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第四話
続・聖域
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佳月はそのまま真っすぐに足を進める。そして書物が置かれている六つの棚のうち、右から二番目の棚の上に左手を置いた。その棚は他の棚同様、佳月の腰の位置あたりの高さで細長く、木目が美しいものだった。
『少し離れて見ててご覧。いいかい、これから行くところは二階堂一族の秘密の場所なんだ。何があっても静かにしておいで』
佳月は屈み込むと、息子にそっと耳打ちをした。羅喉はこっくりと頷くと、三歩ほど後ろに下がる。佳月は息子に意味あり気にニヤッと笑って見せると、今度は両手を棚に置いた。そして棚の両脇を持つようにしてゆっくりと棚を時計回りに回していく。その棚が真横になったところで手を止めると、隣の棚との間が丁度人一人通れる広さになった。そこで突き当りの壁に左手を翳すようにしておく。すると壁がすーっと音もなく開いた。いや、壁が開いたというよりは壁に見せかけた扉というべきか。
(あっ! ひみつのおへやだ!)
羅喉は驚きの声をあげそうになるのを両手の平を口にギュッとあて、必死で堪えた。何故か不安と希望が入り交じったような不可思議な予感がした。
『おいで』
小声で呼ぶ父の元へ足早に向かう。父親は息子を隠し部屋に先に入るよう促した。中は墨を塗りつぶしたように暗闇が広がっている。無意識に父親の狩衣の端を右手で握り締めた。息子が自らの衣装を握り締めている事を微笑ましく感じながら、佳月はどかした棚の後ろ側に設けられていた扉を開けると、燭台と火打石を取り出した。そして棚を元に戻し、息子と共に室内に入ると静かに扉を閉めた。暗闇の中、慣れた手つきで火打ち石をこすり合わせてすばやく火をつける。そして燭台に灯りを灯した。
(ちちうえ、すごいです)
その手際の良さに、羅喉は憧れの念を抱く。
浮かびあがった光景は、十二畳一間ほどのこじんまりとした部屋だった。真ん中には一畳ほどの大きさで、佳月より少し高いくらいの祭壇が設けられている。祭壇の周りは、こよりをつり下げたしめ縄で囲い、入口には左右に狛狐の石像が置かれている。石像はちょうど羅喉と同じくらいの背丈だ。
佳月は燭台を入り口に置くと、息子の手を引いて祭壇に向かった。燭台炎が揺らめくごとに部屋に浮かび上がる影も揺れる。いつか乳母から聞いたお伽話に出て来るような恐ろしい魔物でも出て来そうだ。羅喉は急に怖くなって、父親の手にしがみついた。
『大丈夫、怖いものではない。むしろ私たち……いや、特にお前を守ってくれるものだ』
佳月は優しく息子の頭を撫でた。そして握っている小さな手を包み込むようにして力を入れると、そのまま祭壇に進んだ。羅喉は父親にしかみついたまま怖々と歩く。狛狐の間を通り過ぎた。
(こわいよ、こわいからこっちこないでね、かみつかないでね)
狛狐などは、燭台の灯りでおどろおどろしい影を作り今にも羅喉に襲いかかってきそうに見えた。
『さぁ、両手の平を胸の前で合わせてお辞儀をして』
羅喉は頷くと父親に倣う。父子は同時にお辞儀をした。
『これが、二階堂家に代々伝わる御宝、十種神宝のひとつだ』
佳月はそう言って、祭壇に祀られていた布を両手で丁寧に取った。それは墨色の布に包まれており、丁寧に布をめくる。
『うわぁ……きれい』
羅喉は感嘆の溜息をついた。中から出てきたものは、青みがかった純白の布だった。まるで内側から光を放っているように輝き、薄暗い部屋全体を照らす。それはまるで夜空に輝く月のようだった。月の光で織られた布と呼べそうだ。
『これはね、蜂比礼と呼ばれる魔除けの布なんだよ。天空からの邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守る御宝でね。霊、魔物、妖魔、悪霊などの不浄なモノの上に被せる事で、魔を封じ込める事も可能だと言われてるんだ』
父親の言葉は、じんわりと羅喉の胸に響き渡る。
(なんだろう? ちちうえからはじめてきくおなはしなのに、まえからしってるようなかんじがするのは)
そして不思議な既視感を覚えた。ある疑問が芽生え、素直に言葉にする。
『おそらからのコワいモノからまもるものなら、地からのコワいものをまもるものはあるのですか?』
佳月はほんの一瞬、哀し気に眉を下げた。だが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
『さすがだ、羅喉は賢いな。それは蛇比礼という魔除けの布だ。毒蛇に遭遇した際にも利用出来るそうだ。この布はな、正確な事は分かっていないのだが、魔族が手に入れているという話だ。もう少し大きくなったら、もっと他の御宝についても詳しく教えよう』
と答えると、そっと息子を抱き上げた。
(神と人を繋ぐ生玉は、贄自身が前の贄から受け継ぐのだ、という話を伝えなければならぬ日が、永遠に来なければ良いのにな……)
やるせない思いを抱えながら。
『少し離れて見ててご覧。いいかい、これから行くところは二階堂一族の秘密の場所なんだ。何があっても静かにしておいで』
佳月は屈み込むと、息子にそっと耳打ちをした。羅喉はこっくりと頷くと、三歩ほど後ろに下がる。佳月は息子に意味あり気にニヤッと笑って見せると、今度は両手を棚に置いた。そして棚の両脇を持つようにしてゆっくりと棚を時計回りに回していく。その棚が真横になったところで手を止めると、隣の棚との間が丁度人一人通れる広さになった。そこで突き当りの壁に左手を翳すようにしておく。すると壁がすーっと音もなく開いた。いや、壁が開いたというよりは壁に見せかけた扉というべきか。
(あっ! ひみつのおへやだ!)
