姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第三章 人が生み出す怪異◆

第十話 討滅

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 日の落ちた山中は闇に満ちている。

 月夜ならばまだ光源がある。しかし、深い森の中ともなれば人の目では一寸先さえも捉えるのが難しい。

 そんな闇は心を惑わし得体の知れない“ありもしないもの”への恐怖を生む。本来、人が足を踏み込まぬ領域というのは、謂わば簡易的な幽世《かくりよ》と同義とも言えるのだ。

 逢魔が刻は黄昏時……黄昏は『誰ぞ彼』とも置き換えられる。相手は人か【あやかし】か……その判別の付かぬ闇の時刻。

 その時刻よりも更に闇深き刻の中で巨躯を持つ恐ろしき【あやかし】と対峙するのは【祓い師・道祖土スミジ】──。

『早速力を見せてみよ、【あやかし使い】』

 半人半馬……いや、半妖半馬の鎧武者・バラゴはスミジを目の前に捉えたままカタカタと骨を鳴らし笑う。

「あやかし使い?」
『先程あやかしを喚び出し操って見せたであろう?』
「あ~……アレは喚び出したんじゃなく写し出したんだよ。本物じゃない」
『ほう……益々面白いではないか。人が意図して怪異を起こすなど最早【人】としての枠を越えているのではないか?』
「そうしないとお前らみたいのに対応できないだろ?」
『ハッハッハ! 人を守る為、人の枠を踏み越えるか……。その気概……貴様、魔王様に仕える気があるならば口添えしてやるぞ?』
「え、遠慮します」

 魔王を名乗った【あやかし】は確かに存在する。しかし、バラゴの言うはやはり違うものを意味している様に思われた。
 一方で、このままバラゴを放置すれば噂が広まり魔王が認識されてしまう恐れもある。【祓う】ことは前提から外せない。

 だが……スミジは少し迷ってしまった。

「もう一度だけ聞く。幽世に帰れ、バラゴ。お前、対話ができるし一応配慮もしてくれただろ? だから、できれば討滅は避けたい」

 バラゴは千頭岳に至るまで大人しくスミジに付いてきた。そう行動を誘導した訳ではなく、交渉の末に従ったのである。
 バラゴ自身の道理や思惑の影響かもしれないが、それは新妖……しかもスラスラと対話が可能な我の強い【あやかし】としては珍しいことだった。

『……何を蒙昧もうまいな……貴様、我との約定を破るか』
「いや……戦うのは戦ってやる。ただ、お前を調伏ちょうぶく……この場合、屈伏かな? それをさせられたら幽世に帰らないかっていう話だ」

 スミジの封印術……初式しょしき霊気写法れいきしゃほう・【絵封かいふう】は、怪異を幽世に送る封印術。

 通常、封印された【あやかし】は人目に触れぬとやがて力を失う。幽世でも力が薄れぬよう『絵』として残す方法を考え出したのは、道祖土《さいど》家最初の【あやかし祓い】だと伝わっている。

 【絵封】はその後も虚式・霊気写法により写し身を顕現させることが可能で、【祓い師】の仕事にも利点が多いものだ。

 だが……【討滅】となれば話は変わってくる。

 【討滅】は会話が通じない強力な【あやかし】への最終手段。封印をはね除け、災害を起こす可能性を断ち切る為の選択である。
 【あやかし祓い】の中には【討滅】だけしか行わぬ者もいる。スミジはそれを責めるつもりはない。本来、人と【あやかし】が交わるのは摂理に反することなのだ。

 しかし……スミジは作業のように討滅するのが嫌だった。【あやかし】は人が生む場合が多く、また害の無いものも時折存在する。今回対話にて封印できた『片輪車』の様な存在も居るのだ。

 何より、【人】が【あやかし】となる例もあることから、スミジは『人』と『あやかし』の存在の差がどこにあるのかという疑問を常に抱いていた。 

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