姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第二話 伊庭の来訪

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「牛鬼が出た?」

 六月某日──。

 伊庭が懐覧堂に現れたのは、二日ほど続いた雨が上がり晴れ間となった日の午後だった。

 伊庭に同行していたのは賢雲けんうん……景星学園で起きた『馬の怪』の際に縁のできた天元てんげん明智宗めいちしゅうの僧侶である。

「ああ。報告書を受けて調査した結果、【怪異】であることは間違いない」
「牛鬼……これまたヤバイのが出てきたな。それで……賢雲さんは何故伊庭さんと?」
「天元明智宗も一応、国と連携している。『超法規事例対策室一係』の対応次第では儂も動く必要があるのでな……」

 全国に広がる天元明智の宗派──賢雲はそれなりに地位が高い為、今回代表として打ち合わせに来た……ということだ。

「で……どうする、スミジ?」
「受けるのは問題ないよ、伊庭さん。で……現状はどんな感じ?」
「今、説明する」

 伊庭はタブレットPCを取り出し接客テーブルに置くと、ブリーフケースから紙の資料を取り出しスミジと賢雲に手渡した。

「先ず、先月発覚した事例から愛媛県警は巡回時間を増やした。あちらの指揮者は切れ者だぞ? 警官だけでは危険と判断し天元明智宗の僧と必ず一緒に行動している」
「へぇ……」

 通常、【怪異】などと言われて鵜呑みにする者はいない。たとえそれが国からの命令であっても自ら体験しない限り大半は信じない。警察の様な組織ともなれば尚のこと半信半疑で対応することが多いのだ。
 だからこそ【怪異】絡みでは『超法規事例対策室一係』の人間が現地に赴き独自の執行権限を用いて調査に当たる。

 滋賀県で起きた『片輪車』の案件では、秋山婦警が自ら志願したこともあるが対応としてはかなり雑に扱われた感がある。
 仮にも本庁から派遣された伊庭に対し署長は顔を見せなかった。確かに【怪異】を調べに来たと言われても対応に困る気持ちも判らないでもないのだが……。

 『超法規事例対策室一係』は警視庁所属部署ではあるが、その実は特殊機関──直接の指揮権は宮内庁にある。これは、古より【怪異】から皇室を守っていた組織が前身である為。当然、警察機構関係者はそんな事実を知らず、生活安全課の一部署としか見ていないのが実状だ。

 だからこそ『超法規事例対策室一係』には、行動の際特別指揮権限が与えられている……とはいえ、滅多に行使されることはない。

 しかし、今回の愛媛県警は報告を『対策一係』宛で送ってきた。報告内容もかなり詳細で、かつ【怪異】絡みを前提としている。それはつまり、【怪異】を理解している者が居る証……。

「ともかく、あちらの指揮のお陰で事例発覚後の犠牲拡大は無いらしい。あちらさん、御丁寧に海に面する各市町村警察に連絡を入れていた様でな……しかも、信用されるように【怪異】とは別の理由を付けて通達していた」

 脱走した囚人を隠密裏に捕まえたいので協力を、というのが表向きの要請だったらしい。同時に天元明智宗にも協力を要請し、瀬戸内海の海岸はかなり厳重に監視されていた……というのが伊庭が知り得た情報だ。

「そりゃあ凄い……。でも、随分手慣れてない?」
「そりゃあそうだ。あちらの指揮者は元祓い師だそうだからな」
「マジで……?」
「ああ。といっても、引退したそうだぞ? ま、詳しくは俺も知らん」

 元祓い師の指揮者。スミジは少しばかり興味が湧いた。

「話を戻すぞ? 現状、天元明智宗の警戒のお陰か被害は確認されていない。だが、目撃者の話で牛鬼の逸話と繋がった」

 着物の若い女に連れられ歩いていった男性を遠巻きに見ていたタクシー運転手は、牛鬼が人を襲う姿を夢や幻覚だと考え他言できなかったそうだ。
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