この思いは伝わらない

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高校2年生の1学期中ごろ

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  1学期の中ごろ。朝、椅子に座りぼんやり座っている詩樹を見つけた。
 この2か月間一緒に過ごしてわかったことの1つは『詩樹くん難しい顔してる~』『何考えてるんだろうね』と遠巻きに噂されているこの時間は、本当に詩樹は何も考えてなくてただぼんやりしているだけだってこと。今日も何も考えてないんだろうな~と思いながら詩樹の隣に座る。

「しっきー、おはよう」
「はよ」

 目線だけ俺の方を向いて返事をする。頭回ってなさそうだな~と詩樹を眺めた。

「何、にやにやしてんの」
「ん?頭回ってなさそうだなって思って」
「回ってないよ」

 改めて詩樹の口から言われてふっと笑いがこぼれた。いつだったか『俺は朝くそ苦手』って言っていた。『俺は大の得意だけど』と答えたら『だろうな。見ててわかる』とさらっと返された記憶がある。

「じゃぁ、その髪型は適当に後ろに流してるだけ?」
「は?」
「いつも気になってたんだよね」
「なわけないだろ。おうくんはもっとおしゃれについて勉強しろ」
「う、うるさいなぁ。」
「俺のはきっちり整えてるんだよ、毎朝」

 そう言って詩樹は髪の毛をちょいちょいと触った。それにならい俺も詩樹の髪の毛に触る。

「なるほど?確かに湿ってるかも」
「湿ってるやめろバカ」
「えぇじゃあこれは何?」
「なんかもっとこう、ウェット感とか言い方あるだろ」
「ウェット感……」
「はいはい、こういうのは早かったですね。おこちゃま」

 詩樹はにやっと口角を上げるといつまでも髪に触ったままの俺の手を撥ね退けた。
 朝ごはん後に歯を磨きながら鏡で寝癖がついていないか確認するだけの俺にはわからない世界だと感心した。

「しっきーの髪の毛は何?」
「何ってなんだよ」
「こう、ほら何系~とかあるじゃん」
「何系……?」
「伝わらない?ほら俺の髪型はこれとか言うでしょ?」 

 難しい顔をして俺を眺めている詩樹になんとか身振り手振りで伝える。髪をぐしゃぐしゃにして、これならこれ~とか、逆に整えて俺は七三~とか!そう頑張って伝えているとふっと詩樹が笑った。

「はいはいそういうね。俺はセンターパートのウルフ」
「はい?」
「はい?じゃないから。聞いたのお前だろ」

 そう言って机を叩きながら詩樹が笑っている。わかんないんだって~と声を上げて言われた言葉を考えてみる。
 でも結局は、センターパートって何。ウルフって狼じゃない?わからない。俺何も知らないわとの答えに行きつくしかなかった。

「おうくんはいつもその髪なんて言って切ってもらってんの」
「え、いつものおばちゃんにお任せでって」
「は、え待って。髪どこで切ってんの?」
「近所のおばちゃんのとこ」
「それ絶対理髪店とかだろ」
「なのかな?しんない」
「お前はさ~」

 だって安いんだってと続けて伝えれば詩樹が少しうなだれた。うなだれてから俺の髪に手を伸ばし髪をいじり始める。
 されるがまま頭を差し出し、時折首をひねったり、うなずいたりして真剣な顔で俺の髪を整える詩樹を眺めた。
 少ししてからよしと声がしてスマホを内カメにして渡してくれる。

「ほらこうすればもっといい感じになるだろ」
「え、すご。イケメンじゃね?」
「うるさ、こいつ」
「ごめんごめん」
「でも絶対こっちの方がいい」
「え、どうすればいいのこれ。絶対に俺はできないよ」
「だろうな。」
「だろうなやめてよ」
「とりあえずお前は美容院予約してシースルーマッシュにしてくださいって言え」
「え、え、待って。メモるからもっかい言って?」

 はいはいと少しめんどくさそうに返事をしてから、教えてやるからちょっと待てともう一回説明しながらメッセージアプリでも同じ内容を送ってくれる。
 その他にも詩樹が行っている美容院やおすすめのワックスなんかのリンクも送ってくれて『もっとおしゃれに気を遣えよ』なんて笑った。
 送られてくる知らない言葉の数々にびっくりしながら嬉しくなった。俺は詩樹に出会って物知りになったと思う。
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