姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

文字の大きさ
35 / 153
◆第三章 人が生み出す怪異◆

第十二話 奥の手

しおりを挟む
 幾度かの駆け引きの後、馬体部分に身体を巻き付いた赤龍は放電を続けバラゴの動きを止める。その間にスミジは巻き物を広げバラゴの姿を素早く書き写した。

『グガガガガッ……!』
「そのまま幽世に帰れ、バラゴ! 初式霊気写法・絵封──」

 僅かにその輪郭を崩しスミジの描き写した巻き物へ……吸い込まれ始めたバラゴはやがて朧気な影となり拘束している赤龍をすり抜けた。だがその瞬間、高らかな笑い声が響き渡る。

『フハハハ! この時を待っていたぞ!』

 距離的にスミジの間近に迫ったその位置でバラゴは再び実体化。刃をスミジへと向けた。赤龍はバラゴの向う側……今から戻しては間に合わない。

 その後のスミジの反応は誰が見ても称賛する素早さだった。状況把握から右手の太筆で四角を描き【鉄壁】の文字を書き込むまで一秒と掛からなかった。

 だが……バラゴは鉄の壁が現出するよりも速くスミジの肩口に刃を振り落とす。

「ぐあぁぁぁぁっ!」

 術の発動に繋がらなかった朱色の墨がほどけ大地に滴る。バラゴの刃からかなり離れた位置には、袈裟斬に裂けた作務衣姿のスミジが膝を突いていた。

『油断したな、霊印術師! 確かに厄介な龍ではあるが、所詮は貴様の操るもの……ならば大元を叩けば済む話よ』

 バラゴは更に追撃の姿勢を見せるも辛うじて赤龍が戻りその進行を塞ぐ。

『フン……。良く持ちこたえたものよな。上手く躱したようではあるが、その傷……浅くはあるまい?』
「ぐっ……」

 バラゴの刃が届く瞬間にスミジは身体を捻りつつ背後に飛んだ。しかし、バラゴの刃は大太刀……想像よりも太刀筋の軌道が伸び躱しきれなかった。
 暗闇で見えないが斬り裂かれた作務衣の下はかなりの血で濡れている。

(クソッ! 封印術を逆に利用された……。それに、左手が……)

 幸い筋や腱は無事のようだが、傷の痛みで上手く動かせない。左手の黒筆を右手に持ち変えるも赤龍はその姿を薄れさせ消えてしまった。
 霊気を消費する赤龍……スミジは集中力を維持できず操作する力を失ったのだ。

『クックック。惜しかったな……だが、ここまで我を楽しませるとは思わなかったぞ。見事だった、道祖土スミジとやら』
「…………」
『貴様は甘いのよ。戦いは覚悟の無い者から滅び行く。眼前の敵を倒すことのみに意識を費やすのは戦う者の本能でなければならぬ』
「………俺は戦う者だけど、同時に守る者でもあるんだ。ただ倒す・屠るやってるだけじゃ人として大事なものを失う」
『フン……その結果、今の貴様は死にかけではないか。人であるが故の弱さを捨てられぬなら死んで魔に転生するが良い』

 ジリジリと迫るバラゴ……が、スミジのその目を見て歩みを止めた。

『…………。まだ諦めぬか。だが、霊力が尽きかけ満身創痍なのは明白。死に損ないの貴様にこれ以上何がある?』

 バラゴの問いにスミジはニヤリと笑い答えた。

「人を捨てればお前に勝てる……違うか?」
『何……?』
「俺の切り札は一つじゃない。もう一つ……本当の奥の手がある。でも、出来れば使いたくなかったんだよ。それは、もう人とは言えない力だからな」

 黒筆を懐に収納し新たに取り出したのは中太筆……スミジは使える右手のみで【あやかし】を描き上げる。

「……。お前、何で待っているんだ? お前の理屈なら今こそ俺を屠る好機だと思うけど?」
『我の愉悦は戦いだと言った筈……。貴様がまだ更なる力を見せると言うならば、その力と殺り合うのが道理だと思うが?』
「ハハ……やっぱりお前、【あやかし】の癖に人間臭いよ」

 スミジが描き上げた【あやかし】……それは、日本に於いてその存在を知らぬ者無き脅威。

『【鬼】か……。確かに脅威ではあるのだろう。だが、貴様の術で生み出したところで所詮は偽物……龍を超えることはあるまい』
「……俺は言った筈だぞ、バラゴ。“人を捨てればお前に勝てる”……ってな?」
『………。良かろう。ならば貴様の最後の切り札とやらを捩じ伏せ我の勝利とする。実に楽しませて貰ったぞ、道祖土スミジ』
「出来れば封印されて俺の力になって欲しかったよ、バラゴ……。もし……お前が討滅からでも戻って来れたなら、今度こそ力を貸してくれ」
『貴様も大概な奴よな』
「まぁね……」

 そして……スミジの本当の【奥の手】が発動。


 千頭岳の地に響く轟音。嵐の如き音と振動は半刻程でピタリと途絶えた。


 暗闇の中最後に立っていたのは──。


『クハ……ハハ……! まさか、あの状況から我を滅ぼす者が居るとは……。まさに人外』

 馬体は無惨に引き裂かれその鎧も一部を残すのみとなったバラゴは、唯一無事な頭部で佇むスミジを見る。既にその身体は黒い灰のように散り始めていた。

「バラゴ……」
『貴様には感謝しているぞ……ここまで我を昂らせた者は貴様のみ! 誇るが良い!』
「……ああ。そうするよ」 
『我が復活することがあれば、約束通り我が魔王として貴様に従ってやる』
「お、俺は魔王じゃないぞ?」
『フハハハ! さらばだ、道祖土スミジ! 天晴れなり!』

 バラゴの姿が崩れ黒い灰の様になった幽体は、現世うつしよの闇の中へと融けてゆく。
厄災の如き力を秘めた冥道業魔将・バラゴは討滅され、その存在の力は世界から消えた。

(いっ……痛ててて……。あ~あ、あれだけ派手にやっちっちまったからな。下じゃ大騒ぎだろう。あ……パトカーがこっちに向かってくる。…………。逃げるか)


 滋賀県にて起こった怪異騒動はこうして幕を閉じた。

 しかし……久々の脅威との戦いによりスミジの胸に去来した寂しさに気付く者はいない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

処理中です...