姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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◆第六章 古き大妖◆

第五十一話 諦めぬ意志

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 この時点でスミジの霊力はほぼ空に近い。筧は銃弾に使用する霊力をストックとして事前に刻んでいたので疲弊は少ない様だが、それでも全快状態という程ではない。
 心源も蒼禅も回復には程遠い状態である。法具もほぼ全て使い尽くした。加勢どころか足手まといが危惧される状況である。

 対して牛鬼は寧ろ強化されていると感じる程……。拮抗から優勢へと傾いていた戦況は圧倒的窮地へと変わってしまった。


 それでも……スミジと筧はまだ諦めていない。諦める訳にはいかない、というのが正解かもしれない。

「道祖土殿……まだ奥の手はあるか?」
「ええ。本当に最後の手段が一つだけ……」
「奇遇だな。私もだ」
「じゃあ、何とか行けますかね?」
「さて……不利は変わらないだろうが、ここで負ける訳には行くまい?」
「はは……確かに」

 祓えぬなら封じる……ということさえできない現状は、敗北即ち災害並の犠牲者が出る可能性を意味する。よもや石鎚山法起坊はその為に祓い師達を囮として牛鬼を閉じ込めたのか……と筧の脳裏に過ぎったが、直ぐにその考えは否定された。

(いや……そんな手間を掛けるなら初めから『天元明智宗』や『超法規事例対策室』に姿を見せ“総力で封じろ”と命じれば済む話だ。法起坊は護り手としての存在力が高い筈。それに……)

 この戦いの前に聞いた話では、スミジの霊力を後から補給できる霊珠を授けているのだ。つまり、最低でもスミジは生き残ることを意味している。

(ということは、まだ戦況は変化するのか……。現状、一番余裕があるのは私……ならばやることは一つ)

 覚悟を決めた筧は刀を鞘に納め軍用ベストを外した後、続けて軍服の上着を脱ぎ捨てる。胸元をサラシで巻いたその姿……手足にはスミジと似た様な包帯が巻かれているが、背中には特殊な刺青が施されているのが判った。

 円環に描かれた刻印術の紋様……それが九つ組み合わせで輪になる様に背中に刻まれている。

 驚くべきは老齢とは思えぬ鍛え上げられた肉体。筧は自嘲する様に笑う。

「ババアの肌など見ても嬉しくないだろうが、我慢してくれ」
「そんなことは……」
「フフッ……冗談だ。真面目だな、道祖土殿は。……。間もなく夜が来る。このまま守りに徹していても時間は牛鬼に味方するだけだ。私が先に手札を切るので支援してくれると有り難い」
「……わかりました。でも、俺の残りの霊力じゃあまり強い支援はできませんが……」
「何……牛鬼の意識を割ければ構わんさ。それと、この切り札には時間制限がある。その時は後を頼む」
「……。分かりました。でも、死ぬつもりならやらせませんよ?」
「それなら心配無用だ。筧の家訓は『常在戦場なれど畳で死ねぬは敗北に同じ』だからな」
「ハハハ……」

 筧の目は確かに死の色を映してはいない。ならばとスミジはその覚悟を信じることにした。

「では、支援します」
「任せた」

 スミジが懐から取り出したのは花札程の大きさの厚紙。紙束から一枚のみ引き抜くと札には『金翅鳥』が浮かび上がる。
 札は霊力が心許無い時に使用する保険の様なもので、特殊な墨で事前に複数の【あやかし】を描いておいた。

 霊力は札に封じてあるので消費をせずに済む反面、札には規定容量内しか霊力が入らない。故に非常用として予備の札としていたが、使えるものは全て使わねばならない状況……僅かでも消費を抑えられるならばそれに越したことはない。

 札は意思に反応し浮かんだ【あやかし】の効果を反映する。スミジはその札をカード投げの要領で牛鬼へと飛ばした。

 僅かに弧を描きつつ迫る札を牛鬼は視認したが回避する素振りさえ見せない。札は牛鬼に触れると同時に炸裂……が、やはり効果は薄い。

「クソッ! 躱しもしないのか……!」

 舌打ちするスミジは続けて五枚程の札を次々に投げ付けるもやはり効果は皆無に等しい。
 だが、六枚目……その札は他の札と同様に弧を描き牛鬼の肩に触れた後、そのまま深々と突き刺さった。

『フン。下らぬ小細工だな、道祖土……』

 口元を歪ませ笑う牛鬼が異物を取り払おうと肩に手を伸ばした途端、札は幾重もの蔓へと変化し牛鬼に絡み付く。

『む……。次々と小癪な……』
「俺の霊力が少ないと油断したな、牛鬼? それは他の札と違って【あやかし】そのものから作り出した札だ。今のお前にも少しは通じる筈だぞ?」

 それは昔、スミジが海外を巡った際に祓った【あやかし】から造られし札。

 【あやかし】の名はヤ=テ=ベオ。所謂、食人木……植物の【怪異】である。

 祓い残った蔦をほぐし紙にいた後で厚紙札にしたそれは、素材量の問題であまり枚数を作れなかった。しかもスミジの術も受け付けず霊符としても使えない。
 だが、一度【あやかし】に刺さればその霊力を吸い絡み付く。但し、動くのは【あやかし】に触れている間のみ。その後は直ぐに枯れてしまう。これは既に本物の【あやかし】ではなくなったからだとスミジは考えている。

 とはいえ、非常用には勝手が良いとスミジは霊符の中にそれを混ぜていたのだが、どうやら今回は功を奏す形となった様だ。



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