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◆第三章 人が生み出す怪異◆
第十二話 奥の手
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幾度かの駆け引きの後、馬体部分に身体を巻き付いた赤龍は放電を続けバラゴの動きを止める。その間にスミジは巻き物を広げバラゴの姿を素早く書き写した。
『グガガガガッ……!』
「そのまま幽世に帰れ、バラゴ! 初式霊気写法・絵封──」
僅かにその輪郭を崩しスミジの描き写した巻き物へ……吸い込まれ始めたバラゴはやがて朧気な影となり拘束している赤龍をすり抜けた。だがその瞬間、高らかな笑い声が響き渡る。
『フハハハ! この時を待っていたぞ!』
距離的にスミジの間近に迫ったその位置でバラゴは再び実体化。刃をスミジへと向けた。赤龍はバラゴの向う側……今から戻しては間に合わない。
その後のスミジの反応は誰が見ても称賛する素早さだった。状況把握から右手の太筆で四角を描き【鉄壁】の文字を書き込むまで一秒と掛からなかった。
だが……バラゴは鉄の壁が現出するよりも速くスミジの肩口に刃を振り落とす。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
術の発動に繋がらなかった朱色の墨が解け大地に滴る。バラゴの刃からかなり離れた位置には、袈裟斬に裂けた作務衣姿のスミジが膝を突いていた。
『油断したな、霊印術師! 確かに厄介な龍ではあるが、所詮は貴様の操るもの……ならば大元を叩けば済む話よ』
バラゴは更に追撃の姿勢を見せるも辛うじて赤龍が戻りその進行を塞ぐ。
『フン……。良く持ちこたえたものよな。上手く躱したようではあるが、その傷……浅くはあるまい?』
「ぐっ……」
バラゴの刃が届く瞬間にスミジは身体を捻りつつ背後に飛んだ。しかし、バラゴの刃は大太刀……想像よりも太刀筋の軌道が伸び躱しきれなかった。
暗闇で見えないが斬り裂かれた作務衣の下はかなりの血で濡れている。
(クソッ! 封印術を逆に利用された……。それに、左手が……)
幸い筋や腱は無事のようだが、傷の痛みで上手く動かせない。左手の黒筆を右手に持ち変えるも赤龍はその姿を薄れさせ消えてしまった。
霊気を消費する赤龍……スミジは集中力を維持できず操作する力を失ったのだ。
『クックック。惜しかったな……だが、ここまで我を楽しませるとは思わなかったぞ。見事だった、道祖土スミジとやら』
「…………」
『貴様は甘いのよ。戦いは覚悟の無い者から滅び行く。眼前の敵を倒すことのみに意識を費やすのは戦う者の本能でなければならぬ』
「………俺は戦う者だけど、同時に守る者でもあるんだ。ただ倒す・屠るやってるだけじゃ人として大事なものを失う」
『フン……その結果、今の貴様は死にかけではないか。人であるが故の弱さを捨てられぬなら死んで魔に転生するが良い』
ジリジリと迫るバラゴ……が、スミジのその目を見て歩みを止めた。
『…………。まだ諦めぬか。だが、霊力が尽きかけ満身創痍なのは明白。死に損ないの貴様にこれ以上何がある?』
バラゴの問いにスミジはニヤリと笑い答えた。
「人を捨てればお前に勝てる……違うか?」
『何……?』
「俺の切り札は一つじゃない。もう一つ……本当の奥の手がある。でも、出来れば使いたくなかったんだよ。それは、もう人とは言えない力だからな」
黒筆を懐に収納し新たに取り出したのは中太筆……スミジは使える右手のみで【あやかし】を描き上げる。
「……。お前、何で待っているんだ? お前の理屈なら今こそ俺を屠る好機だと思うけど?」
