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◆第一章 怪異を祓う者◆
第一話 懐覧堂の店主
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東京の『とある場所』にひっそりと佇む古びた古美術店が存在する。
日本家屋の平屋一戸建てのその店は、周囲をビルに囲まれ明らかに浮いていたが、それでも細々と商いを行っていた。
店の名は『懐覧堂』──販売されているのは主に日本美術。特に浮世絵、掛け軸や襖など絵にまつわる美術品。が、中には一部ではあるが西洋絵画や雑貨も含まれていた。
ビル街の中の古美術店は目立つ。かなり物珍しいが立地的な理由はあるものの如何せん客足は疎らだった。しかし、閑古鳥の本当の原因は店主の商売気質にあると言って良い。
そんな店に入った正面──。
やや奥まった位置には幾分高い上りカマチがあり畳の敷かれた空間がある。長方形の木製卓が置かれたその場所は店の会計処を兼ねた店主の作業場になっていた。
「また夜更かしですか、スミジさん?」
時は夕刻……古びた店内をセーラー服にエプロンというマニアックな姿で掃除していた少女は、木製の卓にぐったりと突っ伏している作務衣姿の男へ視線を向けると呆れたように溜め息を吐いた。
作務衣男の名は道祖土澄爾──『懐覧堂』の店主であり、絵師としての生業も熟している者。もっとも……店主の絵の方は滅多に売れないので画商を軸に特殊な副業を行い生計を立てている状態なのだが……。
「……ん~……昨日夜中に知人からメールがあってね。河鍋暁斎の真作が見付かったって言うからスッ飛んでったんだよ」
「きょうさい?」
「日本画家だよ。幕末から明治の頃に活躍した人でね」
河鍋暁斎──狩野派の流れを組む日本画家にして浮世絵師。海外での評価も高い画家。妖怪画などで有名な人物でもある。
「何処まで行ってきたんですか?」
「……静岡。それが名家の倉から出たっていうから期待したんだけど……酷い贋作だった。どうも先々代の家人が趣味で真似して書いたものだったらしい」
「それはまた……骨折り損でしたね」
「そうでもないよ。代わりに何点か良い掛け軸を売って頂いたんだ。ただ、朝方まで拝見してトンボ返りだったからね……。眠くて眠くて……」
脱力し殆ど動かないスミジから気だるげな視線だけを向けられたセーラー服の少女──九郷燈は、短めのポニーテールを揺らしながらスミジに近付いた。
「スミジさん。そんな姿じゃお客さんが来ても入るのを躊躇いますよ?」
「大丈夫、大丈夫。飛び込みでこの店に来る客は滅多にいないから。初めから目的の品を求めてくる人達も事前に連絡くるし。だからアカリちゃん……もう少し力を抜いてサボっても良いからね?」
「それは駄目ですよ。私は借金のカタに働いているんですから、手は抜けません」
「………。そ、それはちょっと人聞きが悪いかなぁ?」
穏やかではない言葉に慌てるスミジ。寝ボケ眼を擦りつつ身体を起こすと座禅のまま背伸びする。
改めて見ればスミジは若い。不精髭が伸びているが齢二十半ば程。作務衣の隙間からはかなり引き締まった胸元が見えている。
そしてその肌は傷だらけ……思わず観察していたアカリは、はたと思い直し慌てて視線を逸らす。そして照れを隠すように言葉を発した。
「だって事実じゃないですか……。『君からの仕事の代金は君の身体で払え』って……」
「か、かな~り語弊があるなぁ~……。俺は『仕事のルールとして対価は君自身が払わなければならないんだ』と言ったんだけど……」
「同じじゃないですか……」
「いや、全然ちが……ん? 同じとも取れる? いやいや……う~ん……」
仕舞いにスミジは首を傾げつつ唸り始めた。
日本家屋の平屋一戸建てのその店は、周囲をビルに囲まれ明らかに浮いていたが、それでも細々と商いを行っていた。
店の名は『懐覧堂』──販売されているのは主に日本美術。特に浮世絵、掛け軸や襖など絵にまつわる美術品。が、中には一部ではあるが西洋絵画や雑貨も含まれていた。
ビル街の中の古美術店は目立つ。かなり物珍しいが立地的な理由はあるものの如何せん客足は疎らだった。しかし、閑古鳥の本当の原因は店主の商売気質にあると言って良い。
そんな店に入った正面──。
やや奥まった位置には幾分高い上りカマチがあり畳の敷かれた空間がある。長方形の木製卓が置かれたその場所は店の会計処を兼ねた店主の作業場になっていた。
「また夜更かしですか、スミジさん?」
時は夕刻……古びた店内をセーラー服にエプロンというマニアックな姿で掃除していた少女は、木製の卓にぐったりと突っ伏している作務衣姿の男へ視線を向けると呆れたように溜め息を吐いた。
作務衣男の名は道祖土澄爾──『懐覧堂』の店主であり、絵師としての生業も熟している者。もっとも……店主の絵の方は滅多に売れないので画商を軸に特殊な副業を行い生計を立てている状態なのだが……。
「……ん~……昨日夜中に知人からメールがあってね。河鍋暁斎の真作が見付かったって言うからスッ飛んでったんだよ」
「きょうさい?」
「日本画家だよ。幕末から明治の頃に活躍した人でね」
河鍋暁斎──狩野派の流れを組む日本画家にして浮世絵師。海外での評価も高い画家。妖怪画などで有名な人物でもある。
「何処まで行ってきたんですか?」
「……静岡。それが名家の倉から出たっていうから期待したんだけど……酷い贋作だった。どうも先々代の家人が趣味で真似して書いたものだったらしい」
「それはまた……骨折り損でしたね」
「そうでもないよ。代わりに何点か良い掛け軸を売って頂いたんだ。ただ、朝方まで拝見してトンボ返りだったからね……。眠くて眠くて……」
脱力し殆ど動かないスミジから気だるげな視線だけを向けられたセーラー服の少女──九郷燈は、短めのポニーテールを揺らしながらスミジに近付いた。
「スミジさん。そんな姿じゃお客さんが来ても入るのを躊躇いますよ?」
「大丈夫、大丈夫。飛び込みでこの店に来る客は滅多にいないから。初めから目的の品を求めてくる人達も事前に連絡くるし。だからアカリちゃん……もう少し力を抜いてサボっても良いからね?」
「それは駄目ですよ。私は借金のカタに働いているんですから、手は抜けません」
「………。そ、それはちょっと人聞きが悪いかなぁ?」
穏やかではない言葉に慌てるスミジ。寝ボケ眼を擦りつつ身体を起こすと座禅のまま背伸びする。
改めて見ればスミジは若い。不精髭が伸びているが齢二十半ば程。作務衣の隙間からはかなり引き締まった胸元が見えている。
そしてその肌は傷だらけ……思わず観察していたアカリは、はたと思い直し慌てて視線を逸らす。そして照れを隠すように言葉を発した。
「だって事実じゃないですか……。『君からの仕事の代金は君の身体で払え』って……」
「か、かな~り語弊があるなぁ~……。俺は『仕事のルールとして対価は君自身が払わなければならないんだ』と言ったんだけど……」
「同じじゃないですか……」
「いや、全然ちが……ん? 同じとも取れる? いやいや……う~ん……」
仕舞いにスミジは首を傾げつつ唸り始めた。
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