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◆第六章 古き大妖◆
第六十九話 椿嵐の勧誘
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数日前に肩を並べ戦った心源、そして蒼禅とは命を預けた謂わば戦友。またいつか出会うこともあるだろう。
本来、他派との共闘を望まない天元明智流……これを切っ掛けに互いの関係が少しづつ変わってゆけば良いとスミジは思った。
「今回の件の借りも含めまた来るとしよう。では、な」
「ええ。また」
賢雲が去った後、昨日体調が戻っていたスミジはようやく店の品々の手入れを始める。
今回の件は金銭的な対価は発生しない。無論、無報酬という訳では無い。賢雲は幾つか掛け軸を見繕い予約という形で再訪を約束したのだ。
(今回はシズカを通してないし、留守番は二日だけで安く済んだ。店の売り上げになるからね~。久々の純利益だな)
スミジが喜びに耽っていると店の入り口の引き戸が開く。来訪したのはジーンズに革のジャケット姿の女性。
「……筧さん。今日はどうしました?」
「礼を兼ねて少し話をしようかと思ってな」
「礼……ですか?」
スミジは護国統霊会から直接依頼を受けた訳ではない。筧との共闘に関しても成り行き上なので礼ということにはならない。
思い当たるのは伊庭だったが『超法規事案対策室』からの依頼はいつものことであり、下部組織の依頼に筧が改めて礼に来るのは些か大袈裟とも言える。
そんなスミジの心情を理解してか筧は笑顔で説明した。
「これまで伊庭君を通してだったが道祖土殿には結構な数の依頼を受けて貰っている。だから纏めての礼──という名目ではあるが、実は個人的な理由だ」
「……?」
「桜子の件だ。護符を貰っただろう?」
「あ~……成る程」
スミジは宇和島を去る際に藤倉へ護符を渡していた。それは身を護るものではあるが【あやかし除け】ではない。所謂、安産のお護りだった。
藤倉に手渡した札に描いたのは神功皇后の絵……。箒神、そして神功皇后はどちらも安産の神でもある。スミジの護符ならばその効果は文字通りお墨付きだ。
「どうですか、藤倉さんは?」
「ハハハ……流石に気が早いな。まだ自覚もない状態だぞ?」
「そ、そうですね……アハハ……」
「だが、あの護符を持っていると“落ち着く”だそうだ。妊娠期間はナーバスになるからきっと良い効果を与えてくれるだろう。元師匠としても礼を言いたかった」
「いえいえ。それなら良かった」
筧を接客用ソファーへ案内しスミジは緑茶を用意した
「あ……! そう言えば昨日、石槌山法起坊様が来訪されて伊庭さんが目覚めたと」
「そうか……良かった」
「ええ、本当に。それと先程、天元明智宗の……」
「賢雲殿だろう? 分かっている。だから帰るまで外で待って居た」
天元明智宗は護国統霊会とは別体系である。時の天皇より認可を受けている意味では対等ながら、祓い師組織としては相容れないのである。
「筧さんも天元明智に抵抗があるんですか?」
「いや? 私は特に無いな。賢雲殿とも知己だ。敢えて顔を合わせなかったのは単に立場上の煩わしさを避けたに過ぎない」
互いに高い地位を持つ者同士が公然と馴れ合う姿勢を見せるのは組織からの反感を買うことになる。今回鉢合わせを避けたのは、どちらかといえば賢雲の立場を気遣ったものの様だ。
因みに筧と賢雲は飲み友達だという。派閥の違う祓い師同士が酒を酌み交わせる店が何処かにある……らしい?
