姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第十話 優先すべき者達

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「申し訳ありませんが、この朱文字の外には出ないで下さい。それと……外部から誰か来た場合は寺院の外に引き返すように伝えて貰えますか?」
「わ、わかりました……」
「出来れば海岸沿いの警戒に当たっている人達にも一度海から離れるように電話で伝えて下さい。今回狙われてるのは多分、僧侶です」
「な、何だって!?」

 驚愕の表情の僧侶だが、スミジは努めて冷静に続ける。

「牛鬼は狡猾だと聞いています。僧を分散させて拠点の大源寺を狙った……若しくは、分散させて僧を一人づつ狙っているのか……。ともかく、今は避難を優先させて下さい」 
「わ、わかりました」
「では……」

 一気に駈け出すスミジは足を止めず自らに術式を施す。

 【参式・霊装紋れいそうもん】──自らに紋様を書き込むことで身体機能を高める霊印術。

 そのまま一気に跳躍したスミジは寺院本堂の屋根に着地。呪詛の気配を追った。

(………。居た……。状況は……やや押されている?)

 大源寺裏手の森の中、直綴じきとつに五條袈裟の法衣姿をした剃髪僧と、黒の裳付もつけ石帯いしおびで結び、白の括袴くくりばかまに白の脛巾はばきといった短髪の僧兵が動き回っている。
 その視線の先には、長髪の女の頭部を持つ大蛇が素早い動きで木々の隙間を縫うように移動していた。

 僧侶達は時折飛び掛かるものの尻尾で弾かれ近付けない様子。時折僧侶達が不規則に動きを止めていることも戦況が好転しない理由の様だ。

(……。今のままじゃ俺が加勢しても逃げられるか。なら……)

 懐から中太筆と太筆を取り出したスミジは屋根から跳躍し地面に着地。が、直ぐに加勢には向かわず森の外側付近を移動し始めた。

 太筆は右手で横に向け宙空を朱で塗り、左手の中太筆は常に動かし文字・紋様を書き込む。戦う僧侶達と磯女を中心に大きな円を描くよう駆け抜け元の位置まで戻ったスミジは、そのままもう一周同じ場所を駈け始める。
 二週目は宙空に引いた朱の墨に札を貼って行く。札に描かれているのはお馴染みの龍の姿──それを十二枚貼り終える頃には丁度一周していた。

『これよりこの円は赤龍のねぐらの内……牙と鱗と雷に阻まれ外に出ることあたわず! 龍巣りゅうそう螺旋らせん結界!』

 【伍式・絶気界印文】弐ノ型、【怪妖かいよう結界術】──スミジが使える中では強力な部類に入るこの結界は、組み込む【あやかし】の霊気により属性を調整できる効果がある。

 龍は複数の属気を操る。本質は蛇と同様の水気すいき……しかし天候を操る為、風と雷も扱い炎を吐くこともある。そして【龍】という神性……その力には多様性があった。

 結界に組み込んだ雷は木気もくき……五行相生ごぎょうそうせいに於いては水気すいきにより力を増す。

 磯女は海に住まい蛇の姿を持つ水気の【あやかし】──結界の雷は磯女が近付くことで力を増すので外へ出ることは困難となるだろう。

 今回、スミジは磯女との対話を半ば諦めている。元が凶なる存在であること……そして既に被害が出ていることから思考を討滅を切り替えていた。
 何より、ここで逃がせばどれ程の犠牲が出るか分からない。大源寺を襲撃されたのは痛手ではあるが、呪詛に対抗できる僧侶が襲われ犠牲が出なかったことはただの幸運でしかない。

 現世うつしよで優先されるのは現世で生きる者達──それもまたスミジの覚悟の形。

 だからこそ、スミジのその表情はいつになく厳しかった……。

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