その男、有能につき……

大和撫子

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第百十九話

恋ぞつもりて……・後編

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「……弟との初顔合わせはエターナル王家の図書室だった」

 国王はゆっくりと語り始める。記憶を手繰り寄せるように、そしてどこか懐かしそうに……。

「……様々な風評にげんなりしつつも、いい加減に慣れて来た頃でな。何しろ、そなたが居た世界の本も、この世界の本も両方揃っているので読む物には事欠かない。更に幸いにして王室の図書館は、滅多に出入りする者も居ない上に静かで。色々な情報や創作物語を読めるので気に入っていたのだ。物語を読んでいる時はその世界に入り込める。そうする事で、現実逃避をしていたのだろうな。ある時、何か変わった物語がないかと別のジャンルの棚を探していたのだ……」


**********

 あれ? お日様の光?

 その一か所だけ、日溜まりのように輝いていた。不思議に思って近づくと……陽の光をそのまま絹糸にいたような髪を持つ天使がいた。

『……天使、ですか?』
 ……あぁ、何だか分かる気がする。小さい頃のラディウス王子、すごく可愛かっただろうなぁ……

 そう、その通りだ。ありとあらゆる幸運と愛情を、幸福を集めて出来たかのような使。その頃の私は純粋に、本当にそう感じた。あやつは私を見るなり、破顔した。本当に嬉しそうに。純粋無垢な微笑みとはこういう事を言うのだ、と、まさに『目から鱗』が落ちた思いがした。

 これまでは、母上や私の前では取り繕う笑みを浮かべる者しか居なかった。父上でさえも。リアンは元々ポーカーフェイスで喜怒哀楽を露わにしない性質たちだったしな。全く皮肉なものだ。

 けれども同時に……この幼子とは私とに位置する存在なのだとも感じた。光と影、幸福と不幸、幸運と不運、喜びと悲しみ、慈愛と憎悪、期待と無関心、憧れと嫉妬、善と悪……相反する二つの両極の要素で成立する世の中だ。幽世かくりよとなれば、光の側しか存在しないと言われているが、皆目見当もつかない。何しろ実際に行ってみた事がないからな。

 知ってはいたけれども、こうして自分と対極の位置にある存在を目の当たりにすると、非常に複雑な心境だった。あやつは幸福や喜び、祝福、愛情、幸運……全ての光で包み込まれていた。

 だが、当時は互いの立ち場など知らぬ。今まで母上とリアン……大人としか接して来なかった私は、子供同士で接するのは大変に新鮮で、そしてワクワクしたものだ……。私たちは異世界……まぁ、そなたの居た世界の『古典』と飛ばれる世界に魅せられていった……。


**********


 国王はそこで一旦話を止めた。そして夢から醒めたように俺を見つめる。少しだけ、トクンと鼓動が跳ねる。何のしがらみもなく出会った異母兄弟。引き裂かれた瞬間は何だったのか……想像するだけで胸が締め付けられる。

「……陽成天皇は、引退、いや譲位させられて陽成院となってからの方が幸せだったのではないかと思うのだ。筑波嶺つくばねの峰より落つる男女みなの川恋ぞつもりて淵となりぬる。この和歌を捧げた相手は、退位させられた後に帝となった光孝天皇の娘御。その後、想いを実らせて后にしている……」

 刹那、銀灰色の双眸が熱を孕んで銀色に揺らめいた。

「最初は、弟への対抗心からそなたに興味を持った。奪ってやって弟の泣き顔をみたいと思った。……だが、そなたの内面を知るにつれて、少しずつ惹かれていった。……筑波嶺つくばねの峰より落つる男女みなの川恋ぞつもりて淵となりぬる……この和歌は、そのままそなたに捧げたいと思う」

 はっきりと宣言するように言い切ると、射抜くようにして見つめた。思わず、息を呑む。あまりに唐突の言葉に、どう応じたら良いのか全く思い付かず、文字通り思考と身体がフリーズした。


 
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