「う~ん……大変ですね、偉い立場も」
「こればかりは仕方無い。祓い師が減りつつある以前に衆徒が減っているのは仏門全体の話だ。当然、他派に過敏にもなる。その点、ウチは良いぞ? 派閥に囚われず術の秘密も守れる。どうだ、道祖土殿? 改めて護国統霊会に所属しないか? 報酬も弾むぞ?」
「か、勧誘しないで下さいよ。お断りした筈ですよ? 道祖土は特殊だから今の状態で丁度良いんです」
「ふむ……やはり駄目か。ハッハッハ」
「スミマセン。ハッハッハ」
互いに笑いながら茶を口に含む。が……ここで筧は突然提案を持ち出した。
「では、私の孫娘をやろう。それなら親類だから協力はできるだろう?」
いきなりのとんでもない話にスミジは噎せた……。
「ゲホッ! ゴホッ! ……な、何ですか、いきなり……?」
「いや……。道祖土の血筋は時折他派と伴侶になるだろう?」
「よ、良く知ってますね……」
「調べさせて貰った。九頭竜神社の宮司もそうらしいではないか。ならば問題は無い筈だ」
「い、いや……。それは皆さん、分家ですからね?」
「では、本家の妻はどうしている?」
「……。と、特に決まりはないですけど……」
「では、問題は無いな」
グイグイくる筧に気圧され気味のスミジ。半笑いの顔には汗が滲みダラダラと流れ始めた……。
「どうだ? 身内贔屓を差し引いても孫娘は器量良しで気立ても良いぞ?」
「いやいやいやいや。そういうのは当人の気持ちを無視しちゃ駄目ですよ! それに、俺はまだ結婚するつもりもありません! はい、この話は終わりです!」
「ふぅ……仕方無い。まぁ今日のところは引き下がるとしよう。無理矢理というのは宜しくないからな」
そして筧は満面の笑みで立ち上がる。
「今日の本当の目的は『取り次ぎ役』の話だ。伊庭君が不在となると道祖土殿と渡りを付けられる者が居なくなる」
「お、俺はからかわれたのか……」
「フフ……さてな。ともかく、『超法規事例対策室』からは別の者が依頼を頼みに来る。邪険にせず宜しく頼む」
「わ、分かりました……」
「それと……これは諸々含めての礼だ。受け取ってくれ。では、また会おう」
筧はテーブルに翡翠の勾玉を置いて去って行った。
(椿嵐……恐るべし)
からかわれたのか、それとも本気なのか……。筧が思ったより茶目っ気のある性格だったことに驚きつつスミジは溜め息を吐く。
そして思った。疲弊が回復した筈なのに僅か一日で疲れた……と。
大妖・牛鬼の出現が齎した恐怖と混乱は、祓い師達の死闘により退けることができた。
だが──騒動の元凶と思しき『咎憑き・物部翹士郎』の行方は依然として掴めていない……。
本来、他派との共闘を望まない天元明智流……これを切っ掛けに互いの関係が少しづつ変わってゆけば良いとスミジは思った。
「今回の件の借りも含めまた来るとしよう。では、な」
「ええ。また」
賢雲が去った後、昨日体調が戻っていたスミジはようやく店の品々の手入れを始める。
今回の件は金銭的な対価は発生しない。無論、無報酬という訳では無い。賢雲は幾つか掛け軸を見繕い予約という形で再訪を約束したのだ。
(今回はシズカを通してないし、留守番は二日だけで安く済んだ。店の売り上げになるからね~。久々の純利益だな)
スミジが喜びに耽っていると店の入り口の引き戸が開く。来訪したのはジーンズに革のジャケット姿の女性。
「……筧さん。今日はどうしました?」
「礼を兼ねて少し話をしようかと思ってな」
「礼……ですか?」
スミジは護国統霊会から直接依頼を受けた訳ではない。筧との共闘に関しても成り行き上なので礼ということにはならない。
思い当たるのは伊庭だったが『超法規事案対策室』からの依頼はいつものことであり、下部組織の依頼に筧が改めて礼に来るのは些か大袈裟とも言える。
そんなスミジの心情を理解してか筧は笑顔で説明した。
「これまで伊庭君を通してだったが道祖土殿には結構な数の依頼を受けて貰っている。だから纏めての礼──という名目ではあるが、実は個人的な理由だ」
「……?」
「桜子の件だ。護符を貰っただろう?」
「あ~……成る程」
スミジは宇和島を去る際に藤倉へ護符を渡していた。それは身を護るものではあるが【あやかし除け】ではない。所謂、安産のお護りだった。
