姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第三章 人が生み出す怪異◆

第六話 幽世送り②

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 スミジ達が目に捉えた炎は少しづつ大きくなる。近付くにつれ浮かび上がるのは、やはり牛車……。車輪は両側に付いているものの炎を上げているのは片輪のみ。車を引く動物の姿はない。
 炎のわだちを一本残しつつ暗雲を纏い迫るその姿は、間違いなく【あやかし】そのもの。

「さて……話の通じるヤツなら良いけどね」

 そういって道路中央で先を見据えているスミジだが、【あやかし】は減速する気配なく迫ってくる。
 ならばと太筆を取り出し宙に格子状の罫線を描き、更に『網』の一文字を書き加える。次の瞬間には赤い墨は実物の網の如き見た目へと変化した。

 それでも止まらぬ『片輪車かたわぐるま』は牛車のくびきで網を突き破ろうとする。しかし、スミジの術で作り出した網は伸縮し切れずに牛車を押し留めた。

『伸ばし絡まるその髪で、素早きものを捕らえて縛れ!【絵妖かいよう毛羽毛現けうけげん】!』

 網に加え虚式うろしき・霊気写法による【あやかし】の顕現……実体化した毛羽毛現の髪がながえ車輪くるまわに巻き付きその動きを押さえる。

 しかし……『片輪車かたわぐるま』は自らの炎を強め髪を焼き払った。顕現していた毛羽毛現は力を失い墨に戻って道路に朱色の飛沫を散らす。

「髪の毛はやっぱり炎との相性が悪いな……。でも、動きは止まった」

 スミジの目的は祓うことではあるが討滅ではない。動きを止めた『片輪車』と面と向かえる位置に移動し改めて対峙することに……。

「お前は……言葉は分かるよな?」

 伝承となっている古妖の中には言葉を介し疎通が叶うものがいる。『片輪車』や『輪入道わにゅうどう』はそれが可能である話も伝わっているのだ。
 と言っても、必ずしも穏便に済むとは限らない。【あやかし】にとって何が反感に繋がるのかはスミジさえも分からないのである。

「お前は封印されていて何らかの間違いで解放されたんだけど……今の世に存在するには夜が明るいだろ? だから、大人しく幽世に帰ってくれないか?」
『……まかりならん』
「それは……何でか聞いて良いか?」
『我、後法性寺関白を迎えに参ずる責あり』
「…………」

 スミジは歴史に多少は明るいものの、『後法性寺関白』が誰のことかまでは分からない。関白……牛車であることを考えれば、恐らくは平安貴族の誰かと考えられる。

 以前にも述べたが『片輪車』は一種唯一の存在ではない。その派生は多種……ならば、眼前の【あやかし】も元は普通の牛車だったのかもしれない。

「……。残念だけど、その人はもう居ない。お前はもうずっと前に役割を終えたんだ」
『後法性寺関白は居らぬか……』
「多分、千年以上前にね」
『…………』

 『片輪車』の炎が小さくなる。車輪にある入道の表情は変わらないが、スミジには少し寂しげに見えた。 

「俺はお前を封印して魂を幽世かくりよに送ることができる。幽世あっちに行ったことはないけど、明るく騒がしい現世こっちに居るよりは良いんじゃないかと思うよ。大人しく封印されてくれるか?」
『……我が役割、終えたのならばそれも良しや』
「そうか……」

 スミジは巻き物を宙に広げる。そして細筆を取り出し片輪車を書き写し始めた。

 今回は急ぐ必要が無い。【あやかし】にも心はある……道理が人間に近いものも確かに存在するのだ。その点、目の前に居る【片輪車】は思ったよりも意思疎通が可能だったことがスミジには嬉しかった。

 だからだろう。絵に封じ幽世へと送る為に、ゆっくりと、そしてできるだけ詳細にその姿を写してゆく。平安の頃の文化が残る造りだけでなく、使い古された傷や【あやかし】となって変化した朽ちた材質感なども丁寧に仕上げていった。

「……終わったよ。絵に封じるとそのまま幽世に送られる。でも、お前の存在はこの絵を見る者が居る限りは消えないから安心して良い」
『………それもまた良し』
「運があれば向こうで後法性寺関白と逢えるかもな。楽しくやれると良いな、『片輪車』……【絵封かいふう】」

 吸い込まれる様に巻物の絵の中に消えた『片輪車』……滋賀で続いた連続交通事故騒動はこれにて一件落着。


 の……筈だったのだが──問題はまだ残されていた。
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