羅喉は驚きの声をあげそうになるのを両手の平を口にギュッとあて、必死で堪えた。何故か不安と希望が入り交じったような不可思議な予感がした。
『おいで』
小声で呼ぶ父の元へ足早に向かう。父親は息子を隠し部屋に先に入るよう促した。中は墨を塗りつぶしたように暗闇が広がっている。無意識に父親の狩衣の端を右手で握り締めた。息子が自らの衣装を握り締めている事を微笑ましく感じながら、佳月はどかした棚の後ろ側に設けられていた扉を開けると、燭台と火打石を取り出した。そして棚を元に戻し、息子と共に室内に入ると静かに扉を閉めた。暗闇の中、慣れた手つきで火打ち石をこすり合わせてすばやく火をつける。そして燭台に灯りを灯した。
(ちちうえ、すごいです)
その手際の良さに、羅喉は憧れの念を抱く。
浮かびあがった光景は、十二畳一間ほどのこじんまりとした部屋だった。真ん中には一畳ほどの大きさで、佳月より少し高いくらいの祭壇が設けられている。祭壇の周りは、こよりをつり下げたしめ縄で囲い、入口には左右に狛狐の石像が置かれている。石像はちょうど羅喉と同じくらいの背丈だ。
佳月は燭台を入り口に置くと、息子の手を引いて祭壇に向かった。燭台炎が揺らめくごとに部屋に浮かび上がる影も揺れる。いつか乳母から聞いたお伽話に出て来るような恐ろしい魔物でも出て来そうだ。羅喉は急に怖くなって、父親の手にしがみついた。
『大丈夫、怖いものではない。むしろ私たち……いや、特にお前を守ってくれるものだ』
佳月は優しく息子の頭を撫でた。そして握っている小さな手を包み込むようにして力を入れると、そのまま祭壇に進んだ。羅喉は父親にしかみついたまま怖々と歩く。狛狐の間を通り過ぎた。
(こわいよ、こわいからこっちこないでね、かみつかないでね)
狛狐などは、燭台の灯りでおどろおどろしい影を作り今にも羅喉に襲いかかってきそうに見えた。
『さぁ、両手の平を胸の前で合わせてお辞儀をして』
羅喉は頷くと父親に倣う。父子は同時にお辞儀をした。
『これが、二階堂家に代々伝わる御宝、十種神宝のひとつだ』
佳月はそう言って、祭壇に祀られていた布を両手で丁寧に取った。それは墨色の布に包まれており、丁寧に布をめくる。
『うわぁ……きれい』
羅喉は感嘆の溜息をついた。中から出てきたものは、青みがかった純白の布だった。まるで内側から光を放っているように輝き、薄暗い部屋全体を照らす。それはまるで夜空に輝く月のようだった。月の光で織られた布と呼べそうだ。
『これはね、蜂比礼と呼ばれる魔除けの布なんだよ。天空からの邪霊、魔物、妖魔、悪霊から身を守る御宝でね。霊、魔物、妖魔、悪霊などの不浄なモノの上に被せる事で、魔を封じ込める事も可能だと言われてるんだ』
父親の言葉は、じんわりと羅喉の胸に響き渡る。
(なんだろう? ちちうえからはじめてきくおなはしなのに、まえからしってるようなかんじがするのは)
そして不思議な既視感を覚えた。ある疑問が芽生え、素直に言葉にする。
『おそらからのコワいモノからまもるものなら、地からのコワいものをまもるものはあるのですか?』
佳月はほんの一瞬、哀し気に眉を下げた。だが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
『さすがだ、羅喉は賢いな。それは蛇比礼という魔除けの布だ。毒蛇に遭遇した際にも利用出来るそうだ。この布はな、正確な事は分かっていないのだが、魔族が手に入れているという話だ。もう少し大きくなったら、もっと他の御宝についても詳しく教えよう』
と答えると、そっと息子を抱き上げた。
(神と人を繋ぐ生玉は、贄自身が前の贄から受け継ぐのだ、という話を伝えなければならぬ日が、永遠に来なければ良いのにな……)
やるせない思いを抱えながら。
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