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第八話
歯車・その四
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(……そんな! この先、私は他の女を選び、琥珀を……捨てる? そんな……そんな……)
氷輪はあまりの衝撃に立っていられぬ程の眩暈を感じた。
「……わらわの事が、心配? 父上が? ハッ……笑わせんな!」
双眸に涙が溢れ、怒りで全身を紅く染めた琥珀は侮蔑の笑いを浮かべる。男は呆然と琥珀を見つめる。
「姫……?」
「母上が亡くなって、ほんの少しだけ喪に服したと思ったらすぐに女を見つけてあっちの女こっちの女とっかえひっかえやりたい放題。挙句、同じ種族同士での男の子が出来ちまったからって、そいつを正当な跡継ぎにしようと、継母と共謀してわらわを追い出そうとした父上が?」
「そ、それには深い訳が……」
「今だって何人も側室がいて更には愛人までゴロゴロ。女にだらしない父上が、男に捨てられるわらわを放っておけないだ? どの口がそんな事言えるっていうんだよ!? 一昨日来やがれ! わらわの行く末を決めるのはわらわの意志! 誰の指図も受けぬ。久遠、命令だ! 父上にそう伝えろ! そして久遠、二度とわらわの前に姿を見せるな! 失せろっ!!」
大粒の涙を流し、震えかすれる声で乱暴に言葉を投げつける琥珀。
「……仰せのままに。ですが、この場は、でございますぞ! 私自身も、この先ボロボロに傷つく姫様を放っては置けませぬ故」
引き下がらざるを得ない男は苦し紛れにそうこたえた。真の名は久遠というらしい。琥珀に深々と頭を下げ、スッとその場から消えた。
時が経過する毎に激しさを増す眩暈に、立っていられぬ氷輪。錫杖を大地に突き立て、両手でそれにすがって辛うじて立っていた。苦しそうに肩で息をしながら、懸命に琥珀を見守ろうとしている。だが、目を開ければ天地がどちらか分から無い程目が回る。気を抜けば意識を失いそうだ。故に会話を聞き漏らすまいと琥珀たちの声に集中していた。何かの気配を感じ取り、意識だけを右に向けた。
「命令だ! 兄者に手を出すな! 久遠っ」
琥珀の悲痛な声。氷輪の右横に姿を現した久遠。続いて琥珀もそれを追おうとするも、久遠の寸前のところで視えない壁にぶち当たったかのように弾かれてしまう。両手で印を結び、結界の解除を試みるもその視えない壁はびくともしない。
「くそっ! 久遠独自の結界なんか張りやがって! これじゃ解けやしねー」
口惜しさに歯ぎしりをする琥珀。彼らの会話すらも聞こえて来ない。
『私はお前の事など認めん! 己の体調すら気づけぬ人間風情が、どうやって姫を守り抜けると言うのだ!』
と久遠は氷輪に素早く耳打ちした。(体……調?)氷輪はもう、声を出す事も出来なかった。だが気力を振り絞り、男に視線を合わせようと足掻く。
『愚かな。普段のお前なら、最初から私の気配くらいは察知出来たであろうに。姫を泣かせて見ろ! 神の捧げモノであろうが容赦はしない。私がお前を殺す!』
再びそう囁いた。
「そ、そな……た、一体……」
氷輪は意地と威厳をかけ、全身の力を振り絞って声を出す。だが、そこまでだった。力尽き、意識を手放した。崩れ落ちるようにして倒れ込む氷輪を右手で支えると、静かに地に横たえた。同時に結界を解く。
「久遠、貴様兄者に何をっ」
「何もしていませんよ。自分の体調も管理できない男に、姫を任せる事は出来ぬ、そう伝えたまでです。酷い熱ですよ。このまま放置したら、肺がやられて死ぬでしょうね。そうなったら、それもこの男の天命でしょう。どの道姫を託せる器ではない」
