嫁いできた花嫁が男なのだが?

SIN

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 花を預けた。
 砂糖漬けを作って、作り過ぎたから御裾分けに来た。とかいう口実を作る為だけに、花を大量に購入した。
 花を買った後、アインが連れてきてくれた食堂の前を通りかかり、肉プレートが食べたいなと軽く思ったんだ。
 別にお腹が空いている訳でもなかったけど、もしかしたら食堂の中にシレッといるかも知れないと思ったら、もう食堂に入ることがひとつのノルマのように感じて、荷物があるから今度にしようと正論を言うトリシュに何度も食い下がった。
 「花は俺が持っとくから、2人でなにか食べてきたらいいよ」
 もしその時、いいから食べておいでと笑う顔に負けて食堂に向かわなければ、もしその時に肉をお持ち帰りにして一緒に食べたら良いのでは?なんて思いつかなければ、俺は自分を嫌にならずに済んだのだろう。
 肉をお土産に戻った馬車乗り場に、アインの姿はなかった。
 その翌日、森に行こうとした俺をトリシュが止め、流石に不審に思って聞いてみれば、アインに対して森に戻って欲しいとトリシュが頼んだそうだ。
 その理由を聞いても俯くばかりで答えないどころか、屋敷の兵達との訓練の時間だからと逃げるように行ってしまった。
 「キュキュウ」
 可笑しなことはもうひとつある。
 これまでは帰ってこない日が多く、帰って来たとしても昼前後だったレッドドラゴンが早朝に帰ってくるようになった。
 屋敷内の雰囲気はなにも変わっていないというのに、何処か可笑しい……いや、もしかしたら始めから可笑しかったのか?
 「お前はアインの部屋が何処にあるのか知っているか?」
 俺はこの屋敷内では小侯爵であるアインの妻、それなのに夫の部屋を知らないというのも可笑しな話だ。
 これまでに何度かメイドや兵士に尋ねてみたことはあったが、毎回今は屋敷におられませんよと答えられた。
 夫の部屋の場所を教えろ、に対する返答にしては不思議だと思っていたが……。
 レッドドラゴンについて向かったのは、中庭の奥にある別館。
 エントランスには飾っ毛もなく明かりも灯されていないし、人の気配がない屋敷内の2階にその部屋はあった。
 これが、小侯爵の部屋?
 一見すると豪華にも見えるけど、窓には格子がはめられているし、家具がベッドに椅子、テーブル、クローゼットと極端に少ない。
 これならソファーセットや絨毯、本を読むため?勉強するため?のテーブルがある俺の部屋の方が豪華だ。
 それに、壁とか床についた無数の傷はなんだろう?
 1番気がかりなのは、ドアの内側ではなく外側に着いたカギだ。
 罪人の部屋だと紹介された方がしっくりくるぞ。
 「キュキュ!」
 案内を完了したと得意げなのか、レッドドラゴンがキレよく鳴いた。
 アインの部屋に案内して欲しいと頼んだ時、窓から飛んで行ったはずのレッドドラゴンが、中庭の少し手前で待っていたのは、アインの部屋には窓から入れないからだったのか。
 これは、ちょっとどうしようか……。
 アインが帰ってくるまで部屋の中か部屋の前に居座ってやろうとか思っていたが、そもそもこの別館は俺が立ち入って良い場所だったか?
 屋敷内の案内もされたことなかったな……俺よりもトリシュの方がこの屋敷に馴染んでるしな。
 そういえば、屋敷にいる者はアインを名前で呼ばないって言ってたっけ?それでトリシュが“あの男”とか呼ぶから、ちょっと気になったんだ。
 けどその後、騎士からの伝言を伝える時には“アイン様”と白々しく呼んでいた。
 本人の前では畏まる感じだろうか?
 だけど、トリシュは陰で人を落とすようなことはしない。
 きっとなにか理由があるはず……ホーンドオウル侯爵家にいないと駄目なのだから、侯爵家にいる者達の真似をしているだけか?
 いや、下手に反発して追い出されるよりはずっといい。
 俺達の命の保証がある今の状況を変える訳にはいかない。
 「……だからってこの部屋は可笑しい」
 「キュ」
 レッドドラゴンと意見が合った気がする。
 次に会った時、俺の部屋を一緒に使おうと提案してみようかな?
