僕とばあちゃんのVRMMO

夏本ゆのす(香柚)

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ゲーム生活がはじまるよ!

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 今日からばあちゃんのゲーム生活が始まる。
 僕は12時間傍に付きっきりで補助にあたる。
 もちろんそれ以上傍にいるけどね。
 ゲームをしている間は僕の他に専任の看護師も傍にいる。

 どんな顔するかな?
 久しぶりに自由に動けるんだよ?
 昔みたいに山に登ったり川で遊んだりもできるんだ。


 庭先のさくらんぼが見ごろよ。お茶にしましょうか。
 畑で胡瓜でも、もいでらっしゃい。麦茶の用意をしておくわ。
 その柿は食べちゃだめよ。皮を剥いてから干すの。
 ふふっ。焚き火って暖かいでしょ。もう少し待ってね。中でお芋さんが焼けてる最中よ。

 体力が無くなってきたからもう山は無理ね……
 身体が冷えるから川遊びは遠慮するわ……


 少しずつ、老いていったばあちゃん。
 それでもいつだって僕には笑っていてくれた。

 ご飯よ、手を洗ってらっしゃい。
 ほら、あったかいミルク。少し甘くしておいたから。

 寂しいとき、悲しい時……無理に聞き出そうとせず温かいものを差し出してくれてた。
 ほっとするお味噌汁、少し甘いホットミルク、ちょっと渋いお茶やとろとろのクリームスープ。

 両親のいない僕にかけられる心無い言葉や貶められる言葉や暴力。
 自分自身ではどうしようもない事に、傷つけられた昔。

 そばにいてくれるだけで、一人じゃないんだと安心した。

 朝、起きたらご飯があって。
 学校から帰ったら話を聞いてくれて。
 一緒に夕食を作ったり、片付けたり、散歩もした。
 おやすみなさいって声をかけてくれたら安心して眠れた。

 それなのに、ばあちゃんは怪我をしてからずっと何も見ていない目をして、声をかけてもオウム返しに言葉が少し返してくるだけ。



 どう思ってくれるかな。少しは僕の仕事で恩返しできるのかな。
 今日も風は冷たいけど、陽射しがなんだか暖かい気がする。
 ちょっとばかりうきうきした気分。

 元々いた会社からほど近いこの企業立病院。最初はブラックすぎる体質の社員をほど良く隔離するために作られたらしいんだけれども。のめり込んでしまうのは社畜と言うより、好きすぎる趣味を突き詰めた人々が集まってしまったから。
 何よりも創造するのが好きで、描くのが好きで動かすのが好きという。まあ、そういう人間が集まりすぎたのが原因だけど、そういう人間を集めすぎた上層部もちょっとおかしいのかもしれない。
そんな事を考えながらばあちゃんの病室に行く。

 病院の専用エレベーターに乗ってばあちゃんのいる12階についた。
 おりるとセキュリティのドアがある。
 虹彩認証と指紋の一致でドアがスライドする。
 おおう、ちゃんと機能した。
 今日からは登録した人でないと入れないようになっている。
 もちろん、ばあちゃんの担当医と専任看護師たちもだ。

 部屋の前でシャツや髪の毛を直すとノックする。

 こんこんこん。

 中からの返事を待たずに部屋に入る。

「ばあちゃん、おはよ。飯は食べれた?」

 はあ、とばあちゃんのため息が聞こえた。えっ?
 僕どっか変だったかな。
 身なりも整えたし、挨拶もしたし……
 ま、いっか。怒ってはいないみたいだ。

「少し食べたわ。飲み込みにくくて。それより返事を聞いてから戸は開けるものよ。ノックするのはなんの為?」

 ああ、そっか。

「ごめんなさい。次は気をつけるよ、たぶん……」

 こっちを向いていたばあちゃんの顔は、天井の方を向いた。
 なんでよ。ちゃんと謝ったよね?



