天寿の全うが目標です

もやし

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会いたい
会えない



悔しい
憎い



愛しい
哀しい




生きて欲しい
生まれてこないで欲しい




生きて




生きて







・・・・・死ぬ事も出来ず、すまない

















 首都フェッセンで小規模ながら地震が起きたのは、夏も近づいた夕方の事だった。
立つには不便がなく、カップに注いだ紅茶が漣を立てた程度のものであったため、気付かぬ者も多かった。
その為、街に住む者で地下空間に異変が起きたと察した者は居なかった。

地下空間では囚われている龍が低い唸り声を上げ、渾身の力で枷を引き千切り立ち上がらんとしていた。
枷の食い込む四肢から、ぶしゅりぶしゅりと鮮血が溢れても止まらない。
背の翼を覆い尽くす鎖は、その巨体を抑えつけ、霊力を奪う役割を果たすべく、淡く発光しながらもギチギチと嫌な音を立てている。

 軍議の最中に異変を感じ、いち早く駆けつけたへデラは衛兵に指示を飛ばしていた。その周囲に皇帝傘下の魔法使いが慌ただしく集い、封枷を解かれないよう詠唱を開始する。

「在庫全ての麻酔薬を運ばせろ!届き次第順次、龍の負傷部位に昏倒するまで打ち込む!急げ!!!」

 血で滑りそうになりながらも立ち上がろうとしていた龍の巨体から、一際大きなゴキリという異音が響くと同時に、その巨体が傾いで倒れ込んだ。
地震のような衝撃が当たりに響く。
右前脚の枷が遂に骨を折ったらしく、血に濡れた骨が皮膚を突き破り飛び出していた。
 痛みを感じていないわけではないはずなのに、それでも爛々と輝く瞳は衰えず、再び体勢を立て直さそうとして、左脚を地面に食い込ませた。


この姿に16年前の出来事が重なり、へデラは胸騒ぎを覚えた。
常日頃、この瞬間の為に霊力を蓄えているのだとすれば。
記録されている爆発の被害は、回を重ねる毎にその程度を増している。次はいかほどの被害となるだろうか。
遂にこの龍は死を遂げるかもしれない。

 龍のためならば勿論ここで死なせてやるべきだが、国を治めるものとしては、死なせるわけにはいかない。
もう後戻りする事は出来ないのだ。

「なんとしても止めるぞ!兎に角、霊力を奪え!!」

自身も魔法を行使し、噎せかえるような血の匂いに吐き気さえ覚えながら、噴き出る汗を乱暴に拭う。
奪えども奪えども、何処から湧いて出るのか不思議なほど霊力が途切れない。
命を削るかのような龍の抵抗は、常に霊力を極限まで奪われているものとは思えなかった。

そこへ医務室へ向かっていた衛兵の一人が走り込んで来た。簡易的な礼をとって報告する。
「麻酔薬到着しました!射て投薬出来るよう注射器ごと矢先に固定し、順次射たせます!」
「わかった。投与量について医務官は何か言っていたか?」
「注射器一本で大男一人容易く昏倒する物だと。龍相手にどれだけ効くかについては、皆目見当もつかぬと言っておりました」
「では、封枷で出血している部位を狙って射ることとしよう。弓術に覚えのある者は前に出て準備してくれ」

 数人の衛士が進み出て準備にかかるのを横目で見つつ、龍に向き直れば、忌ま忌ましそうにこちらを見る金眼と目があった。
龍の尻尾が大きく振られ、麻酔薬を持つ者たちに向かい振り下ろさんとするが鎖に阻まれ届かず、金眼は更なる怒りの色を帯びていた。

「龍はやはり、此方の言うことを理解しているようだな」

「龍族は、母親の胎内にいる時から知識を受け継ぐ種族であり、この世に出た瞬間には既にある程度の思考や会話は可能であると聞きます。この龍、我らが思うよりも遥かに聡明なのやもしれませぬな」

 独り言のつもりだったが、いつのまにか駆けつけていた医務官のオステオが隣で言葉を続けた。
齢70を越える者であるが、その知識は深く、へデラの幼い頃から皇帝に仕える忠実な男であった。

「あぁ、麻酔で息が止まっては問題となりましょう。様子を伺いつつ、慎重にいきませんとな」

矢をつがえる衛士を見つつ、へデラに告げる。

「ではその役、お前に任せる。指示をせよ」

「畏まりまして。いやはや、龍に麻酔薬を打ち込めるとは楽しい事もあるもんですな。これだから宮仕えは悪くないもんなんですよ」

ふぉふぉふぉと、オステオは老獪さを滲ませ笑った。





 それから夜半まで続いた攻防は、優に100人は昏倒できるほどの麻酔薬を打ち込む事で、漸く一旦の収束を見せた。
今、龍の巨体はいつもと同じように地に伏せている。
麻酔によって息が止まってしまわないか、当初は心配していたが、そんな心配など要らなかったほど、たかだか数本の麻酔薬では全く止まる気配すらなかった。
麻酔薬が切れる前に止まってくれて助かった。

封枷の術を行使する魔法使い達も、しばらくは使い物にならないほど魔力を消費したらしく、そこかしこで項垂れている。中には倒れ込んでいる者もいた。

「あれ程の封枷に加え、麻酔薬を打ち込んでも止まらぬとは、龍とはやはり末恐ろしい生き物だな・・・」

この龍が解き放たれた時、もしくはこの龍が死んだ時のいずれかがこの国の終わり時となる。果たしてどちらが先となるだろうか。
出来れば何も知らぬ国民の犠牲がない後者である事を祈る。
へデラの落ち込んだような呟きに対し、オステオは実に満足そうに笑っていた。

「ここまで止まらぬとは実に面白い。弱ってはいても、流石は龍族といったところですな。いやぁ、この都市の根幹でさえなければ解剖してやったものを、残念残念」

 意識を失い倒れるその瞬間まで、龍は足掻く事をやめず、もはや血で濡れていない箇所など無いほどにボロボロの有様であった。美しい翼も所々破れ穴が開いている。
それでも頭をもたげ、地下空間にありながら空を仰ぐような仕草を思い出し、へデラは胸が潰れるような気持ちであった。

 いくら自己治癒力に優れた種族であったとしても、完治には時間がかかるだろう。
ましてや、治癒の元となる霊力を奪われている状態で、治るのにいつまで掛かるだろうか。

 しかし、抑えつけたとは言え、へデラは違和感も覚えていた。

「今回はあくまで逃げる事が目的だったのか?」

 自爆しようと思えば、力の消耗の少ない最初の段階でやったのではないだろうか。
16年前の騒ぎの際の状況はどうであったのだろうか。
今一度記録を見返すことと、暫くは監視を強化せねばと考えつつ、取り急ぎ皇帝への報告に向かうべく彼はその場を後にした。


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