輝く月は天の花を溺愛する

如月 そら

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第四章 国の英雄

第四章④

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「兄上……」
「なんだ煌月、英雄ともあろうものが情けない顔をするな」
 この王太子がいてくれるからこそ、煌月は戦場で好き放題暴れることができるのだ。雅で宮廷の申し子のような兄を煌月は尊敬していた。

「この媛に宮中のことを教えればよいのだろう。桜綾ようりんなら適任だ。義理の姉にもなるんだろう? ん?」
「義姉上に……良いのでしょうか」
「劉将軍には無理だろうさ。桜綾はおっとりしていて、宮中の事にも詳しい。教えを乞うならいい相手だ」
 醒雪がキッパリそう言うと、盧も御意に、と頭を下げる。

 醒雪ならば蓮花を預けても問題はないし、むしろ丞相であっても簡単に手出しすることはできなくなる。
「兄上、ありがとう存じます」
「英雄に頭を下げられるのは悪くない。いかがです? 国王陛下?」
 醒雪はあくまでも国王陛下の言質を取ることを忘れなかった。

「王太子に任せよう」
「お引き受けいたします。では蓮花、こちらへ。煌月は国王陛下とまだお話があるだろう」
 南方の情勢や、兵の配置など相談や報告が山のようにあるのだ。

「では、国王陛下ご報告いたします」
「うむ」
 そう言って煌月が奏上を始めてしまったら、蓮花にはもうその場を離れるしかない。寂しい気がしたけれども、煌月には国を守る大事な仕事があるのだ。

「蓮花、おいで」
 醒雪はそう言うとするすると廊下を歩いていく。
 そうしてくすくすと笑った。
「本当にあいつは軍神とも思えないくらい宮中での立ち回りが下手なんだ」

 蓮花は黙って後をついていく。劉将軍や、煌月、鴻璘など慣れた人たちと離れて心細くなってしまったのだ。
 しかも気安いけれど、今、一緒にいる人はこの国の王太子なのである。

「宮中も戦場と同じなのにな。駒を配置し動きを見て戦術を考え、先回りする」
「命がかかるものですか?」
「命がかからないから恐ろしくないということはないよ。死んだ方がましだという気持ちに陥ることもなくはない」
 煌月と比べると若干線は細いけれど、やはり兄弟なのだと蓮花は感じた。

「真っ直ぐさや正直さ、高潔なところは悪くないが、うまくやれと思うと時折腹立たしくなる」
「腹立たしく……ですか?」
「それでも憎めないんだ。そういう天性のものをあいつは持ってる」
「だってあの方は鳳ですから」

 それは何の根拠もなく蓮花の口から滑り出た言葉だった。
「なぜ知ってる!?」
「え!? なぜって……」

「煌月を鳳だと言っただろう」
 長い廊下を歩きながら池が目の前に見える橋の上で醒雪は足を止めた。周りに人がいない場所を選んだようだ。
「いいか?」
 こくりと蓮花はうなずき、一緒に足を止める。

「私が子供の頃だ。煌月が生まれたとき、産屋の屋根に尾が長くて光を放つ鳥が止まった。皆にそう言ったのだが、それはなかったことにされた」
 醒雪は苦笑する。
「当然だ。私が生まれてしまっているのだからな」
 すでに王太子として立った後のことだったのだ。

「鳳を頂いた王子が生まれたのは慶事ではあろうが、第二王子なのが災いだったな」
 池に架かる橋の欄干にもたれて、醒雪はそう蓮花に軽口をたたく。
「そうでしょうか?」
「ん?」

 醒雪の言葉に蓮花は祖母からの言葉を伝えた。
「煌月様は、王太子様をとても尊敬しているように見えました。鷹が獅子を制すれば、虎をも抑えることができる」
「それはなんだ?」
「祖母の言葉です」
「天啓か!」
 蓮花は祖母の言葉が天啓と呼ばれていることを知らなかった。

「占術でしょう?」
「そなた本当に知らないのか、桃園房の占術は天啓とも言われているのだぞ。そうか……。虎をも抑える。感謝する! では私は獅子を制するとしよう」
 感謝する! と笑顔を向けた醒雪は本当にどこかさっぱりとした顔をしていた。

 この方はとても良い方だわ。
 この人が義兄あにであれば、きっと大丈夫。
 蓮花はそう思った。
 

「あの先が私の妃が住む芙蓉宮ふようきゅうだ」
 醒雪が池の先の建物を指さす。そこにはとても美しい建物が立っていた。朱塗りの柱が整然と並び、翡翠色の瓦屋根が連なっている。緩やかに反り返った軒先には細やかな彫刻が施されていた。
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