「十種神宝異聞」~天に叢雲、地上の空華~

大和撫子

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第八話

歯車・序章

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 広い部屋、四隅に松明。そこはどうやらお堂の中のようだ。艶かな漆黒の長い髪を後ろで一つに束ね、白衣に身を包んだうら若き乙女が、祀られた木製の像に向かって一心不乱に祈っている。像は大人三人分ほどの高さで、みずらに結われた髪に漢の国の僧を思わせるような衣装に身を包んでおり、右手に剣、左手に丸玉、背中に弓と矢を背負っていた。饒速日命にぎはやひのみことを祀っている様子だ。

 乙女より三歩ほど下がったところで、束帯装束に身を包んだ陰陽師が両手で複雑な印を結び、目を閉じ、ボソボソと何か呪文のようなものを唱えている。そう、乙女はあの竜胆の襲の姫君だ。

 やがて陰陽師は印を結んでいた両手を打ちはらうようにして上下に払い、静かに膝の上においた。そして目を開け、胡坐から正坐に姿勢を正す。

「姫、御神託がおりました」

 とやや遠慮がちに声をかける。姫はその声に目を開き、饒速日命の像に頭を下げた。そして右を向き、首だけを陰陽師に向ける。

「それで、何と?」

 と淡々と問う。けれども鈴の音のように澄んだ声は、小声であるのにも関わらず部屋中に心地良く響き渡る。

「はっ! 宿世の御相手は、不可思議なゆかりと運によって確実に今月中には会える、との事。ですからご安心を。どうぞご無理は……」
「それは良かった。それで、不穏な影については?」

 男をやんわりと遮るように、姫は問いかける。ここ数か月ほど感じる不穏な影。それははっきりとは分から無い。ただ確実に言えるのは、一族が守り続けている「十種神宝」の一部に仇なすもの、それだった。

「隠さないで正直におっしゃい!」

 言い淀む陰陽師に鋭く追い打ちをかける。

「はい! 不穏な影もまた着実に闇が色濃く出て来ている様子でして、それ以外は、まだ何も……」
「そう……」
「ですが、お二人が再会なされましたら、光りも見えよう……との御神託も出ております故!」

 陰陽師はここぞ! とばかり半ば説得するように話す。

「どうか姫は、あまり根を詰め過ぎぬようお願い申し上げまする。再会の前にお体を壊してしまっては元も子もございませんから!」
「そうね……やつれた醜い姿はお見せしたくないしね」

 姫は苦笑しつつ、頷いた。





(さて、困った。このままの状態では気まず過ぎる。何とか会話の糸口を見つけねば……)

 その頃、氷輪は琥珀との距離感に右往左往していた。

(私の軽率な行いで、無駄に琥珀を驚かせてしまった。もしかしたら傷つけたかもしれない。見知らぬ女人の名を呼んでしまうなんて……そう、夢枕に立ったあの美しい人。どこかで会った事があるような気がした。逢わねばならぬ、という使命感。目を開けたら自然に、その名を口にしていた……)

 そんな彼を、琥珀は虚ろな眼差しで見つめた。

(ほーら、まーた俺の事なんか忘れてその「きよら」って女に夢中になってやがる。これだから、男っつーのはどいつもこいつも……)

 やりきれない思いをぶつけるように、目についた小石を右足で思い切り蹴り上げた。小石がくさむらの中にガサガサガサと音を立てて消えた。その音にビクリとした様子の氷輪。

(漸く我に返ったか。この色ボケ軟弱男め!)

 琥珀は心の中で悪態をついた。

(しまった! 私とした事が……。あの人の事を考えるだけで、すぐに他の事を何もかも忘れてしまうなんて……。これは、何とも情けない)

 激しい自責の念に駆られる氷輪。しかし、その時何かを閃いた。そしてパッと琥珀を振り返る。

「琥珀、すまない。少し木陰で休もう!」

 と声をかけた。その瞳には力強い輝きが戻り、確かに琥珀だけを映している。

「おうよ、ちょうど喉が渇いたしな」

 ほんの少しだけ憂いと喜びを含ませた笑みと共に、琥珀は快諾した。






 激しく切り立った岩、昼でも陽光の届かないほど深い森。谷間に流れる川、そしてその先は切り立った崖より勢いよく流れ落ちる水簾。上空には鷲が飛び交い、森の中には熊や狼などが潜む。

 そこはまさに人跡未踏の地だった。

 激流をものともせず川中に立ち、崖っ淵より流れ落ちる滝を見下ろす男がいた。そびえ立つように背が高く堂々たる体躯に紫紺色の法衣を身に纏っている。髪は全て剃り、頭は象牙色の肌が剝き出しだ。高い鼻、整えられた鳶色の眉、切れ長の瞳は美しいハシバミ色だ。鳶色の長い睫毛、どこか色気のある艶やかな唇。僧侶と呼ぶには、いささか艶めかし過ぎる容姿である。坊主頭というのが、妙に色気を醸し出すのか……。

 男は何かの気配を感じ取り、右斜め上を見上げた男の視線の先に映し出されたのは、白玉色の髪、血のように赤い瞳を持つ禍津日神の姿であった。

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