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アングレ皇国霊脈都市フェッセン
アングレ一族を代々皇帝とする、建国500年以上の歴史を誇る国である。気候も穏やかな土地であり、農業、林業が主産業であったが、200年ほど前に発見された霊泉により、近年の工業発展は目覚ましい。
特に、霊力を効率よく送るために形成された、見事な蜘蛛の網状の霊脈と霊脈に沿って建てられた都市は整然として圧巻である。
過去、霊泉の発見に伴い、皇帝の居城が霊泉の真上に新たに築かれ、アングレ皇国の首都を遷都したのは皇国の歴史の中でも類を見ない英断であったと言えよう。
霊脈により供給される霊力を用いて、魔法が使えないものでも火や光を簡単に扱えるようになり、都市は益々活気付いた。
手で触れただけで炎を灯す道具が開発された際には、国中の料理人が狂喜したと言われている。
しかし一方で、様々な憶測が飛び交っているのもまた事実である。
本来の霊泉は地中から湧く温泉のようなものであるが、精々周辺の実りが少し豊かになる程度の霊泉しか発見された事が無かった。
その為、霊泉から無理矢理霊力を引き上げているのではと考える者も少なくなかったのである。
「霊力は世界の力、大地の力である。無理に奪い続ければ、いつか世界を損なう事に成りかねない。」
そう考えた者たちは訴え出たが、勿論聞き入れられる事はなく、次第に霊脈を破壊する等の行動を起こすようになり、いつしか「過激思想の持ち主」として厳しく取り締まられる対象となっていった。
フェッセンの地下に造られた空間を、男が歩いて居た。
コツリコツリと響く軍靴の音は、地下とはいえ広大に造られたそこで酷く響く。
黒髪を背中に流し、帯刀した男は、名をへデラ=アングレと言い、次代の皇帝となる可能性の最も高い継承序列にいる者で、この国の秘匿されている事実に心を痛めているひとりだった。
霊力によって発生している光源に照らされる廊下を進めば、酷い血臭に満たされているものの、銀の鱗粉の舞う酷く美しい、目的の場所に辿り着く。この空間自体に光源はないが、いつでもふわりと舞う銀粉が煌めき視界には不自由がない。
見上げれば、いつものように美しくも悲しい龍の巨体がそこにある。
自らの先祖が行った非道とも言える枷と鎖が食い込む身体は、また新たな傷を作ったのか、腕の亀裂が開いて血を溢れさせていた。
「礎の龍よ、動けば枷が食い込むと何度も申し上げたはずだが、また御身を傷付けられたのか」
静かな問い掛けに返ってくる言葉はない。
龍の伝承によれば意思疎通は心伝により行われるという。捕らえた時はまだ幼い龍であったと聞くが、現在はもはや成龍と言っても過言ではないだろう。
おそらく、此方の意思は伝わっている筈、と彼はここに来るたびに話しかけていた。
「また霊力爆破を行うのはおやめくださいね。前回のように地震程度で済めば良いですが、御身をこれ以上損なうのは見ていられません・・・。逃がして差し上げられない私が言うのも烏滸がましいですが」
悲しげに拳を握りしめ、語る言葉に龍が反応する様子は勿論なかった。
この都市の発展は、偏にこの龍を捕らえた事に端を発する。
伝え聞くところに拠れば、身籠った母親が何らかの理由で人里に降り、出産後すぐに死亡したらしい。そこに居合わせた娘が育てていたものの、手に余って皇城に貢物の一つとして献上されたものだったようだ。
当時の皇帝は、最強種とも言われる龍族からの報復を恐れはしたが、幼い龍から溢れる霊力に利用価値を見出した。
直ぐに龍には、その霊力を奪い続ける為の封枷がなされた。最初は、奪った霊力を元に身の回りの利便性を整える程度に留めていたが、龍の霊力が強くなるのは思いの外早かったのは誤算だったに違いない。
身の回りで使い切るには多過ぎる霊力は、余らせれば龍に力を蓄えさせる事になる為、使う先を増やさねばならなくなったのだ。
手始めに、新たに建設した居城内の霊脈を整え、消費先を増やした。
次には居城を中心として霊脈を整えて、都市に住む者達にも霊力を消費させた。
それでも、どうやって霊力を貯めたのか、酷く暴れて拘束を引き千切ろうとする事もあったが、近年では渾身の霊力を絞り出して自らを中心に爆発を引き起こすようになった。誰の目にも明らかに自殺が目的だとわかるものだった。
過去3度発生したそれは、回を重ねるごとにその威力を増しているらしく、一番新しい16年前の時には、立っているのも困難な程の地震を引き起こしたのを覚えている。
その為、より枷は大きく、鎖はその数を増やされたのだ。
16年前の爆発の際、まだ11歳であったへデラは初めてこの龍に対面した。
皇族への教育として、父である皇帝から直接伝え聞いていた龍に初めて会ったのは、焼け焦げたような臭いと、生臭い臭いが混じり合うこの空間だった。
倒れ臥す龍の巨体は至る所が焼け焦げ出血し、まだ幼い彼には怖ろしく見えたが、しかし、龍の金眼から溢れる涙に気付くと途端に怖ろしさは消え失せた。
替わりにやって来たのは、激しい憐れみであった。
ほたりほたりと溢れる涙を、今でも彼は忘れない。紛れもなく自分達の罪の姿がそこにあった。
「皇族として、いずれは民を守る王として、貴方の自由を奪い続ける事は申し訳なく思う。しかしいつか、貴方が外に出る以外で望む事があれば、私は何を置いても叶えよう。それが私に出来る唯一の贖罪だ」
何も答えない龍を目の前に、こうして話す事はもはや日課のようなものだった。
そして彼はまた政務に戻るべく、その場を後にした。