『我の愉悦は戦いだと言った筈……。貴様がまだ更なる力を見せると言うならば、その力と殺り合うのが道理だと思うが?』
「ハハ……やっぱりお前、【あやかし】の癖に人間臭いよ」
スミジが描き上げた【あやかし】……それは、日本に於いてその存在を知らぬ者無き脅威。
『【鬼】か……。確かに脅威ではあるのだろう。だが、貴様の術で生み出したところで所詮は偽物……龍を超えることはあるまい』
「……俺は言った筈だぞ、バラゴ。“人を捨てればお前に勝てる”……ってな?」
『………。良かろう。ならば貴様の最後の切り札とやらを捩じ伏せ我の勝利とする。実に楽しませて貰ったぞ、道祖土スミジ』
「出来れば封印されて俺の力になって欲しかったよ、バラゴ……。もし……お前が討滅からでも戻って来れたなら、今度こそ力を貸してくれ」
『貴様も大概な奴よな』
「まぁね……」
そして……スミジの本当の【奥の手】が発動。
千頭岳の地に響く轟音。嵐の如き音と振動は半刻程でピタリと途絶えた。
暗闇の中最後に立っていたのは──。
『クハ……ハハ……! まさか、あの状況から我を滅ぼす者が居るとは……。まさに人外』
馬体は無惨に引き裂かれその鎧も一部を残すのみとなったバラゴは、唯一無事な頭部で佇むスミジを見る。既にその身体は黒い灰のように散り始めていた。
「バラゴ……」
『貴様には感謝しているぞ……ここまで我を昂らせた者は貴様のみ! 誇るが良い!』
「……ああ。そうするよ」
『我が復活することがあれば、約束通り我が魔王として貴様に従ってやる』
「お、俺は魔王じゃないぞ?」
『フハハハ! さらばだ、道祖土スミジ! 天晴れ也!』
バラゴの姿が崩れ黒い灰の様になった幽体は、現世の闇の中へと融けてゆく。
厄災の如き力を秘めた冥道業魔将・バラゴは討滅され、その存在の力は世界から消えた。
(いっ……痛ててて……。あ~あ、あれだけ派手にやっちっちまったからな。下じゃ大騒ぎだろう。あ……パトカーがこっちに向かってくる。…………。逃げるか)
滋賀県にて起こった怪異騒動はこうして幕を閉じた。
しかし……久々の脅威との戦いによりスミジの胸に去来した寂しさに気付く者はいない。
『グガガガガッ……!』
「そのまま幽世に帰れ、バラゴ! 初式霊気写法・絵封──」
僅かにその輪郭を崩しスミジの描き写した巻き物へ……吸い込まれ始めたバラゴはやがて朧気な影となり拘束している赤龍をすり抜けた。だがその瞬間、高らかな笑い声が響き渡る。
『フハハハ! この時を待っていたぞ!』
距離的にスミジの間近に迫ったその位置でバラゴは再び実体化。刃をスミジへと向けた。赤龍はバラゴの向う側……今から戻しては間に合わない。
その後のスミジの反応は誰が見ても称賛する素早さだった。状況把握から右手の太筆で四角を描き【鉄壁】の文字を書き込むまで一秒と掛からなかった。
だが……バラゴは鉄の壁が現出するよりも速くスミジの肩口に刃を振り落とす。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
術の発動に繋がらなかった朱色の墨が解け大地に滴る。バラゴの刃からかなり離れた位置には、袈裟斬に裂けた作務衣姿のスミジが膝を突いていた。
『油断したな、霊印術師! 確かに厄介な龍ではあるが、所詮は貴様の操るもの……ならば大元を叩けば済む話よ』
バラゴは更に追撃の姿勢を見せるも辛うじて赤龍が戻りその進行を塞ぐ。
『フン……。良く持ちこたえたものよな。上手く躱したようではあるが、その傷……浅くはあるまい?』
「ぐっ……」
バラゴの刃が届く瞬間にスミジは身体を捻りつつ背後に飛んだ。しかし、バラゴの刃は大太刀……想像よりも太刀筋の軌道が伸び躱しきれなかった。
暗闇で見えないが斬り裂かれた作務衣の下はかなりの血で濡れている。
