、さっそく魔法を施すわよ」
その場で立たされて、目の前に立ったトルテちゃんが僕のお腹に手をあてた。そこから温かくなって、指先にまで見えない波動が満ちていく感覚がする。
この神々しい儀式ともいえる時間、僕もトルテちゃんも一言も交わさずに、実に数十分そのままじっとしていた。
人一人の身体の構造を変える魔法だ。彼女の力を持ってしても、やはり一瞬では終わらないところにさらなる信憑性を感じた。
「……ふう」
トルテちゃんが息をついて手を離す。こめかみに浮かんだ脂汗に気付いてハンカチで拭ってやると「ありがとうね」と貫禄たっぷりに微笑んだ。
「少しの体調不良は我慢してもらうけど、耐え切れないほどならすぐ呼んで。他の国からでもすぐに駆け付けるから」
「恐れ入ります」
どんなにつらくたって弱音なんか吐くもんか。
ようやく僕にも機会がまわってきたのだ。
幸せな家庭を築く、機会が。
旅立ちの日、トルテちゃんは僕に名指しで「国を頼みますよ」と申し付けた。ベルは不思議そうな顔をしていたけれど、僕には彼女の言わんとしていることがわかった。
この魔法が成功すればきっと……多くの人が救われる。僕の存在自体がもう、国の未来を切り開く希望なのだ。
ベル達が行ってしまってから、僕は国のため精力的に働いた。活発な女人達に混じって、女人のための国づくりにたくさん意見を出した。「男の子なのに」と皆驚いていたっけ。
そんなある日……突然、ルシウスが家に帰ってきた。
血の気のない、泣き腫らしたひどい顔だった。
「ベルとトルテちゃんは? 皆無事に?」
そう聞くと顔を覆ったまま首を横に振り、そのまま部屋に閉じこもってしまった。我慢できずに城を訪ねると、トルテちゃんがすぐに謁見を許可してくれた。
城全体が沈んだ雰囲気だった。泣いている衛兵や侍女もいた。
「ベルは……?」
トルテちゃんもやはり何も答えない。僕は自分が泣き出していることに気付かないまま、跪いてトルテちゃんの肩に縋り付く。
「ベルは!?」
「…………もう、会えないの」
程なくして、国中にベルの訃報が広まった。国交のために旅立った先での事故だということだった。
国中の民に愛されたベルの葬式はそれはそれは盛大に執り行われた。ただ印象的だったのは、ジャオや子どもたちが一滴の涙も流していないということだった。
ルシウスはしばらくすると、だんだん元のルシウスに戻っていった。いや……少し、違うようにも見えたけど……それでも僕の前では明るく振る舞ってくれるようになった。僕は折を見て、立派に女体化した裸を披露した。ルシウスは息を呑んですぐに飛びついて来た。それから狂ったように連日、僕を抱いた。
妊娠するのに、そう時間はかからなかった。
僕たちの第一子は女の子。「ルリ」と名付けたのはルシウスだ。耳慣れない響きだったけれど、ミヤビさんに言わせればどうやらヤマト国の名付けに因んでいるらしかった。二人の名前から一文字ずつ取っているのかな、というのは数か月後に気付いた。(僕はそういうのには人一倍鈍感なので)
ルリが産まれてからというものの、ルシウスはぱったりと女遊びをやめた。女を相手に商売することもやめて、魔法研究や日常で使える魔法の普及で真っ当に金を稼いで来るようになった。
見違えるような変化は一見ルリのおかげにも思えたし、周囲にもそうもてはやされたけど、僕はどうしてもそうは思えなかった。
ルシウス、ヤマト国で一体何があったの。
ベルは……本当に死んでしまったの?
