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第十五話

招かれざるモノ・前編

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 いにしえの時より、代々捧げ続けて来た人柱により平和と繁栄を保ち続けてきた場所。これより先はそれ以外の領地その境界線には屈強な武士が十数名、更には九尺(※①)程の長さの竹垣が建てられていた。あれから二日ほど経った明け方である。

(あぁ、ここからは未知の大地。我が領土も、人柱というしきたりがなければ同じようになっていたであろう地なのだ)

 氷輪は複雑な思いで竹垣を見上げた。左手には文字が書ける和紙、そして筆を持ち、右手には錫杖を携えて。星が薄くほんの少しだけ殺気を感じ取る。だが、敵意は無いようだ。あるのは警戒心のみ。敢えて構える事はせず、気付かないふりをしてそのまま竹垣を見つめ続けた。年季は入っているが手入れはなされている。定期的に作り変えたり、綻びは修繕したりしているのだろう。隅々まで目が行き届いている父親の管理能力に改めて感じ入った。

(二人、三人、……五人か)

 左斜め後方よりやって来る、領土の境界線を見守り、警護する役目を持つ武士たちの気配を感じ取る。それはおくびにも出さず無防備なままに。

「これはこれは僧侶様、我らが領土は如何でしかたかな?」

 一際大柄な武士が親し気に声をかけてくる。氷輪はやってきた武士が五人である事をさり気なく確認しつつ、笑顔を向け頭を下げた。武士たちも釣られたように頭を下げて返す。

「ええ、肥沃の大地と温かな人々の溢れる良い国でございました」

 氷輪は愛想良く答えた。今の彼は、物語僧(※②)に見える。

「それはようございました。宜しければまたお越しくださいませ」

 武士たちはそう言いながら二手に分かれ、竹垣を手前に引き始めた。氷輪の目の前で、ゆっくりと開閉されて行く。基本的に、領土より出て行くものにはさほど厳しい調査はされない。他の国から入る時は、詳細にわたり調査される。少しでも疑わしいものは入らせない、彼らはこうして境界線を守っているのだ。入ってきた時の手続きは予めなされてある。勿論、父親による裏工作であるが。服装や背格好、容姿に至るまで武士たちに伝わっているのだろう。そう考えると、何だか照れくさい気がした。

「有難う。はい、是非また寄らせて頂きます」

 氷輪は丁寧に礼をすると、ついに未知なる領土へと足を踏み入れた。

「お気をつけて」

 と武士たちは声をかけ、再び竹垣を閉めた。完全に閉まるまでの間、名残惜しそうに己の領土を見つめる。最後に目に入ったのは豊かな森と、草木が生い茂る山道。完全に閉まるのを見届けてから踵を返す。

(これは……)

 思わず足を止めた。そこは痩せた森、そして乾いた山道が続いていた。




(※①…およそ270cm強)
(※②…合戦などの様子を人々に聞かせて生活をしている人。僧侶とは限らない)
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