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第四十話
どこだ? ここ。これは、マジで拙いかも……
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央雅?! そ、そんな……。どういう事だ? ごめん、央雅、皆。制止を聞かずに単独行動しちまった……いや、待て待て、焦るな、いや焦るわ無理だパニック……。足は、ついさっきまであった筈の車椅子を求めてフラフラと歩き出している。
「おにぃたん、ひ、ボ-ボ-」
子供は腕の中で無邪気に見上げ、ニコニコしながらそう言った。
「シ-ッ、たよ。はいはい、火ね」
右人差し指を自らの口にあて、囁くように答える。少し息が切れてきて、ゴホ、コンコン、と軽い咳が出る。静かにしないといけないのは俺の方だな。キョトンと首を傾げる子供。ふわふわした黄土色の髪が顎のあたりまで伸び色白でパッチリした枯草色の目をした、なかなか可愛らしい子だ。黄色のトレーナーにオレンジのパンツ、赤いスニーカー姿が暗い森によく目立つ。三歳くらいか……。
とにかく、この子だけでも逃がさないと。ゴホ、ゴホッ、コンコン……少し咳が出始めたか? 少し走ったくらいで、情けない、こんな時に勘弁してくれよもうっ! でも、闇雲に逃げるのは危険だ。第一、もうバレてたよな。とは思うものの、足は森の奥へと突き進んで行く。心と体が自己一致不可状態、相当パニックになっている証拠じゃないか。足元がおぼつかなくなる程暗い森なのに。ゴホッ、コンコン……しっかりしろ、俺。追い付かれる前に、何か対策を考えないと……
「コンコン、ゴホッ……ボク、お名前は?」
駄目だ、アカンわ……完全に現実逃避じゃん、何聞いてるんだ、俺。
「セディ」
「そっか。俺は惟……ゴホ、ゴホゴホッ……」
「まさか、この期に及んで逃げられるなんて思ってはいないでしょうね?」
背後から、少ししわがれたおっさんの声。何だかおねぇキャラを思わせる声色が響いた。コンコンと軽く咳き込みながら素直に立ち止まる。……ほーらな、追い付かれた。手の平で弄ばれたな……
「コンコン、ゴホッ……あはは、ですよねー、ゴホッ」
愛想笑いという名目の苦笑を浮かべ、ゆっくりと後ろを振り返った。ひっ! 悲鳴を呑み込む。そこには身の丈三メートルはあろうかと思われる二足歩行の山羊がいたのだ! 消し炭色のローブを身に纏っている。頭の角は両こめかみのあたりからと頭頂部の三本生えており、いずれは黒くて巨大だ。こめかみから生えている角は大きく後ろに弧を描き、頭頂部の角は真っ直ぐにそびえ立っている。ゴホッゴホッ……くそ、咳が邪魔だ。
「鬼ごっこは終わりよ。来なさい」
二足歩行のおねぇ牡山羊は……いや、もしかして牝山羊かもしれない……そう言って右手を伸ばした。爪が真っ黒で、十センチは伸ばされている。拙い! 首をはねられる! 子供を全身で庇おうと包み込むようにして抱き締めた。……と思ったら、首の後ろ、襟首を捕まれただけだった。ゴホゴホコホッ……すぐに殺さないあたり、もしかしたら交渉出来るかもしれない。落ち着け、この子を保護者の元に届けて、俺も皆のところへ帰るんだ! 央雅は目の前で俺を見失い、リアンも行かせた自分を悔い、レオとノアも心配しているだろう、王子も……ホントごめん、皆。あれ? だけどこの三本角の二足歩行の山羊、どこかで……?