ルリを抱き上げているルシウスの横顔は、窓の外を向いていてどこかさみしそうだ。
時折、以前はなかったこの瞬間がある。きまってルリと触れ合っている時だ。
「ベルのこと、思い出しているの?」
僕が声をかけるとルシウスはビクッと肩を跳ねる。わかりやすい奴。
「コイツの顔見て? なんで!?」
すぐさま否定してルリちゃん愛でタイムに戻るルシウスはもう、何かを惜しむような悲痛な空気を纏っていなかった。
ルシウスとベル、絶対に何かあったんだろうな。もしかして……。
話してくれないからいろいろと想像してしまう。だけど僕はこれ以上追求しない。後ろから寄っていって、そのすらりとした背を力いっぱい抱き締めた。
「僕、今最高に幸せだよ。ルシウスは?」
「……ああ。俺も幸せ。愛してるよ、ユーリ」
「うん」
「世界で一番、大切に想ってるよ……」
世界で一番愛しているとは、言ってくれないんだね……。
それでも、ルリを置いて抱き返してくれるルシウスは今、僕のところにいる。それだけで十分なんだ。
あの親友は、生きているか死んでいるかもわからない。ルシウスとの秘密を抱えたまま消えてしまった。
ベル、ズルいよ。
だけど怒ってない。僕はこれで満足しているんだから。
だからもしも生きているなら、いつかもう一度……会えたらいいな。
歩み寄ろうと腰を上げると、僕の目の前を高速で横切った影が一瞬でベビーベッドの前に移動して、赤ん坊を抱き上げていた。
「どちたのルリたん! まんま? ママ? パパかなぁ~?」
僕の夫のルシウス。
学生時代からの付き合いで、悔しいことに僕は、コイツにベタ惚れだ。
デレデレのアホ面で赤ちゃん言葉を連発している姿は正直痛いことこの上ないが、黙っていれば顔はカッコいいし背も高い。おまけに魔導士としては最上級の力を持っていて、あえて言葉を選ばず言うなら「超優良物件」だ。
だからコイツが浮気し放題のクズ男だと分かっていても、僕は絶対に別れない。
詳しくは省くが、コイツの手綱は夜のほうで完璧に僕が握っているので、僕から逃げることは不可能だ。きっと行方をくらませたって、数日もすれば我慢できずに僕の元へと戻ってくるだろう。
だから、コイツがベルとの視察に同行するという話は正直意外だった。
ベルはルシウスに横恋慕を抱いている。そしてルシウスはベルを本気で、愛している。
わかっていたけれど目を瞑った。ルシウスが最後に僕の元に帰ってきてくれたらそれでよかったから。
ルシウスが同行を決めた話し合いの日の夜、我が家に小さな訪問者がやってきた。
「……え!?」
最初はイタズラかと思った。
ノックの音がして扉を開けたが誰もいない……と思ったら、彼女は足元にいた。僕の腰の高さにも及ばない小さな身体でふんぞりかえっている。
「トルテちゃん!? あれ……」
すぐさま母親であるベルの姿を探す。だけど、どこにもいない。
「一人よ。あなたに話があってきたの」
「ええ……と、とりあえず入って?」
向かいに座った状態でごくりと唾を飲む。彼女はまだ五歳の女の子。されどこの国の王女様であり、さらに精霊様の生まれ変わりだとも聞いている。
そんな彼女がいち市民である僕に何の用なのか、皆目見当もつかない。
「さっそくだけど……ルシウスの同行を許可してくれてありがとう」
「え!? ああ別に……僕もたくさん仕事をもらえて忙しくしているし」
「立派ね」
「……お褒めにあずかり光栄です」
茶化すようにかしこまってみると、トルテちゃんはくすくすと笑ってくれた。
「ルシウスは必ず無事にこの家に帰らせるわ。だから心配しないで」
「心配は、してないよ。一応あれでも魔法の天才だし。トルテちゃんもいるしね」
「ええ。正直どんな大国が相手でも滅ぼして帰ってくる自信があるわ」
やらないけどね、と付け添える彼女の言葉は冗談なのかいまいちわかりにくい。
というか国交先を滅ぼしてどうする。ぶっ飛んだ発想だが、やはり安全な旅ではないのだなと察する。
「あのバカよりトルテちゃんのほうがよっぽどしっかりしてるよ。悪いけどよろしくね」
「ええ、任せて」
五歳児と対等に話している。はたと気付くと今の状況がなんだか可笑しくて、だけど不躾に口に出すわけにもいかず、なんとか無難な微笑みに替えた。
「ユーリはいい人ね」
「えへへ、そんなそんな」
「いいお母さんになれそう」
「…………へ?」
今のは冗談だろうか。それとも皮肉?
男であるこの身はどうあがいたってお母さんにはなれない。それがずっとコンプレックスだった。だから反応に困って、勝手に引き攣る口元を隠す。目の前の小さな頭がぺこりと一礼した。
「ごめんなさい、いきなり」
「ううん……どういう意味?」
「私、男を女に転換する魔法の研究をしているの」
ブワッ……と、鳥肌が立った。
ずっとベルが羨ましいと思っていた。男として産まれてきたのにある日を境に突然女の身体を手に入れて、好きな人との子どもを自分の力で儲けて。
僕も。
僕も、あれになれるというのか。
「ユーリは女になりたい?」
「なりたい!!」
ガチャン! とテーブルが音を立てるのも構わずに、大きく手をついて立ち上がる。
息が乱れる。頬が紅潮する。トルテちゃんが自分をからかうためだけにこんなところに来るわけがない。これって、本当の話なんだ。
「即答ね。ルシウスとの子どもが欲しいの?」
「欲しいよ!! ずっと、ずっっと夢見てきて……っ」
言葉にならず、涙を袖で拭いながら腰を下ろした。トルテちゃんは直接頭の中に響くような不思議な声音で話を続けてくる。
「まだ成功するかわからないけれど……ユーリ、あなたに実験台になってほしい」