(クソッ! 封印術を逆に利用された……。それに、左手が……)
幸い筋や腱は無事のようだが、傷の痛みで上手く動かせない。左手の黒筆を右手に持ち変えるも赤龍はその姿を薄れさせ消えてしまった。
霊気を消費する赤龍……スミジは集中力を維持できず操作する力を失ったのだ。
『クックック。惜しかったな……だが、ここまで我を楽しませるとは思わなかったぞ。見事だった、道祖土スミジとやら』
「…………」
『貴様は甘いのよ。戦いは覚悟の無い者から滅び行く。眼前の敵を倒すことのみに意識を費やすのは戦う者の本能でなければならぬ』
「………俺は戦う者だけど、同時に守る者でもあるんだ。ただ倒す・屠るやってるだけじゃ人として大事なものを失う」
『フン……その結果、今の貴様は死にかけではないか。人であるが故の弱さを捨てられぬなら死んで魔に転生するが良い』
ジリジリと迫るバラゴ……が、スミジのその目を見て歩みを止めた。
『…………。まだ諦めぬか。だが、霊力が尽きかけ満身創痍なのは明白。死に損ないの貴様にこれ以上何がある?』
バラゴの問いにスミジはニヤリと笑い答えた。
「人を捨てればお前に勝てる……違うか?」
『何……?』
「俺の切り札は一つじゃない。もう一つ……本当の奥の手がある。でも、出来れば使いたくなかったんだよ。それは、もう人とは言えない力だからな」
黒筆を懐に収納し新たに取り出したのは中太筆……スミジは使える右手のみで【あやかし】を描き上げる。
「……。お前、何で待っているんだ? お前の理屈なら今こそ俺を屠る好機だと思うけど?」
『我の愉悦は戦いだと言った筈……。貴様がまだ更なる力を見せると言うならば、その力と殺り合うのが道理だと思うが?』
「ハハ……やっぱりお前、【あやかし】の癖に人間臭いよ」
スミジが描き上げた【あやかし】……それは、日本に於いてその存在を知らぬ者無き脅威。
『【鬼】か……。確かに脅威ではあるのだろう。だが、貴様の術で生み出したところで所詮は偽物……龍を超えることはあるまい』
「……俺は言った筈だぞ、バラゴ。“人を捨てればお前に勝てる”……ってな?」
『………。良かろう。ならば貴様の最後の切り札とやらを捩じ伏せ我の勝利とする。実に楽しませて貰ったぞ、道祖土スミジ』
「出来れば封印されて俺の力になって欲しかったよ、バラゴ……。もし……お前が討滅からでも戻って来れたなら、今度こそ力を貸してくれ」
『貴様も大概な奴よな』
「まぁね……」
そして……スミジの本当の【奥の手】が発動。
千頭岳の地に響く轟音。嵐の如き音と振動は半刻程でピタリと途絶えた。
暗闇の中最後に立っていたのは──。
『クハ……ハハ……! まさか、あの状況から我を滅ぼす者が居るとは……。まさに人外』
馬体は無惨に引き裂かれその鎧も一部を残すのみとなったバラゴは、唯一無事な頭部で佇むスミジを見る。既にその身体は黒い灰のように散り始めていた。
「バラゴ……」
『貴様には感謝しているぞ……ここまで我を昂らせた者は貴様のみ! 誇るが良い!』
「……ああ。そうするよ」
『我が復活することがあれば、約束通り我が魔王として貴様に従ってやる』
「お、俺は魔王じゃないぞ?」
『フハハハ! さらばだ、道祖土スミジ! 天晴れ也!』
バラゴの姿が崩れ黒い灰の様になった幽体は、現世の闇の中へと融けてゆく。
厄災の如き力を秘めた冥道業魔将・バラゴは討滅され、その存在の力は世界から消えた。
(いっ……痛ててて……。あ~あ、あれだけ派手にやっちっちまったからな。下じゃ大騒ぎだろう。あ……パトカーがこっちに向かってくる。…………。逃げるか)
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