姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第五章 森羅の中◆

第七話 山の主という存在

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 夜が明ける頃、サトリはゆっくりと立ち上がる。スミジは最後に酒と食物を大量に袋に入れて手渡した。

「あんまり頻繁に人間に近付くと……」
「騒ぎ……わかってる……」

 心が読めるなら近付くべき相手の見極めもできる筈。スミジは余計なことを言ったと苦笑いだ。

「そっか。……代わりに俺もたまに来るよ。知り合いの祓い師にも伝えておくから、前よりは寂しくなくなると思う」
「…………」
「それに、さ」
「酒……たのしみだ……」

 サトリは森の奥へと融ける様に去っていった。その足取りがスミジには少し軽やかに見えた。

「…………。さて、帰るかな」

 荷物を片付け焚き火の後始末を行なう。下山途中、山小屋に立ち寄ることを忘れない。

「お……帰るのか?」
「ええ。取り敢えず仕事は終わりです」
「じゃあ、祓ったのか?」
「いいえ。山の神は流石に祓えませんよ」
「山の神……じゃあ、サトリってのは天狗様か!?」

 管理人は驚きの表情だ。

「実はサトリは天狗と同一視される場合もあるんですよ」
「うぅむ……そりゃあ、確かに祓えんわな」
「そこでですね、お願いがあるんですが……」

 スミジの頼みはサトリに関するものだった。

 山男は守り神だから恐れないで欲しい、酒を振る舞い一晩付き合えば山が守ってくれる──そう吹聴して貰いたいと管理人に頼んだ。

「ふぅむ……」
「言い伝えっぽくて良いのでお願いします」
「……。それは嘘では無いんだろ?」
「ええ……」

 嘘では無いが絶対でもない。この吹聴には噂が伝播することでサトリの在り方を少し調整する意図もあった。

「わかった。今日から早速やってみよう」
「ありがとうございます!」

 最後にスミジはリュックサックから筆入れを取り出し札に一筆したためる。札にはサトリの姿を描き、裏には懐覧堂の連絡先を書き綴り管理人に手渡した。

「それじゃ、宜しくお願いしますね。また来ます」
「おう。気を付けてな」


 ぬしの居ない山は荒れるという。

 山のぬしというのは山の霊気を独り占めできる立場でもあるので、【あやかし】同士がより強い力を得る為に地位を巡って争うことがある。
 その争いの間、山の霊気は管理されることなく無秩序になる。分け隔てなく災害に巻き込み、しかし恩恵は【あやかし】同士の奪い合いで萎んで行く。中には人を喰らうことで力を付け、ぬしになろうとするものさえ存在するのだ。

 そういった山は難所として恐れられ、人に仇なすぬしが生まれる。かつては『山の神』に人身御供まで必要とされた時代があった……。

 それに比べればサトリの何と大らかなことか──。

「今回は……良い仕事だったな。後でアカリちゃんも誘ってみるかな」

 スミジはサトリが長く山の神であることを願いつつ、再びの来訪を楽しみに帰路へと就くのであった。

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