 えっと、そうじゃない。今日からする事の説明をしなくっちゃ。


「ばあちゃん、今日の説明していい?」

 あ、こっちを向いてくれた。

「あ、ええ。お願いね」

 僕はベッドの向こう側に新しく設置された机からへッドギアを持ち上げた。それをばあちゃんに見えるようにして、一つずつ説明する。

「これがへッドギア。これを頭に装着して、これとあっちの機械をケーブルで繋いでゲームの世界に入り込むんだ。ばあちゃんはそのまま横になってていいよ。たぶん少し揺れる感じを受けると思うんだけど、そのうちそれは慣れるから大丈夫」

 僕はギアや機械を指さしながら説明した。
 ばあちゃんはヘッドギアをじっと見つめていた。

「そう。これを頭にはめるのは誰がしてくれるの?」

「えっと担当医せんせいと看護師さんがきて体調を確認したら僕が装着するよ。ちょっと待ってて。でね、僕はこっちのギアを付けてばあちゃんの補助をするよ。初めてだから。今日のとこはもう1人来てくれてPCの方は担当してくれるんだ」

 今日だけは見えかた、歩き方など外からログチェックの人間とそばで一つずつ動かし方を教える僕で補助をする。

 九時からの予定だからあと10分ある。先にトイレに行ってこよ。

「もうすぐ始まるからね、ちょっとトイレに行ってくるっ」

 トイレって考えた途端行きたくなった。



 手を洗ってブワーッと風で乾かす。トイレを出ると部屋に向かって歩きながら考えた。
 ふぅ。楽しんでくれるといいんだけど。
 楽しんでくれる事に、そりゃ自信はたっぷりある。でもなぁ。ばあちゃんてばゲーム自体やった事も一度もないんだもん。
 ゲームっていうより、生活に近いこれをどう楽しむのかっていうのには興味ある。ノスタルジィとアドベンチャー。もしくはライブリィ。
 ばあちゃんの冒険。見てみたい。
 どう楽しむのか、どう生活するのか。滅茶苦茶見てみたい。
 僕を育てたように、ばあちゃんは自分をどう育てるのか。
 



 こんこんこん。

「はい。どうぞ」

 よし、ちゃんと返事あった。


 部屋に入るとどうやら体調のチェックが終わった所だったようだ。
 それからばあちゃんの動かない手足、腹部、胸部、頚部にパッドがつけられた。これは身体の異常がないか確認のためである。同時に心電図や筋肉の動きも取られている。

 僕の同僚も既にPC前に座っていた。
 そちらを見ると彼は頷いた。

「ばあちゃん、ギアを頭に装着するね。そうしたら目を瞑って、音の方に意識をむけてみて。いい?」

「ええ。まず音が聞こえるのね」

「うん。そしたらね、少しだけ身体が浮き上がったり沈みこんだりする感じがすると思うんだ。でもそれは頭が感じてるだけだから。ちゃんとベッドの上に寝てるから安心してそのまま浮いててね」

「浮くの? そう、わかったわ。ええ、もう始めていいわよ」

 その言葉を聞いて僕はばあちゃんの頭にギアを装着した。髪の毛が顔にかからないように後ろに流し、耳の位置や目の保護バイザーの位置、装着がキツくないか、触って確認する。

「ばあちゃん、聞こえる?まだスイッチは入ってないから。キツくない?大丈夫?」

「真っ暗ね……頭はきつくはないわ。耳のこれはスピーカーなのかしら……音が響いているのか、自分の声が変に聞こえるのだけど。これはこれでいいの?」

「うん。たぶん、それは自分の身体の中の音が響いてるんだと思うよ。じゃあ目を瞑って、頭の中でゆっくり数を数えようか。一、二、三、四……」

 数を声を出して数えながら、自分も専用のギアをつける。コレは無線で繋がっているのだ。僕は予め用意されてた椅子に座り、その中へDIVEした。



 ブーンブーン……低い音が響いている。何もない空間に浮かんでいるような感じだ。足を意識すると、その下に床があるように認識した。

 ゆっくり振り返ると、ふわふわと白い人型の影、ばあちゃんが流れてきた。

『ばあちゃん、聞こえる?聞こえたら目を開けてこっちを見て』

 すると、ふわぁと浮かんだままその身体はこちらを向いた。

『けいちゃん?』

『そうだよ。ばあちゃん、足の下には床がちゃんとあるから立ってみて』

『ゆか?たてるの?』

『うん。立てるよ。ほら目の前の僕をみて』

 白い影のばあちゃんの足がすっとまっすぐ伸び、床に足をつけた。

『あ……床がある……たってるの?あ、足が動くわ』

 うん。ちゃんと立ってるし、動いたね。
 これで身体のコントロールは出来ることがばあちゃんにもわかったと思う。

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