その男、有能につき……

大和撫子

文字の大きさ
167 / 186
第百十四話

忘却の彼方・中編

しおりを挟む
 伽羅の深みのある上品な甘さか、包み込むように香る。国王の銀の髪が、サラサラと簾のように俺の右頬を流れる。国王の髪も、服も、微かに伽羅の香りがするのだと今更ながら感じた。

 ……気掛かりな事……何を、どう伝えたら良いのだろう?

 銀灰色の瞳は、柔らかな光を湛えて見つめている。その光に、迷いの影は見受けられない。話してみようか? 少しずつ、様子を見ながら。

 ふと、後頭部に国王の鼓動の響きを再確認する。以前聞いた時より、鼓動が早まっている気がする。緊張しているのだろうか? 俺が何を言うのか……。やはり、国王が悪い方には見えない。ただ、幼少期の環境から、人を愛する事も愛される事も知らずにきただけで。

 だからと言って、俺が愛され方や愛し方を知っている訳ではないけれども。むしろ、愛する事も愛される事もとうの昔に諦めて生きてきたのだ。

 少しの間逡巡した後、思い切って口を開く。

「……やはり、気になるのです。記憶が抜け落ちているような気がする部分が」

 慎重に、慎重に……様子を窺いながら……

「それと……その……」
「どうした? 申してみよ」

 これは、言ってみても大丈夫だろうか? 少しぼかして話してみようか……

「彩光界について、まだ何も理解出来ていないような気がして。先ずは一般的な知識を覚えようとインターネットで調べてみたのですが……」

 銀灰色の双眸が、揺れる。湖面に浮かぶ月が、風にたゆたうように。

「検索範囲が決まっているようで。その検索範囲の基準が今一つよく分からない、と言いますか……」

 とうとう話してしまった。オブラートに包みきれてないのに。だが、致し方ない。自らの意思を貫くに為には、全ての人の賛同を得る事など無理だという現実把握は必要不可欠だ。

 つまり、あちらにもこちらにも良い顔は出来ない訳で。そう言えば、俺の事を『八方美人』と言ったのはダニエルだったか、ハロルドだったか……。元居た世界でもそう言われて来たから、きっと、そうなのだろう。

「なるほどな……」

 国王は遠くを見つめるような眼差しを向けた。

「……この世界には、知るべき情報と知らなくて良い情報と、大きく分けて二通りあるのだ」

 抑揚の無い声で続ける。瞳は正面を見つめたままだ。そのまま静かに耳を傾ける。

「世の中を出来るだけ平穏に保つには、情報管理をしっかりと統制する事が必要でな……」

 淡々と、まるで感情が抜け落ちたかのように言い続ける国王に違和感を覚える。

「そなたも、こちらの世界に来て間もない。まだ知らなくて良い情報、今は知らなくて良い情報と沢山あるのでな……」
「国王陛下?」
「……故に、そなたには情報規制をかけているところがあるのだ」

 変わらず淡々と続ける様子に、心ここに有らずなのだと気付いた。何かがおかしいような……?

「私に情報規制を?」
「そうだ。最初に伝えておくべきだったな。すまなかった」

 そう言って国王は、漸く俺に目を合わせた。痛みを耐えたような眼差しに、再び違和感を覚える。

「国王陛下?」
「そなたの場合は、特殊な例で。私が見せたくない、知らせたくない情報を規制している、と言うべきだろうな」
「……その、知らせたくない情報とは……?」

 にわかに激しく打ち付ける鼓動。心の中で、ペンダントとブレスレットに素早く記憶の保護を願う。

「『忘却の彼方』に届ける、と言っておこうか」

 と、国王は背筋がゾクッと寒気を覚える程の冷たい笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...