アングレ皇国霊脈都市フェッセン
アングレ一族を代々皇帝とする、建国500年以上の歴史を誇る国である。気候も穏やかな土地であり、農業、林業が主産業であったが、200年ほど前に発見された霊泉により、近年の工業発展は目覚ましい。
特に、霊力を効率よく送るために形成された、見事な蜘蛛の網状の霊脈と霊脈に沿って建てられた都市は整然として圧巻である。
過去、霊泉の発見に伴い、皇帝の居城が霊泉の真上に新たに築かれ、アングレ皇国の首都を遷都したのは皇国の歴史の中でも類を見ない英断であったと言えよう。
霊脈により供給される霊力を用いて、魔法が使えないものでも火や光を簡単に扱えるようになり、都市は益々活気付いた。
手で触れただけで炎を灯す道具が開発された際には、国中の料理人が狂喜したと言われている。
しかし一方で、様々な憶測が飛び交っているのもまた事実である。
本来の霊泉は地中から湧く温泉のようなものであるが、精々周辺の実りが少し豊かになる程度の霊泉しか発見された事が無かった。
その為、霊泉から無理矢理霊力を引き上げているのではと考える者も少なくなかったのである。
「霊力は世界の力、大地の力である。無理に奪い続ければ、いつか世界を損なう事に成りかねない。」
そう考えた者たちは訴え出たが、勿論聞き入れられる事はなく、次第に霊脈を破壊する等の行動を起こすようになり、いつしか「過激思想の持ち主」として厳しく取り締まられる対象となっていった。
フェッセンの地下に造られた空間を、男が歩いて居た。
コツリコツリと響く軍靴の音は、地下とはいえ広大に造られたそこで酷く響く。
黒髪を背中に流し、帯刀した男は、名をへデラ=アングレと言い、次代の皇帝となる可能性の最も高い継承序列にいる者で、この国の秘匿されている事実に心を痛めているひとりだった。
霊力によって発生している光源に照らされる廊下を進めば、酷い血臭に満たされているものの、銀の鱗粉の舞う酷く美しい、目的の場所に辿り着く。この空間自体に光源はないが、いつでもふわりと舞う銀粉が煌めき視界には不自由がない。
見上げれば、いつものように美しくも悲しい龍の巨体がそこにある。
自らの先祖が行った非道とも言える枷と鎖が食い込む身体は、また新たな傷を作ったのか、腕の亀裂が開いて血を溢れさせていた。
「礎の龍よ、動けば枷が食い込むと何度も申し上げたはずだが、また御身を傷付けられたのか」
静かな問い掛けに返ってくる言葉はない。
龍の伝承によれば意思疎通は心伝により行われるという。捕らえた時はまだ幼い龍であったと聞くが、現在はもはや成龍と言っても過言ではないだろう。
おそらく、此方の意思は伝わっている筈、と彼はここに来るたびに話しかけていた。
「また霊力爆破を行うのはおやめくださいね。前回のように地震程度で済めば良いですが、御身をこれ以上損なうのは見ていられません・・・。逃がして差し上げられない私が言うのも烏滸がましいですが」
悲しげに拳を握りしめ、語る言葉に龍が反応する様子は勿論なかった。
この都市の発展は、偏にこの龍を捕らえた事に端を発する。
伝え聞くところに拠れば、身籠った母親が何らかの理由で人里に降り、出産後すぐに死亡したらしい。そこに居合わせた娘が育てていたものの、手に余って皇城に貢物の一つとして献上されたものだったようだ。
当時の皇帝は、最強種とも言われる龍族からの報復を恐れはしたが、幼い龍から溢れる霊力に利用価値を見出した。
直ぐに龍には、その霊力を奪い続ける為の封枷がなされた。最初は、奪った霊力を元に身の回りの利便性を整える程度に留めていたが、龍の霊力が強くなるのは思いの外早かったのは誤算だったに違いない。
身の回りで使い切るには多過ぎる霊力は、余らせれば龍に力を蓄えさせる事になる為、使う先を増やさねばならなくなったのだ。
手始めに、新たに建設した居城内の霊脈を整え、消費先を増やした。
次には居城を中心として霊脈を整えて、都市に住む者達にも霊力を消費させた。
それでも、どうやって霊力を貯めたのか、酷く暴れて拘束を引き千切ろうとする事もあったが、近年では渾身の霊力を絞り出して自らを中心に爆発を引き起こすようになった。誰の目にも明らかに自殺が目的だとわかるものだった。
過去3度発生したそれは、回を重ねるごとにその威力を増しているらしく、一番新しい16年前の時には、立っているのも困難な程の地震を引き起こしたのを覚えている。
その為、より枷は大きく、鎖はその数を増やされたのだ。
16年前の爆発の際、まだ11歳であったへデラは初めてこの龍に対面した。
皇族への教育として、父である皇帝から直接伝え聞いていた龍に初めて会ったのは、焼け焦げたような臭いと、生臭い臭いが混じり合うこの空間だった。
倒れ臥す龍の巨体は至る所が焼け焦げ出血し、まだ幼い彼には怖ろしく見えたが、しかし、龍の金眼から溢れる涙に気付くと途端に怖ろしさは消え失せた。
替わりにやって来たのは、激しい憐れみであった。
ほたりほたりと溢れる涙を、今でも彼は忘れない。紛れもなく自分達の罪の姿がそこにあった。
「皇族として、いずれは民を守る王として、貴方の自由を奪い続ける事は申し訳なく思う。しかしいつか、貴方が外に出る以外で望む事があれば、私は何を置いても叶えよう。それが私に出来る唯一の贖罪だ」
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そして彼はまた政務に戻るべく、その場を後にした。
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