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第三十七話

恵茉、魔王ルシファーと対面す!・後編

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 恵茉が落ち着いてきたのを見計らって、魔王は話を続ける。ゆっくりと、そして穏やかに。
  
「②、神々は人間をなんだかんだと愛している。だからその愛する人間が自滅の道を歩み、滅んでいくのは、神への最高の復讐に繋がるからだ。案外、天界の者も都合良いんじゃないか? 魔族のお陰で、人間にしてみれば神や天使は正義と映る訳だからな。③、今話した通り、神と言われる存在は実にいい加減で気まぐれだ。人間に人気の幸運の女神とやらも、実に気まぐれだ。気分次第で適当に幸運をばら撒く。その人間の普段の行いやら善人やら悪人やらそんな事は一切無関係だ。だから、お前がずっと疑問に感じていたこともこれで俯に落ちるだろう。『真面目な奴より、狡賢い人間の方が人生上手くいくような気がする』、それはそうだ。神々は実に気紛れだし、人間にとっての善悪なんて眼中にないからな。だが、ごく僅かだが生真面目な神はいるにはいる。直接宇宙のバランスを損ねる可能性の高いものを司るもの、『死神』『閻魔大王』『時の神クロノス』くらいであろう。閻魔については神というより王だが、まぁ私も王だがな」

 恵茉は目を大きく見開いて魔王を見つめている。瞳は濡れているが、興味深そうな輝きも秘めている。

「なるほど。物凄く納得しました。そっかぁ、神様ってやっぱり適当でいい加減なんだぁ。そっかぁ」

 何度も何度も頷きながら。

(そしたら、天使さんたちは気まぐれな神様たちに振り回されて大変ねぇ。逆らったら堕とされちゃうし)

 心から同情した。魔王やベリアルにはその様子が手に取るように伝わり、笑顔で恵茉を見つめた。そして魔王は話を続ける。

「④そうだな、同じ見解だ。彼らの話を踏まえつつ、私の見解を付け加える事にする。付け加えるなら、人は皆、別人にはなれない。分かり易く言えば、恵茉は恵茉にしかなれない。別人であろうとあがく人間どもが多いが、幸せの形や成功の形は人それぞれだ。ワクワク、キラキラ、有名、地位、名誉、金。これは世間が作り上げた虚像の成功の形だ。また、スピリチュアルとやらでよく言われる『自分らしく輝く』とは、誰もが上記のようになる事ではない。勿論、それが適するものもいるが、例えば、組織の中にいてこそ、力を発揮するものもいる。それは潤滑油的役割が得意だったり。または参謀タイプだったり。家庭におさまって専業主婦でいる事が向いている人もいる。本来、そこに優劣も正誤も善悪もないのだ。以上だ。質問があれば受け付けるが。……どうした?」

 再び涙ぐんでいる恵茉を見て魔王は気遣いを見せる。

「……神々の勝手な都合で悪にされてしまうなんて……。そしてずっと悪役を担っていくなんて……」

 恵茉はしゃくり上げる。バッグの中からピンク色のハンカチを取りだし、涙を拭いた。

「……お前は、感受性が豊かで思いやり深いのだな。それでは人間界はさぞ生き辛かったろう。その悪役の件だが、正義なんて見方や立場を変えたらあっという間に悪になるからな。ミカエルが、神がどんなものかは私達に聞け、と言ったのはそれが痛い程分かっているからだろう。それに、正義という言葉を翳せば、人間でも天界の者でも魔族でも、いくらでも残虐非道な事が出来てしまう。非常に危うく曖昧な言葉さ。便利、とも言うがな。人間なんぞ、魔族顔負けの冷酷非道で残忍極まりない犯行を犯すものも少なく無い。見て居てこちらが吐き気を催すほどにな」

 ルシファーは皮肉な笑みを浮かべた。

「……自分らしく生きる。私は私にしかなれない。自分軸で生きる。そうか、そういう事か……」

 恵茉は呟きながら、太平の事が頭に浮かぶ。

「結局、自分自身が楽しくて幸せなら。死ぬ時に満足出来る人生、て事ね。他人からどう思われるかばかり気にしてたら、もっと~すれば良かった。後悔が残る、て聞くし。今は自由に生きられる時代だしね」

「そう言う事だ。ま、それを言うと、『自己中心的に横暴に生きて良い』と勘違いする愚か者がいるが、自分に都合良く解釈し過ぎだ。分かりやすく人間界で例えたら、車を運転していて赤信号になった。でも自分は止まりたくないから無視してと突っ走った……ま、それ以上は言わぬが」

 魔王はニヤリと笑った。

「人間にいるいる。そんなタイプ。生きるなら暗黙のルール、モラルはあるのに。それを言うと『暗黙のルール、モラルは人によって基準が違うから』どうのこうの、て屁理屈を言い出すのよね」

「魔族にもいるぜ」

 とベリアル。

「妖・幽界にもな」

 と魔王。


 一同の楽しそうな笑い声が響いた。和やかに時が過ぎて行った。
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