少し歩くと、オレンジ色の灯りが見えて来る。キャンプファイヤーだ。「ぼーぼっ、ひ、きゃはっ」子供、セディは無邪気にはしゃぎ始めた。うん、全然怖がってない。この子、将来絶対大物になるぞ! コンコン、ゴホゲホッ……頼むから咳き込まないでくれよ、力を貸してくれ、『オーロラの涙』。胸のペンダントに意識を向けた。
見つかった場所に着いた。一目見てギョッとした。キャンプファイヤーを囲って踊り狂っていた魔物たちは、一か所に集まり一斉にこちらを見ていたからだ。キャンプファイヤーの炎から時折パチパチと火の粉があがる音以外、シーンと静まり返っている。
コホコホ、コンコン……咳の音が森にこだまする。ちょっと息苦しくなって来たのは緊張しているせいだな。落ち着け、恐怖に呑み込まれたら負けだ! あっちの世界での生きている人間の欲望むき出しの悪意の方が、魔物なんかよりもよっぽど恐ろしかったじゃないか! そうだ、セディを見習え。「ワンワン、とりさん、いっぱい」なんて魔物たちを指差して大喜びしている。確かに、犬や鳥をおどろおどろしくしたような魔物、いるなぁ。
「さて、と。どうしてここに入って来れたのかその理由をお聞かせ願いましょうか」
未だに襟首を掴んでいる二足歩行の山羊はそう言った。思い出した! 悪魔が登場する小説を書いた時に資料で見た事あるぞ。牡山羊だ! 名前をレオナール。サバトの総帥、第一級魔神だ。資料が本当なら、闇側の神だ。よく見ると、集まっている魔物たちの中に資料に出て来たまんまの見た目の奴もいる。それならイチか、バチか、やってみる価値はありそうだ。
「……お楽しみのところを、お邪魔してしまったようで本当に申し訳ございません」
まずは心からの謝罪だ。ペコリと頭を下げた。このまま咳だけは治まっててくれよ。
「たまたま『月祭り』にやって来たところ、この子が一人で森の奥に行くのを見かけて、保護者とはぐれたのかと心配になって追いかけたらこちらに来ていました。戻ろうとしても、何もかもが消えてしまって。途方にくれていたところです」
どうだ? 反応は。シーンと静まり返ったまま、誰も一言も発しない。しくじったか? だがまずは状況を正直に伝えねば。落ち着け、反応を見てから言葉を選んで発言するんだ! コホッ、コンコンコホッ……これ以上咳き込まないでくれ、頼む! 願いも虚しく、ゴホゴホッコンコン、コホッゴホ……咳き込み始めた。子供がズシリと重く感じる。
「にいたん、どした?」
セディが心配そうに覗き込む。ごめん、もう抱いて立つの、無理っぽい。なるべく丁寧に子供を抱き下ろすと、そのまま地面に四つん這いになるようにして右手で口元をおさえ、咳き込む。王太子殿下の時みたいに、助けはまず、期待出来ない。……く、くるし……これは……マジで、拙いかも……
「おにぃたん、ひ、ボ-ボ-」
子供は腕の中で無邪気に見上げ、ニコニコしながらそう言った。
「シ-ッ、たよ。はいはい、火ね」
右人差し指を自らの口にあて、囁くように答える。少し息が切れてきて、ゴホ、コンコン、と軽い咳が出る。静かにしないといけないのは俺の方だな。キョトンと首を傾げる子供。ふわふわした黄土色の髪が顎のあたりまで伸び色白でパッチリした枯草色の目をした、なかなか可愛らしい子だ。黄色のトレーナーにオレンジのパンツ、赤いスニーカー姿が暗い森によく目立つ。三歳くらいか……。
とにかく、この子だけでも逃がさないと。ゴホ、ゴホッ、コンコン……少し咳が出始めたか? 少し走ったくらいで、情けない、こんな時に勘弁してくれよもうっ! でも、闇雲に逃げるのは危険だ。第一、もうバレてたよな。とは思うものの、足は森の奥へと突き進んで行く。心と体が自己一致不可状態、相当パニックになっている証拠じゃないか。足元がおぼつかなくなる程暗い森なのに。ゴホッ、コンコン……しっかりしろ、俺。追い付かれる前に、何か対策を考えないと……
「コンコン、ゴホッ……ボク、お名前は?」
駄目だ、アカンわ……完全に現実逃避じゃん、何聞いてるんだ、俺。
「セディ」
「そっか。俺は惟……ゴホ、ゴホゴホッ……」
「まさか、この期に及んで逃げられるなんて思ってはいないでしょうね?」
背後から、少ししわがれたおっさんの声。何だかおねぇキャラを思わせる声色が響いた。コンコンと軽く咳き込みながら素直に立ち止まる。……ほーらな、追い付かれた。手の平で弄ばれたな……
「コンコン、ゴホッ……あはは、ですよねー、ゴホッ」
愛想笑いという名目の苦笑を浮かべ、ゆっくりと後ろを振り返った。ひっ! 悲鳴を呑み込む。そこには身の丈三メートルはあろうかと思われる二足歩行の山羊がいたのだ! 消し炭色のローブを身に纏っている。頭の角は両こめかみのあたりからと頭頂部の三本生えており、いずれは黒くて巨大だ。こめかみから生えている角は大きく後ろに弧を描き、頭頂部の角は真っ直ぐにそびえ立っている。ゴホッゴホッ……くそ、咳が邪魔だ。
「鬼ごっこは終わりよ。来なさい」
二足歩行のおねぇ牡山羊は……いや、もしかして牝山羊かもしれない……そう言って右手を伸ばした。爪が真っ黒で、十センチは伸ばされている。拙い! 首をはねられる! 子供を全身で庇おうと包み込むようにして抱き締めた。……と思ったら、首の後ろ、襟首を捕まれただけだった。ゴホゴホコホッ……すぐに殺さないあたり、もしかしたら交渉出来るかもしれない。落ち着け、この子を保護者の元に届けて、俺も皆のところへ帰るんだ! 央雅は目の前で俺を見失い、リアンも行かせた自分を悔い、レオとノアも心配しているだろう、王子も……ホントごめん、皆。あれ? だけどこの三本角の二足歩行の山羊、どこかで……?
