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第六話:さらば鬼灯島!江戸の煙は変態を呼ぶ
しおりを挟む魂喰らいの祠が崩壊し、獄卒のゲンブが倒れたという報は、瞬く間に鬼灯島全体に衝撃と共に広がった。島の絶対的支配者であったゲンブの不在は、抑圧されていた囚人たちの燻る不満に火をつけ、看守たちの統制は見る影もなく乱れた。まさに、島全体が無法地帯と化したのである。
「うひょー!看守どもが逃げ惑う様!まるで、熱した鉄板の上の蚤(のみ)の如し!そして、囚人たちのあの解放感に満ちた雄叫び!実に、実に…荒々しくも美しい!」
桃色助平太は、高台から島の混乱ぶりを眺め、恍惚の表情で実況している。その傍らでは、カゲリが冷静に状況を分析し、プルルンが「どさくさに紛れて何か美味いもんでも盗めないかゾ?」と目を輝かせている。
「この混乱は、我々にとって絶好の機会だ。看守たちの目も、今は囚人たちの暴動に向いている。手薄になった船着き場から小舟を奪い、島を脱出するぞ!」
カゲリの提案に、助平太は大きく頷いた。
「おお!カゲリ殿のその凛々しきお顔!まるで、嵐の海に船を出す女船長の如し!その航海の先に待つのは、新大陸か、それとも…むふふ、新たな『美』との出会いでござるかな!」
「このド変態!今は真面目に脱出することだけ考えろだゾ!」
三人は、混乱の中を巧みにすり抜け、船着き場へと向かった。途中、暴徒化した囚人たちに絡まれそうになるが、助平太が「おお、その荒々しき欲望の眼差し!実に野性的で素晴らしい!しかし、拙者の今の目的は、より高尚なる『美』の探求!しばしお待ちを!」などと意味不明なことを叫びながら奇妙な踊りを披露し、相手が呆気に取られている隙に逃走するという離れ業を見せた。
運良く、船着き場には数艘の小舟が残されていた。追っ手が来る前にと、三人は一番状態の良さそうな舟に乗り込み、荒波へと漕ぎ出す。
「さらば鬼灯島!貴殿のその荒々しき大地と、そこに息づく魂たちの叫びは、この助平太の心に永遠に刻まれよう!そして、いつの日か再び、貴殿の『美』を堪能しに参ろうぞ!」
「二度と来るか、こんなクソ島!」プルルンが海に向かって悪態をつく。
数日間の過酷な船旅だった。食料は乏しく、嵐にも見舞われた。カゲリが高波にさらわれそうになり、助平太が咄嗟にその細い腰を抱きとめて救助する(その際、カゲリの濡れた黒装束が肌に張り付き、助平太の目が釘付けになる)というお約束のハプニングもあった。プルルンは船酔いで終始グロッキーだったが、時折、海面に現れる奇妙な魚影(おそらくは妖怪)に「あれは不味そうだゾ…」などと的確なコメントをしていた。
そして、九死に一生を得て、彼らがようやくたどり着いたのは、見慣れた江戸の町の目と鼻の先、品川の浜辺であった。
「おお……江戸の空気!そして、あの遠くに見えるは、江戸城の天守閣!なんと懐かしくも、そそられる光景でござるか!」
助平太は、久しぶりの故郷(?)の空気を胸いっぱいに吸い込むと、何やら決意を秘めた表情で江戸の町へと足を踏み入れた。
お尋ね者の身である助平太と、幕府の密命を帯びていたとはいえ素性の怪しいカゲリ、そして人語を解する妖怪のプルルン。この三人が江戸の町で目立たずに行動するのは至難の業であった。ひとまず、プルルンの古い知り合いだという、浅草の裏路地に住む情報屋の古狐「おコン婆」を訪ねることにした。
おコン婆は、見た目はただの腰の曲がった老婆だが、その正体は数百年を生きる妖狐であり、江戸の裏社会の情報に精通しているという。
「おやまぁ、プルルンじゃないかえ。こんなシワシワの婆さんのところに、何の用だい?そちらの…なんともはや、精力の強そうな男衆と、訳あり風の姐さんは?」
おコン婆は、助平太の全身を嘗め回すように見ると、意味深な笑みを浮かべた。
「このド変態のことはどうでもいいんだゾ!おコン婆、ちょっと聞きたいことがある。江戸城の『禁断の蔵』と、そこに納められてるっていう『将軍家の秘宝』、そして、この紋様について何か知らないか?」
プルルンが、鬼灯島で見つけた金属片をおコン婆に見せる。
おコン婆は、その金属片を老眼鏡越しにじっと見つめると、顔色を変えた。
「……この紋様は……まさか、『天逆毎(あまのざこ)の鍵』の一部じゃないかえ?だとしたら、とんでもないことだよ…」