 俺の部屋なら広いし、ソファーもあるし、なんならもう1つベッドを置いたって大丈夫だろう。
 それに、窓は大きいし格子もない。
 提案する時の台詞とか、アインのベットを何処に置こうか?とか、なんなら一緒の部屋で暮らした後のことなんかも想像してみて、一通りの妄想を膨らませてから我に返ってみれば、5日という時間が経っていた。
 「トリシュ、アインはずっと森にいるのか?」
 朝食を運んでくれたトリシュに確認してみると、そのようです。と一言だけ返された。
 カチャカチャとワゴンからテーブルに食器を並べていく手際はいつも通り良いのに、なんだかぼんやりしているようにも見えるし、返答が一言だけというのも……。
 いや、別に文句がある訳でも、注意するべきこともないんだけど。
 「……トリシュは食べた?」
 「はい」
 会話終了。
 え?
 トリシュってこんなにも無口だったか?
 けど、質問したことには答えてくれるから、会話をしたくない訳ではない……のか?
 「……なにを食べた?美味しかった?お腹いっぱい?」
 「パンとスープです。はい美味しかったですよ。空腹は満たされました」
 え、なにこれ。
 本当に質問したことの答えしか返ってこない?
 「今日、アインに会うため森に行こうと思っ……」
 「駄目です。森は危険ですので部屋にいた方が良いでしょう。それに雨が降りそうじゃないですか。もし風邪でも引いたらどうなさるのですか」
 急に喋るやん。
 だけどこれでハッキリした。
 トリシュはこの屋敷にいる者達に似てしまった。
 普段は聞いたことしか答えない癖に、アインに会おうとした時や屋敷から出ようとした時にだけ饒舌になる。
 それでもトリシュは第15王女の騎士……きっと侯爵家に対する思いより、俺に対する思いの方が大きいと信じてるからな!
 「この屋敷の者達は、アインに対する態度が無礼過ぎるよな?それは何故なのか、理由を知っていたら教えてくれ」
 「そ、それは……恐らく……あの者が侯爵になることがないからではないかと……森の番人にするために育てられたと、そう聞いています」
 森の番人にするため?
 当人の意思とは関係がない?
 しかしアインは自分から進んで夜間の見回りをしているように見えるし、今だって5日間も戻ってきてない。
 いやいや……アインの部屋を見ただろ?
 確実に逃げられないように閉じ込めておく形状だったじゃないか。
 それに、壁や床にあった傷は、もしかして逃げ出そうとした過去があった証拠なのでは?
 森を守って、魔物を退治して、1匹でも魔物が森から出ないようにって戦ってる者に対して“名前を呼ばないのがルール”だ?
 森を守って欲しいと頼む時だけ“アイン様”ってのも気持ちが悪い。
 それを良しとして真似をしているトリシュも同罪だからなぁ!
 「俺はアインに会いに行く。雨に濡れたくないなら留守番してろ」
 「……お待ちください」
 着いて来るのだろうと思った俺の期待を裏切ったトリシュは、恐らくホーンドオウル侯爵家のルールの中のひとつを教えてくれた。
 言うことを聞かない時の対処法。らしい。
 堂々とそんな方法を俺に披露するのだ、トリシュはすでにそれを試し、アインに言うことを聞かせた実績があるのだろう。
 凄いな……信じられない位腹が立つ。
 部屋に戻り、出かける準備を整える。
 始めはまたシャツとズボンだけの姿で行こうかと思ったが、今の話しを聞いてしまったらトリシュにも同行されたくなくて、だから島の国から着て来た鎧を身につけた。
 しっかりとヘルムまで被れば、どこから見たって騎士にしか見えないだろう。
 トリシュはこの鎧のデザインを知っているから出発を夜にして、夜の見回りに森へ移動する騎士達にコッソリと紛れた。
 こうすれば、この前のように第15王女を狙う輩に襲われる心配もない。
 森の入り口に到着し、ここからはどうやって森の中で魔物に見つからないようにしようか?とか、逃げる方法とか、戦う方法とか色々考えていた俺の目の前で、兵士達は揃いも揃って腰を下ろした。
 森の見回りは良いのだろうか?
 そうか、これからアインが来て号令とか討伐作戦とか、なんかそういうのがあるんだな?
 久しぶりに姿が見られるってだけじゃなくて、普段なら見られないような……真面目な姿が見られるんだと、俺はかなりワクワクしたし、いつ来るんだろうかとドキドキもした。
 しかし、アインが来ないまま空が明るくなってくる。
 俺のワクワクとドキドキの返却を申請しよう。
 「キュウキュウ」
 上空にはレッドドラゴンがいて、俺が分かったのか下りてくると背中を押して何処かに案内を始めた。
 大人しくついて行けば、街道を大荷物で歩いて行く1人の後ろ姿が見えて、レッドドラゴンと一緒に後をつけていくと街にまで来てしまった。
 街は歩いて来られる距離だったのか……。
 「街の中には入って来るな。トリシュが街に来ないよう見張っていてくれ」
 「キュ!」
 意思の疎通が、できた気がする?