少し歩くと、オレンジ色の灯りが見えて来る。キャンプファイヤーだ。「ぼーぼっ、ひ、きゃはっ」子供、セディは無邪気にはしゃぎ始めた。うん、全然怖がってない。この子、将来絶対大物になるぞ! コンコン、ゴホゲホッ……頼むから咳き込まないでくれよ、力を貸してくれ、『オーロラの涙』。胸のペンダントに意識を向けた。
見つかった場所に着いた。一目見てギョッとした。キャンプファイヤーを囲って踊り狂っていた魔物たちは、一か所に集まり一斉にこちらを見ていたからだ。キャンプファイヤーの炎から時折パチパチと火の粉があがる音以外、シーンと静まり返っている。
コホコホ、コンコン……咳の音が森にこだまする。ちょっと息苦しくなって来たのは緊張しているせいだな。落ち着け、恐怖に呑み込まれたら負けだ! あっちの世界での生きている人間の欲望むき出しの悪意の方が、魔物なんかよりもよっぽど恐ろしかったじゃないか! そうだ、セディを見習え。「ワンワン、とりさん、いっぱい」なんて魔物たちを指差して大喜びしている。確かに、犬や鳥をおどろおどろしくしたような魔物、いるなぁ。
「さて、と。どうしてここに入って来れたのかその理由をお聞かせ願いましょうか」
未だに襟首を掴んでいる二足歩行の山羊はそう言った。思い出した! 悪魔が登場する小説を書いた時に資料で見た事あるぞ。牡山羊だ! 名前をレオナール。サバトの総帥、第一級魔神だ。資料が本当なら、闇側の神だ。よく見ると、集まっている魔物たちの中に資料に出て来たまんまの見た目の奴もいる。それならイチか、バチか、やってみる価値はありそうだ。
「……お楽しみのところを、お邪魔してしまったようで本当に申し訳ございません」
まずは心からの謝罪だ。ペコリと頭を下げた。このまま咳だけは治まっててくれよ。
「たまたま『月祭り』にやって来たところ、この子が一人で森の奥に行くのを見かけて、保護者とはぐれたのかと心配になって追いかけたらこちらに来ていました。戻ろうとしても、何もかもが消えてしまって。途方にくれていたところです」
どうだ? 反応は。シーンと静まり返ったまま、誰も一言も発しない。しくじったか? だがまずは状況を正直に伝えねば。落ち着け、反応を見てから言葉を選んで発言するんだ! コホッ、コンコンコホッ……これ以上咳き込まないでくれ、頼む! 願いも虚しく、ゴホゴホッコンコン、コホッゴホ……咳き込み始めた。子供がズシリと重く感じる。
「にいたん、どした?」
セディが心配そうに覗き込む。ごめん、もう抱いて立つの、無理っぽい。なるべく丁寧に子供を抱き下ろすと、そのまま地面に四つん這いになるようにして右手で口元をおさえ、咳き込む。王太子殿下の時みたいに、助けはまず、期待出来ない。……く、くるし……これは……マジで、拙いかも……
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