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第十章 南の国の姫
第十章③
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「身体を動かすと毒が血に乗り全身を巡ります。おやすみになられれば、その間身体は必死で抵抗いたしますので」
蓮花は袋の中から今度は白檀を取り出し小さく焚く。
「水桶と絹布をください。夜半に熱を出されるはずです」
絹布を水に浸し、絞ったものを額などに乗せると、熱があるときに楽になるからだった。
「承知した。すぐに用意させる」
覇玄が部屋を出て侍女に水桶と絹布を申し付けているのが聞こえる。
うっすらと汗をかき、浅い呼吸を繰り返す麗霞に蓮花はそっと薄布を掛けた。
* * *
「蓮花が芙蓉宮から消えただと? 間違いなく徹底的に探したのか!」
目の前の兵は煌月のあまりの剣幕に平伏して報告する。
「は、はい! 醒雪様と桜綾様に宛てたお手紙があり、黙って芙蓉宮を出て済まないなどと、お詫びの言葉が添えられていたそうでございます……」
そして言葉を濁す兵に煌月は問い詰めた。
「待て、それだけではないだろう」
「それが……手紙には煌月様をお助けするためなので、許してほしい、というような文言があったそうなのです」
「俺を助ける?」
宮廷には『南部平定は問題なく行われ、じきに宮廷に帰る』と報告をしていたはずだ。実際に争いというほどでもなかった。ちょっかいを出してきたのは間違いないが、赫州国は煌月の姿を見たらさっさと兵を引いてしまったのだ。
その報告はおそらく醒雪を経由して蓮花にも届いたはずだし、なぜ煌月を助けるという話になっているのか、分からなかった。
「一体誰が、蓮花へ俺からの助けを必要としていると伝えたんだ?」
「煌月様、蓮花様はこちらへ向かっているということなのでしょうか」
煌月の疑問に劉が首を傾げる。
「いや……消えたと言っている日にちから考えると、もう到着していてもおかしくないはずだ」
それに蓮花は一人で後宮から姿を消したのだろうか。それも考えづらい。誰かの手引きがあったのではないだろうか。
(一体誰が!? それは敵なのか? 味方なのか?)
部下たちに道中に関しても徹底的に探すよう命を下し、煌月は歯噛みする。
(く……そっ、蓮花と離れたばかりに……っ!)
かといって蓮花を戦場に連れてくるわけにもいかなかった。
最後に蓮花と会ったのはもちろん芙蓉宮のいつもの四阿だ。
あのとき避暑の話をして楽しそうに微笑んでいた蓮花の姿は今でも鮮明に思い出せる。
失えるわけがない。
絶対に失えない人だ。
それは蓮花が天女だからばかりではない。命を救われた恩人でおおらかで、いつでも笑顔で前向きに煌月を励ましてくれる人だからだ。野に咲く花のように素朴でありながら心惹かれる。
周りの魅力的な姫がどれほど言い寄ってこようが、煌月の胸には欠片も響かなかった。
その胸に入ってきたのは、蓮花だけなのだ。そんな女性には出逢ったことがなかった。
(考えろ……何が起きた? 何が起きそうだ?)
悔いているばかりでは蓮花を取り戻すことはできない。こうしてすぐに頭を切り替えて次になすべきことを考えるのが煌月だった。
野営している場所で炊かれている火を見つめていると少しずつ心が落ち着いてくるのが分かる。
(そもそも、俺を助けると言って芙蓉宮を出ているが、一体誰が蓮花にそれを伝えた? 芙蓉宮にいる蓮花に……!)