おコン婆の話によると、「禁断の蔵」は実在し、そこには将軍家が代々封印してきた、国をも揺るがしかねない強力な呪物や妖刀などが納められているという。そして「天逆毎の鍵」とは、その蔵の封印を解くための唯一の鍵であり、いくつかの破片に分けられ、各地に隠されていると伝えられているらしい。
「鬼灯島のゲンブが、その鍵の一部を持っていたということは…やはり、あの島の一連の事件の背後には、その『秘宝』を狙う何者かがいるということか」カゲリが鋭い洞察を見せる。
「うふふ、つまり、その『秘宝』とやらを手に入れれば、絶世の美女を意のままにできる媚薬や、おなごの心を丸裸にする秘薬なんかが手に入るやもしれませぬな!それは、実に、実に…挑戦し甲斐のある冒険でござる!」
「お前の目的はいつもそれか!」
おコン婆から、鍵の他の破片や、「禁断の蔵」の正確な場所についてさらに情報を得るには、江戸の「鍵師」や「古文書の専門家」に当たる必要があると助言された。
その夜。三人が安宿の一室で今後の相談をしていると、外が急に騒がしくなった。窓から見下ろすと、遠くの商家の方角から火の手が上がっている。
「火事だ!火事だ!」
半鐘の音がけたたましく鳴り響き、人々が右往左往している。
「おっと、これは一大事!しかし、あの炎の赤!夜空を焦がすその様は、まるで怒れる龍の吐息!なんと情熱的で美しい光景でござろうか!」
助平太が窓に乗り出して火事を鑑賞しようとすると、プルルンがその尻尾で助平太の顔を叩いた。
「見とれてる場合か、このド変態!逃げ遅れた人がいたらどうするんだゾ!」
その時、火事場の方から、威勢のいい掛け声と共に、一糸乱れぬ動きで消火活動を行う一団が現れた。鳶口(とびくち)を巧みに操り、家屋を破壊して延焼を防ぎ、水桶をリレーして火元に水をかける。その先頭に立って指揮を執っているのは、いなせな半纏を粋に着こなし、額に「め組」の鉢巻を締めた、精悍な顔つきの若い男だった。
「あれは…江戸一番と名高い火消し組、『め組』の若頭、辰五郎だ!」カゲリが呟いた。
「おお!あの引き締まった肉体!汗に濡れて輝くその肌!そして、炎にも臆さぬ勇猛果敢な眼差し!男の美しさもまた、乙なものでござるな!」
助平太が辰五郎の肉体美に見惚れていると、燃え盛る家屋の中から、赤子を抱いた若い女が助けを求めて叫んでいるのが見えた。しかし、火勢が強く、辰五郎たちも容易に近づけない。
「ああっ!あのようなか弱き母子が!この助平太、黙って見過ごすわけにはまいりませぬぞ!」
助平太は、何を思ったか、おもむろに着物を脱ぎ捨て、ふんどし一丁になると、水桶の水を頭からかぶり、燃え盛る家屋へと突進しようとした!
「おい、待てド変態!無茶だゾ!」
「助平太殿!」
カゲリとプルルンの制止も聞かず、助平太は炎の中に飛び込もうとする。その時、先程まで辰五郎が持っていた鳶口が、まるで意志を持ったかのように助平太の足元に転がり、彼の行く手を阻んだ。
「あんた、死にたいのか?火事場は遊び場じゃねえんだぜ」
声の主は、いつの間にか助平太の背後に立っていた辰五郎だった。その目は、助平太の奇行を咎めるように鋭く光っている。
「おお!貴殿こそ、め組の辰五郎殿!その勇姿、そしてその…むふふ、汗の香り、実に男前でござる!」
「……なんだ、この変な目で見てくるオッサンは」
辰五郎は、助平太の変態的な視線に若干引きながらも、燃え盛る家屋を見据えた。
「あの母子は俺が助ける。あんたは邪魔だからすっこんでな」
そう言うと、辰五郎は、助平太が先程見惚れた鍛え上げられた肉体を躍動させ、燃え盛る家屋へと果敢に突入していった。
「なんと!あの無謀とも思える勇気!そして、弱き者を守らんとするその心意気!辰五郎殿、貴殿こそ真の『漢(おとこ)』でござる!この助平太、貴殿のファンになりそうでござるぞ!」
助平太の目が、今度は辰五郎の雄姿に釘付けになる。その背後では、カゲリが「……男にも興味があったのか、あいつは」と呟き、プルルンが「もう何でもアリだな、このド変態は…」と深いため息をついていた。
火事は辰五郎の活躍もあってほどなく鎮火したが、助平太は、あの「天逆毎の鍵」の紋様とよく似た意匠が、辰五郎の半纏の背中に染め抜かれているのを見逃さなかった。
「むむっ!あれは……!」
鬼灯島から江戸へ。新たな謎と出会いが、助平太の変態の旅を、さらに波乱万丈なものへと導いていくのであった。
(第六話 了)
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