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第六話
謀略・その一
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諌弥は大きく羽を広げ、サッバサッと音を立てて百夜の前に降り立った。漆黒の翼が、簾を通して漏れる陽の光が当たって玉虫色に輝く。
「久しいな」
と答え、通常の烏よりもだいぶ長い三本の足を器用に裁いて一歩前に進む。祠に祀られている百夜を見上げた。そして
「……先日の件、禍津日神様への返事を聞きに来た」
とだけ告げた。尤も、この二体の会話は普通の人間には聞こえないのだが。百夜は大きく溜息をつく。
「しばらく見ない間に、本当に『神々の伝令役』になっていたのね」
「あぁ、まぁ……夢を叶えたのさ」
「あの時、あなたはまだ小さかったものね。たまたまここに迷い込んだのが切っ掛けで仲良くなったんだったわね」
「そうだな」
諌弥は一瞬、懐かしそうに空を見上げた。けれどもすぐに真顔になって話しを続けた。
「……で、返事は?」
百夜は溜息混じりに答える。
「……本当に、仕事優先になったのね。そんなに忙しいの?」
「まぁな。今は特に、来月の神々会議の準備で下位の神々達は大忙しさ」
「そう……」
百夜はほんの少しだけ間を開け寂しそうに目を伏せた。
「答えは、『いいえ。やりません。今後も気持ちは変わりません』これよ。このまま禍津日神に伝えて。その場でそう伝えたんだけど、猶予期間をあげましょう、なんてさも寛大そうに言うんだもの」
気持ちを振り切るようにして明るく応じた。諌弥は「こらこら、口を慎め。まぁ、お前らしいが……」と軽くたしなめると、意外だと言うように目を見開く。
「……何と! 断ると言うのか?! 引き受ければ、神の中間層の地位に格上げして下さるというのに」
「だって興味無いもの。私はわりと今の状態が気に入っているの。刺激はないけど、本当の平和って心穏やかに過ごせる事だと思うから。それに、神様って上下関係やらしがらみやらでギシギシしてそうだもの。おーーーー嫌だ嫌だ」
もし彼女が人であったなら、きっと思い切り眉をしかめているに違いない。そう確信出来るほど、嫌悪感の滲み出た声色だった。そしてガラリと、冷静な声に戻る。
「でも、禍津日神は随分と拘るのね、あの子たちに。そんなに邪魔したいのかしら? 『神への捧げモノと半妖が目指す大和の国に、今月中に行かせぬよう、予言として「先に京を目指せ。それから大和の国へ行け」と遠隔であの半妖の耳に伝えて欲しい』なんて」
「……さぁ、な。上の考えている事、特に高位の御方の考える事はよく分からん。……知るつもりもない。知ったところで、仕事内容や地位が変わる訳でもない」
諌弥はかすかに自嘲の色をその声に含ませた。しばらく二体の間に沈黙が走る。
「では、しかと承った」
やがて事務的にそう言うと、諌弥は踵を返す。そして翼を広げようとして止め、左を振り返り顔だけを百夜に向けた。
「……あの者たち、随分と気に入っているようだが、何か理由でもあるのか?」
「それは仕事としての問いかけ? それとも、個人的な興味?」
百夜は冷静に問いかけた。そして諌弥を見極めるように凝視する。
「仕事は無関係だ。後者だ」
諌弥は憮然として答える。クスリと百夜は笑った。
「じゃぁ、答えるわ。そりや気になるわよ。だってあの人柱の子は、周りも本人も必死で宿世に抗おうとしている。あの半妖の子は単独でね。どうしたって興味湧くじゃない。珍しい組み合わせだし」
あっけらかんとして答える。
(……ま、だから高位の神とやらは、あの子たちの事が気に入らないんだろうな、と邪推しちゃうもんねーだ)
と内心でペロッと舌を出す。
「……なるほどな」
「そ。何だか応援したくなるのよ。それに、見届けたいじゃない。あの子たちの出す『こたえ』を」
そして百夜は氷輪と琥珀に思いを馳せた。諌弥は考え込むように俯いた。
(……もうすぐ宿世の女とやらに出会うようだけど。琥珀、大丈夫かしらねぇ)
「邪魔したな」
諌弥の声で我に返る。
「あ! ねぇ、諌弥」
「何だ?」
「仕事、楽しい?」
「何故そのような事を聞く?」
「だってあなた、全然笑わないし、ちっとも楽しそうに見えないんだもの」
「それが何だというのだ? 仕事は面白がるものではあるまい。……では、達者でな」
いささかムッとしたように諌弥は応じると、バサッと乱暴に羽を広げ、飛び立って行った。
「……少なくとも諌弥、昔あなたが夢を語っていた頃はもっと生き生きとキラキラしていて、とっても楽しそうだったわ」
彼が飛び立った窓を見上げ、百夜はポツリと呟いた。