 いや、今はそれどころではなかったな、見失わないようにしなければ。
 アインは大荷物を持ったまま道具屋に入り、しばらくしてから手ぶらで出てきた。
 だからあの荷物を全て売り払ったのだろうけど……金を手に入れてなにをするつもりだ?
 食堂で肉を食べるというのなら平和で良いが、どうやらそうではないらしく、アインは酒場に入ると壁にかけられている世界地図を熱心に見上げた。
 大荷物を売って得た金を、船代に?
 そういえばアインの部屋に家具が殆どなかったのは、ただ粗末な部屋を使っていたとかではなく、家具を売ったから?
 侯爵家で使われるような家具だ、きっと売値も高い筈……そんな金を手にして、何処に行こうって言うんだ!?
 そうだ、今の俺はフル装備をしているただの騎士、近付いてどの国に行くのかを聞いたら、偶然だなーとか言ってついていける!
 「こんにちは……国境を、超えるのですか?」
 少し、不自然だっただろうか……。
 いや、これはないな。
 見ず知らずの人から急に肩を叩かれた挙句に国境を超えるのか?なんて聞かれたら、目的地とは別の国を答えた挙句に走って逃げる。
 「……王子様、なにやってんの?」
 一瞬でバレた!
 バレたついでに話しをしようと、俺はアインをできるだけ人目のない場所に引っ張って歩き、路地裏に行きついた。
 ここなら、トリシュの言っていたホーンドオウル侯爵家で日常的に使われているらしい“言うことを聞かせられる方法”を試せる。
 そのためにはなにか屈辱的なことをさせようとしてみて、1回断られる必要がある。
 なにかないか……これからまた森に戻るとか言い始めてるし、なんでも良いからなにか言わないと。
 「少し、いや……今からかなり失礼なことをいうが、実験だと思って許してくれ」
 一応断りを入れてから、俺は王道ともいえる“3回回ってワンと言え”と言ってみた。
 怒るだろうか?
 しかし断られることが目的なのだからしょうがなー……。
 え?
 なに回ってんの?
 「ワン。これで合ってる?」
 なんのこともなさげに、なんの躊躇いもなくやるのか。
 じゃあ他にどんなことなら断る?
 えっと、えぇっと……。
 駄目だ、これしか浮かばない。
 「よし……今ここで服を脱いでくれ」
 渾身の言葉に、アインの顔が急速に赤くなり、嫌か?と聞けば嫌だと答えた。
 可哀想だけどこれも事実確認のためだ。
 「アイン、今から大通りに出て上半身だけで良いから服を脱いでくれ」
 ワタワタとする様子に変わりはなく、言うことを聞くような素振りはない。
 なんだ、じゃあただ単純にアインが良い人過ぎて言うことを聞いていたから、名前を呼びなから命令するということを聞く。なんて話しが広がったんだな。
 いや、もうひとつ試さなきゃならないのか。
 「アイン様、今から大通りに出て上半身だけで良いから服を脱いでくれ」
 まさか様をつけただけでどうにかなるなんて……なる、なんて……。
 え?
 どうして大通りの方に歩き出す?
 なぜシャツの裾に手をかけた?
 待って、本当に待って。
 「いや、やらなくて良い。言っただけだ。何故やろうと思った?」
 危なかった、もう少し止めるのが遅かったら、不特定多数の前に小侯爵の上半身を晒すことになる所だった。
 「王子様がやれって言ったんじゃん……」
 やれと言われたらなんでもするというのか?
 「じゃあ、大通りに出なくて良いし、宿に部屋も取るから全裸になって欲しいと言えばなってくれるのか?」
 違うんだろ?
 ちゃんと嫌なことは嫌って言わないと!
 「王子様はなんで俺を脱がせたいの!?」
 え……。
 えぇ!?
 違うっ!
 断じて違うから!
 「3回回ってワン。では難易度が低かったらしいから、上げてみただけで……その、全裸になれとか、そういう意味じゃ……」
 俺はただ、アインの笑顔を毎日見たいなとか、その程度のことしか思ってないんだ。
 「も~、なに?王子様」
 一緒に暮らして、朝はおはようって声をかけ合って、寝る時はお休みといって眠りたい。
 俺の願いなんてのは、たったその程度……その程度が、かなり難しいんだが。
 まずはその第一歩を踏み出さなければならない。
 「今からアールと呼んでも良いだろうか?」
 俺がアインに命令しないように。
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