一筋縄ではいかない気配を感じて、煌月の心の中はどんどん焦りで満たされていくばかりなのだった。
* * *
「天女……様?」
うっすらと目を開けた麗霞が寝台の横に座っている蓮花を見る。蓮花は手にしていた絹布をぎゅっと絞ってそっと麗霞の額に置いた。
「私は蓮花です」
麗霞の寝台を覗き込んで蓮花は微笑む。
「蓮花様?」
「そうですよ。麗霞様、まだお熱があります。少し苦しいと思いますけど、それはお身体が毒と戦っている証拠です。お熱が下がればいつものように過ごせますから頑張ってくださいね」
「はい。ありがとう……ございます」
蓮花は袋の中から今度は白檀を取り出し小さく焚く。
「水桶と絹布をください。夜半に熱を出されるはずです」
絹布を水に浸し、絞ったものを額などに乗せると、熱があるときに楽になるからだった。
「承知した。すぐに用意させる」
覇玄が部屋を出て侍女に水桶と絹布を申し付けているのが聞こえる。
うっすらと汗をかき、浅い呼吸を繰り返す麗霞に蓮花はそっと薄布を掛けた。
* * *
「蓮花が芙蓉宮から消えただと? 間違いなく徹底的に探したのか!」
目の前の兵は煌月のあまりの剣幕に平伏して報告する。
「は、はい! 醒雪様と桜綾様に宛てたお手紙があり、黙って芙蓉宮を出て済まないなどと、お詫びの言葉が添えられていたそうでございます……」
そして言葉を濁す兵に煌月は問い詰めた。
「待て、それだけではないだろう」
「それが……手紙には煌月様をお助けするためなので、許してほしい、というような文言があったそうなのです」
「俺を助ける?」
宮廷には『南部平定は問題なく行われ、じきに宮廷に帰る』と報告をしていたはずだ。実際に争いというほどでもなかった。ちょっかいを出してきたのは間違いないが、赫州国は煌月の姿を見たらさっさと兵を引いてしまったのだ。
その報告はおそらく醒雪を経由して蓮花にも届いたはずだし、なぜ煌月を助けるという話になっているのか、分からなかった。
「一体誰が、蓮花へ俺からの助けを必要としていると伝えたんだ?」
「煌月様、蓮花様はこちらへ向かっているということなのでしょうか」
煌月の疑問に劉が首を傾げる。
「いや……消えたと言っている日にちから考えると、もう到着していてもおかしくないはずだ」
それに蓮花は一人で後宮から姿を消したのだろうか。それも考えづらい。誰かの手引きがあったのではないだろうか。
(一体誰が!? それは敵なのか? 味方なのか?)
部下たちに道中に関しても徹底的に探すよう命を下し、煌月は歯噛みする。
(く……そっ、蓮花と離れたばかりに……っ!)
かといって蓮花を戦場に連れてくるわけにもいかなかった。
最後に蓮花と会ったのはもちろん芙蓉宮のいつもの四阿だ。
あのとき避暑の話をして楽しそうに微笑んでいた蓮花の姿は今でも鮮明に思い出せる。
失えるわけがない。
絶対に失えない人だ。
それは蓮花が天女だからばかりではない。命を救われた恩人でおおらかで、いつでも笑顔で前向きに煌月を励ましてくれる人だからだ。野に咲く花のように素朴でありながら心惹かれる。
周りの魅力的な姫がどれほど言い寄ってこようが、煌月の胸には欠片も響かなかった。
その胸に入ってきたのは、蓮花だけなのだ。そんな女性には出逢ったことがなかった。
(考えろ……何が起きた? 何が起きそうだ?)
悔いているばかりでは蓮花を取り戻すことはできない。こうしてすぐに頭を切り替えて次になすべきことを考えるのが煌月だった。
野営している場所で炊かれている火を見つめていると少しずつ心が落ち着いてくるのが分かる。
(そもそも、俺を助けると言って芙蓉宮を出ているが、一体誰が蓮花にそれを伝えた? 芙蓉宮にいる蓮花に……!)
一筋縄ではいかない気配を感じて、煌月の心の中はどんどん焦りで満たされていくばかりなのだった。
* * *
「天女……様?」
うっすらと目を開けた麗霞が寝台の横に座っている蓮花を見る。蓮花は手にしていた絹布をぎゅっと絞ってそっと麗霞の額に置いた。
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「蓮花様?」
「そうですよ。麗霞様、まだお熱があります。少し苦しいと思いますけど、それはお身体が毒と戦っている証拠です。お熱が下がればいつものように過ごせますから頑張ってくださいね」
「はい。ありがとう……ございます」
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