久遠は詰め寄る琥珀をにべもなく遮り、一気に捲し立てると再度琥珀に頭を下げ、掻き消えるように消えた。
「兄者! しっかりして!」
琥珀は氷輪に駆け寄った。
氷輪はあまりの衝撃に立っていられぬ程の眩暈を感じた。
「……わらわの事が、心配? 父上が? ハッ……笑わせんな!」
双眸に涙が溢れ、怒りで全身を紅く染めた琥珀は侮蔑の笑いを浮かべる。男は呆然と琥珀を見つめる。
「姫……?」
「母上が亡くなって、ほんの少しだけ喪に服したと思ったらすぐに女を見つけてあっちの女こっちの女とっかえひっかえやりたい放題。挙句、同じ種族同士での男の子が出来ちまったからって、そいつを正当な跡継ぎにしようと、継母と共謀してわらわを追い出そうとした父上が?」
「そ、それには深い訳が……」
「今だって何人も側室がいて更には愛人までゴロゴロ。女にだらしない父上が、男に捨てられるわらわを放っておけないだ? どの口がそんな事言えるっていうんだよ!? 一昨日来やがれ! わらわの行く末を決めるのはわらわの意志! 誰の指図も受けぬ。久遠、命令だ! 父上にそう伝えろ! そして久遠、二度とわらわの前に姿を見せるな! 失せろっ!!」
大粒の涙を流し、震えかすれる声で乱暴に言葉を投げつける琥珀。
「……仰せのままに。ですが、この場は、でございますぞ! 私自身も、この先ボロボロに傷つく姫様を放っては置けませぬ故」
引き下がらざるを得ない男は苦し紛れにそうこたえた。真の名は久遠というらしい。琥珀に深々と頭を下げ、スッとその場から消えた。
時が経過する毎に激しさを増す眩暈に、立っていられぬ氷輪。錫杖を大地に突き立て、両手でそれにすがって辛うじて立っていた。苦しそうに肩で息をしながら、懸命に琥珀を見守ろうとしている。だが、目を開ければ天地がどちらか分から無い程目が回る。気を抜けば意識を失いそうだ。故に会話を聞き漏らすまいと琥珀たちの声に集中していた。何かの気配を感じ取り、意識だけを右に向けた。
「命令だ! 兄者に手を出すな! 久遠っ」
琥珀の悲痛な声。氷輪の右横に姿を現した久遠。続いて琥珀もそれを追おうとするも、久遠の寸前のところで視えない壁にぶち当たったかのように弾かれてしまう。両手で印を結び、結界の解除を試みるもその視えない壁はびくともしない。
「くそっ! 久遠独自の結界なんか張りやがって! これじゃ解けやしねー」
口惜しさに歯ぎしりをする琥珀。彼らの会話すらも聞こえて来ない。
『私はお前の事など認めん! 己の体調すら気づけぬ人間風情が、どうやって姫を守り抜けると言うのだ!』
と久遠は氷輪に素早く耳打ちした。(体……調?)氷輪はもう、声を出す事も出来なかった。だが気力を振り絞り、男に視線を合わせようと足掻く。
『愚かな。普段のお前なら、最初から私の気配くらいは察知出来たであろうに。姫を泣かせて見ろ! 神の捧げモノであろうが容赦はしない。私がお前を殺す!』
再びそう囁いた。
「そ、そな……た、一体……」
氷輪は意地と威厳をかけ、全身の力を振り絞って声を出す。だが、そこまでだった。力尽き、意識を手放した。崩れ落ちるようにして倒れ込む氷輪を右手で支えると、静かに地に横たえた。同時に結界を解く。
「久遠、貴様兄者に何をっ」
「何もしていませんよ。自分の体調も管理できない男に、姫を任せる事は出来ぬ、そう伝えたまでです。酷い熱ですよ。このまま放置したら、肺がやられて死ぬでしょうね。そうなったら、それもこの男の天命でしょう。どの道姫を託せる器ではない」
久遠は詰め寄る琥珀をにべもなく遮り、一気に捲し立てると再度琥珀に頭を下げ、掻き消えるように消えた。
「兄者! しっかりして!」
琥珀は氷輪に駆け寄った。
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