嫁いできた花嫁が男なのだが?

SIN

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 酷く沈んだ様子のアールをどうやって慰めればいいのかが分からず、俺は思ってもいない言葉を口にした。
 「アールがホーンドオウル侯爵を止めてくれたおかげで、父の戦力はかなり削れた。だから今度は俺が父の説得をするため島に戻ろうと思う。アールは洞窟には戻らずにここで待っていて欲しい。なにかあったらレッドドラゴンを使いにだすよ」
 父が人の忠告を聞き入れるような人間ならば、俺は島を出ることもなかったし、兄がカインの妻候補に選ばれることもなかっただろう。
 そもそも、戦争を始める前から実験に失敗された人を大陸に捨てるような非人道的な人間だ。
 王族の色を持たない上に、1度は島から逃げ出した俺が島に戻れば、見つかった時点で実験室に連れていかれる。
 もしかすると、捕まった俺を助けようと、アールが島に来るなんて大惨事にもなりかねない。
 父はカインを王妃にしようとするほど気に入っていることは知っているが、それは単純にアールを見たことがなかっただけなのかも知れない。
 そうだ、アールを目の当たりにして、愛しさが芽生えない奴など居よう筈がない。
 「島の王を手引きする父さんがいないから、戦争は起きないんじゃ……」
 普通ならば、後ろ盾となっていた者が倒されたら作戦の延期や中止をするのかも知れないけど、父はもう戦争をする準備を整え終えている。
 そしてホーンドオウル側の準備も半分は終わっていたらしい。
 ホーンドオウル側の準備ってのがどのようなものかは詳しくは分からないが、恐らくは精神に作用する魔法攻撃を仕込んだのだと思う。
 あのトリシュが完全に操られていたような強力な精神攻撃なら、時間をかけずに仲間を増やしていけるだろう。
 それは、もしかすると城の内部にまで及んでいる可能性がある。
 大陸の王の精神を操れるのなら戦争を起こさなくても良いから、王はアールと同じような防御を持っているか、防御魔法に長けた側近がいるか……。
 「ホーンドオウル侯爵が倒れたお陰で、船でホーンドオウル領に入り、そこから王都に進軍するというシナリオが消えたんだ。それにホーンドオウル家の騎士や兵士、兵器分の戦力を削ることができた。アールの行動は意味のないことではない。大きなことだ」
 とにかく、父の最短ルートを消すことはできた。
 宿を出た俺達は、大陸の王に島の王が戦争を仕掛けようとしていることを伝えるため、王都に向かった。
 ホーンドオウル侯爵が死亡したという情報が世に出る前に城に行って、島の国の王子である俺とホーンドオウル家次男のアールが密告にやってきたと認知されなければならない。
 アールを父親殺しの犯人にしないため、俺達は戦争計画をたてている父達の目を盗んで逃げてきた。という流れにするためだ。
 王都行きの馬車に乗る前、兄とカインに宛てた手紙をレッドドラゴンに託したし、勝手な単独行動ではない。
 手紙には、ホーンドオウル侯爵が行方不明になったことだけを書いたから、王都に向かうことは完全に別行動にはなるんだけど、俺はカインが信用できないんだからしょうがない。
 ガタリガタリ
 激しくはないが断続的に揺れる馬車の乗り心地はあまり良くはないが、この揺れと振動をどうにかしようと奮闘しているアールを眺めるのは、至福だった。
 「こうしたら痛くないと思って……どう?痛い?」
 と、アールが俺を膝にのせるまでは。
 「恥ずかしい……」
 向かい側に座っている乗客全ての目が俺に注がれ、あまりの恥ずかしさに俯けば、今度はクルリと反転され、ちょっと下にアールの顔が見える位置に。
 膝に乗っている状態で向かい合わせなんて、どうかしている!
 そう文句を言おうとした矢先、フワッと横抱きに。
 俺の視界には馬車の天井と、覗き込んでくるアールの顔しか見えないが、恐らく馬車にいる全員の目が俺達に刺さっていることは明白だ。
 そしてあろうことか、
 「仰向けに寝転がるから、腹の上に座ってもらえると……」
 なんて破廉恥なことを言い出すものだから、ついには秘かな笑い声まで聞こえてくる始末。
 「しない!断る!大人しく座ってろ!」
 せめて2人きりの時に……いや、それは全ての問題が終わった後にしよう。
 婚約は既に成立しているんだから、焦る必要はない。
 城についたのは夕刻を過ぎた時刻だったが、出来るだけ早く王に知らせたかった俺は城に向かいながら軽い意見交換をすることになった。
 何故なら、アールが父親殺しの犯人として名乗り出るとか言い出したからだ。
 王への手紙を兵士に託し、俺達は城内にある部屋に案内をされた。
 このまま謁見となるか、返事の手紙を受け取るか……。
 何度も「今日は戦争のことを伝えるだけ」だと説明し、それでも不安が残ったから、挨拶だけで良いからと念を押し、それでも不安で先に帰らせようか?とも考え始めたところで、
 「ジョセフ・シーホース様、王が会われるとのことです」
 と、俺だけが王に呼ばれた。
 「すぐ戻るから、大人しくな」
 「わかってるよ」
 部屋を出て長い長い廊下を歩き、大きな扉を開けた先は謁見室になっていて、奥にドンと大陸の王が座っていた。
 「お初にお目にかかります。私は島の国から参りました、ジョセフ・シーホースと申します」
 手早く挨拶を済ませ、顔を上げろと言われるまでお辞儀をし続ける。
 やけに長く放置されるなとか思っても、顔を上げないのが作法なのだから、絨毯の柄でも眺めながら待つしかない。
 「ふむ……シーホースとホーンドオウルが俺を倒そうと、ねぇ……。ホーンドオウルは分かるけど、なぜお前の父は俺を裏切る決断を下したと思う?」
 え、あれ?
