上 下
70 / 110
第四話

神無月、神有月・序章

しおりを挟む
「……身を守る他に、『己の迷いを断ち切る』際にもお使い頂けるでしょう」
「己の迷いを断ち切る?」
「はい、迷いが御座いますれば│自《おの》ずと太刀筋にも現れまする。そうなりますと相手も、また自らをも必要以上に傷つける結果となります故」

 氷輪と琥珀は、兼充よりそれぞれの刀剣の説明を受けていた。

「なるほどなぁ。確かに、迷えば手元も狂うし、瞬間的な判断も遅れるもんなぁ」

 琥珀は納得はしたように頷く。

「はい。ですから『己の迷いを断ち切る│剣《つるぎ》』としてもお使い頂けますれば、無益な争い事で傷つけ合う事も多少は避けられるかと存じます」

 氷輪はなるほど、というように頷き口を開いた。

「確かに、理に叶っていますね。峰打ちは相手側が峰打ちとは気付かず、切られたと思わせる事で意識を絶つ術ですが、実際に刃を逆さにすれば重心がずれて持ちにくい刀となりますし。手元が狂って逆に傷つけたり、自らが傷ついたり。また相手側が峰打ちとは気付かず、切られたと思い込んだ事による魂への打撃で死んでしまったりと。語り伝えられるほど素晴らしいものであるとは限りません」

「はい、それにもし本当に峰側で相手を打てば痛いですし傷もつきます故……」

 琥珀は氷輪と兼充の会話を頭に思い浮かべながら聞いていた。

(う-ん、物語みたいに出来る場合もあるけどまぁ、さもありなん……な話だよなぁ。実際に想像するとちょっと笑える。まぁ、ホントは笑えない話けどさ。笑えないけど笑える、てやつ)

 と笑いを噛み締めていた。

「……して、その『己の迷いを断ち切る』という刀剣の使い方、とは?」

 氷輪は真顔で兼充に問いかけた。琥珀も真顔で姿勢を正し、兼充を見つめた。
 



 巨大や水晶玉に浮かび上がる氷輪たちを見つめながら、炎帝は丸薬を口に含み飲み込んだ。その苦さに眉を潜める。

「まさに、良薬は口に苦し……とやらだなぁ。悩みも苦しみも無い筈の隠り世で作られたものでも、甘くも美味くもない、てのがまさしく人用に作られた、てとこか。どこか│現世《うつしよ》的な……」

 と苦笑しながら呟いた。隠り世で│少彦名命《スクナヒコナノミコト》につくってもらったあの薬である。

「良さそうな刀が手に入って良かったじゃないか。この先のお前らに特に必要になりそうだしな」

 と水晶に映し出される彼らに向かって微笑む。

グォ-----ッグォ--ッ

 唐突に谷底より響き渡る妖魔の咆哮に、炎帝は溜息をついた。チラリと、背後に並列に寝かされている炎帝によく似た等身大の人形に目をやる。少彦名命が創った妖魔邪対策薬術人形ようまじゃたいさくやくじゅつひとがたである。

 直ぐに意を決したようにキッと前を見据えると、タッと勢いをつけて走り出した。

「薬と同じで、この│人形《ヒトガタ》も残り三体になったら月黄泉に言うんだよ」

 親しげに微笑みながら少彦名命は言った。だが、出来るだけ人形は使いたくなかった。一時的な対処方法だと聞く。彼の好意に報いる為にも、なるべく薬や人形は使いたくなかった。恐らく、最高位の神々にバレないように、ギリギリのところで考え出してくれた方法だと推測されるからだ。

「あ-うるせー今行くよ! 腹ばかり空かせた能無し野郎めが!」

 悪態をつきながら、谷底に向かって地を蹴った。




「お呼びでしょうか、禍津日神様」 

 八咫烏の│諌弥《いさや》は、そういって深々と頭を下げる。

(今、神々は出雲の国で来月行われる神々の会議の準備で忙しい筈では……)

 心を読まれぬよう、予め防御の術を施した諌弥は不思議に思う。

「ちょっと正式にお会いしたい方がおりましてね。手続きをお願いしたいのですよ」

 そう言って、禍津日神は冷たく微笑んだ。
しおりを挟む

処理中です...