ジプソフィルの光

蒼村嬉享

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伊村崎 霞

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 幻想的な光を見た翌々日──佳奈美から電話があった。絵には予想通り手掛りがあったらしい。

『調べて貰ったけど、額を外した絵の端にフランス語が書かれていたって』
「何て書かれてたんだ?」
『【Mon cœur se blottit jusqu’à vous comme la lune de ce jour】よ』

 “あの日の月のように私の心は君に寄り添う”……シモンは知っていたのだろうか?いや、恐らく知っていたから私に託したのだろう。

「他に何か書かれてなかったか?」
『絵の後ろに一枚の手紙があったわ。【伊村崎 霞へ】って』
「名前が分かったのか?」
『ええ。住所もね』

 シモンの奴……わざと黙っていたのだろうか?最初から届けてほしいと言えば良いのに……。

 ともかく……シモンへの愚痴は後回しだ。私は次の休日に伊村崎霞という女性を訪ねることにした。



 伊村崎霞の住まいは東京……ではあるが、山奥という表現が相応しい場所だった。そんな場所にポツリと存在する西洋風豪邸に驚きながら呼び鈴を押す。中から現れたのは若い女と初老の男。

「こちらは伊村崎霞さんのお宅で間違いありませんか?」
「はい。あなたが石川様ですか?」
「はい。石川裕介と申します」
「お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい」

 伊村崎家には事前に電話番号を調べフランスでの話を掻い摘んで伝えていた。但し、光る絵については正気を疑われると困るので黙っていた。電話での応対は幾分怪訝な様子だったが、こうして面会して貰えたなら良しとしよう。

 こうして私は屋敷内に案内され接客を受けることになった。

「私はこの屋敷の主、伊村崎孝英の娘で優菜ゆうなと申します。これは我が家の執事で秋山です」

 優菜と名乗った女性は大学生とのことだった。当主夫妻は仕事で不在だという。執事の秋山は胸に手を当て会釈した後、茶を用意しカップに注ぐ。

「霞さんはあなたのお母様?」
「いえ……叔母に当たります」

 当主と霞さんは兄妹ということらしい。同居しているということは何か事情があるのだろうか?

「それで、霞さんは……?」
「実は……」

 優菜さんは戸惑いながらも過去の経緯を話してくれた。

 霞さんは昔、フランスに留学していて画家の卵と恋に落ちたという。それを快く思わなかった先代当主──つまり父親は無理矢理二人引き離した。

「それから叔母は世を儚んで毒を……」
「ま、まさか……亡くなったんですか?」
「いえ……命は取り留めました。しかし……」

 しばらく沈黙した優菜さんは無言で立ち上がる。

「石川様。これも縁……もし差し支えなければ御一緒願えませんか?」
「はい?」
「叔母の元へ案内致します」

 優菜さんに案内されたのは離れにある別邸。そちらには幾人の使用人の姿が見える。更に奥の部屋へと案内され扉が開かれた先には一人の女性が横たわっていた。

「この方が……?」
「はい。叔母の伊村崎霞です。命は取り留めましたが長らく意識が戻りません。もう十年近くになります」

 想定外のことに思わず固まってしまった私だが、優菜さんの言葉にふと違和感を感じた。

「十年近くって……霞さんは幾つなんですか?」
「叔母は今年で二十九歳です」

 ここでようやく違和感の正体に気付いた。シモンの話と整合性が取れないのだ。シモンの年齢は二十代だろうもの。その父となれば四十程かそれ以上……十年前に画家の卵というのはおかしい。
 そして霞さんも痩せて見えるが十分に若いのだ。

「霞さんの相手の名前、分かりますか?」
「はい。確かシモンという方です」
「やっぱりか!」

 思わず叫んでしまった為優菜さんは驚いていたが、成る程話は分かった。シモンは初めから私を霞さんの元に向かわせるつもりだったのだ。

 大体、居場所を知っているなら自分で来れば良い話である。

「急にどうなさったのですか?」
「あ……失礼しました。私に絵を託したのはシモン当人です。しかし、話の内容が違ったので……」
「それは先日の御電話で私も気付きましたが……そうですか。やはりシモンさんが……」
「ええ。アイツ……何で自分で来ないんだ」
「何か負い目があるのかもしれませんね。叔母が婚姻していたらと不安だったのかも」

 そう考えれば確かに気不味いかもしれない。だが、もっと早く行動して駆け落ちでも何でも出来ただろう……と思うのは私の短絡だろうか?

「ともかく、シモンからの絵はお渡ししますね」
「はい。……。あの……石川様?」
「何でしょうか?」
「変なお話をしますが、この絵は不思議なことが起こったりしませんか?」
「え……?」
「実は、シモン様から叔母に送られた絵が他にもありまして……叔母はそれを大切にしていました」
「もしかして……月夜に光るんですか?」
「やっぱり……」

 優菜さんの話ではその絵も月夜に光るとのこと。

「実はその絵は未完成でして……」
「未完成?」
「正確には破損している、が正しいのでしょう。とにかくこちらに……」

 案内された隣の部屋には額を外した絵が掛けられていた。
 描かれていたのは霞さん自身。しかし、その一部が切り取られている。

「破損……というより意図して切り抜いてますね、コレ」

 縦に長方形の絵に綺麗に正方形に切られている端の部分。だが、これは……。

「もしかして……この花の絵は……」
「石川様もそう思いましたか」
「一枚の絵から切り抜いたのか……」

 色合いが似ているのでもしやと思ったが、どうやら二つの絵は元々一つだった様だ。

「……石川様。私はこの絵を修復したいと思います。宜しいでしょうか?」
「いや……私に断る必要はありませんよ。是非そうして下さい。シモンはそれが願いだったのかもしれませんし」
「ありがとうございます。御迷惑でなければ修復後に見に来ては頂けませんか?」
「はい。あ……恋人も連れてきて良いですか?」
「はい。是非に」

 こうして私が託された絵はシモンの想い人の元に無事届いた。文句を言ってやろうとシモンの連絡先に電話するも繋がらない。パリの観光協会に問い合わせてみたがそんな人物はいないとのことだった。

 あの野郎──と怒りも沸いたものの、二人の過去を考えれば何と無く冷めてしまった。アイツなりに必死だったのかもしれない。



 そして二ヶ月後──優菜さんから絵の修復を終えたと連絡があった。だが、そこには驚きの報告も含まれていた……。
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