 この3人は知り合い?ホーンドオウルが王を裏切るのはある程度予想できていたってこと?
 「父は、実験をするため大陸の人間を使いたいからとしか……」
 他に理由があるとするなら、勢力を広げるため?
 確かにそれはもっともな理由にはなるんだろうけど、父からそんな野望を聞いたことはない。
 強い個体を作る錬金術の実験とか、不老不死の実験とか、そんなことばかりやっていた研究中毒だぞ?
 実験体が欲しい。以外に理由があるなら、王妃探しとか?
 「そう。なら君は帰っていいよ。ごくろうさま」
 帰っていい、のか?
 えっと、この場合頭を下げたまま?
 いいや、帰って良いなら早くアールのところに戻ろう。
 「失礼しました」
 下げたままの頭をさらにペコリと下げ、地味に顔を上げてうつ向いたまま謁見室を出れば、廊下には来る時よりも人数の増えた兵士がいて、前後左右包囲されながら道案内をされた。
 それも城の外に向かって。
 「えっと、アール……アイン・ホーンドオウルは?」
 もしかして罪の告白なんぞをしてしまって、牢に入れられてしまったとか?
 「アイン・ホーンドオウル様は、滞在されるとのことです」
 は?
 そんな話は聞いてないぞ?
 待機している部屋の場所は覚えている、ちょっと行って事情の説明を本人からしてもらうとしよう。
 「アインに預けたものがある。それを取りに行きたいから案内してくれ」
 「それでは、私が受け取ってまいります」
 怪しい、どころの騒ぎではないな。
 「重要なものだから他人には触らせたくはない。アインをここに呼んできてくれ」
 「……今は陛下との謁見中です」
 「ならば待とう」
 言ってしばらく、3人の兵士が目配せをしてから俺をさっきの待機部屋ではなく庭に案内した。
 池があって、その畔にあるガゼボに座れば、メイドではなく兵士がお茶を持ってきた。
 嗅ぎ慣れない香りのそのお茶は、湯気が目に入っただけで涙が出る代物で、ピリピリと顔がしびれてくる劇物だ。
 殺す気か?
 まぁ、大人しくさせて城から放り出そうという作戦だろう。
 俺は読みを間違ったのかもしれない……。
 アールを城に連れてくるべきではなかったし、戦争のことを知らせるべきでもなかったのかもしれない。
 よし、早急に連れて帰ろう。
 「謁見室か?先ほどの待機部屋か?それとも部屋が用意されたか?案内しないのであれば勝手に探させてもらうとしよう」
 立ち上がって城内に向かおうとしたところで、急に兵士の1人が勢いよくぶつかってきて、倒れたところで馬乗りになって両手を封じられてしまった。
 この体勢には覚えがある……まだ15王女としてホーンドオウルの屋敷に滞在していた時、屋敷を出て走り込みをした際に襲われたことがあるが、それが丁度こんな感じで……。
 じゃない、助けを!
 「……っ!」
 声を封じられた!
 くそ、どこまでもあの時と同じか。
 っていうより……こいつら、あの時の連中?
 1度襲われたことのある連中が相手なら、あの時と同じ方法で逃げられるんじゃないだろうか?
 とは言え、前回は結局頭を殴られて気絶したんだっけ……その時に助けてくれたのは誰なんだろう?
 3人の兵士達はまた目配せをすると、俺の上に乗ってる奴が上半身をかがめて重心を落とし、お茶を持ってきた兵士が俺の足を抑え込む。
 更に残ったもう1人はお茶を手に近付いてきて……。
 「~~~っ!!」
 無理矢理に口を開けられ、お茶を流し込まれてしまった。
 飲み込んだという意識はないが勢いよく注がれたお茶が、少しも食道を通過しなかったと思う方が難しいかもしれない。
 それに、口の粘膜からはしっかりと痺れ薬が吸収されてしまったらしく、しっかりと意識をしないと口が閉じられなくなっている。
 意識はしっかりしているが、地味に体に力が入らない今のままではアールを探しに行くことはできないだろう。
 だからってこのまま大人しく城外へ放り出されるわけには……。
 「なにやってんだ!?ジョーから離れろ!」
 「えぇ!?お前ら島んところの王子様になにやってんの!?」
 アールの声と、アールに付いていたらしい兵士の声が聞こえて、俺の両手足を抑え込んでいた圧力が消えた。
 「帰ろっか」
 じわりとした温かさを感じた瞬間、痺れていた口が元に戻り、手足の痺れも取れてきた。
 それでも悠長に長々と経緯を説明するのは億劫だから、ここはとりあえず城から出るって方向で良いだろう。
 「うん。帰ろ」
 フラリと立ち上がった俺に肩を貸してくれたアールは、兵士達に別れを告げた。
 誰だよ、アールが城での滞在を望んでるとか言ったやつ。
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