藤倉に手渡した札に描いたのは神功皇后の絵……。箒神、そして神功皇后はどちらも安産の神でもある。スミジの護符ならばその効果は文字通りお墨付きだ。
「どうですか、藤倉さんは?」
「ハハハ……流石に気が早いな。まだ自覚もない状態だぞ?」
「そ、そうですね……アハハ……」
「だが、あの護符を持っていると“落ち着く”だそうだ。妊娠期間はナーバスになるからきっと良い効果を与えてくれるだろう。元師匠としても礼を言いたかった」
「いえいえ。それなら良かった」
筧を接客用ソファーへ案内しスミジは緑茶を用意した
「あ……! そう言えば昨日、石槌山法起坊様が来訪されて伊庭さんが目覚めたと」
「そうか……良かった」
「ええ、本当に。それと先程、天元明智宗の……」
「賢雲殿だろう? 分かっている。だから帰るまで外で待って居た」
天元明智宗は護国統霊会とは別体系である。時の天皇より認可を受けている意味では対等ながら、祓い師組織としては相容れないのである。
「筧さんも天元明智に抵抗があるんですか?」
「いや? 私は特に無いな。賢雲殿とも知己だ。敢えて顔を合わせなかったのは単に立場上の煩わしさを避けたに過ぎない」
互いに高い地位を持つ者同士が公然と馴れ合う姿勢を見せるのは組織からの反感を買うことになる。今回鉢合わせを避けたのは、どちらかといえば賢雲の立場を気遣ったものの様だ。
因みに筧と賢雲は飲み友達だという。派閥の違う祓い師同士が酒を酌み交わせる店が何処かにある……らしい?
「う~ん……大変ですね、偉い立場も」
「こればかりは仕方無い。祓い師が減りつつある以前に衆徒が減っているのは仏門全体の話だ。当然、他派に過敏にもなる。その点、ウチは良いぞ? 派閥に囚われず術の秘密も守れる。どうだ、道祖土殿? 改めて護国統霊会に所属しないか? 報酬も弾むぞ?」
「か、勧誘しないで下さいよ。お断りした筈ですよ? 道祖土は特殊だから今の状態で丁度良いんです」
「ふむ……やはり駄目か。ハッハッハ」
「スミマセン。ハッハッハ」
互いに笑いながら茶を口に含む。が……ここで筧は突然提案を持ち出した。
「では、私の孫娘をやろう。それなら親類だから協力はできるだろう?」
いきなりのとんでもない話にスミジは噎せた……。
「ゲホッ! ゴホッ! ……な、何ですか、いきなり……?」
「いや……。道祖土の血筋は時折他派と伴侶になるだろう?」
「よ、良く知ってますね……」
「調べさせて貰った。九頭竜神社の宮司もそうらしいではないか。ならば問題は無い筈だ」
「い、いや……。それは皆さん、分家ですからね?」
「では、本家の妻はどうしている?」
「……。と、特に決まりはないですけど……」
「では、問題は無いな」
グイグイくる筧に気圧され気味のスミジ。半笑いの顔には汗が滲みダラダラと流れ始めた……。
「どうだ? 身内贔屓を差し引いても孫娘は器量良しで気立ても良いぞ?」
「いやいやいやいや。そういうのは当人の気持ちを無視しちゃ駄目ですよ! それに、俺はまだ結婚するつもりもありません! はい、この話は終わりです!」
「ふぅ……仕方無い。まぁ今日のところは引き下がるとしよう。無理矢理というのは宜しくないからな」
そして筧は満面の笑みで立ち上がる。
「今日の本当の目的は『取り次ぎ役』の話だ。伊庭君が不在となると道祖土殿と渡りを付けられる者が居なくなる」
「お、俺はからかわれたのか……」
「フフ……さてな。ともかく、『超法規事例対策室』からは別の者が依頼を頼みに来る。邪険にせず宜しく頼む」
「わ、分かりました……」
「それと……これは諸々含めての礼だ。受け取ってくれ。では、また会おう」
筧はテーブルに翡翠の勾玉を置いて去って行った。
(椿嵐……恐るべし)
からかわれたのか、それとも本気なのか……。筧が思ったより茶目っ気のある性格だったことに驚きつつスミジは溜め息を吐く。
そして思った。疲弊が回復した筈なのに僅か一日で疲れた……と。
大妖・牛鬼の出現が齎した恐怖と混乱は、祓い師達の死闘により退けることができた。
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