天使と悪魔の新解釈「見習い悪魔は笛を吹けるか?」

大和撫子

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第三十六話

暗雲・その一

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 その夜、眠る直前にベリアルからテレパシーが届く。『魔王様は明日ならいつでも大丈夫だ』と言う事だった。
よって、朝10時に迎えに来る、との事だ。気になるのは、

「しばらくは、俺がお前の部屋に直接迎えに行く。それまでは、部屋で待機して外には出るな」

 と念を押された事である。少し不思議に感じながらも、素直に頷く恵茉であった。


 その頃、ベリアルはアミーの元に来ていた。骸骨に囲まれた洞窟のような場所だ。アミーの部屋である。アミーは炎の恐ろしい本来の姿ではなく、優男に変化したままだ。

「寛いでる時に、突然済まないな。要件だけ済ませたら、すぐ帰る」

 ベリアルは本当に申し訳なさげに言う。

「どうした? いつも無遠慮なお前に似合わんぞ。まぁ良い。それだけ緊急事態なんだろ? 何があった?」

「有難い。時間があまりないから、単刀直入に言おう。恵茉のことをレオナールが狙っているらしい。その理由を占って欲しい。勿論、タダでとは言わない。欲しいものを言ってくれ。出来るだけ希望に添えるようにする」

 急き込んでベリアルは話し出す。驚きつつも、アミーはすぐにタロットをシャッフルし始めた。

「やはり、パートナー絡みだったか。レオナール、黒魔術・妖術・秘術のエキスパート…俺も魔術、精霊使いだが、厄介だな。出来るだけ力になろう。恵茉は俺の愛弟子だしな」

 素早くタロットを展開する。そしてすぐに鑑定結果を伝え始めた。

「……私怨。これは恵茉にじゃない。お前にだ。かなり大昔の恨み。虎視眈々とお前への復讐を狙ってきた。恨み……いや、逆恨みだな。地位、魔王絡みだ。心当たりはあるだろう?」

 ベリアルはハッとしたように目を見開いた。

「大昔? 逆恨み? まさか、堕とされた時たまたま俺と一緒に居て、奴は二足歩行の雄山羊そのものの姿に変えられちまった事。ルシファーの側近に名乗り上げたのに、ルシファー自らが俺を指名した事。この事じゃないだろうな?」

 アミーは左手で一枚、タロットを引く。カードは「正義・正位置」を示した。

「ビンゴだ!」

 アミーは答える。

「ヤツからしたら、積年の恨み、今晴らさないでおくべきか! てとこだろうな。恵茉というアキレス腱が出来た今が絶好のチャンス、といったところか。気を付けろよ、意表をつく、と出てる」

「有り難う。助かった。お礼は何を……?」

 必死な様子のベリアル。

「いらんよ。愛弟子に関する事じゃないか。それに……」

 アミーは再びタロットをシャッフルして一枚を引いた。示したカードは『悪魔・正位置』である。

「レオナールは黒幕じゃない」

 そしてもう一枚を引く。示したカードは『マジシャン・正位置』である。

「……こいつは良いように使われているだけだ」

 と、アミーは眉をひそめた。

「なるほどな。レオナールがラスボスとなると、ちょっと弱っちい感じだもんなぁ。やはり、他にいるのか」

 ベリアルは肩をすくめた。

「あぁ、その件についても何とかしないと根本的な解決にはならんぞ」

 アミーは諭すように言った。

「そうだな、分かった。近い内、打ち合わせしよう。有り難う。恩に着る」

 深々と頭を下げ、サッ消えた。

「無茶はするなよ? お前にもしもの事があったら、恵茉が困るだろう?」

 ベリアルが消えた場所に向かって、アミーは呟いた。



「レオナール、ですか。私怨、ね。案外、恨みなんて他者からみたらそんな感じかもしれませんよ」

 と彼は言った。落ち着いて低くハスキーな声の持ち主だ。あれからすぐに、ベリアルは錬金術と幻術のエキスパート、ハーゲンティの部屋に来ていた。 二十畳くらいの広さの、ビクトリア王朝を思わせる豪華な部屋だ。シャンデリアが、優雅に赤い絨毯を照らす。

「やはり黒幕は他にいるらしい」
「……でしょうねぇ」
「後日、皆で色々話そう」
「了解しました。……で、私に頼みたい事とは?」

 ベリアルに穏やかな眼差しを向ける。

「レオナールが本気で術を仕掛けた場合、俺の魔剣で対応可能だろうか? もし、無理なら対応出来るものを創って欲しい」

 と自らの剣をハーゲンティに差し出した。ダークグレーの剣。束にも刃の部分にもルーン文字が彫られている。

「失礼致します」とハーゲンティは両手でそれを受け取ると、ジッと観察を始めた。やがて慎重な面持ちで切り出す。

「お見事、さすがです。このままでも対応は可能でしょう。強いて言うなら、敵の魔術を無効化するパワーを、
付け加えても良いかもしれません」

「そうか! 急ですまないが、明日の午前9時間までに頼めるか?それと、同じのをもう一つ、もう少し小さめで軽いものを創って欲しいのだが……」

 やや遠慮がちなベリアル。

「なるほど、何か緊急を要するのですね。レオナールとは交流はありませんが、我々に取っては良い噂は聞きません。反則行為で人間を堕落させるとか、仲間の葦を引っ張るとか。同じ魔術を使うもの同士、一度、奴の腕前を拝見してみたかったのでちょうど良い。出来得る限り、最高のものを作成させて頂きます」

 ハーゲンティは頭を下げた。

「有難う! 助かるぜ。代金はいいだけ請求してくれな」

 ベリアルはホッとしたような表情を浮かべた。

「お代は入りませんよ。ベリアル様は私を全面信頼し腕を見込んで全てを任せて頂けた。それだけで十分です。明日、指定時間までにはお届けにあがりますので」

 ハーゲンティは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「そうか。済まない。有難う!」

 ベリアルは丁寧に頭を下げ、掻き消えるようにして消えた。

「お任せを」

 彼が消えた空間に向かって、ハーゲンティは静かに呟いた。
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