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2.ボタンをかけ違うとズレる
ボタンをかけ違うとズレる④
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ありがちなことなのだが、たくさんの案件を手掛けている担当者は、些末な違和感を感じ取ることが出来るのだろう。
そして、勘のようなそれはおそらく間違ってはいない。
けれど、それを赤の他人である倉橋に納得させることは、非常に難しい。
倉橋を納得させられないということは、当然裁判官を納得させることも困難なわけなので、現状では難しいと言わざるを得ないのだ。
「なにが、不足でしょうか?」
「客観的に判断できるものを出来るだけ多く集めた方がいいです。」
「集めたつもりですが」
「これでは、支払い謝絶は出来るかもしれませんが、そこから係争に至った場合に、裁判所を説得するには不十分なんです。結果、支払う事になります」
とても、真剣な様子の宝条に引っ張られ、倉橋も真剣になる。
「分かりました。では、もう少し資料を集めてみます」
悔しそうな様子になんとかしてあげたいとは思ったが、先のことを考えると彼女のためにもハッキリと言った方がいいと判断した。
「お時間頂きありがとうございました」
必要なことをテキパキと伝え、必要最小限の時間で退出した彼女に、倉橋は少し好ましい気持ちにはなった。
けれど、そこが上手く出来ない所が倉橋の倉橋たる所以だ。
「もう少し揃えて、また、お越し下さい」
その時は相談に乗るからという気持ちだったのだが、きっ!と宝条に睨まれて
「分かりました」
と固い表情で言われた時は、多分どこかで自分はまた間違えたんだろうなあと思った。
帰りの電車の中で見た彼女の名刺には『主任』の文字。
役席だったのか……と改めて思う。
道理でしっかりしている訳だ。
今までも、もちろん手を抜いたことはないけれど、この案件はきっと彼女の中でとてもこだわりがあるのだろうと察したし、自分も手を抜かずにやろう。
倉橋はそう思ったのだ。
そうして、訪れた次の訪問日。
彼女は前回よりも硬い表情で現れた。
資料は先日より増えており中々の厚みがある。
別途、調査会社等を入れて確認した様ではあるが、これもまた難しいもので調査員のセンスが重要なのだ。
必要なことを必要なだけ調査できる調査員は、実は少ない。
──言ってくれれば調査会社を紹介したのに……。
けれど頑張ってくれたのは分かるけれどそれでも、無理なことは無理と伝えなくてはならない。
「正直、これでは難しいですね。完全に否定する事は出来ないのでお支払いするしかないのかと」
「そんな……だって明らかじゃないですか⁉︎ これって、詐欺じゃないんですか⁉︎」
気持ちは分からなくもない。
けれど、倉橋には倉橋の仕事がある。
「詐欺と言い切るには証拠が不足している、と言う事です」
「充分に調査しました!」
「これでは、法廷で争えません」
「先生はどちらの味方なんです⁉︎」
「僕はどちらの味方でもありません。こちらから、それなりの顧問料を頂いている。だからこそ、きちんとした仕事をしているだけです。判例や法に照らし合わせて、見解を述べるならば、これでは不十分としか言えないと言うことです」
一瞬、宝条は感情的にもなったように見えたけれど、倉橋のその言葉を聞いて、ふうっと力を抜いた。
「仰る通りです。失礼なことを申し上げて、すみませんでした。出直して参ります」
顧客が感情的になるのはよくあることだ。
倉橋はそれはなんとも思わない。
人を裁くことは、人にしか出来ないことだと理解しているから。
そして、その『人』には感情がある。
それは避けられないし、裁判の場というのはその人にとっては、非日常のことなのだ。
より冷静な判断は出来なくなるものだ。
そして、勘のようなそれはおそらく間違ってはいない。
けれど、それを赤の他人である倉橋に納得させることは、非常に難しい。
倉橋を納得させられないということは、当然裁判官を納得させることも困難なわけなので、現状では難しいと言わざるを得ないのだ。
「なにが、不足でしょうか?」
「客観的に判断できるものを出来るだけ多く集めた方がいいです。」
「集めたつもりですが」
「これでは、支払い謝絶は出来るかもしれませんが、そこから係争に至った場合に、裁判所を説得するには不十分なんです。結果、支払う事になります」
とても、真剣な様子の宝条に引っ張られ、倉橋も真剣になる。
「分かりました。では、もう少し資料を集めてみます」
悔しそうな様子になんとかしてあげたいとは思ったが、先のことを考えると彼女のためにもハッキリと言った方がいいと判断した。
「お時間頂きありがとうございました」
必要なことをテキパキと伝え、必要最小限の時間で退出した彼女に、倉橋は少し好ましい気持ちにはなった。
けれど、そこが上手く出来ない所が倉橋の倉橋たる所以だ。
「もう少し揃えて、また、お越し下さい」
その時は相談に乗るからという気持ちだったのだが、きっ!と宝条に睨まれて
「分かりました」
と固い表情で言われた時は、多分どこかで自分はまた間違えたんだろうなあと思った。
帰りの電車の中で見た彼女の名刺には『主任』の文字。
役席だったのか……と改めて思う。
道理でしっかりしている訳だ。
今までも、もちろん手を抜いたことはないけれど、この案件はきっと彼女の中でとてもこだわりがあるのだろうと察したし、自分も手を抜かずにやろう。
倉橋はそう思ったのだ。
そうして、訪れた次の訪問日。
彼女は前回よりも硬い表情で現れた。
資料は先日より増えており中々の厚みがある。
別途、調査会社等を入れて確認した様ではあるが、これもまた難しいもので調査員のセンスが重要なのだ。
必要なことを必要なだけ調査できる調査員は、実は少ない。
──言ってくれれば調査会社を紹介したのに……。
けれど頑張ってくれたのは分かるけれどそれでも、無理なことは無理と伝えなくてはならない。
「正直、これでは難しいですね。完全に否定する事は出来ないのでお支払いするしかないのかと」
「そんな……だって明らかじゃないですか⁉︎ これって、詐欺じゃないんですか⁉︎」
気持ちは分からなくもない。
けれど、倉橋には倉橋の仕事がある。
「詐欺と言い切るには証拠が不足している、と言う事です」
「充分に調査しました!」
「これでは、法廷で争えません」
「先生はどちらの味方なんです⁉︎」
「僕はどちらの味方でもありません。こちらから、それなりの顧問料を頂いている。だからこそ、きちんとした仕事をしているだけです。判例や法に照らし合わせて、見解を述べるならば、これでは不十分としか言えないと言うことです」
一瞬、宝条は感情的にもなったように見えたけれど、倉橋のその言葉を聞いて、ふうっと力を抜いた。
「仰る通りです。失礼なことを申し上げて、すみませんでした。出直して参ります」
顧客が感情的になるのはよくあることだ。
倉橋はそれはなんとも思わない。
人を裁くことは、人にしか出来ないことだと理解しているから。
そして、その『人』には感情がある。
それは避けられないし、裁判の場というのはその人にとっては、非日常のことなのだ。
より冷静な判断は出来なくなるものだ。
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