「こちらは腹下しの際の薬です」
「それでも、それも頂こう」
「有難うございます」
侍所を呼んで来て、氷輪たちの危機を救ってくれた若い男は、全国を渡り歩く薬の行商人であった。
「久しいな」
と答え、通常の烏よりもだいぶ長い三本の足を器用に裁いて一歩前に進む。祠に祀られている百夜を見上げた。そして
「……先日の件、禍津日神様への返事を聞きに来た」
とだけ告げた。尤も、この二体の会話は普通の人間には聞こえないのだが。百夜は大きく溜息をつく。
「しばらく見ない間に、本当に『神々の伝令役』になっていたのね」
「あぁ、まぁ……夢を叶えたのさ」
「あの時、あなたはまだ小さかったものね。たまたまここに迷い込んだのが切っ掛けで仲良くなったんだったわね」
「そうだな」
諌弥は一瞬、懐かしそうに空を見上げた。けれどもすぐに真顔になって話しを続けた。
「……で、返事は?」
百夜は溜息混じりに答える。
「……本当に、仕事優先になったのね。そんなに忙しいの?」
「まぁな。今は特に、来月の神々会議の準備で下位の神々達は大忙しさ」
「そう……」
百夜はほんの少しだけ間を開け寂しそうに目を伏せた。
「答えは、『いいえ。やりません。今後も気持ちは変わりません』これよ。このまま禍津日神に伝えて。その場でそう伝えたんだけど、猶予期間をあげましょう、なんてさも寛大そうに言うんだもの」
気持ちを振り切るようにして明るく応じた。諌弥は「こらこら、口を慎め。まぁ、お前らしいが……」と軽くたしなめると、意外だと言うように目を見開く。
「……何と! 断ると言うのか?! 引き受ければ、神の中間層の地位に格上げして下さるというのに」
「だって興味無いもの。私はわりと今の状態が気に入っているの。刺激はないけど、本当の平和って心穏やかに過ごせる事だと思うから。それに、神様って上下関係やらしがらみやらでギシギシしてそうだもの。おーーーー嫌だ嫌だ」
もし彼女が人であったなら、きっと思い切り眉をしかめているに違いない。そう確信出来るほど、嫌悪感の滲み出た声色だった。そしてガラリと、冷静な声に戻る。
「でも、禍津日神は随分と拘るのね、あの子たちに。そんなに邪魔したいのかしら? 『神への捧げモノと半妖が目指す大和の国に、今月中に行かせぬよう、予言として「先に京を目指せ。それから大和の国へ行け」と遠隔であの半妖の耳に伝えて欲しい』なんて」
「……さぁ、な。上の考えている事、特に高位の御方の考える事はよく分からん。……知るつもりもない。知ったところで、仕事内容や地位が変わる訳でもない」
諌弥はかすかに自嘲の色をその声に含ませた。しばらく二体の間に沈黙が走る。
「では、しかと承った」
やがて事務的にそう言うと、諌弥は踵を返す。そして翼を広げようとして止め、左を振り返り顔だけを百夜に向けた。
「……あの者たち、随分と気に入っているようだが、何か理由でもあるのか?」
「それは仕事としての問いかけ? それとも、個人的な興味?」
百夜は冷静に問いかけた。そして諌弥を見極めるように凝視する。
「仕事は無関係だ。後者だ」
諌弥は憮然として答える。クスリと百夜は笑った。
「じゃぁ、答えるわ。そりや気になるわよ。だってあの人柱の子は、周りも本人も必死で宿世に抗おうとしている。あの半妖の子は単独でね。どうしたって興味湧くじゃない。珍しい組み合わせだし」
あっけらかんとして答える。
(……ま、だから高位の神とやらは、あの子たちの事が気に入らないんだろうな、と邪推しちゃうもんねーだ)
と内心でペロッと舌を出す。
「……なるほどな」
「そ。何だか応援したくなるのよ。それに、見届けたいじゃない。あの子たちの出す『こたえ』を」
そして百夜は氷輪と琥珀に思いを馳せた。諌弥は考え込むように俯いた。
(……もうすぐ宿世の女とやらに出会うようだけど。琥珀、大丈夫かしらねぇ)
「邪魔したな」
諌弥の声で我に返る。
「あ! ねぇ、諌弥」
「何だ?」
「仕事、楽しい?」
「何故そのような事を聞く?」
「だってあなた、全然笑わないし、ちっとも楽しそうに見えないんだもの」
「それが何だというのだ? 仕事は面白がるものではあるまい。……では、達者でな」
いささかムッとしたように諌弥は応じると、バサッと乱暴に羽を広げ、飛び立って行った。
「……少なくとも諌弥、昔あなたが夢を語っていた頃はもっと生き生きとキラキラしていて、とっても楽しそうだったわ」
彼が飛び立った窓を見上げ、百夜はポツリと呟いた。
「こちらは腹下しの際の薬です」
「それでも、それも頂こう」
「有難うございます」
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