「なるよ!! なるなる!!」
「デメリットとか、聞かないの?」
「えっ何!? まさか最悪死ぬ!?」
「……ううん。少し体調を崩すくらい。もちろん無理があったら途中で中止して私が治療するから、安心して」
「それならよかった……」
人智を超えた存在であるトルテちゃんが直々に管理してくれるのなら、この身などいくらでも預けよう。
もともとベルの性転換だってトルテちゃんが国にかけた呪いによるものだったのだ。それをコントロールするために改良するというのも、近くでルシウスの魔法の研究を見てきた僕ならなんとなく理解できる。
「じゃあ、さっそく魔法を施すわよ」
その場で立たされて、目の前に立ったトルテちゃんが僕のお腹に手をあてた。そこから温かくなって、指先にまで見えない波動が満ちていく感覚がする。
この神々しい儀式ともいえる時間、僕もトルテちゃんも一言も交わさずに、実に数十分そのままじっとしていた。
人一人の身体の構造を変える魔法だ。彼女の力を持ってしても、やはり一瞬では終わらないところにさらなる信憑性を感じた。
「……ふう」
トルテちゃんが息をついて手を離す。こめかみに浮かんだ脂汗に気付いてハンカチで拭ってやると「ありがとうね」と貫禄たっぷりに微笑んだ。
「少しの体調不良は我慢してもらうけど、耐え切れないほどならすぐ呼んで。他の国からでもすぐに駆け付けるから」
「恐れ入ります」
どんなにつらくたって弱音なんか吐くもんか。
ようやく僕にも機会がまわってきたのだ。
幸せな家庭を築く、機会が。
旅立ちの日、トルテちゃんは僕に名指しで「国を頼みますよ」と申し付けた。ベルは不思議そうな顔をしていたけれど、僕には彼女の言わんとしていることがわかった。
この魔法が成功すればきっと……多くの人が救われる。僕の存在自体がもう、国の未来を切り開く希望なのだ。
ベル達が行ってしまってから、僕は国のため精力的に働いた。活発な女人達に混じって、女人のための国づくりにたくさん意見を出した。「男の子なのに」と皆驚いていたっけ。
そんなある日……突然、ルシウスが家に帰ってきた。
血の気のない、泣き腫らしたひどい顔だった。
「ベルとトルテちゃんは? 皆無事に?」
そう聞くと顔を覆ったまま首を横に振り、そのまま部屋に閉じこもってしまった。我慢できずに城を訪ねると、トルテちゃんがすぐに謁見を許可してくれた。
城全体が沈んだ雰囲気だった。泣いている衛兵や侍女もいた。
「ベルは……?」
トルテちゃんもやはり何も答えない。僕は自分が泣き出していることに気付かないまま、跪いてトルテちゃんの肩に縋り付く。
「ベルは!?」
「…………もう、会えないの」
程なくして、国中にベルの訃報が広まった。国交のために旅立った先での事故だということだった。
国中の民に愛されたベルの葬式はそれはそれは盛大に執り行われた。ただ印象的だったのは、ジャオや子どもたちが一滴の涙も流していないということだった。
ルシウスはしばらくすると、だんだん元のルシウスに戻っていった。いや……少し、違うようにも見えたけど……それでも僕の前では明るく振る舞ってくれるようになった。僕は折を見て、立派に女体化した裸を披露した。ルシウスは息を呑んですぐに飛びついて来た。それから狂ったように連日、僕を抱いた。
妊娠するのに、そう時間はかからなかった。
僕たちの第一子は女の子。「ルリ」と名付けたのはルシウスだ。耳慣れない響きだったけれど、ミヤビさんに言わせればどうやらヤマト国の名付けに因んでいるらしかった。二人の名前から一文字ずつ取っているのかな、というのは数か月後に気付いた。(僕はそういうのには人一倍鈍感なので)
ルリが産まれてからというものの、ルシウスはぱったりと女遊びをやめた。女を相手に商売することもやめて、魔法研究や日常で使える魔法の普及で真っ当に金を稼いで来るようになった。
見違えるような変化は一見ルリのおかげにも思えたし、周囲にもそうもてはやされたけど、僕はどうしてもそうは思えなかった。
ルシウス、ヤマト国で一体何があったの。
ベルは……本当に死んでしまったの?
ルリを抱き上げているルシウスの横顔は、窓の外を向いていてどこかさみしそうだ。
時折、以前はなかったこの瞬間がある。きまってルリと触れ合っている時だ。
「ベルのこと、思い出しているの?」
僕が声をかけるとルシウスはビクッと肩を跳ねる。わかりやすい奴。
「コイツの顔見て? なんで!?」
すぐさま否定してルリちゃん愛でタイムに戻るルシウスはもう、何かを惜しむような悲痛な空気を纏っていなかった。
ルシウスとベル、絶対に何かあったんだろうな。もしかして……。
話してくれないからいろいろと想像してしまう。だけど僕はこれ以上追求しない。後ろから寄っていって、そのすらりとした背を力いっぱい抱き締めた。
「僕、今最高に幸せだよ。ルシウスは?」
「……ああ。俺も幸せ。愛してるよ、ユーリ」
「うん」
「世界で一番、大切に想ってるよ……」
世界で一番愛しているとは、言ってくれないんだね……。
それでも、ルリを置いて抱き返してくれるルシウスは今、僕のところにいる。それだけで十分なんだ。
あの親友は、生きているか死んでいるかもわからない。ルシウスとの秘密を抱えたまま消えてしまった。
ベル、ズルいよ。
だけど怒ってない。僕はこれで満足しているんだから。
だからもしも生きているなら、いつかもう一度……会えたらいいな。
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