姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第三章 人が生み出す怪異◆

第七話 もう一体の【あやかし】

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「よ~し……任務完了だな」

 伊庭は顛末を見届けた後、オープンカーから降り肩の骨をコキコキと鳴らしつつゆっくりと背伸びをした。

「ん~! ……折角借りたのに結局スポーツカーコイツを使うことは無かったな」
「物分かりの良い【あやかし】だったからね。お陰で今日はゆっくり寝られそうだ」

 もし『片輪車』が暴れ回るだけの存在なら、それを追い掛ける手段が必要になる。その際、伊庭の運転するオープンカーの後部座席にスミジを乗せ並走……祓うことも考えていた。
 それはそれで危険な行為なので使わずに済んだのなら御の字である。

「さて……んじゃ、帰るか。今日は宿取ってあるからゆっくりしてこうぜ」
「あ……アカリちゃんとシズカにお土産買ってかないと」
「それは明日で良いだろ。先ずは飯だ飯。っと、その前に……」

 伊庭は未だ大音量の音楽が流れるミニバンに近付き窓を叩く。だが、秋山婦警は音楽のせいで聞こえていないらしく、携帯端末で動物の楽しげな動画を見ながらホッコリ微笑んでいた。 

「………。やれやれ」

 伊庭が溜め息を吐きながらミニバンのドアを開こうとしたその時……先程『片輪車』が現れた方角に光を捉える。

「………何だ? まだ封鎖は解除されてない筈だぞ?」

 伊庭は自分の携帯端末を取り出し電話を掛けようとした。が……光が迫るにつれその違和感に気付き始める。やがて伊庭はスミジに向かって叫んだ。

「スミジ!」

 直ぐ様反応したスミジは伊庭の傍に駆け寄りすっかり闇の深くなった先を凝視する。

 そして……その目に捉えたのは──。

「伊庭さん。比叡山に任せた別件のヤツって……」
「鎧武者の【あやかし】だって話だが……」
「じゃあ、多分間違いない」

 上下に揺れる一つの光は提灯……周囲には無数の人魂。高速道の街灯に照らされる度に浮かび上がるのは、確かに黒い鎧武者の姿だ。それだけでも十分異様だが、更に異様なのは下半身が赤黒い馬体であることだ。

 それはまるで西洋の幻獣ケンタウルス──本来、馬の首のある部分に鎧武者の上半身が融合した形態の怪異。

「おいおい……。日本でケンタウルスかよ……」
「伊庭さん。ケンタウルスは神話の中の存在だけど一応『生物』だよ。鎧武者の顔、良く見て」

 伊庭が指摘され鎧武者を観察すると、その顔や腕は骸骨。反面、下半身の馬がやけに生々しいので違和感が半端ではない。

「……何なんだ、アレは?」
「俺も知らない姿……多分、新妖だと思う」
「何で比叡山からこっちに来やがった?」
「それも多分だけど、『片輪車』の霊気に引かれたのかもしれない。けど……」

 骸骨武者の速度は『片輪車』よりも遅く馬の脚相当に見える。それよりも問題なのは手にしているもの。骸骨武者は右手に提灯、そして左手には日本刀を所持していた。

「『片輪車』は見た人を祟ったけど、死に至るものじゃなかった。でも……あの骸骨は明らかな武器を持っている。ここで止めないと」

 『片輪車』が姿を見た者を祟ったのは威嚇の類いとスミジは考えている。貴族を乗せている立場として【あやかし】なりに誇りがあったのでは?というのは飽くまで推測。
 無論、【あやかし】の道理全てなど到底理解できない。しかし、死人が出なかったことには意味があるとスミジは考える。

 対して、迫る骸骨武者は抜き身の刀を手に鞘も備えていない。明らかな殺傷目的で造られた道具を持つ【あやかし】は危険な場合が多いのだ。

 それでも昼日中ならば被害は軽微となる筈だが、今は闇の時刻……。

「ちっ! だが、アレがどんな【あやかし】か分からねぇぞ?」
「仕方無いよ。とにかく、アイツを祓うしかない。その間に伊庭さんは比叡山の方に確認を入れて貰いたい。それと……」
「何だ?」
「インターネット上にあんな姿の【あやかし】が記載されていないか急いで調べて欲しい。それ次第では対策が必要になる」
「……。一人で大丈夫なんだな?」
「ま……仕事だからね」

 戦えぬ歯痒さもあるがそれぞれには役目がある。伊庭はそれを心得ている。 

「そういや、秋山婦警はどうする?」
「戦いになると危ないから伊庭さんと一緒に連れてってくれる? ミニバンはそのままで良いから」
「了解だ」

 それからの伊庭の行動は早かった。ミニバンの扉を開き秋山を抱えあげるとそのままスポーツカーの助手席に運び、自らも素早く運転席に乗り込んだ。
 発進まで僅か数秒……御姫様抱っこをされて呆けていた秋山は急加速で我に返り悲鳴を上げていた。タイヤがアスファルトを擦る音が遠退く様をスミジが半笑いで見送ったのは内緒の話だ。

 後は伊庭からの連絡待ち。それまでスミジには【あやかし】の相手をする必要性が生まれた。

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